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6.街が襲われました

「だいぶ広がってきましたね」


 私の声に、アルノルト様が頬を緩める。


 回廊沿いの中庭いっぱいに、花が咲き誇っている。

 薔薇なんて、私が知っているほとんどすべての種類を集めきってしまった。


 今日は今にも降り出しそうな曇り空だが、きれいに晴れたらそれはそれは美しく輝く庭になることだろう。

 この気温ではいつまで持つかはわからないが、やや季節違いの花を楽しむことができるのも、魔法陣の良いところなのかもしれない。


 もちろん、起動するのはアルノルト様だ。

 私ひとりでは、足元の一輪ですら難しかっただろう。


「うーん……」


「どうかなさいましたか?」


「いや、少し手狭になってきたな、と思ってな」


「たしかに…こんなにもお花がいっぱいの庭園はそうそうないですね。次はどこに咲かせましょうか」


「他に開けている場所というと……騎士団の訓練場くらいしかないが」


 さすがにそこは使えないな、とアルノルト様が苦笑する。


 騎士自体は、王都でも珍しくない。だいたいは貴族が兼任していて、私のお兄様も所属していたからまるで勝手がわからないということはない。

 しかし、辺境伯領での騎士団ともなると、城の周辺を警護するだけ、というわけにはいかないだろう。

 瘴気に惹かれ湧き出てきた魔物と戦ったり、隣国、すなわち敵地に出向いたりしなければならないはずだ。


「そんなに心配そうな顔をするな」


「……す、すみません」


「ユストゥスを筆頭に、(つわもの)揃いだぞ」


 アルノルト様は、自信をもってそう告げてくる。


「……あの、訓練には出なくて良いのですか?」


 誰あろう、その騎士団の団長を務めているのはアルノルトその人である。


 今も、こうして私の花畑計画に付き合ってくれているが、騎士団の団長ならばそれなりに忙しいだろうし、訓練なんかも相当厳しいものになるだろう。


「私が言うことではないのかもしれませんが……」


「いや、構わない。しかし最初に見ただろう。俺の魔法は……加減ができないんだ。何度か怪我人を出したこともある。だから……というわけでもないが、普段は雑務ばかりだ」


 寂しげに息をつくアルノルト様に、私は胸が締め付けられるような思いがした。

 こんな顔を、婚約者にさせてはいけない。


「訓練場に行きましょう」


「今からか?」


「ええ。きっと……顔を出すだけでも、騎士団の皆さんは心強く思うはずです」


 何より、アルノルト様の曇ったような、寂しげな表情が晴れるのであれば、それで十分だと思った。



 ***



 訓練場は、城のすぐ裏手にあった。

 これならばいざという時にも、騎士団を動かしやすいということだろう。


 団員をまとめているのは、副団長のユストゥスだ。

 彼も何かと忙しそうにアルノルト様の側をうろうろしているが、こういうことだったのかと私は妙に納得する。


「この度、アルノルト様と婚約いたしました。エリーゼです」


 綺麗に隊列を作った騎士団の前で、私は軽く挨拶をする。

 そうするよう、促されたからだ。


 ざわついていた団員たちが、一瞬静まり返る。

 ほとんどの団員の腕や顔には、花の刻印があった。皆それだけ強い魔力を持っているということだろう。


「いつも、訓練お疲れ様です。みなさまのお陰で辺境伯領が賑わっているのだと思うと、喜ばしい気持ちでいっぱいです。差し入れにお菓子を持ってきたので、後で召し上がってくださいね」


