知らされる想い
パトカーのサイレンが鳴り響いた瞬間、ミラクル☆アリサの光に驚いて止まっていた皆が一斉に階段へ向かって走り出した。特に両チームの幹部メンバーはその音が聞こえた瞬間「逃げなくてはならない」という意識が身体に染み付いていた。
この音が鳴れば敵も味方も関係ない。ある意味では音を鳴らしている警察が彼等にとって「鬼」になるということでもある。ここは屋上なのだから早いところ駆け降りて脱出しなくてはならない。
「…………」
潤は相手が「足止めの為に戦っている」ということが何となくわかっていた。ここに至っても潤が相手を倒していないのは、恋悟とは違って友香は「零が相手しなくてはならない」と思っていたからだ。潤であれば友香でさえ『瞬殺』できるだろうが、今回はそれだけで終わらせてはならない。
サイレンが鳴り響いて周りを見ると、戦っていたはずの両チーム幹部は既に階段を駆け降りているようで姿がない。
友香の『友愛』で操られたミラクル☆アリサが零に向かって放った一撃を『拒絶』で無効化した詩穂の姿は争うことを忘れて見てしまうほどに大きな攻防だった。潤達も例外なく止まっていたわけだが、同じように相手も撤収に向けて動き出そうとする。
「ここまでか!」
「ああ」
相対していた男女が潤を見ながら後退りする。距離を空けて逃げようとしているのが潤にはわかった。
「治療行きにすると、言ったはずだろう」
「は?」
この期に及んで、自らの職務を果たそうとする潤を見て女子は目を丸くした。ここで戦闘を続ければ、潤であろうと警察に捕まるのは目に見えている。
「馬鹿……!?」
女子がそう言い放った直後、隣に立っていた大柄の男が倒れ込む。意識を失っているようで、顔面を地面に強打しそうになったところをいつのまにか横に立っていた潤が受け止めて寝かせる。
「は……!?」
男は疲れによって倒れ込んだのではない。潤が噂に違わぬ『瞬殺』で仕留めたのだ。
「どういうこと? 今までのは一体……?」
女子は2人で協力して『瞬殺』に対応できていると思い込んでいた。噂に違わぬ『瞬殺』を今発揮しているのであれば、今までの戦いは何だったのか。
そして「弄ばれていた」という結論に至る。
「私達のこと、馬鹿にしてたってこと!?」
「お前の知ることではない」
肯定や否定もせず、ただそれだけ言われて女子の視界がブラックアウトする。倒れ込むところを潤に支えられ、大男と並んで寝かせられた。
宣言通り、これで2人は治療行きとなるだろう。
この場に残っているのは、重度の中二病患者のみ。例外として両チームのリーダー2人も既にこの場所から離れたようだ。
いくら長瀬に話を通してあるとはいえ、これから突入してくるのは重度の中二病患者を対策している部署の警察官ではない。となれば、零や友香も関係なく捕まることだろう。
潤が動き出そうとした瞬間、友香の様子が変わったことに気付き、思わず躊躇った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
潤はトラとリュウの2人も階段を降りて行ったと思っていたが、正確には違っていた。
2人にはそれぞれ『虎』と『龍』がある。それぞれ自身が能力によって呼び出した相棒に跨り、戦いの場所を移した。
「待て、トラ……!」
「待てったって、俺は捕まるのごめんだぜ!」
リュウは空から追ってくるが、トラは地上で逃げる。
木々を避け、人目につかないように移動する。トラは自分の能力を「無闇矢鱈に披露してはいけない」ということを誰かに言われるまでもなく悟っていた。
逃げ出した瞬間こそ、後先のことはあまり考えていなかったがここからならリュウと戦うのに最適な場所がある。
最適な場所とは河原。この河原は鷺森家と『はつ』にとって因縁の場所でもあるが、それはトラとリュウには関係ない。むしろ彼等にとっては別の因縁がある場所だった。
トラは『虎』から降りてリュウが追いつくのを待つ。そしてリュウも河原に降り立ち、トラと向かい合った。
「リュウ、憶えてるか? この場所をよ」
「…………」
リュウにとっても忘れられない場所だ。しかし、友香の『友愛』が発動している今、ある一つの目的以外については関心が無くなってしまっている。
「トラ、俺はお前と決着を!」
「わかってるぜ、だからこそこの場所に来たんだからよぉ!」
先程と同じように『虎』と『龍』が絡み合い、噛み付き合う。それと同時にトラとリュウも攻防を始める。
正直なところ、トラにとってリュウが喧嘩できるのは意外だった。トラとリュウは幼馴染で大親友ではあるものの、性格や生き方は違う。ごく普通の学生をしていたはずのリュウが今こうして自分と喧嘩しているのをとても感慨深く感じる。
それと同時に「攻めあるのみ」では自身の体力に限界が来てしまうので隙を狙った一撃を心掛ける。リュウの攻撃はなかなかのものではあるが、反射神経を駆使した防御こそが強みだ。そういう相手は攻撃を誘発して躱したところを狙って攻撃するしかない。
なかなか事態が進展しない攻防にリュウが腹を立てた。
「本気を出せ、トラ! そんなお前を倒しても、俺は!」
「はっ、勝つのは確定なのかよ。舐められたもん、だなぁ!」
