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聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第二章『やがて哀しき人形師』
20/28

2.13 ゴブリンとの団欒

「ごめんって義父(オヤジ)! まさかこんな威力になるとは思ってなかったんだ。出力調整がミスってたんだよ」


 栗色の癖毛をバンダナで纏めたゴブリンの少年、カイトと呼ばれたその少年はそう言って笑った。舌を出して主人を歓迎する中型犬を彷彿とさせる、ニヘラとふやけた笑顔だ。

だがブルネンの背後にいるユーリカたちを視認すると、その笑みはすぐに奥へと引っ込む。そうして代わりに顔に浮かんだのは、眉間にシワを寄せる警戒の色だった。


 カイトの姿を確認したルカたちもまた、表情を固くして身構える。この辺りでは幼少期から亜人であるゴブリンは悪だと教え込まれる。人としての常識が、ゴブリンという存在を反射的に拒んでしまう。



「ゴブリンが、更に一匹……」


「一人の間違いだろ? エルフってのは随分傲慢なんだな」



 ツヴァイの失言に対して、ゴブリンの少年カイトは鋭い声で噛みつく。その様子はブルネンと話していた時とはまるで違う。敵を威嚇する狼のようだ。


 敵意に当てられたツヴァイは小さく悲鳴を上げる。そしてそのまま後ずさろうとするも、縄で拘束されていたために失敗した。



「ごめんなさい。彼が気を悪くさせちゃったよね……」


 険悪な流れを察知したユーリカが、慌てて二人の間に入って謝罪をする。

それを受けてカイトは、ツヴァイからユーリカへと注意を変える。警戒心剥き出しの瞳が、ユーリカを上から下まで鋭く見据えた。

一秒、二秒と沈黙が流れる。

三秒、四秒と空気が重くなっていくのを感じる。

そしてたっぷり五秒かけたあと、ゴブリンの少年カイトが口を開いた。


「お前、教会の人間か」


 カイトの視線はいつの間にかユーリカの装束へと吸い込まれていた。教会の所属を示す白いローブ、それを見たカイトの顔は苦虫を噛み潰したように引き攣っている。



「……? うん。そうだよ」


「私たちが教会の人間であることに何か問題が?」



 ユーリカの返答に次いで、ルカが自身の白ローブを示しながら前へと出る。それによってカイトの表情は更に曇り、ツヴァイに向けたものと同等かそれ以上の敵意を露わにする。



「カイト、彼らはワッチの命の恩人なのネン! だから敵意を抑えてくれると助かるのネン。奥に子供たちもいるし……ネン」


「分かってるよ、オヤジ」



 ブルネンの言葉を受けて、カイトは表情を無理やり柔和な笑みに戻すと、ユーリカたちにお辞儀をしてブルネンの後ろに下がる。

ブルネンはホッと胸を撫で下ろす仕草をすると、それからユーリカたちの方へ向いて言葉を続ける。



「誘った身で言うのも悪いが、君たちもあまりウチの子たちを刺激する言動は控えてほしいのネン……。ワッチの家は、その、セン……センチュリーなことを抱えた子も多いから」

「センシティブな」


 ブルネンの話を後ろからカイトが補足する。

どうやら彼の家にはカイトの他にも何人も住人がいるらしい。その口ぶりからするにゴブリンもあと何人かいるのだろう。


 家も広いしもしかしたら子供がたくさんいる大所帯なのかもしれない。もしそうだったら楽しいだろうなとユーリカは思った。修道院時代に子供たちの面倒を率先して見てきたこともあり、ユーリカは子供が好きだ。

そんなことを考えながら中に通されたユーリカたちを迎えたのは、まさに想像していたとおりの喧騒だった。


「絶対カブトムシの方が強ぇし! 角あるからみんなイチコロだし!」

「クマの方が強いの! 大きさ考えれば明白なの!」

「ねえ誰か、おままごとしようよー」

「おれパス。マジでパス」

「私やるわよ! お姫様役やりたいだわよ」

「それより戦いごっこやろうぜぇぇぇ!」


 混沌。

 そこに広がっていたのはまさしく混沌だった。発達段階の子供たちが揃うことによる荒唐と無稽のスクランブル。子供特有の世界は枠外から見れば無秩序社会である。



 玄関を抜けてすぐの開けた居間で重い思いの時間を過ごすのは、ブルネンやカイトと同様のゴブリンの子供たちである。その数は6。それぞれの年齢は大体4〜9歳程度に見え、縫い目の見える服やほつれた髪を揺らしながら大騒ぎをしている。

恰幅のいいゴブリンの中年女性が、居間の奥のキッチンから暴れすぎだと注意をしているが、子供たちには通じていないらしい。


 ブルネンは微笑ましげにその光景を眺めると、キッチンの女性に向かって声をかける。



「ただいまなのネン愛しの妻よ! お客さんが来たから追加で五人前作ってほしいネン! それと、今日も愛してるのネン!」



 ただいまからの嵐のような要求と愛の告白。それを受けてキッチンに立っていたゴブリンの女は目をパチクリとする。だがそれも夫のためならと、女は口に微笑を浮かべてこう言った。




