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8.調べてもらいました

「うーん……もっと、いえ、ここをこうしたら……」


 ぶつぶつと独り言をこぼしながら、私は指先に力を注いでいる。


「どうかなさったのですか?」


 じょうろを持ったダニエラが、少しかがんで尋ねてくる。


「土人形の代わりを、なにか生み出せないかと思って……」


 単純な、例えば花を咲かせるだけの魔法陣であったり、割れた食器を元通りにするだけの魔法陣であれば、アレンジにここまで悩むことはない。

 けれど魔法陣と魔法陣を組み合わせたり、別の機能をもたせようとすると途端に複雑化してしまうのだ。


「代わり、というともっと丈夫な土人形という感じでしょうか」


 そう言いながら、ダニエラが近くの蔦薔薇に水をやりはじめた。


 庭師の二人は、新しい肥料を買いに街へ出ている。

 最近は咲き誇る花々の影響で、大忙しのようだ。


「痛っ」


 ダニエラの声に、急いで振り返る。


 彼女の指先からは、ぷっくりとした赤い血が伝っていた。おそらく、蔦薔薇の棘が刺さってしまったのだろう。


「そうだわ。この蔦薔薇を伸ばして襲わせるようにすれば……訓練場にも花を咲かせられるんじゃないかしら」


「良いアイディアですが……棘が刺さったら怪我人が出てしまうのでは」


 指先をちゅ、となめながら「うう……」と唸るダニエラ。


 たしかに、この薔薇の棘は魔力で生み出されたからかちょっと触れただけでも肌を傷つけてしまう。

 庭師の少年が、廊下に飾る薔薇を摘んでいたのを二階の窓から見ていたことがあったけれど、棘の処理には苦労していたようだった。


「たしかに……訓練には不向きよね」


「それに、襲ってくる花は、純粋に怖いです」


 ダニエラの言葉に、私は少しがっかりもしながら素直に頷いた。


「これは封印ですね」


 私は再びしゃがみこむと、書き終わった魔法陣を消そうとする。


 そのとき、私の手元に影が差した。


 アルノルト様だろう。そう思ってにこやかに顔をあげると、全く知らない男の顔が間近にあって「ひゃっ」と尻もちをついてしまう。


「君が、この異常な魔法陣を描いたんだね」


 異常、という言葉が胸に突き刺さる。


 そもそも魔法陣自体が、時代遅れかつ不必要なものだ。


 私は実家にいた頃、そのことで大層不興を買っていた。蕾しかない人差し指の刻印よりも、何なら嫌がられていただろう。


 婚約者としてこの地にやってきて、庭に花を咲かせたり、皿を直したり、噴水から水を出すようにしたりと比較的便利な魔法陣を描いてきたから受け入れられていたけれど、本来はこんな風に「異常だ」と不気味がられるのが一般的だ。


「エリーゼ嬢、これは――」


「失礼ですが、どなた様でしょうか!」


 私が落ち込んでいるとダニエラが割って入る。


 城の庭に勝手に入って来られるような人物は限られている。何故か私の名前も知っていたし、関係者のうちの一人であることは間違いないだろう。ただ、ダニエラも素性を知らないとなるとさほど親しい人間ではなさそうだ。


 紫色の、男性にしては少し長い前髪が風に揺れている。

 そのうちの一房だけが金色なのは、生まれつきなのだろうか。


 ダニエラと同じ青い瞳をしているが、ダニエラから感じるようなほっとする暖かさや柔らかさは感じない。


 ずいぶんと整った顔立ちをしているが、私は整った顔というものに興味がないのでどちらかというと"印象の薄い顔"という認識になってしまう。


「これは失礼したね。僕は……」


 そう言いながら、大げさに左手を広げ、右手を胸に当てる仕草は、まるで観客を前にした奇術師だ。今からとっておきの種明かしをするぞ! とわくわくしているような表情に、私は少しだけたじろいだ。

