7.またね
「シャルロッテ! シャルロッテ!」
閉じていた妹の瞼が、薄く開いていく。
私は思わず涙をこぼし、その頬に再び手を当てた。
もう、薄墨のような瘴気は感じられない。
「ごめんなさい……お姉ちゃん」
「……え?」
「私……ね、羨ましくなってしまったの」
幼い頃から、誰にも認められることがなかった才能を発揮し、皆に認められつつあった私のことが、シャルロッテは羨ましかったというのだ。
「もちろん、疎遠になった負い目もあったし……聖女候補になった時からは重圧もあった」
「……そう、だったの」
私は誤解していた。
私のような厄介者がいなくなって、シャルロッテは実家でのびのびと力を発揮しているものだとばかり思っていたからだ。
「お姉ちゃんは、蕾。でも私には優れた大きな花が咲いている。だから、この刻印を持っている自分にしか、聖女はできないんだって言い聞かせてた」
駄目ね、と妹が呟く。
私は器じゃない、と、酷く寂しげな口調で。
「もしかして、すべて終わった後なのかい?」
そこにやってきたのはリック様だ。
派手な音がしていたから、心配になって様子を見に来たのだろう。
しかしその時、周囲で私たちの様子を見守っていたご令嬢や、駆けつけた騎士たち、苦しげな顔をしていたお兄様まで、皆が跪いた。
「え? ええ!?」
私ひとり、意味がわからずに戸惑っていると背中の手当を終えたアルノルト様がすぐ側にやってくる。
「もう隠しようがないだろう、リック……いや、フェリックス殿下」
「で、殿下って……」
「彼は、我が国の第三王子だよ」
「えええ!!!」
「さらに殿下は、聖女選定評議会の一員でもある」
続くお兄様の言葉に、私はハッとしてわずかに身を起こしたシャルロッテを見つめる。
「違うんです! リック様……いいえ、フェリックス殿下。
妹は……シャルロッテには並々ならぬ重圧が……」
「うーん困ったねえ。
この段階で妖化し、聖女落選となってしまっては選定側の沽券にも関わるよ」
その時、一歩二歩と近づいてきたフェリックス殿下が、私の前で片膝を突いてしゃがみ込んだ。
「こういうのはどうだい?
架空の誰かが妖化。
ここにいる聖女……シャルロッテ嬢がそれを鎮めた、ということにするのは」
「そ、そのようなこと……!」
お兄様が割って入るが、すぐにフェリックス殿下が制止する。
それだけで、お兄様の発言権はなくなってしまった。
正義感から口を挟んだお兄様だが、シャルロッテが聖女候補で居続けることはお兄様にとっても利があるはずだ。
「申し上げます、殿下。
聖女には……どうぞ我が姉……エリーゼを」
「駄目だめ。
エリーゼ嬢が聖女にでもなったら、研究相手にしづらくなってしまうからね」
僕は、自分の研究がなにより大切なんだよ、と人差し指を揺らすフェリックス殿下に、私は唖然と目を見開く。
妹はといえば、そんな調子の殿下にくすっと微笑んでいた。
「でも……お姉ちゃんの手柄を奪うことになってしまうなんて」
「私なら大丈夫」
ツェルンで、いつも通りアルノルト様と過ごせることが、私の何よりの幸せなのだから。
「それより、引き続き重荷を背負わせることになってしまって……ごめんなさい」
「お姉ちゃん」
「さぁ、もうこのお茶会はお開きだよ。皆もご苦労だったね」
パンパン、と手を叩き、フェリックス殿下が散るように命令する。
私は一度だけアルノルト様と目を合わせ、無事に収まった不測の事態にほっと安堵するのだった。
***
気がつけば、あっと言う間に王都を立つ日が来てしまった。
私は少し時間をもらって、一人で馬車に乗り込み実家への道を急いでいる。
シャルロッテが起こした事件は、フェリックス殿下直々の命ということもあって噂一つ広まらなかった。
お茶会にはそれなりの人数が参加していたが、おそらくは全員に箝口令が敷かれたのだろう。
「やっと来たわね。エリーゼ」
また、バタバタと出迎えてくれたお母様から、小さな宝石箱のような容れ物を渡された。
「なんですか? これ」
「開けてみなさい」
言われて、蓋を開ける。
「もしかして……タリスマン、ですか?」
「家にあったものは、魔力が強い者に加護があるとされているものばかりだったから、特注で作らせたのよ。
本当は婚約の時に持たせたかったんだけど……」
「……お母様」
私は、色々と誤解していたのかもしれない。
そう思った矢先、くれぐれもご迷惑にならないように、追い出されたりしないようにと念押しされて笑ってしまう。
「そういえば、聞いたわよ魔法陣マットが評判だって」
まさか、噂がこんなところにまで轟いているとは思わず驚いた。
お母様が、そんな話を聞いて平然としている様子にも、私は戸惑いが隠せない。
「いいわね?
浮かれて、失敗はしないように。
まったく……困った悪癖だと思っていたものがこんなことになるなんてびっくりよ」
「あ、悪癖……」
まぁ、そう言われればそうかと、私は納得する。
実家では、起動もできない魔法陣ばかりが量産されていたのだから。
「もう描くなとは言わないけれど、ドレスに描くのだけはやめてちょうだいね」
「それは子どもの頃の話でしょう? もう大丈夫よ」
「それから、何かあったら、私たちを頼りなさい」
当たり前にそう告げるお母様に、私ははい、と確かに頷いた。
なんだか、肩の力が抜けてしまう。
煙たがられていたと思っていた実家には、思ったより居場所があったのかもしれない。
でもまだまだ、埋めなければいけない溝は残っているけれど、と心の中で苦笑する。
***
「もう思い残すことは無いな」
治癒の魔法陣によってすっかり傷の癒えたアルノルト様と、ツェルンへの道をゆく。
馬車は快適で、行き道と同じくほとんど揺れを感じない。
以前、王都近郊に住んでいた頃は、ずっと独りだと思っていた。
いや、確かに独りだった。
けれど今の私には友だちもいて、両親がいて、妹やお兄様たちがいる。
嬉しいことだけれど、私の帰る場所はもう辺境伯領だ。
無事に戻ったらカテリーナとレベッカに手紙を書かなくては、と、流れる景色を見ながら思う。
「そうだわ。アルノルト様」
「ん? どうした」
「次の王都滞在時もご一緒したいのですが……」
「もちろん、そのつもりだ」
辺境伯領が秋を迎える頃には、新たな聖女シャルロッテ就任の報せが届くだろう。
静かな馬車の中で、私はゆっくりと目を閉じる。
頬に唇が触れたような、微かな熱を感じたが、気のせいだったのかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ブクマ、評価を頂けると大変嬉しく励みになります!




