噂の『瞬殺』
泣き崩れた詩織を寝室へ連れて行った後、詩織の状態が落ち着いたのを確認した詩穂は自室へと戻って大人しくしていた。
詩織と詩穂の住んでいるこの家は借家だ。借家といっても大家族が住むことを想定したような間取りではなく、そもそも土地が狭く家が小さいことから、部屋数は少なく平屋建てだが、その分家賃も安めに設定されている。
2人で住んでいるのだから部屋数など大して必要ではないのだから不満はない。しかし、安物件に見合った建物の老朽具合が少しばかり心配なところであり、壁の防音は殆どないのに等しいことから、詩穂は玄関から外へ出られないでいた。
家の中を自由に移動する分には問題ないが、玄関に近付けばまた詩織が部屋から出てきて不安になることだろう。
とはいえ、詩穂には零達3人との約束がある。待たせているという認識はあまりないが、それでも放置というわけにはいかない。
詩穂は「連絡が来ているかもしれない」と思ってスマホを見るが、通知欄には何もない。ゲームなどのアプリを全く入れていない詩穂のスマホにはスマホ本体のシステム通知か、着信の通知くらいしか表示されることがない。
今回のメンバーには潤がいるので、突入する分には何も問題はないだろう。『恋愛』の恋悟を相手した時も、逃走した恋悟を最終的に捕まえたのは潤だ。今回も零の為に満足のいく仕事をすることだろう。
心配はしていない。だが、そもそも今回の件に介入することを提案した自分が参加しないのは筋が通っていないし『友愛』の友香を相手する時には自分の存在が必要不可欠だという予感がある。
今は大人しくしているふりをしているが、もう少し経って詩織が油断したところを狙って、詩穂は「自室の窓」から外へ出るつもりでいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
零達はラグナロクの精鋭と一緒に3階へ上りつめた。廃墟となっているだけあって、電灯の類は一つもない。自然に囲まれていることが売りだったこの地では、窓から差し込む月明かりだけが建物内の様子を見る手掛かりとなる。下の階で戦ってきた彼等は幸いにも、目が暗闇にもう慣れていた。
3階はもう客室だ。元々心霊スポットとして扱われていただけあって、廊下の落書きが酷い。よくある話ではあるが、下品な言葉や実際に使われているのかわからない電話番号も書いてあり、同行メンバー唯一の女性である魔法少女ミラクル☆アリサの様子が零は気になった。
「どうしたの?」
「ああ、いや。何だか下品なことが書いてあるから、亜梨沙さん大丈夫かなって」
流石にチラチラと見過ぎだったのか、零からの視線を察知したミラクル☆アリサは不思議そうに問う。
一方、気付かれないと思い込んでいた零は動揺を隠せず、少しオドオドしながら答えた。視線を外して気まずそうに言う零の姿を面白く思った魔法少女は、左手で自分の口元を押さえながら笑う。
「このくらい全然平気だよ。零君は知らないかもしれないけど、女子も意外とそういう話するんだよ?」
「えっ、そうなの……? 僕はてっきり、そういう話題を嫌うかと」
「確かに男子からそういう話されたら気持ち悪いよ? そもそも男子と女子では話の論点が違うからね。気持ちがわかる女子同士だから話が成り立つって感じかなー」
「そ、そうなんだ……」
それはミラクル☆アリサ……もとい、亜梨沙にもそういった経験があるという意味でもある。普段の彼女を見ていればあり得ない話に思えないし、意外でもない。
ただ、零にとってその話は少しショックだった。
「おい、そんなくだらねぇ話をしてる場合かよ」
ラグナロクの精鋭メンバーが呆れたようにそう言った。確かに緊張感が欠けているような話題となってしまったことは否定できない。
さて話を戻すと、落書き以外にも客室によっては扉が老朽し過ぎて開きっぱなしのものもある。窓ガラスが割れてしまっているため風が入ってくるので、それによって不気味な音を立てて扉が揺れている。
ドラゴンソウルのメンバーが下の階にいる人数で全てだとは限らない。上へ上がってきたラグナロクのメンバーを奇襲で倒そうと身を潜めているドラゴンソウルのメンバーがいるかもしれない。
奇襲の可能性を考えれば、本来ならここは無意味に声や音を出すべきではなかった。その失敗に気付いていたのは、潤と副総長だけだった。
「おらぁ!」
客室に隠れていたドラゴンソウルのメンバーが不意打ちを狙って襲撃してきた。武器の所持が徹底されているのか、待ち伏せしていたメンバーも武器を使って攻撃を仕掛ける。
「舐めんな!」
「……ふっ!」
しかし、副総長と潤の前ではそれもただの悪戯に過ぎない。驚くべき反射神経で副総長は扉を蹴り返して激突させ、潤はまたも一瞬にして敵の背後へと回り、上げた足を振り下ろして相手の後頭部に踵を落とした。
潤の方は敵のダウンを取っているが、副総長の方は時間稼ぎでしかない。それでも潤が対処するには十分な時間だ。扉と激突した敵が扉を再度開けた瞬間、潤が背後を取って攻撃。結果を確認することなく室内に残る敵を殲滅し、副総長に視線で「殲滅完了」を伝えた。