「はぁ!? はっ倒すぞこの髭達磨!」



 言い終わるが早いか、飛んできたお玉がブルネンの額に直撃する。小気味いい音を奏でたあと、ブルネンの口からはあわあわという戯言だけを流す存在になってしまった。

つまり気絶してしまったのである。



「んん? アンタたちは……」


「あ、えーっと……お世話になりま……す?」


 ブルネンを気絶させた剛腕の女と目が合い、ユーリカは困ったように笑みを浮かべる。

それから緊迫した空気の中で、ユーリカが代わりに事情説明をすることとなった。



ーーー



「なるほどそいつは大変だったねぇ! あの伯爵はクソだから是非やっつけておくれよ!」


 恰幅のいいゴブリンの中年女性こと、ブルッカは大机に六皿目の大皿料理を載せると、更なる料理を作るべくキッチンへと戻っていく。

今来たメニューはニンジンの細切りをタマゴに和えて炒めたものである。皿の上にフレッシュなニンジンの細切りが大河のように盛り付けられている。メニュー名は子供たちいわくニンジンのヤツとのことだ。


「このニンジン俺たちが育てたんだぜ!」


 ユーリカの横に座るゴブリンの子供が自慢げにそう話す。なんでもこの家からそう遠くない場所には家族の食い扶持とするための大きな畑があるらしく、今食卓に並んでいる野菜の多くがその畑産のものだという。ニンジンの他にもカブやタマネギ、キャベツなどそうそうたる顔ぶれがそこに並んでいる。


 食卓に並ぶのは野菜だけではない。近くの湖から釣ってきたのだろうか、なんとトラウトなどの川魚や淡水貝も料理として振る舞われていた。トラウトの煮付けに貝のチャウダーなどは隠し味のニンニクも効いていて、極めて美味である。

ユーリカたちにとっては新鮮な料理の数々だが、そこに暮らすゴブリン一家にとっては慣れたもののようで、子供たちがそれぞれ食わず嫌いをしては、ブルッカが注意をしている。



「ホフマン、これ食ってみろよ! 美味いから!」

「あー、ずるいの! 自分の嫌いなのをホフマンに食べさせようとしているの!」


 そう言ってホフマンに話しかけるのはゴブリンの子供二人だ。まだ出会って間もないながらも意気投合したらしい。最初はホフマンの持つクマのぬいぐるみに興味を持ったらしく、それからあれよあれよという間にホフマンは子供たちの一味に馴染んでいった。

ユーリカらと一緒の時は引っ込み思案なホフマンだが、子供たちの輪の中ではたびたび活発に笑う様子を見せている。子供同士だからこそ通じ合うものがあるのだろうか。


「やめろガキ共! 俺にニンジンばかり食わせるな」


「好き嫌いはダメなんだぜ? マジでダメなんだぜ」

「そうよ。好き嫌いしてたら大きくなれないだわよ」


 その傍ではツヴァイが子供たちに大量のニンジンを食べさせられていた。捕虜のツヴァイはこの場でも縄で椅子に縛られている。つまり子供たちにとってやりたい放題なのである。



「全く、うるさい食卓だな。せっかくの食事だってのに気が散る。常識ってもんがないのかよ?」


「テーブルに肘をつかないの! 常識ってもんがないのかいアンタ!」


 わいわいと騒ぐ子供達に悪態をつくアルビオの背中に、ブルッカの強烈な平手打ちが炸裂する。アルビオは甲冑を身につけているというのに叩いた手にキズはなく、叩かれたアルビオが背中をさする。

この力こそがオカン力というやつだろうか。


「なにしやがるんだババアおい!? 甲冑の上から背中叩くとか常識ねぇのかよ常識!!」


 珍しく上擦った声でいきり立つアルビオを、ユーリカが慌てて止める。


「あわわ、落ち着いてアルビオ! あとアルビオは常識とか言っても説得力ないよ!!」




 色んな一幕があり、食事の時間は徐々に過ぎていった。

 最初はかなり警戒していた子供たちだったが、今では徐々に心を開いてくれているようだ。

もっとも、全ての子が心を開いてくれたわけではない。六人の子供のうち二人は、ユーリカたちに怯えた様子で、一団とも少し離れた位置でご飯を食べている。


 ブルネンがセンシティブなものを抱えた子も多いと言っていた。ゴブリンは差別対象である亜人だ。人間に対してトラウマを持っている子がいても可笑しくない。

こうして話してみればゴブリンは人間とそう変わらない。それなのに種族間にこういった溝があるのは悲しいことだとユーリカは思った。


 もう一つユーリカが気がかりなのは、家の前でであったゴブリンの少年、カイトについてだ。彼は食事を早々に切り上げるとそのまま部屋へと篭ってしまったのだ。

彼は教会に対して何か思うところがあるようだったし、できれば話がしたいと思っていた。ゴブリンが悪い人たちではないと分かった以上、カイトとも仲良くなれるはずだ。



「どうしたのネン? 妻の料理が口に合わなかったかネン?」


「いえ、そういう訳では……」



 右からブルネンの声が聞こえて、ユーリカは振り返る。するとそこには気まずそうに口籠るルカの姿があった。どうやらブルネンはユーリカではなくルカに話しかけていたようだ。


