本当は追放したくない、チートスキル『追放』持ちの勇者
「ノア! お前はパーティーからクビだあ!」
冒険者御用達の居酒屋に、いかにも性格が悪そうな男の声が響く。
声の主はパーティーリーダーの、ツンツンと跳ね上がった金髪の男、名は『勇者パジェロ』という。
「そんなっ? 僕はこの勇者パーティーに一生懸命尽くして来たのに!?」
ノアと呼ばれる黒髪の少年は、勇者の言葉に衝撃を受ける。
「斥候や荷物持ちとして、時には敵の囮になったりと、僕はものすごく頑張って来たのに!?」
「それは、あんたがそれだけしか出来ないからでしょ?」
「あなたは戦力になりません。はっきり言ってあなたがパーティーのお荷物です」
そう言って少年をこき下ろすのは、赤髪の美女『女魔法使いシルビア』と緑髪の美少女『女僧侶セレナ』。
「お願いです! ここを追放されたら、僕は……」
ドバシャァッ!
勇者パジェロは、手に持ったジョッキのビールをノアに浴びせかけた。
「お前みたいなクソ役立たずは、栄えある俺様のパーティーにはいらねえんだよ! これ持って、とっとと失せろお!」
パジェロは醜悪に顔を歪めると、手切れ金代わりにチューブ入りのキューピ◯マヨネーズを投げつける。
「……今まで、お世話になりました」
ノアは肩を落としながら、勇者パーティーの前から姿を消した。
居酒屋を出たノアは、とぼとぼと夜の路地を歩く。
「強くなってやる……。強くなって、僕は絶対にあいつらを見返してやる……!」
少年はマヨネーズを固く握りしめ、満天の星が輝く夜空に熱く誓った。
ただし、この物語の主人公は彼ではない。
*
再び、冒険者御用達の居酒屋の中。
「ノアは行ったか?」
「もう、行ったみたいよ」
「パジェロさん、お疲れ様でした」
「……」
「パジェロさん?」
「もう嫌だーっ!!」
勇者パジェロはうめきながら、木製のテーブルにべたんと突っ伏す。
「なんで、あんな良い子を追放しなきゃならないんだ!? 精神的にキツすぎるぞ!」
「しょうがないじゃない、あんたのスキルはそういう仕様なんだから」
「パジェロさんの能力は『追放』なんですから、どんどんメンバーを追放していかないと」
神々からの神託により魔王を倒す使命を帯びた、勇者パジェロが持つスキル『追放』。
通常、モンスターとの戦闘でしか上げる事ができないLvを、パーティーメンバーを追放するだけで大幅に上昇させる事ができる、冒険者にとっては夢のようなチートスキルである。
ただ、この能力には性格の向き不向きがあるようで。
「でも今の俺、なんかすんげえ嫌な奴じゃん! 本当は追放なんてしたくないのに、そんなスキルってある!?」
パジェロは嘆き節を唱えながら、バンバンと机を叩く。
「でも、その割にはノリノリでやってたじゃない? 別れ際にマヨネーズを投げつけたり」
「いや、あれは食うもんに困った時に、道ばたの雑草にでもかけたら美味しく食べれる」
「あれ、ライフハックだったの?」
とんがり帽子を被り、水着のようなエロい服を着た赤髪の美女、魔法使いシルビアは呆れたように肩をすくめる。
「あーあ、ノアには悪い事をしたなあ。あいつは素直で真面目だし、戦闘の勘もあるし、5年後10年後を見据えて育てれば、相当なもんになったと思うんだけど」
「ダメですよ。『魔王ヴェルファイア』の脅威はすぐそこまで迫っています。そんな悠長な事は言ってられません」
法衣をまとった清楚な緑髪の美少女、僧侶セレナが言うとおり、獄炎の魔王ヴェルファイアが顕現してはや数年、世界は滅亡の危機に瀕していた。
そのため、魔王を倒す力を持つという『勇者』の成長こそ何よりも優先されるのである。
たとえ、悪鬼非道のそしりを受けようとも。
「そりゃあ、手っ取り早く強くなってるなーって実感はあるけど、俺が何て二つ名で呼ばれてるか知ってる? 『早漏の勇者』だぜ?」
「メンバーを『入れてすぐ出す』から? 上手い事言うわねえ」
