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お守り~策士ダニエラ~

沢山のブクマ、評価ありがとうございます。

嬉しくて舞い上がっております。

誤字脱字報告も大変助かっております。

舞い上がった勢いで閑話を書いてみました。

 肌を焼くほどの日差しが収まり、いつしか蝉の声も聞こえなくなってきた。


 中庭には、先日魔法陣で咲かせたばかりの秋薔薇がちょうど盛りを迎えている。


 王都で起こった妹の妖化事件から、まもなく三ヶ月が過ぎようとしていた。


「エリーゼ様、またお手紙が来ましたよ」


 コンコンとノックした侍女のダニエラが、扉の外で声を上げる。


 私はすぐに入って、と言い、待ちきれずに立ち上がってしまった。

 心なしか、ダニエラの足取りも忙しない。


 銀のトレーに乗せられた封筒を受け取ると、手早く差出人を確認した。


「ふふっ、カタリーナさんだわ」


 封蝋を丁寧に外すと、中には丁寧な美しい文字で「お元気ですか」と綴られていた。


 手紙を一枚読み終えるたびに、胸がほうっと暖かくなる。

 王都近郊に住んでいた頃には、こんな気持ちになったことがなかった。


 社交界にも縁がなく、お友達もいなかったのだから当たり前といえば当たり前だ。


「たしか一昨日にもレベッカ様からお手紙が……」


「ええ。みなさん、お茶会で少し一緒しただけなのにとても良くしてくださって……本当に嬉しいわ」


 私がうつむくと、ダニエラが良かったですね、と噛みしめるように言った。


 思わず顔をあげると、まるで母親のような温かい眼差しが向けられていて言葉に詰まる。


 ダニエラも、婚約者としてやってきてからの私の孤独っぷりをよく知っている。


 王都にいる間も「社交界やお茶会で嫌な目に遭ったりしませんでしたか? 何かあれば、アルノルト様にご相談なさってくださいね」と眉尻を下げていたほどだ。


 そんなことを考えていたとき、再び扉がノックされた。


 返事をすると、執事のヨーゼフがこれまたダニエラのような優しい顔で入ってくる。


「先程ダニエラが手紙を持ってきたかと思うのですが」


「今読んでいたところよ」


「そのカタリーナ嬢から贈り物がございましたぞ、エリーゼ様」


 見ると、差出人の欄にはレベッカさんの名前も記されていた。


「まあ、何かしら」


 私はヨーゼフに紐を解いてもらい、できるだけ丁寧に、包みを一つずつ取り去っていく。


「おお、これは」


 先に声を上げたのはヨーゼフだ。

 続けてダニエラも、素敵! と口元に両手を当てた。


「こんな素敵なものを……お二人が?」


「そのようですね」


 蕾の刻印を隠す白手袋の上にあるのは、可愛らしい花の刺繍がほどこされたハンカチだ。

 それも、カタリーナさんとレベッカさん、それぞれから一枚ずつ届いたらしく私の両手いっぱいに繊細な刺繍が広がる。


「私……どうしましょう」


 嬉しい、という感情に目一杯さらされた後、真っ先に思ったのがお礼のことだった。


「すぐに、お手紙でお返事を出されてはいかがです?」


 ヨーゼフが提案してくれるが、私はこのハンカチに見合うだけの返事を書ききる自信がなかった。


「私に、良い考えがあります!」


 ぽんと手を打ったのはダニエラだ。

 彼女はそのまま私の前にぐっと体を寄せ、ひっそりと、まるで内緒話でもするように囁いた。


「エリーゼ様も、刺繍をなさいませ」


「え、わ、私が?」


「そうです。心を込めて、ひと針ひと針縫うのです」


「でも……心得がないし……」


「大丈夫です。私が指導して差し上げます」


 ダニエラが? と、申し訳ないが少し訝しみながら視線を向けると、彼女はこれまた自信たっぷりに頷くのだった。


「私の住んでいた田舎では、持ち物やお守り、嫁入り道具に刺繍をする習慣があったのです。私も幼い頃は、それはそれはたくさんの刺繍を習ってきました。初心者でもわかりやすく、見栄えのする刺繍をすぐにお教えいたします!」


