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あとは時間の問題かもね


 あれからの数日間は、ジェラール様もリックさんもパン屋にくることはなかった。

 爵位返上宣言の騒動もあったし、いろいろと大変なのかもね。ジェラール様に関しては自業自得だけど、リックくんは完全なとばっちりだ。今度お店に来た時はサービスしてあげよう。


 実のところ、こちらとしてもしばらくジェラール様がこなかった点については助かっているんだよね。私の気持ち的にもそうだけど、あの日のことを見ていた人たちから一気に噂が広まって、こちらもこちらで大変だったから。


 とはいっても、ほとんどは良い感情を向けられる意味での噂だったけどね。

 私としては「騎士団長様の相手があんな地味なパン屋の娘!? 許せない! 潰す!!」みたいな騒ぎになるんじゃないかと思っていたんだけど……そういった声は今のところ聞かず、本当にビックリするほど好感を向けられているのでちょっと戸惑ってる。


 元カレのせいで、私は怯えすぎていたのかな。


 それともジェラール様が根回ししたか。迷惑はかけないって約束までしていたし……。

 もしくは私が思い込んでいただけで、世間の人たちは思っていた以上に優しい人が多かったという可能性も。

 以前、悪評に乗ってしまった人たちが罪悪感を抱いているのかもしれないし、詳しくはわからない。


 ま、なんでもいいか。お店やマノン、それから私にも被害がないなら深入りはしない。

 好意的な反応もちょっと対応には困るけどね。だってまだお付き合いしているわけじゃないもの。


 そういった騒ぎも四日目になると少しだけ落ち着いてきて、ようやく日常が戻ってきた。

 いつも通りにパン屋を営業し、いつも通りに閉店作業。変わらない毎日がなによりホッとする。


 そして五日後。閉店間際になってジェラール様とリックさんがやってきた。

 そろそろかな、とは思っていたから特に驚きもせず、私は扉の看板をCLOSEにしながら二人を店内へと招き入れた。


「お疲れ様です、リック様」

「マノンちゃんこそ、お疲れ様。ごめんね、閉店の時にきちゃって」


 かわいいカップルは久しぶりの再会に頬を染め合っている。癒されるわぁ。


「妹さんは、恋人しか目に入っていないみたいだね」

「そう言わないであげてくださいよ。久しぶりの再会なんですから」

「悪い意味じゃないさ。忙しかったのは僕のせいでもあるしね。むしろ申し訳ないと思っているくらいだよ」


 そう言って眉尻を下げながら、ジェラール様はフルーツの入った籠を手渡してきた。


「だからこれはお詫び。リックと一緒に選んだんだ。後で妹さんと一緒に食べて」

「え、こんなに!? わ、桃が入ってる……」


 フルーツ自体それなりに値段が高いので頻繁には食べられないというのに、桃なんて高級品は一度も食べたことがない。

 他にも知識でしか知らないフルーツがいくつも入っていて、この籠だけでドレスが何着も買えてしまいそう。


「念を押すけど、これは僕が貴女たちに迷惑をかけたお詫びだから。受け取ってもらえるかい?」


 ジェラール様も反省をしているってことかな。とんでもないことを言い出していたもんね。なんだかおかしくなって笑っちゃった。


「はい、ありがとうございます」

「うん。受け取ってもらえてよかった」


 さて、と。ジェラール様にも話があることだし……少し、二人にさせてもらおうかな。


「マノン、あとの片付けは私がやるから、リックさんと食事でもしてきたら?」

「え!? そんなの悪いよ」

「もうほとんど終わっているもの。それに、断るつもりなのだとしたらリックさんが悲しむかも」


 そう言いながら目配せすると、リックさんはこちらの意図を正確に察知して悲しそうな目でマノンを見つめた。さすが、騎士団長様の補佐。


「うちの部下は優秀だろう?」

「ふふ、そうですね。あの、勝手に言い出してしまいましたが……少し時間をいただけますか?」

「もちろん。僕もそのつもりできたからね」


 ここまでくるとマノンも察したようで、ウインクをしながらリックさんと二人店の外へと出て行った。


 妹さんも優秀だね、とクスクス笑うジェラール様がなんだか無邪気に見える。

 不思議だな、ひとまずの結論を出しただけで、こんなにも穏やかな気持ちでジェラール様を見られるなんて。


 私の頑なな態度と考えが、自分自身を苦しめていたのかもね。


「ジェラール様。今から私は不誠実なことを言います」

「不誠実?」

「はい。不快に思われたらそのまま嫌ってくれても構わないので」

「そんなことにはならないと思うけれど、聞かせてもらおうかな」


 店内に二人きりになったところで、私は思い切って話を切り出した。少し緊張するけれど、思っていたよりもリラックスできていると思う。


「あの、お試しでお付き合いさせてもらえませんか?」

「え」

「私はこれまで、自分のことしか考えていませんでした。ジェラール様と一緒にいることで、色んな目を向けられるのがただ嫌で、貴方自身のことを見ていなかったって気づいたんです」


