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ペリドットの約束  作者: 冬咲しをり
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第1章

第1章


物心ついたころから、自分が特別な存在であることはわかっていた。


自分を特別な存在たらしめたのは、生まれであり、白と金色のウェーブのかかった髪であり、くすんだ緑色の瞳でもあった。


私は司祭の父と、巫女の母の娘として生まれた。家は神殿だった。


神殿には、両親と私と兄、たくさんの巫女たちが住んでいた。


4歳の頃、私は女神ユリア様の生き写しだと言われるようになった。 


”神聖なる絵画”は神殿の祈りの間の天井に描かれた絵で、そこには女神ユリアが聖なる光で地上を照らし、悪魔が地獄の世界へ逃げ出すという様子が描かれている。


私はその絵画の女神ユリア様にそっくりだと言われてきた。



ユリア様はこの国を守る女神様として信仰されてきた。


そんな女神様にそっくりだったから、

両親は私が誘拐されたりしないかととても心配に思った。



6歳のある日、神殿の私の居室に、侵入する者がいて、その男が私を攫おうとした。


「キャーッ」わたしは怖くて叫んだ。


すると隣の部屋で眠っていた父がやってきた。


「あなたは何者ですか?」

父は言った。


「噂のユリアの生き写しを攫いにきた。ヘッヘッヘ。ユリアの血をすすり、ユリアの髪を身につけたら世界が手に入るというからな。高く売り飛ばして大金持ちになってやる」


「プリシラ、逃げろ」


父は司祭の祭剣を抜いた。


「フフ。やるのか?」

悪者もナイフを取り出した。


私は母のいる隣の部屋に行った。




悪者は父が退治したけれど、

その悪者は父のお腹を刺した。


その頃、ちょうど治療ができる巫女が

神殿を離れていたので、

父の治療は遅れてしまった。


刺したお腹からばい菌が入って

父は亡くなってしまった……




私はしだいに、神殿の外に外出させてもらえなくなっていった。



「プリシラ様、外は危のうございます」

「そうでございます。神殿にいてくださらなければ……」


わたしの世話をしてくれる巫女たちは口々に言った。




父を失うと寂しく、

ひんやりと冷たく、静かな神殿は、

夜は少し怖い。


秋から冬にかけて、寒々とした中、しとしとと雨が降っている日などは本当に最悪で、庭の柳の黒い影や、細く尖った三日月が恐ろしく見えてしまう。いつも夜に祈りを捧げる祈りの間は、あまりにも静かで、神聖だけれどどこか恐ろしさがあった。


今となっては笑ってしまう話だけれど、かなり大きくなるまでひとりでトイレに行けなかった。



母は神殿の悲しみを覆うようにフリルのついた柔らかいカーテンや、お日様の香りのするシーツをかけた天蓋付きのベッド、ふわふわの枕、たくさんのお花たちで飾った。

陶器でできた女神たちの置物や母が編んだレースの壁掛けなども飾られていた。


わたしは今でも、こういうものを見ていると気持ちが落ち着き、心が幸せの位置に戻る。




夜になると母と兄と食事をした。ミルクのスープやふかふかのパンなどをいただいた。それらは幸せの味だった。何かを埋めるようにみんなでとる夕餐の時間は、わたしの大好きな時間だった。



しかし運命とは残酷なものだった。


12歳の頃、もともと体が弱かった母が他界した。


それから兄と食事をとることは減ってゆき、寂しい思いをすることが増えていった。


国全体が悲しいムードに包まれ、私は黒い服を着て、冷たい神殿の中で毎日を過ごした。



司祭を兄が受け継ぐことになったのは、その翌年のことだ。


戴冠の儀のときに、わたしは初めて薔薇色のガウンを着た。


寂しさから巫女たちにこれでもかというほど甘えるようになった。


母のしたように神殿の中を飾り、大好きなものをたくさん身の回りに置いた。


カーテンはレースの美しいものをつけ、リボンで結んだ薔薇の花束を花瓶に挿した。まくらはふわふわ。シーツは太陽の香り。クリームスープにふかふかパン。わたしは次第に元気を取り戻していった。


