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まわるよまわる勇者はまわる  作者: 小鳥遊ロイ
家族成立編
8/16

5 サトルは奇蹟を起こしてみた

◆ ◆ ◆


──北歴三五〇年一二月上旬・魔王直轄領パル パル特別療養院


 俺と魔王ヨハン、それにアリシアはパル特別療養院を秘密裏に来訪していた。

 なお、ハチワレとメイド三人組(ユイ、アリス、フィリシア)もついてきている。

 勇者と魔王というコンビはあまりにインパクトが大きいため、灰色の地味なローブを着用して、変装して、カモフラージュしている。


 二階のやや小さめの部屋に入ると──そこには【不治の病にかかったエルフ、それにダーク・エルフ】ら四人ほどが、ベッドに横たえられていた。


 付き添いはいない。

 時折看護師たちがやってきて、症状の観察をしている、それのみである。

 知っているのだ、彼ら彼女らは。

 この病気が治るものではないと。


 俺たちが部屋に入ったのもまるで気がついていないような四人の患者たちは、もう生きることに倦んでいることが見て取れた。

 死にたい、この痛みを取り除いてくれるなら、死んだほうがいいという、そんな諦観に入っているのだろう。

 俺はそのうちの一人のベッドに近寄った。

 彼女はエルフだった。苦悶の表情を浮かべている。

 実際、苦しいのだ。

 手と足が岩のように硬直している。

 やがては血液循環不足で、死ぬだろう。

 俺の存在に気づいても、何も言わない。

 ただ呆然と、自らの死を待っている、そんな有様であった。


「なんとむごいことか……」

 魔王ヨハンがつぶやいたその一言が、すべてだった。


「確認したいことがあります」

「なんだねサトル、何を知りたいんだ」

 青ざめた顔で魔王ヨハンが言う。


「彼女たちエルフは森と共に生きています。森のエネルギー、つまり【マナ】がなければ生きていくことができない種族。そのマナ(カミ)の生体の内蔵量を可視化したいと思います」


 そう言うと、俺は【力ある言葉】の中から、今の状況にふさわしい【言葉】を選んだ。


カミよいずこにカミ・エクスプラレイション


「これは、弱い光だ……」

 薄ぼんやりした赤い光が、そのエルフの女性の全身をうっすらと包んでいるのが視認できた。


 やはり、と俺は確信する。

 カミ(マナ)の力が薄らいでいる。


「本来はどのような光なのだ? カミとやらの光は」

 興味を抱いたのか、魔王ヨハンが俺に問いかける。


「ええ。ユイ、それにアリスも。魔王ヨハンに自らのカミの力を見せてあげても、いいだろうか」

 すると二人は間を置かず、構いませんとうなずいた。

「どうぞ、お見せくださいませ。私たちも本当のことが知りたいですから」


「決まりだ。カミよいずこにカミ・エクスプラレイション

 その言葉を、ユイとアリスに投げかけた。


 すると──刹那、ユイとアリスの周囲が瞬く燐光に包まれる。


「おお、これがマナの、カミとやらの存在なのか……」


 魔王ならずハチワレやフィリシアも呆然と彼女らを見やった。


 アリシアもそれを見てうっとりしている。

「なぜどや顔なんだ、アリシア」

「へっ? 私たちのメイドはこんなにも素敵な光に包まれている存在なのだと言うことがサトルさまは誇らしくないのですか?」

「ふふっ、違いない。綺麗だよ、ユイ、アリス」


 そうお世辞抜きでユイとアリスを礼賛する俺。

 心なしか、二人がたじろぐ。どうやら照れているようだ。


「さて、本来はこのような光に包まれていなければならないのがエルフ、それにダーク・エルフというわけです。この少女の弱々しい光を見るに、まったくカミの量が足りていない。それが、この病の原因であるのでしょうね」


「原因がわかったら、治療方法もある、ということでいいのか、勇者よ。これだけ期待させておいて治療方法はないと言ったら、俺は貴様をうっすらとだが軽蔑するがな」

「ええ、簡単なことではないですが、治療方法はあります」


 俺は言った。


「抜本的な治療法と言えば、この世界の森を。木々を。草木を。花々を。水を。あるべき姿──すなわち大地の恵みで満たしてあげればよい。そう、【邪悪な巨人】どもを駆逐し、森に恵みを再び十分に与えればいいのです。ですが、それは根本的な治療法だし、実際そんな悠長なことをしている暇はない。巨人共との戦いは熾烈を極めることは論を待たない。一日や二日でどうこうできる話でもない。なら、どうするか」


