6 アリシアと彼は気持ちを通じ合った
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──北歴三五〇年一二月 魔王直轄領パル
【カミ枯渇症候群】と名付けられたエルフ、ダーク・エルフ限定種族の流行病の罹患者の治療にそれから、かなりの日数をかけた。
パル中の【カミ枯渇症症候群】罹患者がパル特別療養院へと移送されてきて、そこで俺が治療を施したのである。
治療の間の空き時間はハチワレの剣術、格闘術、魔術及び自然科学、ついでに哲学などの学問、それらの座学に充てられた。
ちなみに、その座学の時間は俺とフィリシアだけでなく、アリシア、ユイ、アリスも参加していた。
彼女らに参加したい理由を訊くと、最初はごにょごにょと勉強への意欲があるのだと言っていたのだが、どうも様子がおかしい。
釈然としないまま受諾したのだが、フィリシアがそっと理由を教えてくれた。
「兄上は鈍感だとアリシア嬢が仰っておりましたが、なるほど私も得心がいったのであります。いいですか、兄上。彼女らは兄上と一緒にいたいのです。兄上と過ごしたいのです」
「そ、そうなの?」
「そうであります……。兄上の恋心方面への唐変木ぶりは並外れておりますな……」
なにげにひどいディスられかたをした俺であった。
ともあれ、朝アリシアのいるベッドから抜け出し、フィリシアと一緒にランニングと木剣の素振りをして、朝食を食べて、特別療養院へと出向き、罹患者に治療を行い、夜は屋敷に戻り食事、お風呂を済ませ就寝、という日々を繰り返しているうちに、年も明けようとしていた。
この世界では、特に改まった儀式も風習もなく、強いて言えば皆で集まって新年を迎えるということだったので、そうした。
そして、新年を迎えた――。春になれば人類圏との戦争が再開される。
そのとき、俺はどんな顔をしているのだろうか。
蘭世と再会したとき、どんな顔をしているのだろうか。
今の俺には想像もつかなかった。
◆ ◆ ◆
──北歴三五一年一月初旬・魔王直轄領パル
年が明け、皆で新年を祝ってそれから数日。
俺とアリシアはパル城玉座の間の前に立っていた。
なんでも【カミ枯渇症候群】収束の立役者として勲功を祝う受勲式に出なさいとのことだったので参った次第。
「はぁ、ようやく勲章をもらえるのかぁ」
俺は感慨深かった。勲章をもらえると言うことは、俺の記憶が正しければ勲章年金ももらえることだから、嬉しいことに違いない。
「ふう、これでようやくフィリシアに何かプレゼントを買ってあげられるな……」
そうつぶやいていると――アリシアがジト目で俺をにらみつけてきた。
「サトルさま、あたくしには? あたくしには何もプレゼントを買ってはくださいませんの?」
俺はもちろん、とアリシアにウインクをして返す。
「あはは、一宿一飯の恩義は生涯の恩義です。もちろん、アリシアにも豪華なプレゼントをしたいと思うよ。欲しいものは、何かな? 年金の額がわからない今の時点では確約はできないが、リクエストだけは聞いておくよ?」
「はいっ、あたくし、サトルさまが欲しいですわっ」
イイ笑顔で言われた。
俺は聞かなかったことにした。
「あ、衛兵さん、準備完了しました。扉を開けてもらっていいですか」
「……サトルさま、あたくしの扱いが雑になっておりませんか。ぶーぶー」
そして、玉座の間に入った俺とアリシアは万雷の拍手を浴びた。
思わず、なにごとかとビクッとのけぞるほどの。
アリシアと俺は目を丸くして、その歓迎に応えた。
「あ、ありがとうございます」
「何を言っているのかね、【英雄殿】。礼を言うのはこちらの方だよ。本当に、我らエルフ族、及びダーク・エルフ族を救ってくれてありがとう」
そういうと、見知らぬエルフの紳士は俺に抱きついた。
なんというか、本当に感謝されたようである。
治療後にもそういうことをされた覚えはあるが、改まってそういうことをされると、ああ自分はそれだけのことをしたのだな、という感慨が浮かんできた。
