友香との対話
友香との会話は比較的すぐに実現した。時間は零の希望ではなく、警察側が指定された時間だ。一応、零の都合が合うかどうかの確認はあったが、指定された時間は土曜日の10時だった。
警察署へ到着して受付の警官に声を掛けると、すぐに長瀬が出てきた。いつもの気さくな長瀬が明るく零に挨拶をする。
「やあ、鷺森君。休みの日なのに申し訳ない」
「こんにちは、長瀬さん。僕は平気ですよ。それより長瀬さんはちゃんと休んでいるんですか?」
零と長瀬はそれなりに付き合いが長くなっているが、零は長瀬のプライベートを知らない。案件について話をしていても「この日休みだから」といった発言を聞いた記憶がない。いつでも仕事をしているような気がして少し心配になった。
「心配御無用! 非番はちゃんと休んでいるよ」
「それなら良かったです。僕には長瀬さんが仕事大好き人間に見えますから」
「それはひどいなぁ」
零と長瀬はそんな笑い話をしながら、長瀬の車が止まっている場所に向かった。ここから長瀬の車に乗り、留置所まで行かなくてはならない。
助手席に乗るよう長瀬から促され、零はよろしくお願いしますと言いながら乗り込んだ。長瀬は匂いに対する好き嫌いがはっきりしており、車内は常にいい匂いがしている。いつも同じ匂いというわけではなく、今も様々な香りを試しており、今日は柑橘系の匂いだった。
まだまだ残暑で暑いので冷房を作動させる。車を発進させながら、長瀬は何となく感慨深さを感じた。
「それにしても、鷺森君を乗せている時に冷房を使えるようになるとは」
「そうですね。僕も夏の暑さを実感したのは本当に最近ですので」
今の零は「御守り」の効果で能力に対する代償が打ち消されている。今までは季節に関係なく寒さを感じていたので、長瀬も冷房を使うことなく窓を開けるだけでなんとか耐えていた。それが今や冷房解禁となっているので「御守り」の存在に深く感謝をした。
だが、かつての零が代償によって寒さを感じ続けてきたのは警察として、大人として情けないと長瀬は常々思っていた。零の能力によって解決の糸口を掴めた事件は多いが、だからといって未成年である零に負担をかけ続けていい理由にはならない。
「鷺森君、本当にすまないね」
「何ですか、急に」
長瀬は感謝や謝罪がしっかり出来る大人だ。だから零は揶揄うように笑って訊ねた。
「いや、鷺森君の能力に甘えてばかりだからね。いつも本当に余裕がなくて君を頼ってしまうが、君は普通に高校生なんだ。拒否する権利はある」
「それでも、僕はそれが僕の使命だと思ってます。ですから気にする必要はないです」
自分の使命である。零はいつもそうやって長瀬に答える。
しかし、そんな使命があって良いものなのか。仮にあったとしても、友達と遊ぶことが当たり前な時期なのにそれを受け入れられる落ち着きが長瀬にはある意味で理解ができなかった。
そんな会話は長続きせず、他愛もない話をしながら走っていると、やがて目的地に着いた。必要なことは全て長瀬が手続きをし、零は何もすることなく通された。
今回の場合は面会ではなく捜査協力だ。しかしながら、片や成人した容疑者であり、片方や未成年で高校生だ。仕切りもなく不安全な状態で会話させるわけにはいかないので取調室ではなく面会室で行われることになった。
零と長瀬が面会室で待っていると、友香が入ってきた。そして担当の刑事も一緒に入ってきて会話の内容を記録するためにノートパソコンを開く。
友香の姿は思っていたより元気そうだった。それどころか、少しも弱っているように見えない。
「お久しぶりですね。『友愛』の友香さん」
「おー。来てくれたんだなー、拒否してもいいだろうにさー」
「そうもいかないでしょう。貴女が僕にしか話さないと言ったそうじゃないですか。僕も友香さんと話したかったですし」
友香は零の言葉に小さく笑った。零から拒絶される可能性も考えていたのだが、予想に反して「話したい」と言ってくれたのが嬉しかったのだ。
対峙した時には感じられなかった朗らかな雰囲気に零は心の中で少し首を横に傾けた。そしてその疑問を口に出すことはせず、そのまま会話を続ける。
「それで、僕に話してくれることはなんですか?」
「その前に確認しておきたいことがあるー。お前は裏切った奴のことをどう思ってたんだー?」
「…………」
友香は零にとって触れて欲しくない話に遠慮なく触れた。他の相手ならきっぱりと回答を拒否するところだが、友香が相手だと不思議なことに嫌な気がしなかった。
裏切られた者同士、何となく通ずるところがあったからなのだろうか。
「僕は、彼女のことを信じていました。多分、好きだったんだと思います」
「ほー。そりゃ堪えるなー」
友香は言い方が棒読みっぽく感じるものの、激しく共感していた。友香も事件を起こした原因を遡れば、裏切られたことがきっかけだったからだ。何度も頷き「うんうん」と言っている。