巫女たちはかわいそうな私に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。



今日は18歳の誕生日で、私の部屋には、プレゼントの箱がたくさん置かれた。


中身はバースデーカードに本やぬいぐるみ、新しいドレス、靴やキャンドル、お花などだった。


「プリシラさま、お誕生日おめでとうございます。いっそうお美しくなられて……」

世話係の巫女はそう言った。


けれどわたしには、

ひとつ気になることがあった。


「ありがとう。でも、あの……わたし、一生ここにいるのでしょうか?」


「お兄さまが心配しておられますから。プリシラさまはユリアさまの生き写しですから、どうか悪党からご自分の身を守って、大事になさってください」



兄はパーティーに姿を見せなかった。




その夜、私は祈りの間で、

祈りを捧げていた。


「ユリアさま、わたしの声をお聞きください。

なぜわたしをこのような場所で、このような姿にお創りになったのですか。どうかわたしに自由をお与えください。どうかわたしの願いを聞き届けてください……」



どれくらい祈っただろうか。



開かないはずの、祈りの間の扉が開いた。


扉の外はお庭で、お庭に入るにはさらに

門をくぐらなければならないのだけれど……



それをくぐり抜けて男の人が入ってきた。



私にとって、父と兄以外の男の人と会うのは6歳のころの悪党ぶりだった。


顔の横まで垂れた、くるくると巻いた黒い髪、顎のひげ、涙袋のあるぎょろりと大きな半月型の目。


まるで、聖なる絵画に描かれている悪魔にそっくりだった!


「悪いな、巫女さん。

まさかと思って来たんだけど、

ここにフローラっていう巫女いる?」


男の人はそう言った。


私はびっくりした。

この男の人……もしかして、

あのときみたいな……悪党?!


わたしは大きな声で叫ぼうとした。


けれど男の人はわたしの口を塞いだ。


「待て……怪しい者じゃない」



私はぶんぶんと首を振る。

助けて……怖い!

わたしこの人に誘拐されちゃうの?!



「人を探してる。明日朝の列車で発たないといけないから、開いてないけど仕方なくこの時間に来た」


人を探してる?


ということは、一般の方……?


わたしの頭には、

はてなマークがたくさん飛んだ。



祈りの間はたしかに、昼間は開けてあって一般の人が入って自由に祈れるようになっていた。



私はその時間自由に降りてはいけないことになっているけれど……



暴れるのをやめて、考えていると、

男の人は、手を緩めてくれた。




「一般の方、ですか?


