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聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第二章『やがて哀しき人形師』
16/28

2.9 歩幅を合わせて

「着いたねアセド!」


 停留所に馬車を止めたユーリカ一行は、石畳を踏んでアセドの街の空気を一心に嗅いだ。


 アセドは牧歌的なマルダン伯爵領の中では比較的栄えてる街である。なだらかな丘の斜面に作られた街で、家屋もそれに合わせて連なっている。オレンジ色に統一された屋根が段々畑のように並ぶ様子は、初見ではなかなかのインパクトを与えてくれるだろう。

 本来ユーリカたちは昨晩にこの街に泊まる予定だったのだが、様々な不幸が重なり例の廃墟で夜を越すこととなったのだ。というわけでアセドの街についたのは正午、泊まるには早い時間なため、ユーリカたちは食料補給をして今日中にアセドを出発することにしていた。


「それじゃあ買い出し行こっかみんな!」


「待ってくださいユーリカ」


 意気揚々と街に繰り出そうとしたユーリカを止めたのはルカだ。彼女は神妙な顔でユーリカを馬車の中に引き戻すと、小声で話し始めた。



「ここアセドは大きな街です。ということで伯爵の息がかかった衛兵も多く駐在しています。ですので顔がバレている私たちがまとまって動くのは危険です」


 ルカの言うことはもっともである。今までの辺鄙な田舎町だったらまだしも、ここアセドは栄えている街だ。顔を晒してぞろぞろと動くのは危険性が高い。


 それに衛兵と戦うことになった場合は最悪だ。衛兵はこの街の地形についての理解があるし、衛兵という立場上市民を味方にしやすい。完全にアウェイな場での立ち回りは考えただけでゾッとする。


「顔がバレてない男ならここにいるぜ。俺が行ってきてやろうか?」


 シャっと自分を指さすツヴァイにルカがチョップを入れる。額に入った。これは痛い。


「しゃぁっ!!?」

「アンタは捕虜っていう立場なんですよ?買い出しに(かこつ)けて逃げるつもりでしょう?」


 頭をさするツヴァイを尻目にアルビオが立ち上がる。そして肩を回すとプレートアーマーの金属音とゴキゴキという音が鳴り響いた。



「どこに行く気ですかアルビオ?」

「そりゃ買い出しだが?お前ら二人と比べれば顔は知られてないしな。ガキに行かせるのは危なくてお前ら却下するだろ?」


 あっけらかんとそう言い放つと、アルビオは馬車を降りてスタスタと歩き出す。慌ててユーリカとルカが呼び止めるが、華麗に無視してアルビオは街の雑踏へと溶けていく。買うためのお金も持たずに。


「行っちゃった……ですね」

「あのバカ!」


 途方にくれるホフマンとルカ。その横でユーリカはガサガサと身支度を始める。


「ちょっと追いかけてくるね!ついでに買い出しもしてくる!」

「待ってくださいユーリカ。貴女がいくのは危険だと先程……」


 静止するルカに対してユーリカはしたり顔で笑う。そうして馬車の一画から何かを取り出した。人の頭ほどの大きさがあるそれは、無機質な瞳をルカへと向ける。


「大丈夫だよ。これがある!」

「おい、それは俺の……」


 ユーリカの手にあるのは、猫の頭を象った被り物だ。なかば剥製のようにリアルなそれは、ツヴァイを捕まえた時に押収した荷物の内のひとつだ。なんでもオークションに運ぶまでの間、奴隷に被せておくものらしい。そうしておけば、顔が見られず旅芸人の一座だと誤魔化せるのだとか。


 ユーリカは猫の被り物をスポッと頭にはめて、それから追加でクマの被り物を取り出した。こちらもまた剥製のようなリアル調だ。


「うわ、猫さんです……あとクマもいる……です!」

「ユーリカ、まさかそれで行くつもりですか?可愛いですけど、可愛いですけど……」


 ルカの問いかけにユーリカは黙って親指を立てる。如何にも名案でしょ、と言いたげな自信に満ちた様子だ。その純粋さにルカはたじろぐ。


 ルカのその様子を肯定と捉えたのか、ユーリカは全速力で馬車を飛び出した。アルビオが街に出てから時間はあまり経っていない。走れば間に合うだろうという判断だ。



 二人がいなくなった馬車でルカとツヴァイは目を合わせる。呑気にユーリカを見送るホフマンは別として、馬車内には奇妙な空気が充満していた。


「怒らないで聞いてくれよ姐さん、ユーリカさんってひょっとすると馬鹿じゃないのか?」


「抜けてるところがあるだけです……少しばかり」



ーーー



 前に立ち寄った村とは異なり、次から次へと押し寄せる人の波を割いてアルビオは歩く。意外かもしれないがアルビオはこういった人混みというものには不慣れだった。封印される前はたいてい大きすぎる自身の城にひとり引き篭もっていたものだ。時折略奪のために国を滅ぼしたりもしたが、そのときはあくまで侵略者。人混みに溶け込むという経験は殆どなかった。