「この質問に何か意味があるんですか?」
「んー? そりゃあるでしょー」
友香の顔から表情が消える。それはこれから話すことが、それだけ「真剣」だということを意味するからだ。
「あたしは、この痛みをわからない奴が嫌いだー。だからそんな奴に話すことなんて何もないってわけさー。その点、お前はこの痛みがわかるのだから、話そうと思ったわけー」
「成る程、そういうことですか」
元相棒のことを思い出す零の表情は辛そうだった。ここまで立ち直るまでにかなり時間が掛かったので、思い出せばそれだけ辛かった気持ちも蘇る。
「想像以上の負があるなー。さて、お前はわかってると思うけどー、加害者達は皆同じ恨みを抱えた子達だー」
「同じ恨み?」
零が抱いた問いはこの場にいる友香以外の人なら誰でも思ったことだ。この情報はつまり、友香に唆されて罪を犯した人たちの「共通点」となる。
「裏切られた恨みさー。それを抱えているなら例外なく、あたしの『友愛』に共感して事件を起こす。けどそれで捕まったら後悔するかもしれないからなー。残る証拠を全て偽造できるように仲間が動いてくれたー」
証拠を偽造していたのは潤が捕えた能力者だ。既に同じく捕まっているので能力の内容は既に判明している。
そして友香は第一の自供として、零の身近な人間の話をすることにした。
「お前はー《ラグナロク》の総長と親しかったよなー?」
「ええ、まあ」
零はその質問だけで、友香がミアの話をしようとしていることに気が付いた。彼女には自首してもらたいので、このまま警察のいるところで自供してもらっては困る。
零の背中を冷たい汗が流れた。
「あたしは総長……つまり、トラの幼馴染とある日SNSで知り合ったー。あの子も好きな人に裏切られて落ち込んでたからなー、復讐できるように準備したー」
「トラ先輩の幼馴染……《ドラゴンソウル》のリーダーでしょうか?」
「……確かにあいつも、トラの幼馴染だなー。あいつにとって、好きな人と結ばれるのにトラが邪魔だったようだなー」
友香は「彼女」だと言ったのにも関わらず、零がリュウの話にすり替えてきたので違和感を覚えていた。そこを指摘するかどうか一瞬だけ悩んだところではあるが、こうしてまともに話したのは3回目だったので細かいことは気にしないことにした。
そしてある意味、リュウもその対象ではある。
「しかし《ドラゴンソウル》のリーダーは裏切られたわけじゃなかったと思いますが」
「それは違うなー。確かに、浮気のように明確な裏切りではないけどさー、好意に応えず、他の男を気にするのもリュウにとっては裏切りだったんだろうよー」
「成る程」
零はリュウの気持ち、友香の言っていることが少しわかる気がした。零自身も元相棒と交際関係にあったわけではない。それでも好意を抱いていて、それを裏切られたという意味では零もリュウも同じだった。
「さてー、今回はこんなところだろうなー。まだまだ話さないといけないことはあるんだろうがー、お前がここに足を運ぶたびに新しい情報をやるからさー、また来いよー」
「あ、はい」
友香が立ち上がって去ろうとするので、零も急いで立ち上がり見送る。警官に連れられて部屋を出る直前、友香は再び振り返って零の顔を見た。
「悩んでばっかりいないで、話をしてみろよー。あたしとお前みたいに、意外と分かり合えるかもだからなー」
それだけ言い残して友香は警官と一緒に面会室から出て行った。終始上機嫌な友香を見て「自分は間違っていない」と零は強く感じた。
零と長瀬の2人も面会室を後にする。少しばかり沈黙が続き、靴と床がぶつかる音だけが鳴り響いた後、長瀬が口を開く。
「いやぁ、鷺森君のお陰で全く得られなかった情報を得ることが出来たよ。友香は君と話す時だけは上機嫌なようだね」
「お役に立てたなら嬉しいです。友香さんも心を開いてくれているようで安心しました」
「うん、そうだね。それで何だけど、鷺森君」
「はい?」
長瀬が急にピタリと止まった。零も止まって長瀬を見るが、流れてくる空気と目に見える雰囲気が、零の心を少し不安にさせた。
嫌な予感というのに近い。そしてそれは「気のせい」ではなかった。
「鷺森君、君は何か隠し事をしてるね?」
「えっ」
まさかの問いに零の思考は止まった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
私はライトノベルや古い小説ばかりを読んできました。
しかし、つい先週の土曜日に「汝、星のごとく」という小説を教えていただき、すぐに買って読みました。
続きが気になって読み進めてしまう。登場人物の行動と感情に影響されて鬱になる。
久しぶりに感じました。成る程、面白い小説ってこういうことなのかと勉強になりました。
それではまた来週。次回もよろしくお願いします!