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聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第二章『やがて哀しき人形師』
17/28

2.10 ドールズマジシャン

「こ、こんにちはぁ……」


 銀髪の少女こと、伯爵の刺客マリシャは、アルビオたちに話しかける。口元をもぞもぞと動かし、気の抜けたようなマイペースな声で。


 突如として接近してきたマリシャに、アルビオはちょっとした警戒の色を示す。歳不相応に人形を大事そうに抱くその姿と、その身から染み出す魔力量の多さが、彼女を只者ではないと証明していた。


「どうも、こ、こんにちは」


 警戒して身を固めるアルビオの横で、ユーリカは呑気に挨拶を返す。挨拶をされたら返す、ユーリカにとっては至極当然のことだ。


 ユーリカから挨拶を返されると、マリシャはパッと弾んだような笑みを浮かべる。少女趣味な服装とその綺麗な顔立ちから、その笑みには不思議な魅力があった。


「えへへ……喋れるんですねぇネコさん。もしかしてクマさんの方も……?」


 意思疎通が取れたことを嬉しそうにして、今度はアルビオの方を向く。マリシャは蜂蜜のような甘い声で、アルビオに話せるのかと問いかける。


「……まあな」


 無愛想なアルビオの返しにもマリシャは無垢な微笑みを咲かせる。その様子は可愛らしい少女そのもので、害意は一切感じ取れない。


「お二人とも喋れるんですねぇ……!うん、可愛らしいですねぇ二人とも」


 そう言ってユーリカの猫頭を撫でるマリシャ。アルビオにも同様のことをしようとするが、それは失敗に終わる。身長差。圧倒的な身長差がそこにはあった。

 そのことにショックを受けて肩を落とすマリシャに、二人は顔を見合わせる。



「悪いが先を急いでいるんだ。連れがカブのスープを早く飲みたいとせがむんでね」


 アルビオは大袈裟にそう言うと、バスケットを傾けて中のカブを見せる。そうしてその場を立ち去りたい素振りを示した。アルビオは話をしていく中で少女への警戒を強めていた。膨大な魔力と底冷えするような威圧感もそうだが、一番の要因は彼女のワンピースについているエンブレムだ。鳶を象ったエンブレム、そのデザインが先程ユーリカたちに接触してきた衛兵の付けているものと酷似していた。


「クマさんは猫さんのためにお料理を作ってあげるんですねぇ。偉いですぅ」


 アルビオの警戒をつゆ知らず、マリシャは両手を合わせて感激したような声を出す。独特なテンポと世界観で展開される会話に、アルビオとユーリカは調子を崩されっぱなしである。


「えーと、アナタは……?」


「おいバカ、話を広げようとするな。逃げる流れだろ」


 お人好しにもマリシャに付き合おうとするユーリカを、アルビオが小突く。水面下のそんなやり取りには気づかず、マリシャはユーリカの言葉に応える。



「申し遅れましたねぇ……すみません。私はマリシャですぅ……」



 名乗りから一泊置いて、マリシャは恭しく頭を下げる。その所作は彼女のヘンテコな空気感とは裏腹に洗練されており、教養の高さが窺える。


 もしかしたら彼女は貴族の令嬢か何かなのではないかと、アルビオはマリシャの様子から推測する。所作の綺麗さに加えて、小綺麗な服装や鳶のエンブレムなどから彼女はある程度裕福な家の関係者であることが考えられた。

マリシャが貴族などであれば彼女を人質に取れば、ユーリカを追っている伯爵相手に有利を取れるかもしれない。

しかし実際に彼女が貴族の子女であるという保証はないし、拐うにしてもマリシャから溢れる膨大な魔力が気がかりとなる。


 アルビオが物騒な思索に耽っている間に、ユーリカとマリシャはにこやかに会話を続けていた。アルビオから見れば両者ともに頭に花畑が広がっているような人物だ。ならば話にだって花は咲くだろう。


「へぇ、じゃあこの人形はずっと昔からの宝物なんだ」


「はい。ガンマンのロキサスちゃんは私の大切なお友達ですぅ。小ちゃい頃、誕生日にお父さんから買ってもらった思い出の子なんです」


 ユーリカの言葉を肯定し、マリシャはガンマンの人形に頬擦りをする。小麦色の肌と毛糸でできた金髪、渋めのテンガロンハットを被ったガンマンは、心なしか嬉しそうに見える。


 そんな会話を側から聞いていたアルビオは痛そうに頭を抱えると軽く咳払いをする。

それに気がついた二人の目線がアルビオへ集まった。



「先程も言ったとおり、俺たちは先を急いでいるんだ。悪いがお前のような変な女と話している暇はない」


 少しの思索の末に、アルビオはこの場を早急に流すことにした。マリシャを攫い伯爵との交渉材料にするという案は現実的でないし、何よりアルビオはこの場を早く立ち去りたかった。

