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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
複合能力者の邂逅
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彼女の秘密と彼の秘密

 話しているうちに頼んだ飲み物は冷めかけている。今の時期的には少し冷めたくらいが1番飲みやすいだろうが、店内は冷房が効いていて涼しい。熱い飲み物を飲んでも普通の人なら汗は出ないだろう。


 青年の恋人だった女性は目の前に座る零が、夏だというのにも関わらず震えているように見えて気になった。



「あの、大丈夫ですか?」


「……え?」


「なんか寒そうにしているような気がして」


「え、ええ。すみません、僕は人一倍に寒がりでして……」


「ああ、それで……」



 女性は今の話を聞いてどこか納得したようだ。というのも、女性や詩穂は気温に合わせて薄着をしているのに零の格好はどう見ても季節的に冬だ。


 ただ「単なる寒がり」だったとしても零の格好は度が過ぎている。結局のところ零は「お構いなく」と言って気にさせないことしか出来なかった。



「僕のことは置いておくとして。今日はお忙しいところお話を聞かせてくださりありがとうございました」



 零が女性にお礼を述べると、合わせて詩穂も頭を下げた。女性がゆっくりと首を横に振る。



「いいえ。こちらこそ、お話を聞いてくれてありがとう。……少し気が楽になった気がします」


「きっと、貴女の悔やみは彼に届きます。彼を愛していた気持ちはずっと消えない。この世を去ってもなお、きっと彼は貴女の愛を感じているはずですよ」


「……ありがとう」



 そんなのは単なる気休めに過ぎない。だが、零の言葉には不思議と説得力があった。まるでこの世を去った彼に「この光景を見せている」かと思わせるような説得力が。


 青年の恋人だった女性はそんな零を見て、そんな不思議な気持ちを感じ、ただ困ったように笑うことしか出来なかった。


 その後女性は頼んだ飲み物を上品に飲み干し、カップを置いてから腕時計を見て、申し訳なさそうに言った。



「ごめんなさい。この後、予定があって……」


「ええ、ありがとうございました」



 今度は詩穂が立ち上がって礼を言った。零も立ち上がって頭を下げると、女性は会釈して伝票を待ち去ろうとした。



「あ、ちょっと待ってください!」



 それに気付いた零が止めようとする。しかし、女性は大人らしい余裕のある笑みを浮かべて「話を聞いてくれた、お礼」と言ってそのまま去ってしまった。


 詩穂が当初考えていた予定では協力料として女性の分も2人で持つはずだったが、女性の厚意に甘える結果となった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 蝉の鳴き声と自動車が走ったり止まったりする音。そして信号から鳴る音が混雑している暑夏の中、零と詩穂は並んで歩いていた。


 零は言うまでもないが、詩穂も汗ひとつかいていない。



「鷺森君。彼女は自殺の原因だと思う?」



 詩穂が零の方を見ることなく、ただ真っ直ぐを向いて問う。零も前を注意しながら冷静に考えて答えた。



「直接的な……というわけではない気がする。遺書の内容も考えてみると、むしろ自殺を諦める要因になり得なかったという感じじゃないかな。愛されている自信が無かったとはいえ、彼はあの女性を責めるつもりは無さそうだったしね」



(もう一度、話してみる必要があるかな……いや)



 零はそう答えながらも、青年の残留思念と会話することを考えた。しかし、残留思念はあくまで残された瞬間までに得ていた情報を与えてくれるだけだ。零が新しい情報を与えたところで、他に残った自殺の原因を教えてくれることはないだろう。むしろ本人としては「遺書が全て」だ。



 そこで零はふと、最初の論点からズレていることに気が付いた。



「黒山さん。これで恋悟の手掛かりは掴めたの?」


「いいえ。恋人だった彼女なら、彼と恋悟の接点を知っているかと思ったのだけれど、彼女にはそこまでの関心が無かったから知らないようね。……でも」


「うん?」


「クリスマスに行ったというお店の候補はわかった。2人はなかなかに長い付き合いだから、1つに絞り込むことは出来なかったけど、近いところから当たってみることは出来るわ。だから今向かってる」


「ああ、どこに向かってるんだろうって思ってたけど、そういうことなんだね」



 零はそれから潤に言われた警告について思い出し、その話をしておくことにした。



「ところで黒山さん。今回の危険性についてなんだけど……」


「…………」


「黒山さん?」



 詩穂は話を聞いていないようだ。何か感覚を研ぎ澄ますかのように集中し、眉がピクリと動いた。



「ごめんなさい、鷺森君。遠回りになる」


「え?」



 零の手を握って早足で歩く。そして急に曲がって路地へと入っていき、更にクネクネと曲がっていた先に、太陽の光が入ってこないジメジメとした場所へと辿り着いた。



「黒山さん、一体何───」



 零は何事か問おうとした。しかし、すぐにその必要は無くなった。こんなところに用がある人間なんてそうそういないだろうに、まるで「ついてきた」と言わんばかりに同じ場所からやってきた男がいたのだ。