 ジェラール様は目を丸くしたまま黙って私の話を聞いてくれている。

 何を思ったかな。自分勝手な女だって幻滅したかな? 別にそれならそれでもいいけど、今は少しだけさみしい気持ちもある。心境の変化ってやつだ。


 ただもし嫌われて離れていったとしても、私はその結果を受け止める。ちょっとした後悔と一緒にね。

 だって、どのみち嘘をついたままお付き合いなんてできない。私のほうこそありのままを見せないと。


「真剣に思いを伝えてくれる貴方に対して、それは失礼だったなって。かといって、気持ちにお答えできるほど私はジェラール様のことを知りません。だから」

「まずは、僕のことを知りたい、と?」

「……ま、まぁ、そうですね。あっ! だからといって、恋人になるかどうかは別で……! 知った上でお断りすることもあるかもだし、そのっ」

「うん、うん、わかっているよ」


 後半は少し焦って言い訳じみた言い方になっちゃった。でも伝わったんだと思う。

 ジェラール様は俯いて、片手で顔を覆ってしまった。


「ジェラール様……?」


 やっぱりがっかりさせてしまったのだろうか。

 そう思ったのも一瞬で、ジェラール様はバッと勢いよく顔を上げると感動に震えながら口を開いた。


「ああ、ごめん。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ」

「え? あれ?」


 嬉しいとはこれいかに。だって喜ぶようなことは言ってないと思うんだけど?

 でもなんというか、どうも浮かれている様子にちょっと心配になってくる。ちゃんと伝わっていたよね? そう思って改めて言葉を返した。


「あ、あの、まだ受け入れられるとは……それに、お試しだなんてあまりにも不誠実で」

「いいや、とても誠実だよ。だってアネットさんは、僕と向き合ってくれるっていうんだろう?」


 誠実? あ、でも、あえて言わない選択もあったし、このまま断固拒否だってできた。

 向き合うという結論は、誠実と言えるのかも。いや、でもお試しだからと思って……。


「チャンスをくれてありがとう。どうか、僕とお付き合いしてください。そして僕のことを知ってほしい。貴女のことももっと知りたい」


 ああ、そうか。ジェラール様にとってはこれが「チャンス」になるのね。なんだかむず痒いけど……つまり、それでいいってこと、だよね。


 うん。それなら返事は一つだ。私から言い出したこと、だし。


「は、はい。よろしく、お願いします」

「やった! アネットさんっ!」

「わぁっ!? ちょっ、ストップ!!」


 ガバッと勢いよく腕を広げ、私に抱きつこうとしてきたジェラール様を慌てて止める。

 目の前でピタッと止まったジェラール様は不服そうに口を尖らせていた。


「ハグはダメ?」

「うっ、も、もう少し待ってもらえると」

「じゃあ、手は?」

「そのくらいなら……」


 なんで私が罪悪感を抱かなければならないのか。ただ、その、私はそういうことに慣れていないから段階を踏んでほしい。


 まぁ、手ならいいかと思っておそるおそる差し出すと、ジェラール様は流れるような所作で私の手を取り、そのまま指先にちゅっとキスを落とした。


 へ!?!?!?!


「なっ……!?」

「手だから、いいだろう?」

「ず、ずるいですよ、それは! 私は平民なんですから、そういうのは慣れてないんですよっ!」

「心外だな。僕だって女性の手に唇を触れさせるようなキスは今初めてしたよ」

「えっ」


 なんでも、普通はリップ音だけか自分の親指にキスをするのがマナーなんだそうで。

 それはそれで、どうして私ならいいとお思いで!?


「この気持ちをどうしても抑えられなかったから。ごめんね?」


 くっ、まったく顔の良い男はこれだから!


「後にも先にも貴女にしかやらないよ。だから、いつもは誰にも頼れないアネットさんも、僕にだけは頼ってほしい」

「えっ」

「甘えてよ。そのくらいの器は持ち合わせているつもり」


 お見通し、と言われたような気がする。

 確かに私は一人でも生きていける! って強がってる自覚はある、けど。


 なんか、見透かされてるのってすごく恥ずかしいな? 思わずプイッとそっぽを向いてかわいくないことを口にしてしまう。


「私、人に甘えるのは苦手です」

「ふふ。そんなアネットさんも堪らなく好きだよ。かわいい」

「かわっ……!? そんなわけーー」

「本当に好きなんだ、アネット。心から」

「~~~~~っ」


 ずるい! 顔の良い男は本当に!!


 ……でも、それも全て人によるんだ。

 人は顔が全てじゃないとは言うけれど、ある意味それを実感させられた。私の偏見も見直さないといけないのかもね。


 ただちょっと早まったかな? と思わなくもないけれど。


「これからは毎日仕事終わりに会いにくるよ」

「ま、毎日!?」

「そう。だって僕はアネットさんに振り向いてもらうために必死なんだから。ダメ?」

「ダメ、じゃ、ないですけど」

「けど?」

「ああ、もう! いいです! どうぞ毎日会いに来てください!!」

「うん、ありがとう。そうするよ」


 私の一言で、簡単に一喜一憂するジェラール様。あの騎士団長様がだよ? いまだにちょっと信じられない。


 あっ、また指先にっ!! もう、油断も隙もない!


 正直、ずっと胸がドキドキしているし、触れられて嫌だとも思わない。


 だから、時間の問題かもしれないけれど。


「僕は世界一の幸せ者だなぁ」

「言いすぎですよ。まだ結論は出ていないんですからっ」

「そう? 僕は結構、自信があるんだけどなぁ」


 すぐに認めてしまうのは、悔しいし。


 ふ、ふーんだ。しばらくの間は様子を見させてもらいますからね!

 だから、その。お、お手柔らかにお願いしますよ、ジェラール様!!


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