表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第二章『やがて哀しき人形師』
18/28

2.11 グルメハンター・アルビオ

「それでね、人形に呼びかけるとその人形が一人でに動いて犯人を捕まえちゃったの!」


 街から街道へ出たところで、ユーリカは留守番だったルカたちに街での出来事を話していた。あのガンマン人形を巧みに操りひったくり犯を捕まえた不思議な少女のことである。


マリシャとの邂逅は、衛兵が路地裏に入ってきた直後に、アルビオがユーリカを抱えてその場を脱出したことで終わった。衛兵たちの態度などからアルビオが彼女を危険だと判断したためだ。



「その特徴はまさしくドールズマジシャンですね。バスタードと並んで伯爵を支える二大戦力の一柱です」



 手綱を握ったルカが物知りげにそう言うと、馬車内はちょっとした驚きに包まれた。

アルビオは知らないが、どうやらドールズマジシャンとはこの地域では有名な名らしい。名声の方ではなさそうだが。


 アルビオは自分の隣の席に縛られているツヴァイを小突くと、無愛想にこう尋ねた。


「おいお前、何だそのドーナツマリシャってのは?」


「っ……!? 知らねぇんすか旦那? ドールズマジシャンは伯爵お抱えのヤバい魔術師っすよ。なんでも伯爵に対する大規模な反乱を一人で鎮静化した化け物って話ですぜ」


 ツヴァイは身をくねらせながらそう答えた。どうやらアルビオの小突きが想像以上に痛かったらしい。目尻には薄らと光るものがあった。その様子は少し可哀想だ。

もっとも馬車内で彼に同情する人物はいないが。彼は奴隷商人でユーリカたちに襲いかかってきた曲者だ。悪事に埋め尽くされた彼に、同情する余地は残されていなかった。



「その話ぶりからすると、チンピラあんたドールズマジシャンと会ったことないんですか? 奴隷商人ってことは伯爵との繋がりもあるでしょうに」


「俺は組織の末端なんっすよ!!」


 ルカの鋭い問いかけに、ツヴァイは開き直ったようにそう答えた。半ば逆ギレ気味に声を張り上げるその姿には哀愁さえ感じる。



 そんな馬車での騒ぎを聞きながら、奴隷になりかけていた少年、ホフマンは窓の外を見ていた。

アセドを出て一時間、街から続く坂道は徐々に勾配を急にして、車輪がニ度回るごとに一度の揺れが馬車を襲うようになっていた。だがこの急な道も、遠くの方に霞んで見える森に入ってしまえば緩やかになるそうだ。


「窓の外に何か見えるー?」


 浮かない顔で外を見ていたホフマンの肩に、ユーリカが優しく手を乗せる。そしておずおずと振り返ったホフマンに、優しく笑いかけた。


「いえ、そういうわけじゃない、です。ただ……あの森を抜けたらもう故郷だなーって、思ってた、ました」


「そっかぁ。カイラって林業の村だもんね。お家までの道が見えてきたね!」


 声を弾ませるユーリカに、ホフマンは控えめに笑って小脇に抱えていたテディベアを抱きしめた。

一行はエンパー男爵領まであと三日、ホフマンの故郷であるカイラまではあと二日というところまで来ていた。目的地が目前になると急ぎたくなる気持ちはあるが、焦りは思わぬ事故のもとになる。時刻はまもなく夕方になるし、堅実に行くならば、暗くなる前に森の入り口付近で野営をすることになりそうだ。


