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4.よろしく

 夜会から数日。


 馬車に揺られてやってきたのは王城にある魔導研究棟だった。


「リック様は、ここで研究をなさっているのですか?」


 うなずくアルノルト様は、なんだか言いづらそうに、ゴホンとひとつ咳払いをした。


 王城敷地内の少し外れたこの場所には現在何百人という研究員が日夜実験を行っているそうだ。


「……まさか、エリーゼか!?」


 呼び声に、私は慌てて振り向く。


 こんな場所に知り合いなんているはずもないと思っていたが、そこにいたのは眉間に皺を寄せた二番目の兄、ゲオルクだった。


「お兄様……」


 どうして、と言いかけて、私は慌てて口を噤む。そういえばお兄様も、魔導師を目指している研究員の一人だった。


「何故お前がこんなところに……」


「……その」


「早く帰れ。ここの研究設備や実験内容は、お前みたいな魔力なしには危険な物も多い」


「リック様に……!」


 私はすぐさま追い出されそうになったので、慌ててその名を口にした。


「リック……?」


「はい。リック様に呼ばれて来たのです」


 そこで義兄殿、と割って入ったアルノルト様が、余裕ぶった笑みを浮かべて兄を遠ざけた。


「エリーゼのことは私が守るので、ご心配は不要です」


「……辺境伯……殿、か」


「"彼"に会わせていただきたい」


「あの方なら、ご自分の研究室にいる」


 好きにすればいい、とお兄様が道を空けてくれる。

 私は軽く視線だけを送りながら、お兄様の横を通り過ぎて奥にあるという研究室に向かった。


「うーん、これも違うなぁ。いや、こうしてみようか」


 扉の前で立ち止まると、中からはぶつぶつと声が聞こえてくる。


 アルノルト様は間違いないといった顔で、その扉をノックすることもなく開いた。


「何をやっているんだ」


 中は、魔法陣だらけになっていた。

 書棚も椅子も机も、研究で使うと思しき魔法石にいたるまで、とにかくびっしりと模様が刻まれていた。


「おやおや、アルノルト……それにエリーゼ嬢じゃないか!」


「呼び出しておいて使いも寄越さないとはな」


「これはすまない。忙しくてすっかり忘れていたよ」


 その時、足元に描かれた歪な魔法陣の側で、クッションたちがうねうねと踊り出した。


「忙しい……ね」


「これでも成長した方なんだよ?」


 ――パァン!


 大きな破裂音に、私はたまらず仰け反って耳を押さえた。

 クッションの一つが、木っ端微塵になっている。

 他のクッションもパンパンに膨れ上がり、今にも破裂しようとしていた。


 ――パンッ! パァン!


「ひゃぁっ」


 私は妙な叫び声を上げ、その場でうずくまる。


「大丈夫か、エリーゼ」


「は、はいぃ……」


 でもこれは一体、と私はその足元の魔法陣を指差した。

 幼少期の頃の私でも、もう少しまともな模様が描けていたように思う。


「エリーゼ嬢の真似をしてみたんだけど、全く上手くいかなくてね」


 なるほど、と私は頷く。

 真っ当な魔力持ちだと、魔法陣を描くために魔力を絞るのが大変らしい。


 彼も魔導師を名乗るくらいなのだから、強い魔力を秘めているのだろう。


「精密で正確な魔法陣は、エリーゼ嬢だからこそ描けるようだね」


 その言葉に私は少しだけ嬉しくなり、近くにあったパンパンのクッションを拾い上げた。


 これに直接魔法陣を描けば、きっと破裂せず収まってくれるだろう。


 そのとき、馬車の揺れを軽減させる魔法陣を描いたことをふと思い出す。


「そうだわ! アルノルト様。あの魔法陣、馬車の敷物に描くのはどうでしょうか」


「それはいいな」


「なになに? 面白そうな企みかい?」


 私は思い付いた内容を、リック様にも詳細に話した。

 リック様は、すぐに伝手をあたって何人かに使ってもらおう、と提案してくれる。


「貴族は流行り物好きが多いからな」


 アルノルト様が私の案に再び賛成してくれる。


「確かに。ここで好評が得られれば、敷物を売るにしても名を売るにしても役に立つってものだよ!」


 そこから私は、馬車五台分程度の敷物を用意してもらい、魔法陣を描きまくった。


 動作の確認をしてくれたのはアルノルト様とリック様だ。

 二人とも、これは良いと馬車の中で無駄にはしゃいでいた。


「では、後は宜しくお願いします。リック様」


「しかと受け取ったよ」


 どうか無事に、貴族たちの中で流行りますように。そんな願いを込めて、私は敷物を譲渡した。



 ***



 一週間ほどが経ったある日のこと。


 私は再び、マンハイム公爵家に訪れていた。今日はホールにて公爵主催の夜会が開かれることになっていたからだ。


 話の中心は、予定通りに、そして予想以上に、リック様が広めてくれた魔法陣入りの敷物の話題一色だ。


 内容は、まさに賛否両論。


 若者の間では好評を博している敷物だが、年配者の方々には魔法陣というもの自体に抵抗があるらしい。


 私は敷物にもう一枚敷物を重ねて魔法陣を隠す方法や、馬車の裏に直接貼り付ける方法など改めて色々な案を考えてみたが、やはり一番手っ取り早いのがこの敷物ということにどうしてもなってしまうのでもどかしい。


「まぁ、シャルロッテさんよ」


「さすが、聖女候補ですわね。佇まいも美しいわ」


 この夜会には、妹も出席している。


 しかし聖女候補として有名になってしまった妹に、不出来な姉が話しかける余地はなかった。


 怪しい魔法陣が描かれた快適な敷物について、彼女がどう思っているのかもわからない。


「エリーゼ」


「まぁ、お兄様」


 久しぶりに会った長兄のユリウスに、私は笑顔で挨拶を交わす。

 先週も、城の研究棟で次兄に会ったことを伝えた。


「手間が省けましたね、アルノルト様。こちら長兄のユリウスです」


「これはどうも――」


 私は、と自己紹介をしようとしていたアルノルト様を、兄が制す。


「長話をしている時間は無いのです。辺境伯殿」


 聞けば、実家が所有する領地で領主代行をしていたお兄様は今、主に妹の補佐について回っているらしい。


「お前も頑張ってはいるようだが、あまり派手な動きはしないでくれよ」


 それはおそらく、例の敷物のことを言っているのだろう。


 意見が賛否ある事に加え、長兄にまで釘を刺され、私は俯く。


「では、エリーゼのことを宜しくお願い申し上げる」


 そう言って立ち去ろうとしたユリウスお兄様を呼び止め、アルノルト様が笑みを浮かべた。


「無論そうさせていただくし、エリーゼは我がカーヴァーゲン家のために尽くしてくれている。彼女の行動をカーヴァーゲンの総意と取ってもらって結構」


 要約すると、家の総力を上げて私を守るし外野からの口出しは無用、ということだ。

 当主同然の立場を保証するその言い回しは、普通は次期当主間近の嫡子に使う程度で、外部からやってきた者、まして婚姻もまだの人間に使うようなものではない。


 私はもとより、それ以上に驚いた様子のお兄様だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「ならば結構。それでは失礼する」


 お兄様は意外にも怒ったりはせず、むしろ安心した様子でその場を離れていった。

次話は数日以内に更新予定です。

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