表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペリドットの約束  作者: 冬咲しをり
4/9

第4章

「おはよう」スカーレットは朝ごはんまで用意してくれた。かりかりの目玉焼きに黒パン、ソーセージだ。


「!!美味しいです、スカーレット」


「そ。よかった」


トントン


部屋のドアをあけると、ロベルトとシモンが訪ねてきたみたいだ。


「ロベルト、手がかりは見つかりましたか?」

プリシラは言った。


「いや、ダメだった」

ロベルトは言った。


「こんにちは、プリシラちゃん。僕はシモン。バレエダンサーをしてる」

シモンは言った。


「はじめまして。バレエ?すごいです!」


「いやいや」

シモンは慣れたように言った。


「シモン、今日は稽古?」

スカーレットは言った。


「今から稽古。スカーレットは昼から伴奏の仕事だよな」

シモンは確認した。


「そうよ。シモン、気をつけてね!」

とスカーレット。


「ああ、行ってくるよ」

シモンとスカーレットは頬を右、左とくっつけて挨拶をした。


「シモン、昨日今日と大変世話になった。ありがとう」ロベルトは言った。


「ううん?面白かったよ、旅の話。探している人見つかるといいな」


シモンはバレエの稽古に出かけた。




「さて……あたしたちは時間あるね。

ロベルト久しぶりだから、ちょっと遊ぶ?」

スカーレットはピアノの蓋を開けた。


「いいけど」


「何しようか……プリシラ?なにかやってほしい曲はある?」


「あ……それじゃあ、『花の精に捧ぐ』」

私はは言った。


スカーレットはすこしびっくりした顔をした。


「あ、あれ?だめですか?」


「いいよ」

ロベルトは言った。


「あー、花の精ね、なつかしいなぁ。ちょっと待ってね、楽譜はこの辺に……」

スカーレットは椅子の上にあがり、本棚の高い段にある楽譜を取り出した。


ロベルトはヴァイオリンをケースから取り出してチューニングをした。


「作曲家は誰なのですか?」


「あれ?知らないの?ロベルトだよ」


「……」

ロベルトは黙っている。


「あ、じゃあ始めよっか!」

スカーレットは前奏を弾き始めた。


とても優しくてロマンティックな曲だ。

うっとりと聞いた。


スカーレットのピアノはとても情熱的だ。

ロベルトのヴァイオリンもすごく上手だ。


でも、あれ……?


ロベルトのヴァイオリンはなんだか、自分の気持ちを閉じ込めているように聞こえる。


演奏が終わった。


「わりい、いっぱいとちったわ」


「まあ合わせしてないし、あたしもごめんね」


ロベルトとスカーレットは音楽家だからわかることがあるのだろう。素晴らしい演奏だったと思うのだけれど。


「じゃああたしそろそろ準備するね。ディナーコンサートで歌う女の人が打ち合わせしにくるから」スカーレットは言った。


「お世話になりました」

私はスカーレットと握手をした。


「ロベルト」

とスカーレット。


「スカーレット?」

ロベルトは懐かしそうに言った。


「行っちゃうの?ねえ……もう、いいじゃない。フローラのことは……ね、ここにいてよ。街のみんなロベルトのヴァイオリンを愛してる。楽しく一緒に演奏会もしたいよ……ね、ロベルト……」