 ユーリカは旅の疲れからフラつく身体を座席に預けて、あえて明るい笑みを浮かべた。誰へと言うわけでもない。自分を鼓舞するために。

伯爵の悪事を止めるために始まったこの旅も、もう終わりが見えてきている。あともう一踏ん張りだ。




「ホフマン君はさ、お家に帰ったらしたい事ある?」

「したい事……ですか?」



 ユーリカの問いかけに、ホフマンは眉を下げて困ったような表情を浮かべる。それから顎に手を当てて考えるような仕草を始めた。



「なにガキが一丁前に考えたんだよ。ガキはガキらしくママのおっぱい吸っときゃいいだろ」

「アンタは黙ってて下さい。ホフマン君と話しても怖がらせることしか出来ないんですから」


 茶々を入れるアルビオに欠かさず睨みを入れるルカ。どうもこの二人の間では、言葉で殴り合うというコミニケーションしか存在しないようだ。

 そんな両者の暴力的コミニケーションを尻目に、頭を悩ませていたホフマンが顔をあげる。



「家に帰ったら、はは様に笑ってほしい、です」



 そう言ってホフマンは控えめに笑う。まるでそれが贅沢なことのように話すホフマンに、ユーリカは自身の心が痛む音を聞いた。この領土を支配する圧政と奴隷制度が、子供を親元から引き剥がし、受けて然るべき愛を難しいものにしているのだ。


「うん!うん!! ホフマン君が帰ってきたらお母さんは絶対笑ってくれるよ!」


「そ、そうかなぁ……で、ですかね?」


 だからユーリカはホフマンを強く元気づけた。早くホフマンが家に帰れるように、そして早くこのマルダン伯爵領で人々が圧政に苦しまず暮らせる日がくるように。願いを込めながら。



ーーー



「きゃあっ!? 虫です! 足が6本の奴……!」


「落ち着いてルカ。それに虫は大体足が6本だよ」


 野営用のテントを設営していたルカが悲鳴をあげると、ユーリカが慣れた様子で彼女を宥めた。このようなやり取りも本日で4度目、それも野営地を決めて設営を始めてから今までの20分間に4回だ。

長い月日を共に過ごしたユーリカは当然として、アルビオやホフマンといった面々も、もはや慣れた様子で各々の作業を進めていた。


「いくら親友たるユーリカに言われても、こればかりは落ち着けません! にに、荷物に乗っているせいで私もう運べないですよこれぇ……」


 そう言ってルカが指さす方にいるのは、朽葉色をした小指サイズのバッタだ。ここら一帯ではよく見る虫である。ルカももう数えきれない程に見たはずなのだが、彼女にはこの虫が新手の竜門か何かに見えるらしかった。



「ル、ルカさん、大丈夫……ですか? ただの虫だよ、ですよ」


 怯えるルカの横にやってきたホフマンが、荷物に乗っていたバッタを指で掴んで草むらへと放り投げた。慣れた手つきは匠のそれだ。


「ありがとうございますホフマン君……。虫だけはどうも苦手でして、ええ、……助かりました」


 ホフマンに助けられたルカは、急にすまし顔へと戻り感謝を告げる。目の前の脅威が去って冷静さが少し戻ってきたようである。先程までの狼藉には少し思うところがあるようで声は小さめだが。

 気恥ずかしそうなルカを見て、ホフマンは困ったように眉を下げると、それからフォローするようにこう言った。



「怖いものってどんなに頑張っても怖いよね、ですよね」


「こっ、怖くはないんですよ。ただ少し苦手なだけです。ええ」


 あくまで苦手なだけだと主張するルカ。歳を取ると素直になれない時もある。そう、彼女のように。



 

 そんなやり取りもありつつ、一行は滞りなく設営を進めていく。そして樹冠にかかっていた太陽が沈み切る頃には、いつも通りのテントが完成した。

テントのミルク色の麻布が、焚き火に照らされてオレンジ色に瞬いているいつもの光景である。


「スムーズに設営できてよかったねー。場所見つけるのに少し時間掛かっちゃったから」


「そうですね。今回はホフマン君も手伝ってくれましたから。……それに、普段やかましいアルビオも静かでしたし」


 ユーリカはルカの棘ある発言に苦笑いする。アルビオの行動にも問題はあるが、彼女のその口も諍いの火種になっているのではないかと思うユーリカなのである。



 何がともあれ設営が完了したのであれば、次にやることは明白だ。夕飯の支度である。野営での一番の楽しみと言ってもいい。


 今夜の献立はカブのスープと黒パン、それに少量の干し肉と山羊のチーズだ。野菜とパンだけでなく肉までついた豪勢な食事である。


 まずは貯水容器から鍋へと水を注ぐ。昼にアセドにて購入した水は、まだ冷たくて綺麗に透き通っていた。浄水の魔法陣が刻まれた井戸から汲まれたお町の水だ。そこらの水とは格が違う。