 ね! そうしましょう! とぐいぐい迫るダニエラに、私は根負けしてしまう。

 問題は解決しましたな、と言って出ていくヨーゼフは、どこか楽しそうな雰囲気をまとっていた。



 ***



 翌日から、早速刺繍の特訓が始まった。


 といっても、基礎を教わってからの上達はすぐだったので、それほどの困難はなかったように思う。


「こんなはずではなかったのですが……」


「どういうこと? ダニエラ」


「いえ、難しいデザインのものもするする縫われてしまうので、教える側としてはすこし寂しいのです。ここがわからないわ。手伝って、ダニエラ! と甘えてくるエリーゼ様を想像していましたのに」


「ふふ、私……こう見えて意外と器用なの」


「器用なのはよく存じておりましたよ」


 うっかりしていたのは私の方です、と唇を尖らせたダニエラの傍で、また一つの刺繍が完成した。


 こちらは、レベッカさんへのお礼にと縫った秋薔薇の刺繍だ。


 図案のために、下の低木から摘んできたものを庭師の少年に持ってきてもらい、ダニエラに飾ってもらった。


 おかげで、より完成度の高い刺繍を縫うにことができたように思う。


「これでは、カタリーナ様への刺繍もすぐに完成してしまいますね」


「あまり残念そうにしないで、ダニエラ」


「ですが、このままでは私の教えることがなくなってしまいます」


 しゅんとしたダニエラに、私はくすりと微笑む。

 しかし実際、いくつかある縫い方を一度教わってしまえば、作業的にはそれほど難しいことはなかった。


 刺繍は、魔法陣を描くことに似ている。

 繊細な模様を、一つ一つ指先から紡ぎ出すことと、細い針を使って縫い付けていくことに、大きな差はないように感じられる。


「肌守りについても、お伝えしたかったのですけど……」


「肌守り? 聞いたことがないわ」


「王都にはない風習なのでしょうか。このあたりではみな持ち歩いていますよ」


 途端に目を輝かせたダニエラは、私のとなりへとやってきて得意げに人差し指を立てた。


「まず、ご自身の体にある刻印を図案に書き写すのです。それを、丁寧に転写してひと針ひと針縫い、体に忍ばせる。そうすることで、悪いことがおこったときにはその刻印の刺繍が身代わりになると言われているのです」