ご無礼を失礼いたしました」


喋らせてもらえた。


わたしはほっと安心する。





「こちらこそ乱暴してすまない。


人を探してるが、いないようだから……帰る」



「あの!待ってください!」



私は恐怖が吹っ飛んだら今度は、外の世界から来た男の人に興味津々で、冒険の予感に心を躍らせた。


その男の人は、父や兄のような穏やかな雰囲気とは全く違い、本でしか読んだことがないけれど男性で野生的な感じってこういう感じなのかなと思った。



「あの、どこから来たんですか?」



「……ん?」



「聞きたいです!」



「まあ、いろいろだ」


「そのケースは何ですか?」


「ヴァイオリン。旅の費用をこれで稼いでる」



「へええ!どこを旅してきたんですか?」


わたしは目を輝かせて

彼を質問攻めにあわせた。


「いろいろ」


「教えてください!」

私があまりにもしつこいようだから、

彼は軽くためいきをついた。



「……初めはイースティンにいた。


色々あって……人を探すことになって、


国中回って、そのあとは北へ行って大陸を回って……


見つからなくてこの国に戻って、

もう一回国内を回ることにした」


って俺、見知らぬ女の子相手に何話してんだ、と思ったみたいで、途中から彼は恥ずかしそうだった。


「素敵ですね……!あの、わたし小さい頃絵本で読んだおさじの森には行きましたか?」


「ん。北の森か……君も連れていってもらえばいいじゃん……って……巫女さんだし、ここから離れられないのか?」


話を聞いているうちに、

この人は自分の何十倍もの壮大な世界を知っていることがわかり、心がうきうきした。


「あの……!」


「ん?」


「ついていきたいです!」


「えー。


あのねぇ、巫女さん、お着替えとか大きな荷物とか、持っていけないし、お嬢様のご旅行とは違うし、それに俺が何かしたらどうするの?」



そう言った彼の瞳は、くりくりと大きくて、

髭や陰りのある髪型は、優しい顔のカモフラージュなのではないかと思えてきた。


そう思えば口は悪いけれど、

とても優しい人にに見えてきた。




「大丈夫です!あなたはいい人です!

あの、お名前は?」





「おいおい。なんで人をそんなすぐに思い込みで判断するんだ?俺なロベルト・ランバート」



「ロベルト、わたしはプリシラ・ベネットです。お願い、私を連れて行ってください!」



「って、まじかよ……

ベネットって、司祭の家の子?」



「はい。兄が司祭です。だからなんだというのですか?」



「……はぁ……

(めんどくさいことになったな)」




すると階段から足音が聞こえてきた。

石の階段を降りてくる、乾いた音だ。



「こんばんは」

その足音は、兄だった。

こんな時間まで仕事をしていたのだろうか?

司祭の祭服を着ていた。



「お兄さま」



「プリシラ、今日は誕生日だったね。

パーティーに出れなくてごめん」


「お兄さま、寂しかった」

わたしは兄に甘えた。


「ごめんね。


さて……そこの方、

お待ちしておりました」



「……」

ロベルトは困惑して黙っている。



「今朝、女神さまが夢に現れて、

夜にやって来る旅のヴァイオリン弾きに

妹を任せるようにとのお告げがありました」



「……え?」

と、ロベルト。



「その紳士は、見た目は神聖なる絵画に出てくる悪魔の生き写しであるが、善良な人物であると……


お告げの通りあなたは現れました」



「俺は信用してないからな。神殿も、預言も」



「……そうですか。


残念です。国を回るための旅費として少しですが支援できるかと思ってご用意したのですが……」


兄は金貨の詰まった袋を持ってきた。




「…………お告げだからってそういうことするのか」



「少しばかりの、御礼として」



「……司祭様の妹君を守れる自信なんか、ねえよ」



「大丈夫です。あなたなら」



「根拠は」



「ありません」


兄はニコッと笑った。




「お兄さま、どうして……」


わたしはこれまで、わたしを神殿に閉じ込める兄を少しばかりうらんでいた。


けれど、今となっては兄の白いふわふわの髪や、白いまつ毛や、柔らかい物腰が、とてもとても懐かしい感じがして……



「信じているからですよ。プリシラ。


でも、ちょっぴりズルを言ってしまうと、

わたしには何もかもが視えるのですよ」



「はぁ……わかりました。

情けない俺は金貨に目を奪われて

司祭様の妹君を連れて旅に出ますっと」



「頼みましたよ」



「ありがとうございます。お兄さま。ロベルト、よろしくお願いします」わたしは言った。


「旅の方、今日はどこにお泊まりですか?」

兄は言った。


「まだ決まってない」とロベルト。


「ではこちらにお泊りください。

食事はとられましたか?

粗末ですがミルクスープがあります」


「……すまない」


そうしてロベルトは兄の部屋の隣の、空き部屋に案内されていった。


わたしは急に起こされた巫女たちが、わたしが明日出発することにおどろいて、泣きながらお別れの時をともに過ごすことになるだろうと思った。


それは本当にそうなったのだった。

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