 ルカはお行儀良く握ったスプーンを皿の上で彷徨わせながら言葉を探す。そしてすぐにその手を止めると、口を開いた。



「教会ではゴブリンは、その、悪い種族だと聞いていましたから……。なんだか思っていたのと違うな、と思いまして」


 ルカの言葉にブルネンはうんうんと頷く。ブルネンもまたゴブリンだ。彼は生涯でずっとそういった目で見られてきたのだろう。


「まあ、ゴブリンの何にも悪い奴は当然いるネン。ただワッチらみたいにそうじゃない奴もいるネンな。それを知って貰えただけでワッチは嬉しいのネン」


 そう言ってブルネンは食卓を囲む者たちを眺めた。ホフマンと仲良さげに話したり、ツヴァイ相手にきゃっきゃっと遊んだりするゴブリンの子供たち。厨房のブルッカは忙しそうに、ただそれでも楽しそう料理を作っている。

そんな様子を見てブルネンは嬉しそうに微笑んだ。



「うん。今日はいい日だネン」



ーーー



「おいおい正気かユーリカ? やめとけって」


「もう、大袈裟だなぁアルビオは。いいからどいて」



 少し焦った様子のアルビオを押しのけて、ユーリカはブルッカのいる厨房へと向かう。

 時刻は昼過ぎ。食後間もない時間であるというのに、ゴブリンの子供たちの内二人は早急に外へと飛び出して行った。ホフマンを連れてだ。詳しい話は聞けなかったが、なんでもホフマンに子供たちのとっておきの技術を伝授するらしい。



「お前やろうとしてること分かってるのか? 俺は断固反対だからな」


「なんでこういう時だけ必死になるんですか。 全くアンタって人は……」


 それでも後方からうなるアルビオに、ルカが呆れた顔でぼやく。その傍らではブルネンがおかしそうにその様子を見て笑っていた。



「ブルッカさん! 私たちにも何か仕事手伝わせてください!」



 ユーリカがそう言うのを聞くと、アルビオは手を額に当てて天を仰いだ。その様子にルカは呆れを通り越した侮蔑の表情を見せ、その横でブルネンは高らかに笑い声をあげる。

 当のブルッカはと言うと、少し悩んだ様子で包丁を水の入ったタライで洗っていた。


「うーん、気持ちは嬉しいんだけどねぇ。特に仕事という仕事も今日は無いからねぇ……」


 彼女の話曰く、今日は朝のうちに畑の収穫も終わって特に仕事という仕事もないらしい。馬車の修理の方も専門的な知識が必要なようで、ユーリカたちが力になれることは無いそうだ。


 手伝える仕事がないことに肩をがっくりと落とすユーリカ。その姿は落ち込んだ犬のようだ。

 手伝える仕事がないことに肩を大きく上げて歓喜するアルビオ。その姿は悪魔そのものだ。


 力になれないなら仕方がない。ユーリカはとぼとぼと俯いてと居間に戻る。人に親切には親切で応えたい。ユーリカはそういった思いが人一倍強い少女であった。

厨房を抜けて居間に出たところでユーリカに大きな影が落ちる。



「邪魔だ。どけ、教会女」



 顔を上げたユーリカの前にいたのは、不機嫌な顔をしたカイトだった。大きな翡翠色の瞳と、細められた黄色の瞳が交差する。


「あっ! ごめんなさい」


 ササッと横に逸れるユーリカ。カイトはそれに一瞥をくれると、そのしかめ面のまま彼女の横を通り過ぎた。

 だがその足はすぐに止まる。ゴブリンの子供たちだ。子供たちがカイトの前に集まったことによって、カイトが足を止めたのだ。


「カイトお兄ちゃん。釣りにいくの? そうなの?」

「マジ!? 大物釣ってきてよ! マジ大物!」


 子供たちに囲まれたカイトは、柔和な笑みを彼らに向ける。決してユーリカたちには向けない優しい笑顔だ。

少し羨ましいなとその姿を眺めるユーリカだったが、ふとその視線は彼の顔の上へと向く。カイトの手に握られた、糸のついた長い棒状のものに。


「釣り竿……?」


 ユーリカの呟きに、カイトは怪訝そうな顔を浮かべる。


「カイトお兄ちゃんは釣りの名手なの! いわばプロフェッショナルってやつなのよ!」

「マジでたくさん魚釣ってくるんだぜ! マジで!」


 カイトの横でぴょこぴょこと子供たちが飛び跳ねて説明をする。その話ぶりからすると、昼に食卓に並んでいた魚や貝もカイトが釣ってきたものなのかもしれない。

ユーリカは「釣り、釣りかぁ……」と口の中で反芻する。それから力強く頷くと、そのままカイトの竿を持っていない方の手を取った。



「何っ!? ……すん、だテメェ!!?」


「釣りだったら、私たちも役に立てるかも!!」



 ひどく困惑するカイトの手を握って、ユーリカは弾けそうな笑顔を浮かべた。

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