5.ありがとう
連日何かしらの集まりがあり、さすがの私も疲弊しきっている。
実家にいた頃にはほとんど引きこもっていたし、ツェルンにいたときも大きな催しは一度だけだった。
「……ふう」
「お疲れですの? エリーゼさん」
「い、いえ、大丈夫です」
今日も今日とて、私はお茶会に参加している。
主催はカタリーナとレベッカの二人で、前回ほどは堅苦しくないし、いつものグループでの気楽な集まりだから是非にと誘われてしまった形だ。
「それにしても、あのマット……本当にすごいわね!」
「魔法陣の敷物でしょう?」
「この年齢で功績を上げるなんて信じられないわ」
皆の話題の中心は、まさかの私だ。
リック様の研究室で開発した揺れを軽減するマットが、令嬢子息が話すまでに広がっているとは思わずに驚いた。
「そういえば聞きました? 聖女の審査、どうも難航しているとか」
え、と私は振り向いて声を上げる。
てっきりあのまま、何事もなく妹のシャルロッテに決まるものだとばかり思っていた。
「なんでも候補の方が、不調らしいわよ」
「そういえば、魔法の調子が良くないとうかがいました」
レベッカさんが、紅茶を口にしながらお可哀想に、と呟く。
きっとプレッシャーも相当なものだろう。
私はもう会話もろくにできなくなってしまった妹にひっそりと同情する。
その時、ガチャン! と大きな音を立ててティースタンドが倒れた。
そんなの強い風が吹いたわけでもないのに、何故。
そう思っていると、一人の令嬢がぐ、ぐぐ、と唸りながら椅子を倒ししゃがみこむ。
「ど、どうかなさいました!?」
「とっても苦しそうですわ。誰か、医者を!」
そのとき、苦しがっていた令嬢が勢いよく顔を持ち上げた。
その首筋に美しく刻まれていた刻印が、徐々に、しかしはっきりと黒くなっていく。
「こ、これは……!」
驚く私を後ろからひっぱったカタリーナさんが、近づいてはいけませんと首を振る。
「妖化ですわ!」
「まさか、さっきまで楽しくおしゃべりをしていたご令嬢が何故」
「わかりません。でもこうなってしまったら王国騎士団の方に来ていただくしか……」
それこそ駄目だ。
話が大きくなればなるほど、彼女の身が危険にさらされてしまう。
「効果があるかは……わかりませんが」
私は咄嗟に手袋を脱ぎ、地面に細かい模様を刻んでいく。
実家にいた頃、妹とよく読んでいた本を参考にさせてもらった。
浄化と、沈静効果のある魔法陣だ。
急いで描いたからか、指先が熱い。
すぐに、ぼんやりと立ち上がった件の令嬢がゆらりゆらりとこちらへやってくる。
仄青い光に、導かれるようにして。
「あっ……」
しかし私は、そこで気付いてしまった。
この魔法陣は、まだ起動していない。
せっかく描いても起動できるアルノルト様がここにはいない。
「私が起動します!」
そのとき、私の思惑を把握したであろうカタリーナさんが、私の側までやってきてしゃがみこみ、魔法陣に手を重ねる。
「今だわ!」
そう声を上げた瞬間、魔法陣に一歩足を踏み入れた令嬢の刻印が、再び美しく輝き始めた。
黒い消し炭のようになっていた首筋の辺りも、綺麗な肌の色に戻り始めている。
シュウウゥという煙が辺りを包み込み、頭をかかえた彼女は膝から崩れ落ちるようにして倒れる。
それを、咄嗟に受け止めたカタリーナさんが、ほっとした顔で笑みを浮かべた。
「もう、大丈夫そう」
汗ばんだ刻印を指でなぞり、頷く横顔には確かな安堵が見て取れる。
私も、アルノルト様がいない場で一時はどうなることかと思ったが、無事に魔法陣が起動し、沈静と浄化が効果を発揮したことにほっとした。
ややあって目を覚ましたご令嬢曰く、家族との軋轢が大きくなってきて悩んでいたらしい。
今日も、内心ではお茶会どころではなかったのだという。
「本当にありがとうございます。エリーゼさん」
「いえ、私なんて……カタリーナさんのおかげですわ」
「皆さんも見ていたでしょう、私はただ魔力を送り込んだだけ。あれほどの魔法陣を一気に描いたのは、一重にエリーゼさんの手腕によるもの」
まるで聖女だわ、と喝采を浴びながら、私はどこか気恥ずかしくなって俯く。
魔力無しの私が聖女なんて、と少し可笑しくもなるが、人ひとりが助かっただけで充分だ。
不意に、シャルロッテの顔が思い浮かぶ。
彼女は大丈夫だろうか。
重圧に、負けそうになってはいないだろうか。
魔法の調子がよくないと言っていたレベッカさんの言葉が、ぐるぐると頭の中を巡っていた。
***
「公務ばかりですまなかったな」
「いえ……」
私は城にある研究棟の廊下をアルノルト様と並んで進みながら、首を振る。
「私も、お茶会で……はじめてのお友だちができたんです」
引きこもってばかりの私にこんな日がくるなんて、と喜ばしくなる。
「エリーゼ! また来たのか」
「お兄様」
「……次兄殿」
驚いたアルノルト様も、すぐに気を取り直してゲオルクお兄様と軽く挨拶を交わし、事情を説明している。
私たちは今日も、リック様に呼び出されていたからだ。
「事情はわかりました。とはいえだ、エリーゼ、ここは本当に危ない物がある……というより危ない物だらけなんだ。くれぐれも寄り道せずに行くんだぞ。何かにらくがきなんて、以ての外だからな」
私は釘を刺され、そそくさとその場を後にする。
「やぁ、二人とも。ようやくきたね」
リック様の研究室は前回同様にらくがきだらけだ。
何なら、実家にある私のお部屋よりも激しい試し書きが為されている。
ゲオルクお兄様は、この現状を知っているのだろうか。
場合によっては、この部屋を開けた瞬間に、卒倒してしまうかもしれない。
「そういえば前回用意してもらった魔法陣マットだけどね、これが随分と好評だよ」
「私も……お茶会の席でご令嬢たちから聞きました」
「おや、そんな所にまで噂が広がっているのかい?」
それは良い。と両手を叩いたリック様が、実はお年寄りにも評判なんだと笑った。
最初は古くさいだの不気味だのと寄り付かなかった彼らこそが、実はこのマットの恩恵を一番に受ける最高のお客だと教えてくれた。
賛否両論だった内容も、今ではほとんどが称賛の声になっているらしい。
「どうにかして商品化できればいいんだけどね」
「魔法陣が大量生産に不向きですので……」
「研究によって君の腕を何倍にも増やす方が早そうだ」
私はひぇ、と恐ろしくなり、アルノルト様の影に隠れる。
「嘘か本当かもわからない冗談はやめてくれないか、リック」
「これはすまない。それにしても、良い婚約者を持ったものだ。これからますます楽しくなりそうだよ」
私はまだまだ話が尽きない様子のリック様に苦笑しつつも、アルノルト様に連れられて研究室を後にした。
次話は数日以内に更新予定です。
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