己の弱さ
「はぁ……はぁ……」
トラの息は切れている。それはリュウも同じだ。トラの爪による攻撃を防御していたというだけでも、かなり腕や体を動かしている。
(立つんじゃねぇぞ……!)
長い歴史を持つチームの頭であるとはいえ、重度の中二病による能力での全力勝負はとても疲れる。『虎』の武装型で高い機動と高い威力を手に入れることができるとはいえ、負担はせいぜい「軽減」がやっとだ。
これ以上戦うのはトラとしても辛い。トラに比べて喧嘩に慣れていないであろうリュウが立てるとは思えないが───。
「ト……ラ……!」
「あぁ?」
「ト……ラ……! トラ!」
リュウは歯を食いしばって立ち上がる。だいぶ意識が遠のいてきているのか、フラフラしている。流石に能力を維持出来なかったのか『龍』による武装型は解除されている。
「はぁ、わぁーったよ」
トラも武装型を解除した。男同士、最後は素手同士での戦いに臨もうとしたのだ。
「トラ!」
リュウが右腕を振りかぶってパンチする。だがそれは弱々しくトラに届かない。
「どうした、フラフラじゃねぇか……!」
「うるさい。俺は、お前が羨ましかった」
「あ?」
「いつも強くて、自分を持っている。好きなように生きて、楽しんでいる」
「まあな」
リュウが羨ましがるほどの人生を送ってきた自覚がトラにはない。確かに何から縛られるのはごめんで、自分に従って生きてきた。
だがそれはそれで辛いものもある。他者との衝突は避けられないし、敵も多くなる。
それでもリュウの言葉に頷いたのは、自分に無いものを羨むリュウの気持ちがわかるからだ。
「そんなお前だから、シアが惚れる理由もわからなくなかった」
「…………」
「でも俺は、お前に……勝ちたい!」
リュウはなおも攻撃を続ける。言葉を連ねるだけで威力は変わらない。だが、リュウの気持ちや痛みはトラの心に強く響いた。
だからこそ。
「俺は、負けてやらねぇよ」
リュウの右手の拳をトラは左手で受け止める。強く握って、ようやく再会出来た親友の顔を見る。
「てめぇは俺に本気で掛かってきた。だからも俺も最後まで、てめぇに本気でぶつかるぜ」
トラは思いっきり右手の拳でリュウの右頬を殴った。倒れたリュウは限界を迎え、立ち上がるどころか声も出さない。
「いってぇ……」
トラもリュウの隣で大の字に寝転んだ。今までの喧嘩で受けてきたダメージよりも、最後にリュウを殴った右手の拳が痛む。
本気で殴ったことに後悔はない。純粋な腕力で対抗しようとしたリュウの浅はかさには呆れるが、そうなるまで放っておいた自分の自分勝手さが何よりも恨めしかった。
見たくない光景から逃げていたのは自分だ。親友の為だと自分に言い聞かせ、何もかもリュウの押し付けたのはトラ自身の弱さだ。
川の流れる音、虫の鳴き声。それらを聞きながら深呼吸をし、トラは目を瞑った。
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「あーあ、あーあ!」
友香は怒りのあまりにがっかりしたような声を強く出す。負の感情が形となっている凶器達を振り回しながら語る。
「あーあ、どうしてくれるのー、これー?」
「何が?」
零が刀を構えながら問うと、友香は怒りを爆発させた。
「何が、じゃないんだよー! ここで争うあいつらの感情を力にする計画がー、全て台無しじゃないかー!」
「計画?」
「そうだよー! この力を集めてー、復讐し続けるのが私の野望なのにさー!」
「それを止めに僕は───」
零の言葉が途中で止まる。周りから負の感情に限定された残留思念が集まってきているのがわかるからだ。
多くの人に使われてきたであろうホテル。そこには楽しい思い出ばかりではなく、憤りや悲しみの記憶もある。
中年の男が友香の前に立つ。それは紛れもなく、本人ではない残留思念だ。思わず刀を解除して、ピンク色の携帯電話を耳に当てる。
『どうしてだ』
「え?」
『どうして、こんな目に……。こんなはずじゃなかった』
「一体、何が?」
『観光業は儲かるんじゃなかったのか!』
背景が現代に戻る。その残留思念は友香の凶器に吸収されていく。それが始まりとなり、この場に残る負の残留思念が次々と吸い込まれていった。
妖しき風が吹き荒れる。零はそこに霊力を感じていた。