「スカーレット。俺、まだ諦めがつかない」


「ロベルト、死ぬまで会えないかもしれないなんていやだよ」


ロベルトはふ、と優しく笑う。


ロベルトの優しい顔に、胸がキュンとした。でもその表情を浮かべるのは、私ではなくてスカーレットなのだ。


それにフローラ……ロベルトが探している人だよね。ロベルトはその人の恋人なのかな?その人のことが忘れられないんだ……


少しばかりの嫉妬に、私はらしくない、と思いながら手をきゅっと握った。


「また必ず寄る。手紙も書くよ」


「住所なんてないくせに、ばか。返事かけないじゃない!」


「……ごめんな」ロベルトは困り顔で笑った。


「行ってらっしゃい」


「ありがとう」


ロベルトとスカーレットは握手を交わした。



スカーレットのアパートを後にして、私とロベルトは市場にやってきた。


相変わらずロベルトはローブの帽子をかぶっている。


白いアスパラガスや、真っ赤なトマト、青々としたほうれん草。とても色鮮やかで、青空にとても映える。


「ロベルト、私、こんなに鮮やかな野菜や果物を見たことがありません」


「そっか。連れてきてよかったよ」


ロベルトは市場の人に聞き込みをしていた。フローラという女を知らないか、と。


「いかがです?今日はチェリーがおすすめだよ」市場のおじさんは言った。


「まあ、可愛らしい。2つでひとつになっているのですね。こんな濃い色の赤は初めて見ました」私はうきうきして言った。


「ひとつ食べてみるかい?」


私はさくらんぼをひとふさ受け取った。


「ロベルト!はんぶんこです♡」

私はさくらんぼを分けてロベルトに渡した。


「ん?ふふ」ロベルトは優しく笑った。


私は嬉しくなった。ロベルトがわたしにも笑いかけてくれる。


諦めないようにしようと思った。私はロベルトが好きなんだ……


ロベルトの影も私が癒してあげたいし、

悲しい顔は見たくないと思った。


いつかロベルトの『花の精』にまつわる秘密も知りたいと思った。


「手つなぐ?」とロベルト。


「はい!ふふ」

私たちは手を繋いだ。




「ロベルト、今からどこに行くのですか?」


「イースティンフィルの練習場に行くよ」


「イースティンフィル?」


「そ。ヴァイオリンの先生がいるから。手紙書いたから迎えてくれると思う」


私たちはイースティンフィルの練習場へと向かった。


「すみません、アルノルド先生の元教え子の、ロベルト・ランバートです」


イースティンフィルの練習場の受付で、ロベルトは帽子を外して言った。


「え、きゃあ!ヴァイオリンのロベルトさんですか?!ロビーでお待ちください。アルノルド先生をお呼びしますね!」受付の女性は嬉しそうに言った。


「ありがとう」



数分後、アルノルド先生はやってきた。


角刈りの黒髪に豊かな眉、大きな目に笑い皺がざっくりと入った、背の低い中年という風貌で、優しさが滲み出ている。


「久しぶりだなあ、ロベルト。旅はどうだい?順調か?」


「いえ、彼女のことは……フローラの手がかりは掴めていません」


「そうかそうか。なつかしいなぁ。そのお嬢さんは?」


「ユリアの預言に従って一緒に旅をしてる、プリシラです」


「はじめまして、私はプリシラです」


「はじめまして。イースティンは楽しめているかな?」


「はい!とっても!」


「ははは、それはよかった。

ロベルト、あとで若手のヴァイオリンを見てやってくれないか?励みになると思うんだ」


「わかりました」

ロベルトは言った。


アルノルド先生はロベルトを練習場に連れて行き、イースティンフィルのメンバーに紹介した。そしてロベルトは小さな個人練習の部屋で若いヴァイオリニストのレッスンを始めた。


アルノルド先生とロビーに戻り、プリシラは先生とお話をした。


「アルノルド先生、ロベルトは幾つのときから先生に習っていたのですか?」


「うん。4歳の時だね。とても快活な子でね。誰にでも楽しくおしゃべりをする子だったな」


「そうなのですね!でも、どうしていまは寡黙で、ちょっと意地悪な感じなのでしょう?」


「そうだね。僕は彼にヴァイオリンを教えたけど、彼のことを幸せにできたかと言うと、わからないよ」


アルノルド先生の表情が曇る。


「それはどういうことですか?」


「超絶技巧の天才ヴァイオリニスト少年、それが彼だった。だが、そうだな……16歳くらいの時かな。“悪魔と契約したヴァイオリニスト”だど言われてね。熱狂的なファンはついたが、かたや気味悪がる人もいてね」


「……そうなんですか」


「イースティン音学院に若い頃からいたけど、いじめも受けていたみたいだ。僕は動いたけど……助けられなかった」


「なるほど」


「あるとき、レッスンで、完璧すぎるくらい完璧に超絶技巧を弾いてね。なんというか……いつも完璧なんだけどその日は、悪魔的だったんだ。そして、“俺は本当の悪魔になることにした”と言ったんだ。私は思春期の一時的なものだと思った」