「厄除けのようなものかしら」


 どこか楽しそうに頷くダニエラだったが、私は今ひとつ乗りきれなかった。


 私の体にある刻印はたった一つ。

 右手の人差し指にある、蕾の模様だけ。

 それは貴族としてはみすぼらしく恥ずかしいことなのだと、幼い頃より隠すよう言われてきた。


 刺繍にするのは簡単だが、肌守りとして持ち歩くことには抵抗を感じる。


 なにかのきっかけに見られでもしたら、アルノルト様にも迷惑をかけることになるだろう。


「か、考えておくわね」


 私はそこで刺繍の箱に蓋をして立ち上がる。

 もう続きを縫えるような気分ではなかったからだ。



 ***



「今日は随分と大人しいな、エリーゼ」


 スープに反射した自分の顔を見ていたら、不意にアルノルト様が声をかけてきた。


 時刻は午後の七時。夕食の時間だ。


「そんなことは……」


「いや、大人しい、というのも違うか。落ち込んでいる、といった表現の方がふさわしい」


 私は顔を上げ、目を見開く。


 この方に嘘はつけない。


 勘も鋭く敏いアルノルト様は、何でもお見通しなのだろう。


 ふと思い立ち、右手の白手袋を外す。


 衣服を脱いでいるところを見られているような羞恥心が、私の体を一気に駆け抜けた。


「この……蕾のことです」


 さして動揺もせず私の様子を見ていたアルノルト様が、ふむ、と頷いた。


「アルノルト様は、この刻印のことをどう思っておいでなのですか? 貴族の家に生まれながら、小さな花一つ咲かない私の刻印のことを」


 私は言いながら、少しだけ声が震えるのを感じた。


 鼻の奥がツンとする。目頭が熱くなる。


 本当に涙が出るわけではなかったが、それほどの覚悟が必要だった。


「俺は……」


 ぎゅっと目をつぶる。

 みすぼらしくて恥ずかしいと言ったお父様の言葉が、頭の中で蘇るようだった。


「どこか似ている、と思う」


「……え?」


「俺の刻印にも花は咲いていないだろう。だから、似ているな、とそう思うよ」


 顔を上げると、アルノルト様は目を細め、ひどく優しい表情を浮かべていた。口元には、笑みさえ携えている。


 カッと、頬が熱くなるのを感じた。


 実際には、大量の魔力放出が可能なアルノルト様の刻印と私の蕾の刻印は、似ても似つかない。むしろ正反対とすら感じるのに、彼はそれでも似ていると言って私の心を包み込んだ。


 温かい、と思う。


 スープに映る私の顔は、もう情けなく落ち込んではいなかった。


「そんなことを心配していたのか?」


「……そんなこと、ではありません。大事なことです」


「俺は信じているよ」


「何を、ですか?」


「俺の刻印に、エリーゼが花を咲かせてくれたように、エリーゼにもいつか、花咲くときがくると」


 そう信じている。


 はっきりと確信を持って告げるアルノルト様が、椅子を引いて立ち上がり、私の傍までやってきた。


 それから手袋のない私の右手の人差し指にある蕾の刻印をひと撫ですると、愛おしむように、慈しむように何度も指先を滑らせて、大丈夫だ、と言った。


 胸が苦しい。

 けれど、痛みを伴うような苦しさではなく、喜びが溢れ出ていくときの苦しさだと思った。


 アルノルト様が、この刻印の未来を信じてくれるというのなら、私も信じたい。

 いや、信じなければならない、とはっきり確信を持つ。



 ***



 その晩、騎士団の副長をしているユストゥスに頼んで、アルノルト様の外套を貸してもらった。


「またいつもの魔法陣ですか?」


 去り際にそう尋ねられたが、私は首を横に振る。


 足取りは軽かった。

 夜露に濡れた秋薔薇だけが、私を見守ってくれているような気がした。


「アルノルト様!」


 翌朝、私は執務室に入ろうとするアルノルト様をその直前で呼び止める。


「今日は元気そうだな、エリーゼ」


「ええ。もうすっかり」


 それで、と言いながら、昨日ユストゥスから借りたアルノルト様の外套をおずおずと差し出す。


「刺繍を……してみたんです。まだ始めたばかりで、拙いところもあるとは思うのですが……よかったら、受け取っていただけませんか」


「ほう、刺繍を」


 ありがとう、とすぐに微笑んだアルノルト様が、外套の隅に記された蕾を見て大きく目を見開いた。

 それからみるみる刻印混じりの頬を赤くしていくアルノルト様に、私はどうしたのだろう、と首を傾げる。


「ご存じなかったのですか、エリーゼ嬢」


「はい?」


「自分の刻印を刺繍して相手に渡すという行為は”このひとは私のもの、あらゆるものから守ってみせます”という意味合いですよ」


 ユストゥスが生真面目な顔を崩すこと無く告げる。


「えっ!? ええっ!!?」


 私がおろおろと戸惑い振り返ると、遠巻きに私を見ていたダニエラが満足そうに頷いていた。


「ち、違うんです! いや、違わないんですけど、でも、違うんですー!!」


 思わず踵を返し、駆け出す。


 秋らしいうろこ雲の下で、私もまた、アルノルト様同様に赤面しているのだった。

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