「ぐっ……!」
両手を使って風に抗う。この現場でもっとも楽しそうにそれを見ていたのは友香ではない、はつだった。
『面白い、これは面白いな』
「ね、姉さん……?」
詩穂には何が面白いのか全く理解出来ない。だからそれをはつに尋ねたのだ。
『あの娘、負の霊力を己の力に出来るんだ。まさか、現代に存在しているとはね』
当然、はつも同じことが出来る。そしてそれは鷺森露も同じだ。それはつまり、この世ならざるものとなった存在であれば可能なことが、友香は現代に生きる身でありながら、可能にしているということだ。
『さて、鷺森の末裔……どうする?』
これはある意味、零にとって試練だ。はつとしてはどちらも「仲間に加えたい」ところではあるが、それは後でも出来る。今はこの戦いを楽しむことにした。
「零! これは一体……?」
遅れて潤がやってくる。最早、最強と思われている『瞬殺』を持った潤であろうとも、今の友香と交戦するのは危険だろう。
だから、潤には別の役割を担ってもらう必要がある。
「潤、今回の事件をややこしくした、姿を変える能力を持った人がどこかにいるはずだ。その人の確保をお願いできるかな?」
「わかった。ここはお前に任せていいんだな?」
「うん。多分、僕にしか出来ない」
零はここにはつが来ているのを察知している。彼女であれば、友香を「再起不能なくらい」で倒すことが出来るだろうが、頼んだところで絶対に協力しないのはわかりきっていた。
「よし、任せたぞ」
「そっちもね!」
潤は別行動を取って走り出した。彼がいなくなるのは友香にとって都合が良いから気にしない。
吸収し切った結果、全ての凶器が1つとなって友香の右手に握られている。それは包丁ベースの凶器だった。
「それじゃ───」
零は再び刀を呼び出して構える。友香が動き出そうとした瞬間、屋上と階段を繋ぐ重い扉が勢いよく開いた。
「お前達、何してるー!」
下の階で逃げ切れなかった両チームのメンバーを捕まえ終えた警官が屋上まで登ってきたのだ。
零が驚いて警告する。
「駄目です! ここから離れて!」
「はあ?」
警告に従わず、警官達は寄ってくる。零が友香の方を向き直すと、既に包丁を振っていた。
負の感情が刃となり、範囲を広げる。どんな刃物でも届かない距離にも関わらず、包丁の刃は鞭のように伸びて警官達に当たった。
「ぐっ……あっ……」
血が噴き出るようなことはない。ただ苦しそうに真っ青な顔で倒れ込んだだけだ。
一見、それだけなのだが、零としては背筋が冷えるくらいのことだった。
友香の攻撃は物理的なものではない。精神的なものだ。負の感情によって強化された刃は警官達の精神を激しく傷付けた。場合によっては二度と目覚めないかもしれない。
「何てことを……!」
「だって邪魔だったしー? 次はお前の番だけどねー」
「僕はあなたを許さない」
零は心底怒っていた。確かに何もしなければ捕まっていただろうが、自分の野望を優先して他者の命を軽く見る友香を許せなかった。
「鷺森君!」
衝突する前に、詩穂の全身から『漆黒』のオーラが放たれ、零を包み込んだ。『漆黒』のオーラを吸収した零は呻き声を出し、そして『黒零』が発動した。
零を中心にして爆発が起こり、突風が四方八方に吹き荒れた。『漆黒』の甲冑を身に纏い、月明かりに当てられて黒光りする刀を担いだ。
「ちまちま、ちまちま、くだらねぇ小細工しやがって。てめぇは大人しくやられてろってんだよ!」
『黒零』が吠える。その変貌ぶりに友香は目を丸くして笑った。
「あはははー! キャラ、変わってんじゃーん?」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
急に暑くなりましたね。ついこの前まで去年に比べたら涼しかったような気がしたので、この調子では真夏を乗り越えられないような……。
久々の『黒零』です。今回の章はトラも言葉遣いが悪いので、少しわかりにくいかもしれません……。
できれば、零の性格が変わってしまう理由についても触れられればと思っておりますので、期待しない程度でお楽しみに!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!
今回は大阪に出張です……。