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1.いってきます

やっと書き貯められたので二章を始めていきます。

 辺境伯としてのアルノルト様はいつも忙しい。


 最近は私も少しずつその"お仕事"の内容がわかってきたが、部下のユストゥスひとりでは到底補佐が務まらないのでは、と不安になるほどだ。


「王都……ですか?」


「ああ。定期的に、報告がてら足を運ばなければならないんだ」


 前回はリック様を連れてくるためだけに短時間で往復していたが、今回はそれよりも長い滞在になると言う。


 寂しい、と思わず零してしまいそうになる自分に驚く。


 私は自分で思っているよりも、アルノルト様との時間を心地良く思っているらしい。


「前回のワイバーンの件もあるし、他にも報告しなければならないことが――」


「あの、一緒に同行させてもらえませんか?」


 ふいに、頭で考えていたことが口をついて出た。


 いくら婚約者とはいえ、どこへ行くにも一緒というのはアルノルト様も疲れてしまうだろう。

 そう思っていたのに、気がついたら私の口は勝手に開いてはぺらぺらと動いていたのだ。


「本当か?」


「すみません……ご迷惑ですわね」


「いや、君が来てくれれば、非常に心強いのだが」


「本当ですか!?」


 今度は私が尋ねる番だった。


 魔法陣のことといい、説明しなければならないことがたくさんあると言われてしまっては、私も遠慮するわけにはいかない。


 思わずにやけそうになってしまった口元を隠しているとき、私ははっとした。


 王都に行くということは、すなわち実家にも顔を出さなければいけないということだ。


 両親は、貴族としての振る舞いをとても大切にしている。


 王都に戻っているのに、そこにある実家に挨拶に行かないというのは不自然だし、後で騒がれても面倒だ。


 少しだけ気分が落ち込んでしまうが、これもまた婚約者として家を出た者の務めだろうと自分を納得させる。


 ふと、顔を上げた私は、執務室の机に向かうアルノルト様の刻印を見遣る。


 彼は、不安にならないのだろうか。


 アルノルト様が持つ"恐ろしい呪い"の噂が、王都にも伝わっていることを、私はもう知ってしまっている。



 ***



 王都に向かう馬車の中で、アルノルト様が少しだけはしゃいでいる。


 というのも、衝撃を和らげる弱い守りの魔法を応用した魔法陣で、馬車の揺れがほぼ皆無になっていたからだ。


「よくこんなことを思いつくものだ」


「チェルンに来るとき、馬車の中でぼんやりと考えていたのです」


 ゴトゴトいう馬車の揺れが趣深い、などと思えるのは馬車が動き始めてから僅かの間だけだ。


「貴族たちは、こぞって欲しがるだろうな」


「そうでしょうか」


「領地との行き来はもとより、王都内も馬車が必要なほどの広さがあるからな」


 私はふむ、と目を伏せて考える。


「頼まれれば喜んで描きますが、馬車の一つ一つに……となると、かなりの時間が必要ですね」


 何か良い方法があれば良いのですけれど、と続けて、頭にいくつかの方法を思い浮かべては消していく。


「まあ、エリーゼがそこまで皆に心を砕くことはない。聖女でもあるまい」


「聖女……ですか」


 聖女、というのはものの喩えではなく、実際に存在する。


 類稀な魔力と、人々の救いとなるような魔法の使い手が数年から数十年に一度、聖女として見出されるのだ。


 選ばれた家系の貴族には巨大な富と名声ががもたらされる。


 前の聖女選出から十年ほどが経過しており、いつ次の聖女選出が行われてもおかしくないのが現状だ。


 今、聖女が選出されるとしたら、それは私達の年代からになるのが慣例となっている。


 その年代で最も聖女に近しいとされる者。それは私の――


「エリーゼ? どうかしたのか」


 そんなにも悩んだ顔をして、と言われ、私はハッとする。


「その……馬車の魔法陣のことですわ。何か商いにできたり、人脈を築く手段になればと……」


 ふっと一瞬止まり、吹き出すように笑い始めるアルノルト様。


 はっはっは、とひとしきり声をあげたあと、アルノルト様が私をまっすぐに見つめてくる。


「いや、すまない。エリーゼは……思ったよりしたたかなところがあるな、と思っただけだ」


「うう……申し訳ありません」


「謝ることはない。お飾りにしかならない婚約者よりもずっと魅力がある」


 魅力、と私は心の中で反芻する。


 静かになりすぎた馬車の中で、心臓の跳ねる音がやけにうるさく感じた。


 気がつけば、窓の外にはもう王都の都会的な風景が広がっている。


 滞在する屋敷は、ツェルンの城とはだいぶ違っている。


 無骨さもなく、シンプルだけれど優雅だ。


 一つ後ろの馬車に乗っていたダニエラも合流し、私の荷物をまとめてくれている。


 ちなみに留守中の領地については心配いらないということだった。


 騎士団は部下のユストゥスに。

 城の管理は執事のヨーゼフに任せているらしい。


 とはいえ、アルノルト様がいない間にまた規模の大きな襲撃があってはたまらない。


 最低限の用事を済ませたら、早々に辺境伯領に帰るぞ、とアルノルト様が呼びかける。


 良くも悪くも、じっくりと社交に精を出している暇はなさそうだ。


「……だが、その上でも断るわけにはいかない招待を二、三受けている」


 そういった茶会とパーティーには出なければならないという。


「大丈夫そうか、エリーゼ」


「え、ええ。程遠い身でしたが……頑張ります!」

次話は数日以内に更新予定です。

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