失ってしまった彼のために出来ること
すみません、いつもの時間に投稿できませんでした。
というのも、結構本気で執筆の時間が取れなくて……。
イベント続きのお盆でした。
「提案とは?」
言葉とは真逆に表情は訝しげでない。それは友香と会話した後、零が何かしら隠し事をしているであろうことを予想したからだ。ミアとその件について関連していることは考えなくてもわかる。
むしろ長瀬としては期待の気持ちが強かった。ここで零が何を言い出すかまでは予想できない。
「ミアさんは僕達が説得をします。僕達の説得に応じてこの部屋を出てくれたら、自首したことにしてくれませんか」
「おお……」
素直に目を見開いて驚く。警察官が三人もこの場にいることは零も知っているはずだ。知っていて尚、この提案が出来るのは並大抵の高校生には出来ないだろう。
一緒に話を聞いていた警察官の表情が零の提案を拒否する意思を表している。長瀬も刑事としてその提案を受け入れるわけにはいかない。
ただしそれは「零が普通の高校生なら」の話である。
「わかった。鷺森君なりに何か考えがあってのことだろう」
長瀬が部屋の扉を見る。
「ちょうど私達もここを開けるのに苦戦しているところだ。当然、無理に開けても良いんだけどね」
「では、少し時間をいただきます」
零は長瀬の含みがある言い方について追求しなかった。それは明確な証拠があって、ミアが犯人であることは確定しているということだ。もっと言ってしまえば、逮捕状が出ているということが言いたいのだと、零はそれだけでわかった。
ならばもうやるしかない。ドアを三回叩いてノックをしてから声を掛ける。
「ミアさん、僕は鷺森零といいます。トラ先輩の後輩です」
「…………」
返事はない。長瀬の方を横目で見ると両肩を上げて下げた。この状態がずっと変わっていないということを示していた。
「僕はミアさんが犯した罪のことを知っています。そして、被害者である彼がここへ警察が来るのを望んでいなかったことも」
「…………」
「貴女はきっと、彼を殺めてしまったことからご自身を責めているのではありませんか? 罪を正当化するわけではないけど、彼は貴女に殺された理由を知っているようです。貴女に刺されてから、彼は貴女の思いを知った」
「…………」
「貴女は裏切られたように感じたのではありませんか? 貴女と彼はよく話す仲で、彼は貴女の好意に気付かなかったことを悔いていました」
「…………」
「だから納得していたんです。ミアさんの好意を知り、裏切られたように感じているであろうこともわかっていたから」
「…………」
「彼は望まないかもしれない。でも、貴女が彼を殺めてしまったことに対して罪の意識を持っているのであれば、この扉を開けて償っていくべきです」
「…………」
返事がない。ただ、物音はしている。零の言葉に動揺しているのがわかる。
しかし、零の持っている言葉のカードはもう無い。これで出てこないのであれば、完全にこちらの負けだ。
これ以上、思い付きで言葉を並べたところでみっともなく効果もない。零は諦めて長瀬にバトンを返そうとした。
───すぐ横にシアが現れるまでは。
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トラに連れられ、部屋に戻ったシアはベッドの上に腰を落とした。隣に座るトラが支えてくれるのをいいことに寄りかかった。
「…………」
トラは何も言わない。何を言ったらいいのかわからないということもあるが、大丈夫じゃないのに「大丈夫か?」と聞くのは残酷だと感じたからだ。
しばらくして長瀬と零が話している内容が聞こえてくる。シアは零の言葉を聞いて目を見開いた。
「……トラ」
「あ?」
「今話している男の子は誰? 後輩?」
「ああ、俺の後輩だ。……どうやら死んだ人の声が聞こえるらしく、俺と一緒にミアを説得しに来た」
「え、何?」
トラの言葉にシアを目を見開いた。死者の言葉が聞こえるのだと言っているのは聞こえたが、普通に考えてそんなことを信じられるわけがない。聞き間違いだと思った。
「死者の声が聞こえるって? そんなわけないでしょ」
「俺も最初はそう思った。だが、あいつのは本物だ。俺が知らないこともあいつは知ってる」
零の声が聞こえてくる。ミアと被害者の男がよく話していたことは、本当に一部の人しか知らない。
「トラ、話したの?」
「いや、話してねぇ。だが、あいつはミアの持ってた気持ちさえ知ってやがる」
「…………」
姉であるミアが被害者に対して恋心を抱いたいたのはシアも知っている。当然、本人から聞いた情報ではないし、シアの方からもその話は振っていない。だが、生き生きとした姉の姿を見ていれば、好意を抱いていることくらいわかりやすい。
しかし、それをトラは知らない。実は言っていないだけで気付いていない可能性も考えられるが、その憶測を口にしても意味はない。
零の能力は信じられない。だが、いずれにせよ情報を調べる力は本物だ。姉を部屋から引き摺り出すなら今しかチャンスはないと、シアの直感が告げている。