「やべーな」
「化け物かよ」
流石の精鋭達も潤の圧倒的破壊力を目の当たりにして引いていた。あまりにも常識外れなので逆に盛り上がらない。
だが、副総長は素直に目を丸くして潤に尋ねる。
「驚いたぜ……。まさか、お前が噂の『瞬殺』か?」
「えっ!?」
反応したのは精鋭達だ。潤は重度の中二病患者を無力化して治療行きにする役割を担って戦っているが、喧嘩の強さで序列を決めるラグナロクのメンバーは「相手を瞬殺で倒す奴がいる」という噂を何度か聞いていた。
「ええ、まあ」
潤は無愛想過ぎない程度に回答をすると、ラグナロクの精鋭達から感嘆の声が聞こえた。潤にとってこの反応は慣れたものではあるが、今回ばかりは少し呆れていた。
「そんなことより、おかしいと思いませんか?」
賛辞の言葉などいらない。潤としては今ある違和感に気づいて欲しかった。
その違和感に同調したのは意外にも零だった。
「そうだね。トラ先輩が先に行っているにも関わらず、彼らが僕達を襲ってきた……。それはつまり、ドラゴンソウルのこの戦いにおける目標はトラ先輩を孤立させることとも捉えられる」
「ああ、そうだ。ラグナロクを返り討ちにするだけなら、ここで長曽根先輩とドラゴンソウルのメンバーが交戦していたはずだ。長曽根先輩が物音を立てず、気付かれなかった可能性も無いわけではないが、考えにくいだろう」
「あ? ってことは、トラを先に行かせたのは敵の狙い通りってことかよ」
零と潤の言葉から得た結論に、副総長は苦虫を噛み潰したようだった。それと同時に敵の思惑通りに動いてしまったことが癪で腹が立った。
それに対し、特に意識したわけでもなく零は何か企んだように発言する。
「なら、相手の予想より早くトラ先輩に追い付きましょうよ。潤の力があれば、楽勝でしょ!」
「……まあな」
潤もニヤリと笑って零の発言を肯定した。その自信が過剰ではないことくらい、潤の『瞬殺』を目の当たりにした彼らならわかる。
敵の思惑を正面から破る。その姿勢はラグナロクのメンバーにとってかなり面白く、盛り上がる考え方だ。副総長も潤に釣られて笑う。
「おもしれぇじゃねぇか。『瞬殺』の力に頼り切りってわけにはいかねぇが、そっちの方が燃えるぜ」
精鋭メンバーが皆一様にニヤリと笑う。どこが面白いポイントなのかミラクル☆アリサにはわからなかったが、敵がどこに潜んでいるのかわからない今の状態で団結できることは良いことだという認識だけはある。
とはいえ、団結しただけで残った部屋に潜んでいる敵の数が減ったわけではない。また、建物の老朽化に対する危険性は今のところ未知数であり、そっちの危険も考えなくてはならない。
「取り敢えず進もうぜ。出来るだけ音を立てずに近付いて、あわよくばこっちから奇襲を掛けようじゃねぇか」
周囲の敵はもう仕方がないが、副総長は「相手も自分達と同じように扉の隙間から外の様子を見なくてはならない」ということに気付き、逆に奇襲することを提案する。精鋭メンバーが副総長と同じ考えに至っているとは考えにくい。一応方向性だけは伝えておき、その時が来たら指示を出せばいいと、彼は考えたのだった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
少しずつ、沢山の方に読んでいただき楽しんでもらえている……。
とても嬉しく思います。ありがとうございます!
詩穂の母こと、詩織は前作のメインヒロインです。
前作を読んでいただいた方にとって、現在の詩織が毒親になっていることは衝撃なのではないでしょうか。
主人公の透夜とメインヒロインの詩織がくっつき、高校在学中は遠距離になる……というのが前作の最終的な2人の関係ですが、今作では無情にも高校在学中に「デキちゃっている」というのがポイントです。
このポイントについては後々の章で深く追求していく予定なのでお楽しみに!
話は変わりますが、思いつきシリーズでも語らせて頂いている通りに、私は比較的「一昔前」の曲を好む傾向にあります。
しかし最近、今を生きるとあるグループの曲にハマりました。彼等は「Da-iCE」って呼ばれていますが。
最近出した曲を聴きました。激しい振り付けのあるグループだと思っていますが、歌詞にも「伝えたいこと」というのが明確に込められていて、強く心の臓を掴まれています。
また話は変わりますが、珍しくライトノベルではない小説を読んでます。少し前にドラマでやっていた作品です。
実在するチェーン店の名前が普通に出てきていて驚きました。小説の中に実在するチェーン店の名前を出していいものなのかどうか。純文学的には全然OKだと思いますが、ライトノベルでは避けられている傾向だと思います。サイゼが出てくる作品は知っていますが、実際の良し悪しはどうなんでしょうね。
それではまた次回。来週もよろしくお願いいたします。