「テイムズ卿、そろそろお離れになって。あたくしのサトルさまに男色の噂のタネを与えないでくださいまし」
「ははっ、すまない、レディ・ラ・セルダ。キミの愛しの旦那様にそんな悪評を与えようなどとは思っていなかった。我ら一族の感謝をこめただけのことさ」
そう言うと、優雅にお辞儀をして、去って行った。
そんなようなハプニングもあったが。
魔王が公式に受勲式をする場である。
身分が確かなものばかりでそれ以上の騒ぎはなく、俺たちはいまだなりやまない拍手の中で所定の位置についた。
その後、ハチワレに教わったとおりの受勲の際のマナー、儀式の手順などに従い、俺は無事、勲章を授かった。
魔王が俺にメダルを首からかけてくれた。
やったー。
これで勲章年金を毎年受け取れる♪
ハッピーハッピー♪
浮かれに浮かれまくっていた俺だったが。
その後、魔王は俺を奈落の底に突き落とす。
「この者は滅びつつあった大いなる民族、すなわちエルフ族、ダーク・エルフ族を滅亡の淵より無事救い出した、救世主である! よって、その英雄行為を表彰し、本日ただいまより、貴殿サトル=オダを魔族国家コスモスの永代貴族とすることをここに宣言する。これからは貴殿はサトル=オダ伯爵である。その身分に違わぬ働きを今後とも期待するものである!」
そういうとカカカと愉快そうに笑い、そして拍手をした。
場はどよめき、そして万雷の拍手が俺に向けられた。
その祝福に、俺はただ目の前が暗くなる思いだった。
俺が、貴族?
責任が重大すぎる。
勇者で貴族で伯爵で、俺はいったいどこに向かってるんだ?
心の中で俺はノーーと叫んでいたのだった。
◇ ◇ ◇
その後、記念パーティーが開かれたが、俺は気分が悪いことを理由に欠席する旨を告げ、早々にアリシア邸に帰る運びとなった。
本当に、どうしよう。
俺はアリシアが言っていたように本当にハートがチキンなのだなぁと改めて思い知らされた。
俺が英雄だとか、何かの間違いだろう。
……まあ、エルフ族、ダーク・エルフ族を滅亡の危機から救い、停滞していた魔族軍の雰囲気を根底から一新し、払拭させた、という自覚はあったが。
俺が、伯爵?
しかも永代?
きな臭い匂いがした。これは、あれだ。
俺はアリシアと結婚させられる!
そんな未来予想図が浮かび、暗澹たる気持ちになった。
そこへ。
叙勲式にも出席し俺を祝福してくれたハチワレが、俺を追ってきたのだろう。
俺に並んで話しかけてきた。
「いかがなされたサトル殿、本当に顔色が優れないが、それほどまでに今回のことは衝撃だったのでありましょうか。貴殿は本当にわからない方だ」
「プロフェッサー……俺は、その先のことを考えていたのです。魔王の狙いは露骨に俺とアリシアとの結婚を推進することだとは明々白々ですよ? 俺はそんなことを考えられないのです。今はまだ考えられない。それなのに、魔王ヨハンは――。本当に、困りました」
そう泣きつくと、ハチワレは真剣そのものの顔で俺に問う。
「アリシア嬢のことがそんなに嫌いであるのかな、サトル殿は」
「好きとか嫌いとかの問題ではないのです。俺には想い人が……」
「それは、ランゼ嬢のこと、でありましょうか? 彼女のことを想っているから、ということでしょうか」
俺は、うなずいた。
ああ、そうだ。
俺は蘭世が好きだ。
愛している。
彼女と添い遂げたいんだ。
その想いに、今、気付いた。
俺は涙が溢れて止まらなかった。
そんな俺に――。
「時にサトル殿、我ら魔族で高位の身分、つまり爵位を持っている貴族には一夫多妻が可能であるということをご存じでしたか?」
「……よしてください。俺のいた世界は、そんな価値観はなかったんですよ。一夫一妻が当たり前でした」
「ふむ、それだと他の異性を好きになって娶りたくなったらどうすればいいのでありましょうか」
「どうにもなりません。諦めるのみですよ」
「……サトル殿、貴殿は今そういった価値観ではない世界に、いるのですぞ。それを、認められれば今の悩みは雲散霧消するでありましょう」
そう言うと、ハチワレは無言になった。
俺もまた、何も話す気になれなかった。
