第5章
「ほら、おでこ、急いで」
ロベルトは言った。
2度目の列車の旅だ。
私たちは例のごとく列車に乗った。
ボックス席からの車窓は、
街を抜けてまた森の景色に変わっていく。
「次はどこへ行くのですか?ロベルト」
「ん。砂漠の神殿」
「砂漠ですか?砂漠の神殿に、探し人の手がかりがあるのですか?」
「うん……もしかしたらと思ってな」
「そういえば、最初に会ったとき巫女さんと言ってましたよね。その方は巫女さんなのですか?」
「いや……奇跡の力を使えるってのと……言ってたんだ。いっそ神殿に行って巫女になりたいって」
「いっそ?そうなのですね……」
それって、もう恋なんかしないみたいな感じで言ったのかな、とか思ったり。
「うん」
「ロベルトはいつからその方を探して旅をしているのですか?」
「あー。もう5年くらいになるか。
フローラと別れてから、4年はイースティンでヴァイオリニストしてたけど」
「そうなのですね……」
「うん。急に手紙が来て、住所も書いてない、遺書みたいな手紙だった。俺は彼女を探すことにしたけど……もう亡くなってるかもな」
「……そうなのですね……」
「神殿行くけど、俺まじで神殿のこともユリア様の教えも信用してないからな」
「どうしてですか?」
「聞いても嫌な気持ちになるだけだけど」
ロベルトはなんとなく機嫌が悪そうだった。
「ごめんなさい。聞いてしまって……」
「いいけど。若い頃、悪魔と契約したと言われてな……」
あ、これアルノルド先生が言ってた話だ。
「俺はまあいいけど、家族が悪魔崇拝の家だと吹聴されてな。父さんは仕事を失ってアルコール中毒になって、母さんをよく殴ってたよ」
「そんな……」
「ユリア様に罪はないんだろうけど、救ってくれない女神を俺は呪って、聖典を燃やした」
「……」
「フローラが奇跡の力を持っていて、目の当たりにしたから、完全に信じてないわけじゃねえけど、神殿を完全に信用してるわけでもねえよ」
「そうなのですね」
しばらく私たちは窓の外を見ていた。
「ロベルト、昨日は楽しかったです。薔薇色のドレスを選んでくれて、ありがとう」
「ふふ」
ロベルトは嬉しそうに笑った。
「ロベルトのタキシード素敵でした」
「柄でもないけどな。おでこも可愛かったよ」
「えっ、わぁあ、ありがとうございます」
「ふふ」
ロベルトは五線のついた羊皮紙を取り出して、何かを書き始めた。
「ロベルト、曲を作っているのですか?」
「うん。ちょっと、思いついた」
「………野を駆ける……少女?」
「うん。おでこのこと見てたら思いついたよ」
「私走ったりしてませんよ?」
「うん……でも、裸足で草原を駆け回ってる感じ……おでこのイメージだ」
ロベルトは優しく笑った。私はロベルトの笑った顔が好きなのでとてもキュンとした。
「……もうっ」
列車が着いたそこは、砂漠の入り口の小屋だった。砂の混じった乾いた風に、新鮮な気持ちになった。
「こんにちは、旅の方。神殿に行かれるのかな?」
「はい。神殿から北の森に抜けます。らくだ一頭と先導をお願いしたいのですが」
ロベルトは言った。
「らくだ?」
私は思わず聞き返した。
「うん。らくだ」
「それでは装備と飲み物はサービスさせていただきますね」
「ありがたい」
私たちは砂よけの顔を覆うケープをかぶって、水筒を腰から下げた。
小屋を出ると、砂漠が広がっている。
さぁぁぁ、と風が砂を撫でると、
大地が呼吸しているみたいだ。
らくだが小屋から2頭連れてこられた。
毛は硬くてふさふさとしていて、
目はまつ毛が長くて愛らしい。
「さあ、乗って」
先導の人はそう言って、らくだの背中に毛布を乗せた。クッションの代わりみたいだ。まずロベルトを手伝い、私はロベルトの後ろに乗った。2人乗りのらくだだ。
「おでこ、ちゃんとつかまって?」