「トラ、私も行くよ」
「は? ───ああ、わかった」
警察が来たことに驚き、先程まで弱っていたシアが急に元の強さを取り戻して立ち上がったので、トラは思わず驚いてしまった。
だが、ミアを説得出来るのはシアしかいない。説得する場までシアを導くのがトラの役目だ。
「行こうぜ、シア」
「うん!」
トラも立ち上がってシアの部屋を後にする。そしてシアは零の隣に立つような形でミアを守る部屋の扉と対峙した。
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シアが急に現れたので零は驚いて目を見開いた。だが、彼女の眼差しには強い意志が宿っているように感じる。零は思わず一歩後退りして、説得するシアの姿を見ていた。
「お姉ちゃん。いつまでも引き篭もっていないで出てきなよ」
「…………」
返事はない。だが、そんなことを構うこともなくシアは話を続ける。
「私もトラの後輩が言っている通りだと思う。本当にお姉ちゃんが大切な人を殺してしまったのなら、殺してしまった大切な人のためにも罪を償うべきだよ」
「…………」
「お姉ちゃんにとっての大切ってそんなもんなんだ? 大切だと思って大切だと言いながらも、その人を大切にしない。そりゃあお姉ちゃんの気持ちが伝わらないわけだよね。そんな程度の大切で殺されてしまったその人が本当に可哀想だと思うよ」
「…………」
「お姉ちゃんの思いに気付いてあげられなかったから、お姉ちゃんのことを恨んでいない。もしそれが本当なら、お姉ちゃんは今のままでいいの? ずっと引き篭もっているその姿こそ、その人は望んでいないはずだよね」
シアが話をしても返事はない。だがその代わりに、床を強く踏みつけて扉に近付いてくる音が聞こえた。そして強く扉を開けたので、シアの額に扉が当たった。
「痛っ……!」
トラが心配してシアに寄ろうとする。しかし、ミアが現れたことによって漂う異臭がトラの足を止めてしまった。
髪は長いが、洗っていないばかりにボサボサのまま固まってしまっている。スウェット姿で出てきた女子力のかけらも感じさせないミアの姿にシア以外の人達は表情と言葉を失った。
ミアは痛みで額を押さえるシアに構うことなく、怒りと言葉をぶつけた。
「さっきからわかったようなことを言って! シアに何がわかるっての?」
「わかるから、言ってるんだよ」
「いいや、わからない! 好いてくれる男の子が近くにいるようなあんたみたいな人に、私と彼の気持ちがわかるわけないでしょ!?」
「確かにお姉ちゃんの気持ちはわからないよ。でも、お姉ちゃんに殺されてしまった被害者の気持ちはわかる」
「は?」
「だって、お姉ちゃんがあの人と楽しそうに話をしている姿を私は何度も見てる。あの人はお姉ちゃんが笑顔で家から出られる日を夢見てお姉ちゃんと話していたんだって、あの姿を見ればわかるよ。お姉ちゃんだって、あの人の願いに気付いたはずでしょ?」
「───っ!」
ミアは返す言葉を失った。
シアの言う通り、彼が外へ連れ出そうとしていることには気が付いていた。それでも何かと理由をこじつけて、外へ出なかったのは自分の弱さそのものだ。彼の優しさを受けるだけ受け、自分の弱さを肯定し続けたことを正当化することなど、今のミアには出来ない。
「今こそ、あの人の願いを実現する時だよ。罪を償って、イチからやり直せばあの人も報われる」
「…………」
「殺してしまうほどに大好きだった人のために、今生きているお姉ちゃんが出来ること……もうわかっているよね?」
「うっ……うう……」
ミアの瞳から雫が落ちる。雫は一つ二つと増えて行って、やがてミアの呼吸は乱れていった。
しかしミアが泣いてしまったのは、シアの言葉が響いたからではない。
好きだった彼と話していた楽しい日々を思い出したからだ。愛おしかった日々にはもう戻れない喪失感がミアの涙腺を刺激したのだ。
呼吸が整わないまま、ミアは両手を長瀬に向ける。泣き崩れた顔のまま、ミアはついにそれを口にした。
「刑事さん、私が、やりました」
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
いや、ようやくこの章も終わりが見えてきました。
正直なところ今やっているパートは話の流れに迷いました。
重度の中二病患者とはいえ、零達の立場は普通の高校生です。彼らがミアを自首させようとしたところで、友香や「見える姿を変える能力」を持った人の証言をもとにミアへ辿り着く方が早いでしょう。
なので説得より早く、ミアが連行されていく流れも考えていたわけです。
事実は小説より奇なり。つまり、小説も奇だというわけです。
普通に考えれば、零の提案など鼻で笑われて却下されるでしょうが、そこは小説の奇を利用させてもらいました。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!