無遠慮な彼の物言いにマリシャは小さく肩を震わせる。



「急いでいるのはそうなんだけど……言い方があるよ」


「事実ならいいだろ。いちいち突っかかるな」


 アルビオの物言いを咎めるユーリカに、アルビオは辟易した声をあげる。配慮も遠慮もアルビオの辞書には存在しない。伝わればよかろうなのだ。



「……そういえばお二人は急いでいるんでしたね。すみません呼び止めてしまって」


 二人の間に入ってマリシャはぺこりとお辞儀をする。その声色からは申し訳ない気持ちでいっばいだというのが感じ取れる。

 頭を下げるマリシャに一瞥をくれると、それからすぐにアルビオは歩き出す。そのとき往来の方から鋭い悲鳴が上がった。



「ひったくり!! 誰か捕まえて!!」



 悲鳴が上がってすぐに、大通りからユーリカたちのいる路地へと一人の男がやってくる。

 男は緑色の肌をした身長160センチ後半の痩せぎすの中年で、額からは一本の角を生やしていた。その姿から彼は人間やエルフではないことが分かる。

その角の男は背嚢を両腕で抱き抱えて、風を切るように真っ直ぐアルビオたちの方へと走ってくる。その必死の形相と先程の悲鳴から彼がひったくり犯なのだろう。


「おいどけ着ぐるみ頭ども! ぶち殺されてぇのか!?」


 角の男はもの凄い剣幕でユーリカたちを威嚇する。だがそんな脅しに対して怯む面々ではない。ひったくり犯を説得しようとユーリカが一歩前に出て、それを守るようにアルビオが更に一歩先に出る。掌に男を制圧できるよう薄く雷を纏わせて、アルビオは男を見た。


「んだぁお前ら!? やるのか? やるんだったら殺るぞ俺は!!」


 角の男はアルビオたちの様子を見ると背嚢を片手に持ち直して、懐から一振りの短剣を取り出す。傷一つない新品のダガーだ。



「武器もまともに振ったことない馬鹿か。だったら……」

「お二人は下がっててください。危ないですのでぇ」



 やる気満々のアルビオを手で制して、二人の前にマリシャが踊りでる。その動作は先程までの緩慢なものとは違い滑らかだ。

 マリシャは迫り来る角の男を見据えると、片手に持っていたガンマン人形を優しく地面へと置いた。そして人形へと冷酷な命令を下す。



「ロキサスちゃん、やって下さい」



 マリシャの言葉を受けたガンマン人形はひとりでに立ち上がり、その指のない円形の手に縫合されたオモチャの銃を構える。対象は眼前のひったくり犯だ。


 ひったくり犯はガンマン人形の動きにギョッとした顔を見せるが、それでもこちらへ向かい走り続ける。手品か魔法の類によるはったりだと男は判断したらしい。


 慣れない手つきでナイフを振り上げて、マリシャたちに迫るひったくり犯。その右足の甲と膝、それからナイフを握った手の肘にそれぞれ弾丸が撃ち込まれる。



「ぐあぁーーー!!?」



 ひったくり犯の男は悲鳴を上げると、ナイフと背嚢を手から離してそのまま地面を転がる。

宙を舞う凶器と盗品を危なげなくキャッチしたマリシャは、二人の方を向いてはにかみ笑いを浮かべた。


「物騒なところをお見せしてしまって申し訳ありません……。あ、安心して下さい彼を撃ったのは豆鉄砲ですのでぇ」


 驚いた風に顔を見合わせるユーリカとアルビオに、マリシャは若干的外れに二人を安心させようとする。その横ではガンマン人形のロキサスが角の男の上着を脱がせて、それを縄のようにして男を拘束していた。


 それからすぐに大通りから中年の女性がやってくる。その背後には二人の衛兵の姿も見える。



「あっちの方です衛兵さん!」

「あいあい分かってますよ……面倒くさいなぁもう」

「うるせぇババアだなぁ」


 衛兵たちは悪態をつきながらダラダラと中年女性についてくる。その様子からはとてもひったくり犯を捕まえようとする気配は見えない。マリシャはその一行を見ると笑顔でそちらの方へと歩いていった。


 口をへの字に曲げていた衛兵たちは、マリシャの姿を見ると、姿勢を正して綺麗な敬礼をする。



「マリシャ様!? どうしてここに……?」

「お仕事です。それとは別件ですがひったくり犯も捕まえておきましたぁ」


 マリシャが朗らかに笑うと、彼女の足元からガンマン人形が顔を出す。その両手にはピストルではなくひったくり犯の背嚢が抱えられていた。



「私が盗られたのはそれよ!! ありがとうねお嬢ちゃん!」


 中年の女性は歓声をあげると彼女に駆け寄って、その足元のガンマン人形から背嚢を受け取る。そうして精一杯の感謝を告げるとそのまま去っていった。


 マリシャがその背中を見送る頃には、ひったくり犯の男も衛兵らの手により正式に捕縛されていた。留置所へと運ぶためだ。きっと彼は亜人だからすぐ処刑されてしまうだろうが、この地の領主である伯爵は暫く男が生きていることにして収監費を自分の懐にしまうことだろう。

マリシャは時々自分の雇い主である伯爵を怖く感じることがある。そしてその頻度は日に日に高くなってきていた。


 ちょっとした感傷に浸っていると、不意に肩に重みを感じてマリシャは振り返る。するとそこには自分の大事な友達であるガンマン人形のロキサスの姿があった。マリシャの出した命令を遂行して戻ってきたのだ。


「お疲れ様ですロキサスちゃん」


 肩に乗るロキサスの小さな頭を撫でると、マリシャはふと先程まで自分と話していた二人のことを思い出す。猫と熊の被り物をしたチャーミングな二人組だ。彼らとも話をしなければなるまい。突然の出来事に衛兵までやってきて、きっと驚いているはずだ。


「騒々しくてすみません……。私、突然人形が動かしたり、衛兵さんに敬礼されたりして、ビックリしちゃいましたよね……」


 言葉に詰まりながらもアルビオらに向けて謝罪をするマリシャ。だがその返答はない。怒らせてしまったのだろうか。あるいは……。


 胸に不安を宿したマリシャに、少し遅れて返答がきた。



「すみませんマリシャ様、先程から誰に向かって話されているのでしょうか?」

「……ふぇ?」


 衛兵の言葉を受けて俯いていた顔を上げると、マリシャの前にはもうあの二人はいなかった。

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