 一歩ずれて、ダニエラに用意してもらったカゴを見せると、うおおおおという威勢の良い声が上がった。


 それからはアルノルト様に代わり、周囲を見学する。


 王都の騎士団の訓練というのも、祭りの席などで公になることがあるが、どこか格式張った"型"に近いものが多いように感じていた。


 しかし、ここは実践的な訓練がほとんどだ。

 次々と放たれる魔法に、私は感嘆の声を上げる。


 だいたい、十分から十五分ほどした頃だろうか。そろそろ休憩を、というタイミングで全身を武装した騎士団員が数名ほど駆けつけてきた。


「申し上げます! 申し上げます!」


 アルノルト様の前で慌てて膝を折った団員の一人が、慌てた様子で息を切らしている。


「魔物が……城の南西に襲来いたしました!」


「そうか」


 落ち着いた様子で、報告を受けるアルノルト様。すぐにやってきたユストゥスが、団員に指示を出しながらまとめている。


「さあ、出動の準備を! これは訓練ではない!」


「いい、ユストゥス」


「は? ですが……」


「現場には、俺が一人で向かう」


 それだけを言い残し、すぐに去っていくアルノルト様。その背中からは、何の感情も読み取れない。


「良いのですか? 行かなくても……」


 私はユストゥスに尋ねる。


「……最初はお供させてもらっていたのですが、結局のところ……我々では足手まといなのです」


 その声に、近くにいた団員の一人がため息をつく。

 顔を見合わせる団員たちも、皆似たような表情だ。

 拳を震わせるユストゥスは特に悔しがっていて、誰よりもその感情を持て余しているように感じられた。


 ほどなくして、魔物がアルノルト様に倒されたとの一報が届く。あれほど激しく実践的な訓練を積んでいた団員たちは、揃って後処理に向かうのみだった。



 ***



 コンコン、とドアをノックする。

 場所は、私には用がないはずの一階、執務室だ。


「入れ」


「失礼します」


 なんだ、エリーゼか。と肩透かしを食らうアルノルト様に、私はこくりと小さく頷く。


 先程の一件から、まだ一時間も経っていなかった。


 室内は綺麗に掃除が行き届いていて、他の部屋と同様に埃一つ見当たらない。

 南向きの窓がわずかに開いていて、そこから湿った風が吹き込んできていた。

 壁際には本棚が並び、小難しいタイトルが並んでいる。


 中央の窓際には広々とした重厚な机が置いてあって、座っているアルノルト様の隣でなにか紙の束を持ったユストゥスが屈みながら枚数を数えているところだった。


「どうした。また魔法陣でも描いたのか?」


「いえ……今回は、別件です」


 それからこちらを見るユストゥスをちらりと窺ったあと、まっすぐに前を向いてアルノルト様に尋ねた。


「騎士団を、任務から遠ざけるのは何故ですか」


「何故って……それが一番安全で、効率的だからだ。わざわざ、団員たちを危険な目に遭わせることもあるまい」


「なっ、危険など、承知の上です!」


 黙っていられないと思ったのか、ユストゥスが声を荒げる。


「そんな覚悟など、しないで済めばそれで良い」


「……ですが!!」


 まだ言い足りないのか、ユストゥスが身を乗り出す。そのとき、閉じていたはずの扉が勢いよく開かれた。


「ご無礼をお許しください! 団長!」


 現れたのは、城下町を警護していたと思しき騎士団員の一人だ。


「市街地に、魔物が多数現れました!」


 後から、別の団員が駆け込んでくる。


「その数、およそ数百!」


「数百、だと!?」


 アルノルト様が驚いた様子で立ち上がり、ローブを翻した。


「ただいま残った団員で、領民を避難誘導しているところです!」


「……先の襲撃は、陽動だったのかもしれないな」


 青ざめるアルノルト様に、ユストゥスが続ける。


「おそらく、敵国の仕業でしょう」


「敵国というと……隣国の」


「はい。リューベッセルのことです」


 リューベッセルとは、国境の東に位置する貧しい国だ。

 宗教が盛んで、かつては我が国との国交もあったらしいが、先々代の王が死んだ後は魔物を操る怪しい技術に傾倒していると聞く。

 領地も狭く、魔法自体も未発達らしい。それ故、かはわからないがこの辺境伯領を昔から狙っているようで、ちょっとした小競り合いが長らく続いているという。


「ひょっとして、城に湧き出る魔物たちは」


「半分は瘴気に寄せられているのでしょうが、もう半分は……」


 ユストゥスの言葉に、私は察して押し黙る。


「多数の魔物の襲来も大体は自然発生ですが、敵国の誘導の場合もあるのです。特に街中には自然発生しにくいので、手引きの可能性が高い」


「操られた魔物たちの襲撃は、手こずることも少なくないのだ」


 アルノルト様が、視線を落として唇を震わせる。


「以前の市街地襲撃では、多くの被害が出た」


「……そんな」


 では、早く! 早く向かいましょう、と私はアルノルト様に声を掛ける。こんなところで悠長に事情を聞いている場合ではない。


「できないのだ」


「え?」


「俺の力では、味方や領民に被害が出てしまう。狭く人通りの多い市街地では、戦えないんだ」


 そう言って、出動の準備をユストゥスに任せるアルノルト様。ユストゥスはすぐに御意、と短い返事だけを残して部屋を出ていってしまった。


 少しも連携の取れない騎士団とご自分との関係に、アルノルト様は歯噛みする。


 窓には、ぽつぽつと小雨が当たりはじめていた。


「……雨、水……そうだわ!」


 私は思い立って、アルノルト様の手を握る。


「少し考えがあるのです。うまくいくかはわかりませんが……どうか、ついて来ていただけませんか?」


 私はアルノルト様の返事を聞く前に、その手を引いて部屋を出た。行き先は、ユストゥスが合流するであろう騎士団のところだ。


 途中、通り抜けた中庭の草花は雨に濡れ、不意に訪れた天からの恵みに喜んでいるようだった。


次話は明日投稿します。

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