シルビアは下ネタもイケる、エロいタイプの女魔法使いである。
ケラケラと彼女が笑うと胸の双丘が揺れて、胸元が露出した際どい衣装からこぼれ出そうになる。
周りで飲んでいた男冒険者たちが前屈みになった。
「笑い事じゃねえよ。俺だって好きでやってるんじゃないっつうの!」
「パジェロさんは見た目『イケメン風チャラ男』ですから、誤解を受けやすいですもんね」
「せめて『チャラ男風イケメン』って言ってくんない?」
セレナの慰めにもならない言葉に、パジェロはますます深いため息をつく。
「じゃあ、ステータスを見てみますね。……わっ、すごい! パジェロさんのLvがとうとう99になりました!」
「おおっ? ついにカンストしたか! おっしゃあーっ、これでようやく魔王討伐に行けるぜ!!」
やっと追放しなくて良くなったぜーっ! と、パジェロは心から喜び、イスの上でガッツポーズをする。
しかし。
「あー、それは無理ですね。魔王のLvは9999ですから、この調子であと1000人くらいは追放しないと」
「何でだよっ!?」
喜びもつかの間、パジェロはへなへなと崩れ落ちると、シクシクと床に涙を落とした。
「違うだろ……。勇者ってのは、もっとこう『俺の仲間は絶対に守る!』みたいなんじゃねえのか!? こんなの、俺がなりたい勇者じゃねえよ!」
「もう、考えが昭和ねえ。追放、婚約破棄、マリトッツォが令和の三大トレンドよ?」
「こんな事続けてたら、絶対そのうち刺されるからな!?」
うおおおーん! と、理想と現実の乖離に苦しむ勇者に僧侶セレナは。
「その心配はないですよ。パジェロさんのスキル『追放』は副次効果として、追放されたメンバーに隠れたスキルが発現したり、ゴミスキルに有効な活用法が見つかったりしますから、むしろ皆から感謝されます」
「良かったわねえ、だったら1000人追放しても大・丈・夫!」
「いや、それ『ざまぁ』のテンプレだから!」
パジェロは頭を抱えて、板張りの床の上をゴロゴロと転がり出す。
「あーっ、ざまぁされるよーっ! ざまぁ案件だよーっ! 絶対ざまぁされて『もう遅い、それは残像だ!』とか言われるんだよーっ!」
「『もう遅い』の遅いは、そういう遅いじゃないと思うけど」
「『もう遅い』のフレーズ自体が、流行遅れでもう遅いですね」
ふてくされた勇者パジェロは、部屋の片隅で体育座りをする。
「だいたい、ラノベの勇者はなんであんなに楽しそうに追放してんだ? 愚かすぎんだろ!? あんな奴らと俺を一緒にすんなよっ!!」
すると、魔法使いシルビアはパジェロに近づき、彼の頭をむぎゅっと抱きしめた。
「そんな事言わないの。あんたが良いやつだって事は、幼なじみのあたしはちゃんと分かっているから」
「あーっ! シルビアさんずるいですよ! 私もパジェロさんの幼なじみなのに!」
年下系幼なじみの僧侶セレナも慌ててパジェロにしがみつく。
4つのおっぱいに、勇者パジェロは顔をサンドイッチされた。
しかし。
「ええい、離れろっ! 女性が男にベタベタくっつくんじゃねえ!」
パジェロは、女子2人を邪険に振り払う。
「あら、こんな美女たちに囲まれて嬉しくないの?」
「チートでハーレムは、なろう勇者の甲斐性ですよ?」
「そんな勇者は知らん! 俺が目指してるのは『ダイ◯大冒険』や『ロト◯紋章』みたいな勇者だ!」
「『魔法陣グ◯グル』とか?」
「あれはギャグ漫画!」
『うぉらあーっ!! パジェロは、いるかぁっ!!』
すると、居酒屋のドアの向こうから、勇者の名を呼ぶ怒鳴り声が。
『とっとと出て来やがれ、てめぇ! ぶっ殺してやらぁ!』
「あの声は、戦士レクサスかしら?」
「一番最初に追放した、あの人ですか?」
「ほらーっ、もう来た! やっぱり来たじゃない!」
さらに、2人の男の罵声が扉の奥から浴びせられる。
『俺たちを追放しといて、のんきに酒飲んでんじゃねーぞ!』
『美女を2人もはべらしといて、羨ましいんだよタコがぁ!』