 こういった舞台演者のような雰囲気の人物が、身近にいたことがないからだ。


「すまない! エリーゼ」


「……アルノルト様!」


 なんだか急に安心して、私は彼のもとに駆けていく。


「驚かせたな。この男は……」


 そう言いかけて、次の言葉に詰まるアルノルト様。


 ローブの中の表情はどこか当惑していて、眉尻も下がってるのがわかる。


「リック……。そうだね、リックと呼んでもらおうか」


「……リック、様。はじめまして」


「彼は魔導師なんだ。エリーゼの魔法陣について調べてもらうために連れてきた」


 魔導師とは、貴族の中でも飛び抜けた能力と刻印の持ち主で、王族を含めた数人だけが持つ肩書だ。


 私は慌てて引き下がり、顔を伏せる。


 そういえば昨日から所用で城を空けると言っていたアルノルト様が、それはこのためだったのか。


「気にしないでいいよー、それより魔法陣だよ魔法陣! あぁ、これは、すごい!!」


 なんだか興奮した様子で、先程足元に描いた魔法陣を舐めるようにじっくりと見回すリック様。


「この通り少し、いや、かなり変わっている男だが、魔法陣については本当に研究熱心で……その、仕方なく連れてきてしまった」


「仕方ない、はひどいなぁ。まぁそれもこれも、愛する婚約者のためなんだから隅に置けないよねぇ」


 ちらりと片目だけでウインクするように反論したリック様に、アルノルト様が動揺する。


「余計なことを言わず、さっさと調べろ」


「はいはい」


 そのとき、つつつ、と傍にやってきたダニエラが「愛する、ですって! エリーゼ様!」と私に囁いた。


 ぽっと一瞬頬が熱くなるのを感じるが、今はそれよりもこの状況だ。


 高位な魔導師というだけで口も利けなくなってしまうのが普通だが、アルノルト様はずいぶんと砕けた様子で、普段から気の置けない関係であるというのがよく伝わってくる。


「あ、あの……」


 私は思い切って、リック様に呼びかける。


「魔法陣を調べる……とは、どういうことでしょう」


「こういったものを描いたり使っていくことで、君に何らかの害が及ぼされないかが心配なんだって」


 今どきは珍しいからね、と言うリック様に、私は恐縮してしまう。というより、照れているのかもしれない。今更になって嬉しい気持ちが湧き上がってきた。


 ふと隣を見ると、アルノルト様は申し訳無さそうな顔をした後、ぷいっとそっぽを向いてしまった。もしかしたらアルノルト様も、少し照れているのかもしれない。


「とはいえ……魔法陣を描くこと自体は昔からしてきたんだよね」


「あ、はい。それはもう、幼い頃から」


「だったら問題ないんじゃないかなー」


 軽い口調で立ち上がったリック様が、両の手のひらを持ち上げて首を振るジェスチャーをした。


「ちゃんと調べたのか」


「もちろん。ただ、正直そこまで詳しく調べるまでもないっていうか……魔法陣はなにの変哲もない、全く問題なく発動するすばらしい魔法陣だよ」


「先程は……異常な魔法陣とおっしゃっていましたが」


 私は思わず口を出す。


 蔦薔薇の棘のように、私の心に引っかかっていたからだ。


「そう、異常なことなんだ! これほど完璧に、間違いなく発動できる魔法陣をこんな短時間で描きあげるなんて!!」


 リックは一歩下がり、先程の魔法陣の端々を指差した。


「普通の魔法使いがこの魔方陣を描こうとするとすると数日……いや、数十日かかるかもしれない!!」


 だんだん、彼の興奮度が増しているような気がして、私は少し後ずさる。


「まして、既成の魔法陣を丸写ししているわけでもない! オリジナルの魔法陣を、その場で考えながら、アレンジして! 一体どうやったらそんな異常なことができるんだい!」


「わっ」


 急に顔を近づけられ、私は手で押しのけるようにしながら身を引いた。


「全く、アルノルトといい、君といい、本当に面白い!!」


「ひえぇ」


 更に迫りくる整った顔に、私は恐怖さえ感じて情けない声を上げる。その時、アルノルト様がぐいっと私の腕を引き、胸に引き寄せた。

 硬い胸板が当たって少し痛かったけれど、私はようやくほっと安堵した。


「問題ないことがわかったのなら、今日はここまでだ。お互い多忙な身の上だろう」


「ちぇー」


 子供のように唇を尖らせたリック様が惜しむように魔法陣をちらちらと見ている。


「王都での仕事なんかより、ここで二人のことをもっと研究したいのに!」


 今にも地団駄を踏みそうな勢いに、私はやっぱり戸惑うことしかできない。

 魔導師に会ったのは初めてだが、もっと硬派で、偉そうなタイプだと思っていたから尚更だ。


「お忙しいのですね、やっぱり」


「僕のことはいいんだ。それよりふたりとも! 今度王都に来たときは、絶対僕のところに遊びに来てね!」


 約束だからね、と言いながら去っていくリック様は、まさに嵐のような人だった。


「急に変な奴を連れてきてすまなかったな、エリーゼ」


「いいえ。ご心配してくださってありがとうございます」


 その、嬉しかったです。と告げると、アルノルト様がほのかに微笑んだ。


「なんだか疲れてしまいましたね」


 少し下がったところから見守ってくれていたダニエラが、ようやく傍にやってくる。


「でも、魔導師様のお墨付きなら、これからも魔法陣を心置きなく描けますね!」


「ええ。アルノルト様のお役に立てそうで何よりだわ」


 そう言って笑みを浮かべる私だが、アルノルト様はすこし浮かない顔でそうだな、とつぶやくだけだった。


次話は明日投稿します。

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