 ユーリカとホフマンでカブを切り、ルカが鍋の火加減を見る完璧な布陣。ツヴァイは馬車に拘束されているためロバートと仲良くお休み中である。



 トントントン、と小気味良い音を立ててカブが綺麗に切られていく。ユーリカとホフマンによる二重奏だ。修道院時代には料理番をすることが多かったユーリカは、料理全般がお手の物であった。ホフマンもまた家の手伝いをしていたといい、料理には自信があるようだ。

そして実際にまな板に並んでいくカブたちを見れば、二人の自信は思い込みではないことが一目同然であった。


「切ってみると意外と量が少ないかも……。今回は男の子もいるしなぁ」


 まな板の上を見つめてユーリカがひとりごちる。ユーリカとルカの二人旅時代では十分だった量も、今の大所帯ではかなり寂しくなってしまう。


「アルビオー。馬車からカブ取ってきてくれない? 大きいやつが2個欲しいかな」


 干し肉やチーズは高価なためあまり買えなかったが、その分馬車には山のようにカブが積んであった。

 ユーリカはまな板から目を離さずに、アルビオにカブを取ってきてもらえるよう頼む。現状手が空いてるのは捕虜のツヴァイを除けば、辺りを暇そうにぶらついているアルビオだけだった。


 何事に対しても野犬のように反抗してくるアルビオだが、頼めばカブくらいは持ってきてくれるだろう。

そう思っていたユーリカだったが、現在は違ったらしい。その場に薪がパチパチと弾ける音と包丁が板を叩く音だけが流れる。


「アルビオー?」


 聞こえなかったのかと思い再度呼びかけても、返答はこない。


「我が親友の頼みを無視するとは何事ですか? アンタまた詰まらないことで意地張ってるんじゃぁ……ってアレ?」



 小言を言いつつ、アルビオの代わりにカブを取りに行こうとしたルカが、困惑した声をあげた。

それを受けてユーリカも馬車の方を見ると、続けて首を傾げた。



「アルビオが……いない?」


「まさかアイツ、ついに護衛が嫌になって逃げたのでしょうか? 薄情ここに極まれりですねぇ!」


「流石にアルビオが意地悪で反抗期で悪魔でもそんなことはしないよ。契約守るのは重視してたし」



 そんな言葉を交わしながらも二人は周囲を見渡すがアルビオの姿はない。キャンプ設営時は暇そうにユーリカやホフマンの周囲を徘徊していたものだが。

 周囲の森にはクマや亜人のゴブリンが住むという話があった。それを思い出したユーリカは、心配そうに辺りを窺う。



「まさか何かに襲われちゃったのかも……。この辺りに生息している動物、えっとクマだ! きっとクマに襲われたんだよ!」


「アイツに限ってはクマなんかにやられる訳ないですよ。逃げたんですよ、きっと」



 ユーリカとルカがあれやこれやと話していると、そんな二人の様子を不安げに見ていたホフマンが大きな声をあげた。



「ああっ!? クマです! クマが出たです!」


「ほら、やっぱりアルビオはクマに食べられちゃったんだよ! 早く助けないと!」


 ホフマンが指差す方を見ると、深い藪がガサガサと揺れて、中から一匹のクマが顔を覗かせていた。分厚い牙がはみ出した口は鮮血に染まっており、白く剥かれた目がこの獣が飢えていることを示していた。


