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お絵描き令嬢と冷たい檻

 「ここは?」


 帰還の魔道具を起動後、一瞬ぐらりと揺れた視界が切り替わると、洞窟の入り口ではなく薄暗い小屋の中の様だった。

 あてにしていたい神官達も見当たらない。

 だが今はそんな事も……置いてきたイアンの事だって、彼の為にも考えている場合ではない。一刻も早くモーリスの呪いが広がる前に抑えなければならないから。

 ネリーは自分にも絡みついてくる魔力を振り払うように、パレットと筆を手に立ち上がった。

 「『収集』」

 ネリーの手元へと黒い渦が巻き、たくさんの色に分解されながら集まってくる。まずはネリーに纏わりついていた靄が消えた。次はモーリスだ。早く集めてしまって、彼の姿を描かないといけない。

 そう焦るネリーの耳に大勢の足音が聞こえてきた。続いて小屋の戸が打ち破られる。

 はっとして振り返ると騎士達がこちらを見ていた。


「モーリス殿下に何をしている!?」

 その騎士達の間を割り行って、青年が慌ててモーリスに駆け寄った。

「ジル…………」

 まだ黒い靄は消えきっていないままのモーリスが薄く目をあけて青年の名前をなんとか絞り出す、その後何度か口を動かし、力尽きた様に青年の手の中に身を預け気を失った。

 それを見届け、青年ジルはネリーを振り返り顔を歪める。

「ネリー・ラヴィルニーだな? お前が『絵画の魔女』だったのか! イアンが自ら願って王城に招き入れたと言うのに、どうやって騙した!」

「違います! 私は『絵画の魔女』ではありません!」

「では、殿下は何故苦しんでいる?」

「……それは」

 うまく説明ができず言葉を失うネリーの前で、ジルは目を閉じると言い放つ。

「この魔女を捕らえろ!」

 騎士が、なおも筆を振るおうとするネリーを両側から抑え込む。

「離してください! 今、止めたら殿下が!」 

「いいから連れて行け!」

「離して!」

 ネリーは必死に抵抗するが歯が立たない。悔しさと痛みで涙が滲む。

 ここまできたのに、ここまで頑張ったのに。このままではイアンも、託されたモーリスまで……。

「離してよ……」

 溢したネリーの声は床に落ち、そのまま消えた。



「いいから大人しく入ってろ!」

 ネリーは鉄格子の向こうに乱暴に叩きつけられ、痛みに息が詰まる。

「ここから出してください! 早くしないとモーリス殿下が!」

「うるさい、魔女め!」

 鉄格子を握った手を蹴り飛ばされ、ネリーは蹲る。

 指が動かない……骨にヒビでも入ったのかもしれない。それでも諦める気はしなかった。

「出して!」

「必死になっても無駄だよ、君はここから出られない」

 先ほどモーリスを支えていた青年、ジルの声がして、ネリーは再度必死に訴えかける。

「ここから出してください、私が行かないとモーリス殿下は!」

「うるさい!」

 衛兵は再び鉄格子を蹴りつける。それをじっと見て、ジルは彼の手に何かを握らせた。

「後はいいよ、僕が話を聞いておく」

「あ……、ありがとうございますジル様」

「ああ」

 握らせたのは金貨だろうか、衛兵は軽い足取りで持ち場を離れ、出ていく。


 そしてやっと二人だけになった。


 ジルと呼ばれた青年は人好きのする笑顔をこちらに向けて、ネリーが囚われている檻に手を伸ばす。

「はじめましてだね、『絵画の魔女』さん」

「……私は『絵画の魔女』ではありません」

「そうなんだ、ごめんごめん」

 軽くそう返すジルの表情は笑顔のままで変わらないのに、なんでこんなに怖いのだろう。ネリーは鉄格子の向こうで後ずさる。

「殿下は……モーリス殿下とイアン殿下はどうなったんですか?」

 聞くのが怖いが、それでも恐る恐る問う。

「モーリスはまだ呪いで苦しんでるけど、あの感じだと今夜は越せないだろうね。神官の祝福も通じていないどころか、神官達も次々と巻き添えになってるみたいだ。イアンの方はあのまま洞窟で生き埋めじゃないかな」

「そんな!」

 言葉がネリーの胸を撃ち抜き、息ができない。目の前が真っ暗になる。

「そのどちらも、『君のやった事』になるんだけどね」

 ネリーの手首から繋がっている鎖を拾い上げ、優しく撫でるとジルは言葉をつづけた。

「僕は本当に運がいい」

 うっとりと、ネリーを見て彼は言う。

「最初はね、モーリスの側近として動く傍ら、王族の血にある呪いを解くための研究をしていたんだ。そして偶然に見つけたんだよ。解呪の方法ではなく血に眠る呪いを起こすための魔法陣を。その時に天啓だと思った」

 自分の言葉に酔っているのか大袈裟に天を仰ぐジル。息を継ぐ間もおかず、すぐに言葉を続ける。

「だってずっと思っていたんだ、僕とモーリス、ほんの少し生まれが違うだけで人生は天と地。彼にとって僕は道具の一つさ。そんな理不尽をどうして受け入れなければいけないのかな」

 そんなことはない、モーリスが言っていたジルが彼であるなら、支えてもらっていると言っていたのに。

「そんなことはないです! モーリス殿下はあなたと、あなたのお父様のことを信頼し、助けられてきたと……」

「そんな聞こえの良いことばっかり言ってるけど、本心はどうかな? だって、いつでもあいつばかりが光を浴びて、あいつばかりが愛されてる。いつだって僕じゃないんだ」

 何を言ってももう通じない。ジルはネリーと会話している様でまったくネリーを見ていなかった。ぞっとするほど彼の世界には彼しかいない。

「『絵画の魔女』の真実は、かつて試練を受けた父に聞いて知っていた。それなら王族には必ずその呪いが残っているはず。僕が見つけた魔法陣があればその呪いを使って誰にも知られず僕以外の王族を消していける」