 詩穂は涼しい顔で男を警戒している。その男は零達と同じくらいの年頃に見えるので少なくとも社会人ではないだろう。男は詩穂に話しかけた。



「何かよくわからないけど、お前から不思議な力を感じる。だから貰うぞ、治療行きになる前に───!」



 男はスポーツマンらしい体付きをしている。だからこそ予測出来ないわけではなかったが、それでも予想より遥かに速く動き、気付けば詩穂の前に立っていた。


 男が素早い蹴りを繰り出す。



「ふっ!」


「…………」



 詩穂は反応出来ていない。零が声を出しても、出そうとした時にはもう詩穂に蹴りが当たっているであろうくらいの速さだ。


 しかし、その蹴りが詩穂に届くことはなかった。気付けば男と零がそれぞれ反対の方向に吹き飛ばされていた。



「ぐおっ!」


「ぶへっ!」



 受け身を取り損ねた零は再起するのに少し時間が要した。どうにか顔を上げられた時には目を疑うような光景があった。


 詩穂の周辺を黒い帯状の影が蠢いていた。それも数えるのが困難なくらい無数にだ。



「イテテ……。ちょっと、黒山さん?」


「鷺森君。申し訳ないけれど、そこでじっとしていて。この人を倒してから、捜査の続きをしましょう」


「おいおい、今ので勝ったつもりになってないよな?」



 一方で男はしっかり受け身を取っていた。それは能力による防御ではないようだが、そうすることが出来るだけの身体能力が備わっているということでもある。


 それでも詩穂は左肩にバッグを下げたまま、顔色1つ変えることなく、相手を見ていた。



「仕切り直そう。全力で行くぞ!」



 再び男はその場から姿を消した。素早い動きで薄暗い路地を駆け回り、建物の壁でさえ足場として蹴り、詩穂を撹乱する。



「ふっ!」



 再び男による蹴りが放たれる。詩穂にとって死角となっている方向からの攻撃にも関わらず、黒い帯状の影は実体を持って蹴りを弾いた。


 男は諦めずに駆け回り、蹴っては動き回り、また蹴りを放つ。男が撹乱しつつ攻撃し、詩穂は防御に徹している格好だ。



「僕も手伝うよ、黒山さん!」



 零はどうにか立ち上がって参戦しようとする。彼は彼なりに、女子1人で戦わせることに抵抗を感じていた。



「必要ない」



 しかし、そんな零の申し出を詩穂は冷たく退ける。



「ここっ……!」



 詩穂はついに反撃を開始した。男の蹴りを退けつつ、他の帯が男を拘束する。四肢に巻きつくのではなく、無数の帯がそれぞれ様々な巻き付き方をするので、男は単純にほどくことが出来なかった。



「なっ! くそっ、何だよこれ!」



 もがく男に詩穂はゆっくりと余裕を見せて近付いた。右手の人差し指を男の眉間に当てて呟く。



「私は貴方を『拒絶』する」



 その瞬間、男は直接脳に衝撃を受けたかのように頭が後ろに動いてから気を失った。帯が巻き付いていたお陰で勢いよく倒れることはない。


 ゆっくりと帯は離れて男を地面に寝かせると、やがて地面に溶け込むように消えていった。ようやく元の静寂が戻ってきて、零は終わったことを悟った。



「……色々聞きたいことはあるけど」


「ごめんなさい。答えられない」


「ここまで見せておいて、なぜ?」


「私にとって鷺森君は、まだそこまで信用出来るわけではないから」


「…………」



 その物言いは、今やらせていることを思えば何とも自分勝手なものだ。しかし、零はそんな詩穂を責めることはせず、目を瞑ることにした。彼女の気持ちがわからないでもないからだ。


 とはいえ、少しも申し訳なさそうでないのが些か気になるところではあるが。



「わかった。───それより、彼はどうする? ここに放置というわけにもいかないよね」


「知り合いに回収して貰うわ。そのまま治療行きにしてもらいましょう」



 詩穂がバッグから携帯端末を取り出す。どこかへ電話しようと操作し出した。



「…………」



 零は横たわった男の姿をジッと見る。潤から聞いた話では、重度の中二病を治療するのに掛かる時間は個人差があるようだ。つまり、この男が治療行きになったところですぐに力を手放せるかというと、そうではないということである。


 この世ならざるもの。───彼も、その存在に苦しめられている存在だと言えよう。


 ならば、零のやるべきことは1つ。ピンク色のフューチャーフォンを取り出して開き操作し出すと、フューチャーフォンは輝きだし、白い打刀へと姿を変えた。


 鞘から刀身を抜き、その剣先を男へと向ける。



「なっ、鷺森君! 何を!?」



 電話を掛けているにも関わらず、詩穂は驚いて声を上げる。しかし、その時には既に遅く、零は打刀で横たわる男を貫き刺した。


 ところが、男は出血をしていない。それどころか男に接触しているような音さえ出さなかった。



「…………」



 零は打刀を引き抜き、すぐに鞘へ納める。その直後、打刀は元のフューチャーフォンへと形が戻った。


 今度は詩穂が目を疑う番だ。ようやく繋がった電話で、詩穂は「回収をお願いします。場所は……」と言っただけだった。


 電話を切り、詩穂は零に問う。



「鷺森君……貴方、一体……?」


「もちろん、秘密だよ」



 零は仕返しとばかりに右手の人差し指を鼻の前に出して「内緒のポーズ」を取って不敵な笑みを浮かべた。

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


……サブタイトルが完全に恋愛モノですよね。この後書きを書きながらそう思いましたが、気にしない!


詩穂の能力については前作を読まれた方なら解説なしでお分かり頂けるでしょうが、今作においても話のどこかで彼女の能力について触れるつもりですのでお待ちを。

零の打刀については来週の話になるつもりです。


速蹴の男は単純にやられ役です。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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