 地面を睨みつけながら迫る人の群れに、アルビオはそこはかとない不快感を覚える。今すぐ雷で周囲を焼け野原にすることはできるが、追われている現状を考えるとそれを実行するのも憚られた。

 アルビオの今の実力は、全盛期の二割程度だ。そこらの人間には遅れを取らないとはいえ、貴族の私兵相手だと安心もできない。


 憂鬱にため息を吐き、坂道を登るアルビオは背後から近寄る足音に気がついた。ドタドタと迫る足音は明確にアルビオのもとへと進んでくる。

 伯爵の刺客だろうか。それにしてはあまりに無警戒だ。まあいい、何にしろ捕まえて情報を吐かせよう。そう考えたアルビオは足音の主を極限まで近づけて、それから即座に振り向いて襟首を掴んだ。



「ア! ル! ビ! オォォォンっ!!?」


「……何だ、猫?」



 アルビオの視界には聖職者の白ローブに身を包んだ猫の化け物が映っていた。襟首を掴まれてジタバタと足を動かすその姿はとても滑稽だ。

 猫は苦しげに「助けて」だの「私だよ」だの訳の分からないことを捲し立てる。よく見ると猫頭と首の接合点から、ピンク色の髪の毛が見えた。


「お前まさか……ユーリカなのか?」


 落ち着いて観察すれば、目の前の猫から祠での契約で得た繋がりを感じる。にわかに眼前の不審者を警護対象だとは思いたくないが、猫の不審者は頭を激しく振って肯定の意を示す。


「そうだよ、私だよ!と、とにかく降ろしてくれないかな?」


 猫の不審者もといユーリカは、アルビオの拘束から逃れてげほげほと咳き込む。50センチ近くの身長差がある相手に持ち上げられて、体感的な恐怖はかなりのものだっただろう。


 不審者と化したユーリカに珍しく困った顔を見せるアルビオ。その頭にスポッと何かがはめられる。それはユーリカが持っていたクマの被り物だ。



「何をする? 極めて侮辱的なものを感じるぞ」


「何って変装用のマスクだよ? ……私たちお尋ね者なんだしさ」



 後半息を潜めてそう告げるユーリカに、アルビオは今日何度目かのため息を吐いた。クマの被り物からくぐもった息が漏れる。


 こうして猫とクマの不審者たちによる、奇妙な買い出しの旅が始まったのだった。




「お金を寄越せだと?なぜお前にやる道理がある?」

「アリだよアリ! 買い物なんだから大アリだよ!! すみません店主さん、この人社会にちょっと疎くて……」


「この人……? ああ、いいんだよ払ってくれればね、うん」


 店主に詰め寄るアルビオをどけて、ユーリカが財布からお金を出す。考えてみれば略奪を繰り返して強欲の悪魔と呼ばれたアルビオに、買い物をするという考えがあるはずがなかった。


 店主や通行人の好奇の視線から逃げるように、ユーリカたちは購入したカブを抱えてその場を立ち去る。



「ダメだよアルビオ、買い物っていうのは商品をお金と交換するものなんだから。タダで持ってったらそれは泥棒だよ!」

「なるほど、人間の社会ってのはそうなってんのか」


 ユーリカの叱責に対してアルビオは素直に頷く。買い物という概念自体が希薄だったのだろう。見識を深めるようにうんうんと反芻した。


「お陰で目立っちゃってたからね。みーんなこっちの方を見てたよ!」


「いや……それはふざけた被り物のせいだろ」


 ふざけた猫の被り物をしたユーリカに、ふざけたクマの被り物をしたアルビオが突っ込む。正直にいえばどっちもどっちなのだが、お互い決して譲る様子はないようだ。


 さて、カブをどうにか買うことができた一行は次なる店を目指す。坂の上にパン屋が見えたため、まずはそこだろうか。



「次はパンだねー! 柔らかい黒パンが売ってると嬉しいなー!」

「黒パンな時点で嫌だね。バターをたっぷり使ったクロワッサンしか俺はパンと認めない」


 軽口を交わしながら店を目指すユーリカとアルビオ。今にして思えば、こうして二人でゆっくりと歩く機会というのもあまりなかった。初めて出会ったルカと合流する前くらいだろうか。その時も逃げるのに必死で会話は少なかった。