ロベルトがそういうので、私はロベルトの腰に手を回した。呼吸するたびに動くロベルトの身体を感じてドキドキしてしまう……
「では、行きますよ」
先導の人はらくだに乗り、らくだは神殿への道乗りを歩き始めた。私たちの乗っているらくだも、前のらくだについていく。
何時間もらくだにのっていた。
ほぼ平坦な道のりだが、ときどき垂直になるのではないかと思うほどの岩場をらくだが乗り越えてくれる。そんなときはしっかりと落ちないように体を支えなければならなかった。気は抜けなかった。
途中の宿屋に着いたのは、月が登りはじめた頃だった。
「おでこ、大丈夫か?」
ロベルトは言った。
「大丈夫です」
「それでは私は控え室に泊まるので。食事も料金に入っていますので」
先導の人は言った。
「ありがとうございます」
私たちは食堂に行った。
不思議で、同じ国とは思えない謎の料理を私たちは味わった。スパイスの味がして、おいしい。
「ロベルト、とても美味しいです」
「うん」
食堂には、長髪の彫りが深い青年と、短髪の涼しい目をした青年、黒髪で黒い目の美しい女性がいた。
「私たちの他にも、神殿に行く人がいるみたいですね」
「そうだな。ちょっと情報収集してくる」
そう言ってロベルトは、3人のところへ行き、話をした。しばらくしてロベルトは、手を振って私を呼んだ。
「俺たちと一緒に明日たつことになるってさ」
と、ロベルト。
「こんにちは。わたしはジーク。ジークフリートです。私は奇跡の力で人々の病を癒す仕事をしています」と、長髪の青年がいった。
「へええ。私はプリシラです。首都の神殿から来たので、奇跡の力を持った人がなんだか親近感湧きます。よろしくお願いします」
「従者のローゲっす。よろしく」
短髪の青年は言った。
「私はエレノア。よろしくね、プリシラさん」
「よろしくお願いします」
すると先導の人が食堂にやってきて、
「すみません、あなたは奇跡の力で治療ができると聞きました」とジークに言った。
「ええ、何かあったのですか?」
「熱中症で倒れた方がいて、治療をお願いしたいのです」
「わかりました」
そして熱中症の人のところへ行き、ジークはその人の身体に手をかざした。光が生まれて、その人はすぐに元気になった。
「すごいです……」私は言った。
首都の神殿にも、奇跡の力を持つ巫女はいたが、ここまで高いヒーリング能力は見たことがない。この人は、ユリア様に選ばれた人だ。
「ふふ。ありがとう」
ジークは言った。
私たちは宿屋のロビーへ行き、お話に花を咲かせた。
その夜は5人で楽しくおしゃべりをした。
「それでね、この砂漠は、昔羊を放牧した農家の人がいて、その羊が草を全部食べてしまってできたのです」ジークは言った。
「なるほどな」と、ロベルト。
「そうなのですね……ふぁぁ……」私はあくびをしてしまった。
「そろそろ寝ましょうか」エレノアは言った。
次の日も、朝から夕方までらくだに乗った。
私はエレノアと同じらくだに乗った。ロベルトは先導の人の後ろ、ジークはローゲの後ろだった。
神殿に着くと、初老の巫女さんが迎えてくれた。
「旅の方、よく来ましたね。さあさ、休んでください」
私たちは、祈りの間に通された。先導の人は専用の部屋があるみたいで、そちらへ行った。客間を兼ねているみたいだった。
「ここに、フローラという巫女はいるか?」
とロベルト。
「いえ、いないわ」
「そうか」
「巫女様。私は病気の人を奇跡の力で癒して旅をしています。ここに体が不自由な人や、病に苦しんでいる人はいますか?」
「あら……そうね……デイジーという女の子だけど、生まれつき足がなくてね」
「ジーク、ここ神殿だぞ?巫女さんなら奇跡の力使える人いるだろ」ローゲは言った。
「いえ、この神殿は、私ダリアとデイジー、マーガレットという巫女の3人しかいないのですよ。みな特別な力はありません。修行者を随時募集しているけれど……最近はほとんど宿屋と変わらないわね」