 俺はここまでを一息で語った。

 深呼吸をし、心を落ち着かせ、さらに言葉をつなげた。


「カミの、マナの力を彼ら彼女らに取り戻してあげればよいのです。アリシア?」

「何かしら? 先ほどサトルさまが仰っていたものの出番ということかしら?」

「ああ、そうなる」


 アリシアは合点が行ったとばかりに、それらを、すなわち、宝石(パワーストーン)を四つほど、持っていた手提げ袋から取り出した。


 ヨハンらはそれを見て首をかしげる。

 いまいちそれがどういうことなのか、ピンときていないらしい。


「サトルさま、宝石ならばどれでも、パワーストーンとしての力を発揮できるのかしら?」

「ああ、エメラルドでも翡翠でもルビーでもダイヤモンドでもターコイズでもラピスラズリでもサファイアでも、なんでも構わないさ」

 俺はそう言って、アリシアをなでる。感極まったからだ。驚いた表情のアリシアだが、俺はその行為をやめない。彼女もまんざらでもなさそうだったので続行した。

 アリシアは賢い。

 彼女はわかっている。

 活力や癒しなど特別な力が宿る石をパワーストーンというならば、それの源泉は何か、それはすなわちマナの輝きが、この宝石の輝きと同義だと言うことだ。

 俺の説明に一同はなるほどとうなずいた。

 ヨハンはさらにアリシアをなでる俺を見て、なぜか相好を崩すも、俺は気にしないことにした。

 フィリシアらメイド三人組の視線も痛かったので、ほどほどのところでやめたが。


 さらに、と俺は言った。

「この石、宝石を身につけているだけでも治るはずだが、体と心が弱っている重症患者にはそれでは足りない。よって、俺からも彼女らに【祝福を与える】ことにすれば、治る。さらにはパワーストーンにも同様の措置を行うことで、マナの力を、カミの力を増幅させる。……原理としては以上になる。では、治療の始まりです──」


 俺は【力ある言葉】を口にする。

 すなわち、


 神の祝福(カミノシュクフク)


 と。光が生まれた。大いなる光、カミの光である。


 それを部屋いっぱいにまで拡げる。

 まばゆい光に、ヨハンたちは目を細めている。


 さらに、アリシアからパワーストーンを預かり、それを患者の首元に装着させていく。

 アリシアにはネックレスでも指輪でも何でもいいと言った。

 普段身につけられるものであれば、と。

 彼女は四つのパワーストーンすべての種類をネックレスにしてきた。

 まあ、指輪ならば、俺が彼女、彼らに与えればおかしな意味に受け取れなくもないから、妥当なところだ。


 そして、それらが終わり、光の発動を解除した頃。


 劇的な変化が、そこにあった。


「痛くない、苦しくないです、私」

「ああ、今までの痛さが嘘のように引いている」


 呆然とする元・患者たちの声が、室内に響き渡った。


「ミッション・コンプリート。治療は、以上となります。おつかれさまでした」


 歓声が、部屋を覆った。


◆ ◆ ◆


──北歴三五〇年一二月上旬・魔王直轄領パル とある道。屋敷への帰り道


 ぐすんぐすんと後ろから鼻をすする声が聞こえている。

 俺とアリシアは後ろを振り返った。そこには泣いているメイドさん二人組の姿があった。そう、エルフ、ダーク・エルフコンビである。

「まだ泣いてらっしゃいますの? ユイ、それにアリスも」

 呆れたようにアリシアが言うと、

「「だって、……だって」」


 そんな声が返ってきた。

 自分たちの種族が謎の流行病で悲惨な目に遭っていたのが、それが解放されたのなら、それくらい喜ぶのはまあ当然とは言える。


「本当に、よかったな、二人とも」

 俺は二人を祝福する。


「「はい、ありがとうございます」」

 そう言ってけなげに、頭を下げるユイとアリスだった。


 魔王ヨハンは宰相さんにこの慶事を知らせるとかで、急いで城に戻ってしまった。

 なので、屋敷への帰り道をのんびり俺たちは歩いている。


 ハチワレが、なにごとか先ほどから思案に暮れているようだ。しきりに、俺のことを気にしている。何事か話しかけたいようだが言葉が見つからない、そんな印象を受けた。


 なので、単刀直入に聞いてみる。

「プロフェッサー、なにか俺に言いたいことでもあります?」


 しばし口ごもっていたハチワレだが、やがて──。

「いや、やつがれは感心したのです。やつがれはたしかに知識を持っている。エルフ、ダーク・エルフが森の恵みの力、カミが不足してこのようなことになっているのだと少なからずはわかっていたのです。ですが、何の力にもなれなかった。傍観してしまった。問題解決になにも関与できなかった。だが、サトル殿はあっという間に、それを為してしまった。その手腕が鮮やかすぎて、かえって、やつがれは忸怩たるものが残るという次第でありまして……」

 なにごとか、いろいろと大人は考えるものである。

 ハチワレの力不足ではない、そう言って慰めようとしたのだが、それはやめておくことにした。

 今の彼はそっとしてあげるのが一番だと、なんとなく、そう思ったのだ。


 ユイとアリスは先ほどアリシアからもらったネックレスを、嬉しそうに身につけている。

 俺が手渡してもよかったのだろうが、あれは俺の私物ではない。

 アリシアのものである。

 なので手渡すのはアリシアからにしてもらった。

 なんとなく、俺から手渡してもらいたい雰囲気を感じたが、そこは鈍感を装いスルーしたのである。

 ずるい大人に、なっていくような気がして少しへこむ……。

 そんな俺たちを、フィリシアはやや遠くから見つめていた。

 それが印象的だった。

 胸元に手を当てているところを見ると、自分も何かネックレスが欲しいと思ったのだろう。

 何かしら、あとでフォローをする必要を感じた。

 なにか彼女が喜びそうなものを買い与えればいいかな。

 というか、俺、今、無職だよな。

 フィリシアにプレゼントするお金、ないのだが……。

 あとで魔王に今回の件が完全解決したら報酬をもらおうと、そう決意した。


 アリシア、ハチワレ、ユイ、アリス、フィリシア。

 思う。

 俺にも家族ができたよ、この世界に──。

 大切にしていきたいと、そう思った。



 堪忍してくれな、蘭世(らんぜ)

◆ ◆ ◆


最後までお読みいただきありがとうございます。

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では、次回更新をお待ちくださいませ♪

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