トラが思いっきり回し蹴りをリュウに放つ。リュウは咄嗟にガードするが威力を殺しきれずに後ろへ倒れる。
「くっ!」
「おらぁっ!」
そのまま顔面を蹴り飛ばそうとするが、リュウはその場で後転して避けた。トラの蹴りはリュウの足に当たり、後転の勢いを強める結果となった。
「やるじゃねぇか!」
「まだまだ!」
そのまま立ち上がって地面を蹴り、トラに向かってタックルをする。流石に咄嗟のことで避けられず、今度はトラが後ろへ倒れた。
「このっ!」
同じようにリュウがトラを蹴る。しかしトラは「跳ね起き」の要領でリュウの足を蹴り返し、再度リュウを後ろに倒した。
お互いに立ち上がって右手の拳を前に突き出す。それは互いの頬に当たり、怯みあった。
「はぁはぁ、本気でいくぞ、トラ」
「上等だぁ!」
そのまま戦いを続けるのかと思いきや、リュウは言葉通りに「本気」を出した。今まで『虎』と噛みつきあっていた『龍』が離れ、リュウに吸い込まれていく……。
「おっ? な、なんだぁ?」
トラが驚いてリュウを見ていると、リュウを中心にして風が吹き荒れた。竜巻が起こり、砂や石までもが巻き込まれるのでそれに当たって怪我することがないよう、トラは後退りする。
竜巻が徐々に小さくなっていき、やがて元の風に戻ると姿を変えたリュウがそこにいた。中国甲冑に少し西洋の趣きを取り入れたような鎧を身に纏い、右手に槍を持っている。
「お、おい。武器はねぇだろ……」
「本気と言った」
「確かにな……」
リュウが鎧を構えて少しずつ寄ってくる。トラとしては本当の意味で素手同士の決着を望んでいたが、そうも言っていられなくなってしまった。
むしろ望まない形を取らなければならなくなったと、トラは深い溜息を吐いた。
「それじゃあ、いっちょやるか!」
今度は『虎』がトラの方へ向かって駆けた。リュウのように派手な変身はないものの『虎』はトラの腕に強靭な爪を。足に疾走できる為の脛当てと靴に姿を変えた。
力強く地面を蹴り、一瞬で距離を詰める。そのまま爪をリュウの顔へ向けた。
「くっ!」
想像を絶する速さに驚き、リュウは咄嗟に槍で横薙ぎした。爪と槍がぶつかり合い、激しい衝撃音が響く。
トラはそれに怯むことなく、強靭な脚力を駆使して攻撃しては離れるを繰り返す。武装型で能力を使用して有利に立とうとリュウは画策していたのだが、ここにおける経験値でもトラの方が一枚上手だった。
「何故、シアの近くにてめぇはいねぇんだ!」
殴る要領でリュウを引っ掻くが、槍で受け止められる。だが、トラの猛攻は激しさを増した。
「てめぇが近くにいたら、ミアが事件に巻き込まれなかったかもしれねぇ! 俺はてめぇにシアを任せたんだぞ!?」
猛攻を受け流し切り、攻防が逆転する。リュウの槍による突きは周りに疾風を起こす程の素早く鋭いものだ。トラには防具がないので反射神経と速さで爪を駆使して攻撃を躱す。
「お前こそ気が付いていないのか!? シアはずっとお前のことが……!」
「何!?」
「俺がどれだけ尽くそうとも、シアはいつもお前を想っていた! それだけではお前に敵わなかった! だから!」
「ちっ!」
トラは舌打ちをした。
リュウから告げられた「両思い」。トラはシアが自分やリュウのことをどう思っていたのかは知らなかった。むしろ目を向けることを避けていた。
シアがリュウのことを想っていて、両思いで幸せなら親友として嬉しい。だが、トラ自身もシアのことを想っていたので一人の男としては、好きな女が他の男と仲睦まじくする姿など見たくなかったのだ。
感情と理性は相反する。いや、嫉妬と友情はどちらも紛うことなき感情なのだが、トラなりに友情を選んだ結果が今の戦いになっているのだと、リュウの言葉から気付いてしまった。
リュウは自分を倒すことができるまで、シアと向き合えない。だからといって負けてやるトラではなかった。
これは最早、両チームのリーダー同士による争いではない。男と男の対決なのだ。
「ならリュウ、俺はてめぇにシアを譲らねぇ」
「……何!?」
「いくぜ!」
トラは本気で疾走を繰り返し、勢いをつけてリュウに攻撃をする。しかし、その殆どが槍で防御される。
何度も何度も爪で掻き続け、トラが狙った「その時」がようやく訪れた。
「なっ!?」
槍が粉砕し、リュウが目を見開く。トラは爪を解除して純粋な拳でリュウを殴り付けた。
「これが! 親友に捧げる本気だぁ!」
「ぐあっ!」
額に本気の拳を喰らってリュウは後方へ吹っ飛んだ。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
蒸し暑いですね、私は本当にこの時期が苦手です。
外を這うナメさんとの戦い……熱湯でタンパク質の塊にしていく日々……。
それはさておき、今回の章もクライマックスに向かおうとしています。予想ではもっと短くなるはずだったのですが、つい長くなってしまいました。
ただ、相場で言えばまだ短い方なのかもしれません。なんだかんだで自分の脳内に描かれているイメージを100%文章に出来ている訳ではないからなのかもしれません。
キャラの心情は描けているつもりですが、動作が少ない。目に見える情報を書けていないのが、未だに克服できない反省点だと思っています。
それではまた次回。来週もよろしくお願いいたします!