「なるほど、ではデイジーちゃんを診てもよろしいですか?私に治せないものはありません」
「ええ、是非とも」
ダリアさんはデイジーちゃんの車椅子を引いて連れてきた。
「旅の方、来てくれてありがとう」
デイジーちゃんは屈託のない笑みを浮かべた。
「いえいえ、脚をちょっと見せてね」
ジークは言った。
「私、生まれつき走ったことないけど、走れるようになるの?」
「ええ」
ジークは言った。
デイジーちゃんの足に手をかざして、光を放つ。
しかし何も起こらなかった。
「え……」
ジークは自分に治せないものがあることにショックを隠しきれない様子だ。
「ない足を生やすことなんてできねえだろ」
ロベルトは言った。
「ちょっと、ロベルト」
私は思わずロベルトに怒った。
「まあ……」とエレノア。
「野を駆ける……少女」
私は思いついた。
「ロベルト、野を駆ける少女を演奏して?」
私はロベルトに言った。
「……なるほど。わかった」
ロベルトはヴァイオリンを取り出して、チューニングをしてから新しい曲《野を駆ける少女》を弾き始めた。快活な調べが、デイジーちゃんの目をきらきら光らせる。
デイジーちゃんは嬉しそうに拍手をした。
「わぁぁ!すごい!本当に走ってるみたいだった。あたし、足がなくても大丈夫!想像することができるもの!」
デイジーちゃんは言った。
「うん」
ロベルトは嬉しそうだった。
その夜、私はエレノアと同じ部屋で、いろいろお話をした。
「エレノアさん、エレノアさんは、好きな人っていますか?」
「うふふ。何急に?いるわよ」
「それって、ジークですか?」
「ううん。私はローゲひとすじ」
私は意外に思った。ジークの方がかっこいいと思うからだ。
「ジークのほうがかっこよくないですか?」
「うふふ。私ローゲが実はとっても優しい人だって知ってるの。ジークの優しさとはまた違って。自分が優しいと気づいていないとことか」
「わ、わかります!それ!」
「プリシラはロベルトひとすじ?」
「はい。でもロベルトは……ある人を探してて、ずっとその人のこと想ってるみたいです」
「そう、そうなの」
「はい……」
「複雑ね」
「そうなんです」
「恋はめんどくさいわよね」
「はい、本当に…….」
「お互い頑張ろうね。そうだ、外に出てみる?星が綺麗なんだって」
空は満点の星空だった。私とエレノアは姉妹のようにいろんな話をした。
そうして夜は更けていった。
翌日、ダリアさんとデイジーちゃん、マーガレットと旅の一行は朝食を囲んでいた。
「ロベルトさん」
ジークは言った。
「なに?」とロベルト。
「私大事なことを忘れていました。それをわからせてくださってありがとう」
とジーク。
「いや……なにもしてない」
「ローゲ、エレノア、ダリアさん。ここにしばらくとどまって、ユリア様の教えを学び直したいのですが」
「私は修行の人はいつでも受け入れるわ」
とダリアさん。
「俺はいいけど」
とローゲ。
「私も」とエレノア。
「ありがとう」ジークは言った。
「では、みなさんとはここでお別れですね」
私は言った。
「そうだね。短い間だったけどありがとう。手紙を書くよ……って、私たち放浪の身だからそうもいかないか」
「イースティンのスカーレット宛に送ったら預かってもらえることになった。もし何かあったら、そこに送ってくれ。読むのいつになるかわからないけど」
そう言ってロベルトは、スカーレットの住所を書いて渡した。
「わかったよ。ありがとう」
「お気をつけて」ダリアさんは言った。
「ありがとうございました」
また先導の人に従って、らくだに乗った。
砂漠の終わりが見えて来た。
「プリシラ、お前が行きたかった、
北の森だよ」ロベルトは言った。
「おさじの森……!」
私は幸せな気持ちで、ロベルトと森に入っていった。