 上機嫌でジルは言葉を紡いでいく。彼の企みは今、最上の結果をもって結実しようとしていたのだから。


「神官長に金を握らせて『絵画の魔女』復活の託宣を出し、呪いは『絵画の魔女』が犯人であると印象付けた。まあ、半分は間違いでもないしね」

 確かに、『絵画の魔女』の呪いが原因なのは間違いないだろう。でもそれは起こさずにいれば眠っていたものだというのに。

「最初の試練の時は、目当ての魔力が見つけられずにいるモーリスに天幕の前まで上がってきてから会場を見渡してみればいいとアドバイスした。彼は僕が『当たり』を抜き取っていることも知らず、僕の言うままあの場所に近づき、天幕に仕込んであった魔法陣を僕が起動したことで呪いに侵食された。……君に邪魔されてしまったのは計画外だったけど」


 その言葉にネリーは気づく。祭壇の間で最後にモーリスが言おうとしていた名前は……。


「もしかして、神官服であの場にいたのですか?」

「そう、万一失敗しても神官に紛れておけばいいと思ってね。実際一緒に倒れて一部始終を見ていたんだけど、全然気づかなかったでしょう?」

 得意げに言うジル。その顔を見ながらネリーはあの時動けた自分を全力で褒めたいと思った。動けていなければあの時点でモーリスは失われていたと言うことだから……。

「で、あの時に思ったんだ、こんな都合の良い子が転がり込んでくるなんてツイてるなってね」

 顔を近づけられ、ネリーはじりじりと下がる。

 あの時にせめて一矢報いたのではないかと思ったのも束の間、ジルはそれを幸いのように言う。

「すべての罪を被せられる『絵画の魔女』役が現れる、こんな奇跡が起こるなんて、やはり僕のやっている事は神にも認められた正しい事なんだよ」

 彼の目の奥に宿る暗い炎がネリーまで焦がすようだ。見たことのないほどのどろりとした深淵。決して描きたいと思わない色……。


「最初は父も戸惑っていたんだ。でも僕が繰り返し『これで確実に王になれる』と言えば最後には協力してくれたよ。だから、後から出てきて揉めない様に確実に始末する為、イアンを呼び寄せてもらった」

「洞窟で魔法を放ったのも……?」

「そう、僕だって王の血に連なる者だからね、中に入ることができるんだ」

 ジルはそう言い、自分の血筋の正当性を誇るように胸を張る。

「本物の聖符の代わりに魔法陣を仕込んだ偽物を置いた。そして君たちの後をつけ、タイミングを見て魔法陣を動かしたんだ。本当は出口を塞ぐことで魔法の使えないあの場所に閉じ込めて、確実にモーリスを呪い殺すはずだったんだけどね」

 自分の言葉に酔ったように上気した頬でジルは饒舌に語り続ける。

「あれはあれでイアンを始末できたし、結果としては最良だったかな」

 ネリーは拳を強く握り締める。酷く痛めつけられた手の痛みも感じないほどに、ただただ悔しかった。

「もしかして、帰還の魔道具がきちんと動かなかったのも……」

 ネリーは帰還の魔道具を使い見知らぬ場所へ飛ばされた時の事を思い出す。

「そうだよ。きちんと呪いが回り切る前に神官が待機する入り口へ戻ってきてもいけないから、万が一に備え転移の魔道具の転移先も弄っておいた。で、時間を見て僕が兵士をあの場所に誘導したんだ。禍々しい気配がする、とかなんとか言ってね」

 それだけの技術がありながら、それだけの頭脳がありながら、なのに何故。

「あとは君が処刑されたら、完璧な終劇だ」


 ネリーは怒りに震えながら口を開いた。

「処刑されるにしても、私は今聞いた事を全部話してから処刑されます!」

 その言葉を笑顔で受けて、あっさりと彼は返す。

「ああ、それは出来ないよ」

 両腕を繋いでいる鎖を強く引かれ、ネリーは鉄格子越しにジルの目の前まで引き摺られる。彼はゆっくりとネリーの前に膝を折ると、その細い首に金属の輪を嵌め込んだ。

「その首輪は君の魔法と言葉を封じる魔道具だよ。これで君は何も出来ずに明日処刑される。裁判もなく、弁明もできず、僕の罪を暴くこともできずにね。安心してよ、きっとイアンもモーリスも先に待っているし、ご家族もすぐに後から来ると思うから」

「!」

 輪はずしりとネリーの首に食い込む。その痛み以上にこの状況で何もできない自分が辛くて、次から次に涙が出る。

「可哀想にね、イアンにあの時見つかったばっかりに、いや、あの指輪を受け取ってしまったばっかりに、かな」


 どんな結末でも、イアンに出会えたことは不幸な出来事ではない。そう訴えたいが声は出ない。せめて全ての怒りを込めて彼を睨みつけるのがせいぜいだ。

 そんなネリーの姿を楽しそうに見て、ジルはやっと立ち上がった。

「衛兵はもう来ない、ひとりにしてあげるよ。最後の夜なんだからイアンのことを思いながらぐっすりと眠れるといいね」

 去っていくジルの足音と、鼻歌。


 それが消えると、牢にはいつまでもネリーの涙が落ちる音だけが響いていた。

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