「あれは追放した格闘家フリードと、追放した魔法剣士アルファロメオね」
そして、今だ年若い少年の声も。
『おんどりゃーッ! 尻の穴から手ェ突っ込んで、奥歯ガタガタいわせたろかァ!』
「これは、さっき追放したばかりのノアくんですか?」
「マジで!?」
「あらあ、まだ一時間も経ってないのにキャラ変がすごいわね」
「ああ……。有望な若者が、俺のせいでグレちまった……」
パジェロはため息をつきながら、扉に向かう。
「しょうがねえ、ちょっと行ってくらあ……」
「うん? 戦るんなら、あたしも付き合うわよ?」
そう言って、シルビアは魔法杖を構えるが。
「いや、俺だけでいい。俺のスキルが招いたツケだからな、お前らにまで迷惑はかけられんさ」
「パジェロさん、こういう時はカッコつけるんですね」
「律儀ーっ♡」
「茶化すんじゃねえよ。あああああ、もうめんどくせえなあ……」
重い身体を引きずって、やれやれ系主人公ぽさを醸し出しながら、パジェロは居酒屋から外に出る。
すでに夜の帳が降り、東の空に満月が浮かぶ中、パジェロはさっそく十数人の冒険者たちに囲まれる。
リーダーとおぼしき重装備のモヒカン戦士、レクサスが高らかに名乗りを上げた。
「我々は貴様に追放されし有志を集った、『勇者被害者友の会』っ! 勇者パジェロぉ! 貴様に『ざまぁ』しにやって来たぞ!」
「自分で『ざまぁ』って言うなよ。小物感ハンパねえなあ」
「ごちゃごちゃうるせぇーっ! てめぇら、まとめてかかれぇ!」
『うおおおおおーっ!!』
前衛職の冒険者たちが、新たに身につけたチートスキルでパジェロに襲いかかる。
しかし!
「秘剣、『パリィ人間』ッ!」
パジェロが剣で攻撃を受け流すと、冒険者たちは持っていた武器どころか、人体ごと弾き飛ばされる!
ドガドガッ、ドガガガッ!
「勇者魔法、『YMO』!」
さらに、勇者のみ使える雷属性の魔法で敵を打ち据える!
ゴロゴロッ、ピシャーンッ!!
『うあああああーっ!!』
『ぎゃああああーっ!!』
「何だとーっ!?」
あっという間に半数が叩き伏せられ、残された冒険者たちは恐れ慄く。
「俺が目指すのはカッコいい勇者なんでな。その辺のチンケな勇者と一緒にすんなよ?」
パジェロは剣を肩に担ぎ、クイクイっと手招きをする。
「お前ら、俺を『ざまぁ』するつもりで来たんだろ? 来いよ」
*
ここは天上界。
勇者に神託を与えた神々が、唐揚げをつまみに生ビールを流し込みながら、天空に映し出された特大プロジェクターでパジェロの戦いを眺めている。
「ほっほう? あやつ、なかなかやるではないか」
「この世界線の英雄製造機は、今までの奴らとは一味違うのう」
「今回の賭けは、わしの総取りになりそうですなあ」
「いやいや、強化英雄側は半分残っておりますれば、まだまだこれからですぞ?」
ラノベで良くあるパーティー追放劇。
その真相は、『追放』のスキルを与えた勇者と、『隠しスキル』や『ダメスキル覚醒』を施した追放メンバーを互いに争わせる事を目的とした、神々の陰謀であった!
「それにしても、『人間蠱毒』は何時見てもやめられませんなあ」
「勇者に『追放』スキルを与える事で、人間どもがもがき苦しみ、醜く争う姿を眺めながら飲む酒はまた格別というもの」
「そして勝ち残った側が、次は魔王率いる魔族と戦う事になると」
「また、賭けが盛り上がりそうですなあ」
おーっひょっひょっひょーっ! と高笑いをする、悪しき神々。
だが、彼らは知らない。
近い未来、神々の陰謀に気づいた勇者が追放したメンバーたちと再びパーティーを組む事を。
そして、さらには獄炎の魔王ヴェルファイアすらも仲間に加え、邪神を打ち倒すために天上界へ攻め上る事を!
勇者と神々の熱き戦いが、まもなく始まる……!
To be continued?
ラノベでよくある『婚約破棄』も、だいたい神々のせい。
『マリトッツォ』が流行ったのは、福岡県にあるパン屋さんのおかげ。