「……」


「でもフローラさんに出会ってから彼の演奏は変わったんだよ。でも……」


「でも?」


そのとき、個人練習の部屋のドアが開いた。


「ありがとうございました。ロベルトさん。本当に、本当に、ありがとう。ありがとう」

ロベルトがレッスンをしていた人は何度も何度もお礼を言った。


「いえいえ」

ロベルトはその若者に握手をして、私たちのところに戻ってきた。


「アルノルド先生、感謝されるっていいですね」


「ふふ。ありがとうね。ロベルト。そうだ……オペラのチケットがある。今日急ぎのレッスンが入ってね。行けなくなったんだ。悪くない席だし、今夜だよ」


アルノルド先生はロベルトにオペラのチケットを渡した。



「ありがとうございます。すみません、あと、電話借りてもいいですか?」


「もちろんだよ。2階にあるから使っていくといい」


デンワ……?デンワってなんだろう?私にはわからなかったが、またロベルトは恥ずかしい顔をすると思ったので、聞かないでおいた。


私たちはアルノルド先生に握手をした。


練習場をあとにして、私たちはぶらぶらとしていた。




「演目は『薔薇のプリンセス』か。って……んー。しかたねえな。思い切って衣装買うか」ロベルトは言った。


「衣装ですか?」


「ああ。アルノルド先生、悪くない席とか言ってたけど、このチケット超セレブしか取れないやばい席だから。多分俺たち2人ともこの格好で行ったら恥かくよ。安くても誠意のある服装でいかないとまじで後悔する」


「そうなのですね。金貨は充分にあります。ロベルト、服屋に行きましょう」


私たちは服屋に行って、オペラ鑑賞の衣装を選んだ。


かわいいドレスがたくさん並んでいる。


首都で生活をしていたときは、このように胸が空いてここまで裾が広がったものは着させてもらえなかった。


「おでこ」


「え、はい」


「これにしな」


そのドレスは薔薇色で、薔薇の刺繍の施された可愛らしいドレスだった。


「アクセサリーは……んー。ネックレスかイヤリング……いや、これだな」


「ロベルト、これ、花かんむり?」


「ふ」



夜になり、ロベルトはタキシード、

私は薔薇色のドレスを着て花かんむりをつけて、オペラ座に向かった。


「ロベルト……とても素敵です」


「お?………いいじゃん………………いいじゃん………」


「ありがとうございます〜」


「お手をどうぞ」


え、お手?お手?犬?

いや、まって!え?ドキドキしちゃう……!




「まぁ、素敵ね。薔薇のプリンセス」紳士と腕を組んだ、グリーンのドレスを着た女の人は言った。


「あら、ロベルトじゃない。社交界へお帰りなさい」黒いきらきら光るマーメイドドレスを着た中年の女性は言った。


「ご無沙汰しています。アーチャー夫人」


「まあ、薔薇のプリンセスと薔薇のプリンスね。こんにちは、可愛いお嬢さん」


「こんにちは……」


私はセレブに圧倒されていた。

なんだかすごく褒めてもらえる。

でも、薔薇のプリンセスってどういうことだろう?演目と同じ……?


「プリシラ、行こう」


ロベルトは手を上に向けて私に向けた。私はその手に自分の手を乗せて、貴族のように手をとりあった。



オペラが始まった。


寄宿学校に暮らしている主人公は、

学園のお祭り、薔薇祭りで今年も薔薇のプリンセスに選んでもらえない。薔薇のプリンセスとは推薦で1人決まる薔薇祭りの主役だ。その上父が亡くなり身寄りのない状態になる。そうしてメイドとして働くことになったが、屋敷の主人と恋に落ちる。

屋敷の主人は、屋敷での薔薇祭りを催し、「きみが薔薇のプリンセスだ」と主人公に薔薇のドレスをプレゼントして、タキシードを着て、プロポーズをする……



これ、私が着てるドレスだ!

それにロベルトはタキシード……


ドキドキしてキュンとして、

わたしはただならぬ気持ちになった。



感動して、この街にきてからのいろいろな悩みが、飛んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