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6.開花

 研究棟からの帰り道、王城の間の庭園でお茶会が開かれているのがわかった。


「王族の方達でしょうか」


 いや、とアルノルト様が首を振る。


 王城の一部の庭園は社交の奨励のため、王家主催以外の催しの会場として開放されているらしい。


 社交が進むと、魔力持ちの血縁同士の交流が進んで血統が強まるとされているのだ。


 私は、お茶会に参加しているご令嬢たちの顔ぶれをちらちらと盗み見る。


 知らない顔ばかりだから、おそらくは別派閥だろう。


「行こうか」


 アルノルト様に促され、歩き出そうとした私だが、またすぐに立ち止まってしまった。


 お茶会にいた令嬢たちが、わっと騒ぎ始めたからだ。


 原因は、すぐにわかった。


 反対側の回廊から歩いてきたのが、妹のシャルロッテだったからだ。


 しかしどういうことだろうか。


 シャルロッテ達の行先にあるのは研究棟だけだ。


 研究棟では、魔力の不調などの研究もなされており、稀に治療のために赴く者がいるらしいが、シャルロッテの不調はそこまで酷いのだろうか。


 色々と疑問が湧いたものの、本人にも随伴しているユリウスお兄様にも、それを聞く余地は無さそうだった。


「聖女様がいらっしゃったわ!」


「聖女様、こちらへ! 是非!」


 まだ候補だというのに、そう口々に言われ囲まれてしまった妹の側で、ユリウスお兄様が面倒そうに顔をしかめている。


「そういえばご存じですか? 聖女様のお姉様が、すばらしい魔法陣マットを開発されたとか」


「私も伺いましたわ。長時間馬車に乗っていても、腰が痛くならないんですって」


「揺れを軽減するマットなんて、よく思い付きますわよね。お姉様も優秀でいらっしゃいますのね」


 妹の周りに集まったご令嬢たちが、私の噂話をしている。ここに本人がいるのだが、おそらく顔までは知らないのだろう。


 私は少し照れくさくなったが、アルノルト様はむしろ誇らしい顔で隣に立っていた。


 ――グ、グオオオ!


 その時、俯いていた妹の体から、獣のような雄叫びが轟いた。

 風が渦を巻き、シャルロッテを中心に力が集まっている。


「これは……妖化!?」


 以前、妖化しかけた令嬢とは勢いも規模も段違いだ。

 私は一度は前回のように沈静化できないかと手袋を脱いで駆け出したが、すぐにアルノルト様に止められてしまう。


「駄目だ。今、側に行くのは危険だ」


「……そんな」


「瘴気が撒かれている。これでは私でも、簡単に近づくことはできない」


 その時、化け物のようによだれを垂らし、牙を剥き出しにした妹、だったものが私の方へぐぐぐ、と首を動かした。


 あ、と思った瞬間には目が合い、すごい速度で襲いかかってくる。


「キャアアア!!」


 ご令嬢のうちの一人が、この状況を察して叫び声を上げる。私は衝撃に備えたが、すぐに目の前が暗転したことで、アルノルト様のマントに包まれたのだとわかった。


 激しい追突が何度か起こり、すぐに髪の毛が燃えるような特有の匂いが辺りに充満する。


「……あ、アルノルト様!!」


 私はすぐに、その原因を知った。


 アルノルト様の背中が、私を庇ったせいで焼け焦げ、ボロボロになっていたのだ。


「う、ウグァ……ァァ」


 瞬間、アルノルト様にまで、瘴気が侵食し始める。ただれた背中に深く刻まれていた模様が、薄墨を垂らしたように黒く染まり始めた。


「嘘、嘘ですよね……アルノルト様!」


 私の言葉にも、返ってくるのは獣のような唸り声だけだ。


 せめて、私に魔力があれば。


 そんなことを思っていると、まだ半分意識が残っていたアルノルト様に突き飛ばされてしまう。


「はや、く……に、げ、ろ……」


「嫌です! 私は! 私はアルノルト様を……!」


そのとき、指先がアルノルト様の刻印に触れ、微かに光った。


 私の微かな魔力に反応し、そこだけ輝きを放ったのだ。


「そうだ、もしかしたら……!」


 私は咄嗟に思い付いたことを試すため、ほとんど反射的に指先に力を込めた。


 かすかな魔力が筆のようになり、私の人差し指から放たれる。それは点から線、やがて円になり、模様へと早変わりしていった。


 焼け爛れた背中にそれでも薄く浮かび上がって見える茨の刻印に上書きするように、私は模様を刻んでいく。


 急いで、急いで、でも、丁寧に。


 浄化と沈静の魔法陣は、奇しくも美しい花のような形となった。

 背中や腕、手、顔、といった見えるところ全てにその刻印を記した私は、アルノルト様の手に自らの手を重ねる。


「どうか、力を貸してください」


 微かに残ったアルノルト様の理性が、手のひらに魔力を込めていくのがわかる。

 瞬間、侵食されるだけだった彼の刻印が、次々と新しい模様へ生まれ変わった。


 私の微力が作り出した、大輪の刻印だ。


 これは沈静と浄化の作用をもたらすから、その場に漂っていた瘴気が勢いよく消滅していくのがわかる。


「あり、がとう……エリーゼ」


「大丈夫ですか!? アルノルト様」


「ああ、なんとかな」


 そこで、消えかけた瘴気に縋るような格好でうずくまっていたシャルロッテに、アルノルト様が近づいていく。


 妹は浄化をおそれ、逃げるように顔を背けた。

 しかし、私もアルノルト様も、そんなシャルロッテを逃しはしない。


 それから否応なしに妹の肌に触れるアルノルト様の手に、私も自らの手のひらを重ねた。


 もちろん魔力なんてない。


 ただ、彼女が正気に戻りますように、という願いだけを込めて。


次話は数日以内に更新予定です。

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