 ユーリカは普段つっけんどんなアルビオとこうして歩けることが嬉しく感じ、スキップをしながら歩く。色々といじわる、というには度を超えたこともやられているユーリカだが、不思議とアルビオに対する不快感というのは少なかった。


「随分と上機嫌だな。そんなに猫の頭を被れたのが嬉しいか?」


 怪訝な顔、というかクマの顔でユーリカを見つめるアルビオに、ユーリカは嬉しそうに微笑んだ。


「違うよ! アルビオとこうして街を歩くのが新鮮でさー、楽しいなーって!」

「散々ひどいめに遭わせたつもりだったんだがな」

「意地悪に関しては許してないよー? 私だってそれはやられたらやり返すって決めたし」


 物騒な会話ではあるがそこに棘はない。お互いにリラックスした状態で話は続いていく。相次ぐ危機に対応し続けていたこともあり、こうした和やかな時間は貴重に感じられる。



「でもさ、こうして一緒に旅をするのがアルビオで良かったよ。封印された悪魔って、もっと恐ろしい者だと思ってたから」



 突如としてそんなことを言い出すユーリカに、アルビオは口を開けて不思議そうに首を傾げる。


「変なこと言うねお前。昔の連中は俺を人心の欠片もない怪物だと呼んでたぜ?」


 アルビオはユーリカの言葉を一蹴する。だがユーリカは違うと言わんばかりに首を振り、改めてアルビオの方を向いて告げる。


「確かにアルビオは人じゃないけど、人の心はあると思うよ。性格はお世辞にもいいとは言えないし、本当に酷いことだってしてくるけど、それは心が人ではないという証明にはならないよ」


 真っ直ぐにアルビオを見上げるユーリカ。その翡翠色の瞳には、強張った顔で目を細めるアルビオの姿が映っていた。


「……俺のことなんて何も知らないくせに。お前のそういう薄っぺらいところは嫌いだ」


 アルビオは歩幅を広げて坂道を登る。目標のパン屋までは寸での距離だ。ユーリカはその様子を見て慌てて歩幅を合わせる。股が地面につくくらい広げても、ユーリカの歩幅はアルビオの歩幅に届かないだろう。だから小走りでついていった。


「確かに私はアルビオのことを何も知らない。だから教えてよ、これから」


 青臭いことを言い放つユーリカに、アルビオはその素早い歩みを止める。それによって駆け足のユーリカがアルビオに追いついた。二人の立ち位置が並ぶ。


「……その内、お前が俺から逃げ出さなかったらな」


 アルビオはそれだけ言うと再び歩みを再開する。先程までと比べて少しゆっくりと。その表情はクマの被り物に覆われていて見れない。


 ユーリカはその返答にうんうんと頷き、アルビオの背中を追いかける。そうして二人は並んで、目当てのパン屋の扉をくぐった。



ーーー



「結局黒パンしか売ってなかったな」

「そうだね。でも焼きたてだから美味しそうだよ」

「旅の食糧なんだろ? 食べる頃には冷めてるぞ」


 アルビオの野暮なツッコミを受けつつもユーリカ一行はパン屋を後にする。主食と野菜は買えたため、あとは飲み水用のワインを買いたいところだ。


 さてワインの店はどこだろうと街を探索する二人に、近づく複数の影があった。アルビオには劣るものの大柄で屈強な男たちだ。腰にサーベルをさげ、金属音を鳴らしながら近づいてくる彼らは、間違いなく街の衛兵たちであった。


 ユーリカたちは一行を避けようとするが、行く手を塞ぐ形でそれは阻止される。この一団の長らしき顎に芝生のような髭を生やした男は、鋭く細い目でユーリカたちを見下ろす。



「な、何でしょうか……?」


「いや失礼。街で奇妙な格好をした人物たちを目撃したもので、少し聞き取りをしようと思っただけですよ」


 顎髭の衛兵がそう言うと周囲の衛兵たちがユーリカたちを緩やかに包囲した。伯爵の敵だと勘づかれたわけではあるまい。ただ、街中の不審者を見る目でユーリカたちを観察している。