 クマが前に進み出るごとに、その身体の細部が徐々に見えてくる。屈強な肩、黒ずんだ鋭い爪、太い足腰、そのどれもが口と同様に鮮血に染まっていた。


 クマが藪を越えて完全に野営地へと降り立つと、そこから雷鳴の如き腹に声が轟いた。



「誰がクマにやられたって?」


「アルビオ!?」



 巨大なクマの亡骸を背負ったアルビオが、野蛮な笑みを浮かべて一同を見渡す。

純黒のプレートメイルに身を包んでいるのがチャーミングな彼だが、今ばかりは虎の毛皮とかを身につけた方が様になるだろう。


「いなくなったから心配してたんですよユーリカが。一体どこで何をしていたんですかアンタ?」


「見て分からんのか? 狩りだが」


 アルビオはクマの亡骸を焚き火の横に放ると、鼻歌交じりに馬車から鉈を持ってきた。この場で解体をする気らしい。


「『狩りだが』じゃなくて! 何故いきなりそんなことを……」


 ルカのツッコミを受けると、アルビオは心底めんどくさそうに答えた。


「周囲に人の気配があったんでな、偵察に行ったら人がコイツに襲われてたんだ。だからクマを倒して襲われてた奴を追い払っといた」


「ア、アルビオが人助けをするなんて……成長したんだねぇ!」


 ユーリカが感極まった声に、アルビオは口をへの字に曲げた。心の底から捻り出したくらいの嫌そうな顔だ。



「人を殺したらお前らが煩いだろうからな。それに狩りのついでだ」


「理由はどうであれアルビオが人助けをしたって事実が、私は嬉しいなー。あっ、そういえばその襲われてた人ケガは!? 大丈夫かな?」


「歩いてその場を離れてたし大丈夫だろ。そんなことよりも肉だよ肉。そこのガキも気になってるみたいだしな」



 アルビオの視界の先には倒れたクマを見つめて目を輝かせるホフマンの姿があった。彼の目はクマ肉を黄金のように映している。


「お肉だ、お肉ですよ、お肉ですよね? わぁぁ、こんなに大きいお肉久しぶりに見たですよ!!」


 ホフマンの言う通りそのクマは非常に大きかった。

今のご時世ではお肉は高級品だ。細切れの干し肉だってまとめて買うには少し躊躇う額になる。そんなお肉が目の前にドシンと転がっている。それは非常に魅惑的な光景だった。



 ギュルルと鳴ったそれが腹の虫だと気づいた途端、ユーリカは馬車から予備の鉈を取り出し、アルビオの横へと駆け寄っていった。


「アールビオ! 手伝うよっ!」


「ぼ、ぼくも手伝うです! お肉切るの手伝うですよ!」


「……ふんっ、好きにしろ」



 斯くしてその晩の食卓にはクマ鍋が並んだ。

アルビオの手によって血抜きされた肉は臭みが少なく、だが強い弾力から確かな野性味を感じられた。ガツンとした肉料理に一行は舌鼓を打ち、肉によって養われた英気から、いつしかその場には笑顔で満ちて、あのアルビオですら不意の微笑みを浮かべるほどだった。



「こんなにたらふく肉が食えるなんてよ、俺ぁ捕まって正解だったかもしれないぜ。あ、おかわりくれよ姐さん」


「それくらい自分でして下さい。チンピラ」


「いや俺縛られてんだよ! クマじゃなくて偶には俺も見てくれよぉ……シャァ……」



 久しぶりのご馳走、久しぶりの歓談、梢枝から溢れる星に包まれ、ユーリカたちは一時の安息を堪能する。追われる身として常に肩肘張ってきた一行にとって、この束の間の憩いは身体の芯に染み入るものだ。



「へえぇっ!? 手が、鍋の中にクマの手が浮いてる、浮いてるですよ!?」


「クマは手が一番旨いんだ。だからそいつは貰うぜ」


「えぇぇ!? 食べた、クマの手を食べたですよ!」



 賑やかな食卓はここ数年のユーリカには無縁のものだった。聖女に任命され修道院を出てからの数年、ルカがユーリカを追って彼女の騎士になるまでの食事はひどく味気がなかったのを覚えている。

ルカが来て、アルビオが仲間になって、ホフマンやツヴァイといった客人もいる。そんな状況にユーリカの頬は思わず綻んでいた。



「ん? 何笑ってるんだよユーリカ?」



 皆の食事を少し離れた場所で見ていたユーリカに、アルビオが近づく。そのウルトラマリンの瞳には、ユーリカの小さな顔が怪訝に映っていた。



「え、いや、何でもないよ。ただ楽しいなって、そう思っただけ」


「肉が食えたのがそんなに嬉しいか? まぁ、なら俺に感謝することだな」


「そうかもね。うん、ありがとう」



 ユーリカの感謝にアルビオは瞬きを返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