アリシア邸までそうやって、無言で二人で並んで帰った。
◇ ◇ ◇
家に戻ってしばらくして――。
俺は中庭に出た。それから、ひたすら木剣をもち素振りをして、自分を痛めつけていた。
そんな俺に。
アリシアが静かに話しかけてきた。
「サトルさま、ここにおられましたのね。気分が優れず戻られたとのことで、慌てて戻ってきましたわ。……その、大丈夫、ですか?」
「少し、大丈夫では、ないかもしれません」
「そうなの、ですね」
そういうと、ただ何も言わず、俺のことを見つめている。
俺も何も言う気になれず、ただ素振りを再開した。
ややあって――。
「ハチワレ卿から聞きました。その、ランゼさまへの思いを抱えてらっしゃることを」
俺は無言で素振りをしている。
「あたくし、二番目でも、いいのです」
素振り。
「あたくし、あなたのことが大好きです」
……。
素振りをやめた。
「魔法を使ってあなたを手に入れるような卑怯な振る舞いをしたあたくしを愛してくださることなんてないのは把握しております。ですが。でも! あたくしはもうあなたさまがいないと、駄目なのです。駄目なのですわ……」
アリシアは、俺にすがりついて、泣いた。
「二番目でいいのです。おそばにおいてくださいませ……」
そうやって、静かに、泣いた。
「一月です。運動もせず長居すると身体に触ります。戻りましょう」
「……はい」
そして、二人で歩き出す。
「時間を……」
「はい」
「ください……」
「はい」
「俺も、アリシア、キミのことは好きです」
「!」
「それ以上に、蘭世のことを愛しています」
「……はい」
「答えは出します。……ただ、少し、時間をください」
「……はい」
夜になり、寝る時間となった。
ベッドに横になる。
そして、つぶやいた。
「蘭世――おまえが好きだ」
けれど、とも思う。
「アリシアのことも、好きだ」
悶々として、俺は二転三転ゴロゴロしていた。
そして、吹っ切れた。
俺は、もう、地球に戻らない。
地球を、捨てこの世界で生きていくのだと。
こうして、俺は地球への思いを捨てることにした。
今までの織田暁を捨てることにした――。
それを伝えにアリシアの部屋まで出向いた。
こんこんとアリシアの部屋をノックする。
「サトルさま? いかがなされました? こんな時間に……」
「話があります。開けてくれませんか」
「……はい」
アリシアの部屋に初めて入った気がする。
貴族の女性らしい本当に手の入れ込んだ瀟洒な家具。
ベッドもきちんとある。
毎晩俺の部屋のベッドで寝てるのだが、と少しなんとも言えない気持ちになる……。
「それでサトルさま? お話というのは、答えは、出たのでしょうか」
不安げに、アリシアは聞く。
不安なのだろう。本当に。とてつもなく。
なので、俺は答えを前置きもなく、伝えた。
「俺は蘭世を愛しています。……結婚を考えています」
「……はい」
「そんな俺ですが。二番目でも本当にいいのならば、アリシア。結婚してくれませんか。俺もキミのことを愛しています」
「……はい、喜んで」
「あの……一ついいでしょうか」
「なんですの? まさかこれから、そのようなことをなさりたいと?」
「いえ、違います」
「?」
「俺と蘭世が結婚するまで、それから俺たちが結婚するまで、その、婚前の……行為には、及ばないようにしましょう」
「……はい、わかりましたわ。ふふっ」
アリシアが俺に抱きついた。
愛情のある抱きつき方。
俺も抱き返した。
しあわせだ。
本当に、しあわせだ。
「では。寝ましょうか」
「はい♪」
「これまでのように、寝てる間に寝床に入ってくるのは駄目です。これからは、一緒にベッドに入りましょう?」
「はい、喜んで♪」
翌日、
宰相さん経由で俺とアリシアは婚約を発表した。
宰相さんの仕事は抜かりなく、通信網をフル活用し、魔王直轄領パル内だけでなく魔族国家コスモスすべてにその慶事は敷衍されるのだった――。
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