 変と言われてショックを受けているユーリカの横で、アルビオは頭を悩ませる。まだ自分たちの正体については気付かれていないものの、このまま調査を受ければバレるのも時間の問題となる。


「あー、それは大変失礼した……ました。私たちは旅芸人の一座でして、これはその衣装だ……です。なのでアンタたちが疑うような怪しいもんじゃないです」


 アルビオはこの場を切り抜けるために咄嗟の嘘をつく。ルカとホフマンからトレースした敬語はとても聞けたものじゃなかったが、それでも衛兵たちは旅芸人の一座であると認めてくれたようだ。

だが、だからといって窮地を脱したわけではない。次なる質問が二人を襲う。


「でしたらその被り物を取って頂くことは可能ですかな? いや、中にはそうやって素顔を隠して逃げる犯罪者もいるんですよ。勿論貴方たちは違うと思いますが」


 考えてみれば当然の質問だ。素顔が見えなくて疑われているのだから、素顔を見せろと言われるのは必然であった。だが、ここで素顔を晒せば本格的に戦いとなってしまうだろう。

 となればやる事は決まっていた。クマの双眸が妖しく光り、真っ直ぐと伸ばされた拳が顎髭の衛兵を吹き飛ばす。アルビオの先制攻撃だ。


「アーゴさんっ!?」

「このクマめ、何をしやがる!」


「クマは凶暴な生き物なんだぜ。知らなかったのかお前ら」


 アルビオはそのまま百戦錬磨の動きで周囲の衛兵たちを蹂躙する。雷すら纏わず拳だけで、衛兵の鎧にヒビが入る。

 町人の悲鳴が上がる頃にはもう、衛兵はすべて地面を転がっていた。街の粗暴者ばかりを相手している衛兵に、大悪魔たるアルビオが負けるはずがない。


「アルビオ! 逃げよう!」


「顔隠してんだから名前呼ぶんじゃねえよクソ猫」


 衆人の注目から逃れようと、ユーリカはアルビオの手を引いて走り出す。アルビオは悪態をつくのと同時に、逆にユーリカの手を引いた。強い力になされるがままに、ユーリカの身体が浮きアルビオに抱き抱えられた。


「え?え?」

「逃げるなら、こっちの方が断然早い」


 そうしてユーリカを抱き抱えたアルビオは、雷の如きスピードでアセドの路地裏へと消えた。



ーーー



「ここまで来れば安全だろう」


 アルビオは周囲を見渡してから、ユーリカを地面へと降ろす。場所はアセドの路地裏。坂道を登る形で逃げてきたため、街の中でも見晴らしのいい場所だ。


 まだ昼頃ということもあり、街を見下ろせば活発に動く人々の姿が見えた。井戸水で洗濯物を洗う婦人や元気に駆け回る子供たち。そして恐らくユーリカたちを探しているであろう衛兵の姿を見つけ、慌ててユーリカは身を隠した。


「ありがとうねアルビオ。重くなかった?」


 逃げ切れたのを確認すると、ユーリカはアルビオに感謝を告げる。昨日の廃墟の時といいアルビオのおんぶにはお世話になりっぱなしだった。


「俺の力にかかれば、お前も豚も重さは変わらん」


「何か嬉しくない返しかも、それ」


 デリカシーを排したアルビオの言葉に、ユーリカはぷくーと頬を膨らませる。ユーリカとて年頃の少女だ。体重は超重要事項なのである。


「これじゃあ、おちおち買い物もできなくなったな。ある程度食糧も買ったし馬車に戻るか」


「そだね。ルカたちも心配してるだろうし」


 このままアセドに長居するのもまずい。そう考えたアルビオたちは馬車へ戻ることにする。

 坂道をくだって行こうとしたところで、二人の視界にふと一人の少女の姿が映った。


 道の先からやって来る少女は、紫がかった膝丈のワンピースを着て、ガンマンの人形を腕に抱えていた。歩くたびに、後ろで二つ縛りにした銀髪がきめ細やかに揺れる。肌の色素は薄く、その整った顔立ちも相まって彼女自身が精巧な人形のようにも見えた。


「こ、こんにちはぁ……」


 そして銀髪の少女こと、伯爵の刺客マリシャは、アルビオたちに話しかける。口元をもぞもぞと動かし、気の抜けたようなマイペースな声で。

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