不信感ではなく、違和感
抗争の場は零が想像していたよりも悲惨だった。
ドラゴンソウル側は武器を持って戦っているので、それによって倒されたラグナロクのメンバーは今すぐにでも病院に連れていくべきレベルで負傷している。だが、ドラゴンソウル側も同じで、武器を持って戦っている卑怯さを許さないラグナロクのメンバーは「殺さない程度に」ドラゴンソウルのメンバーを殴り続けている。
「うっ……」
零は事件の現場こそ見慣れてはいるものの、こうしてリアルタイムで起こっている事件を目の当たりにするのは慣れていない。そんな彼の様子を潤は察していた。
「零、気持ちはわかるがこんなところで立ち止まるわけにはいかない」
「わかっているよ。それにしても……」
構成員達の姿は見えるものの、トラの姿が見えない。では友香はというと、彼女の姿も同じく見当たらない。
辺りを観察してみると、階段があることに気付いた。天井からも激しく争っているような音が聞こえるのでリーダー格である彼らが上にいることは容易に想像出来た。
「目標は上……っぽいかな?」
「そのようだな。やつらを突っ切って、向かうぞ」
「うん!」
亜梨沙は変身して魔法少女ミラクル⭐︎アリサへと姿を変えた。それを合図に3人が走り出す。
どちらのチームにも属していない3人は、両方のチームから「敵」と認識される。増援だと思い込んだ抗争中の彼等は3人に向かって襲い掛かった。
「なんだてめぇら!」
「ぶちのめしてやる!」
勢いは良い。だが、人としてごく普通の動作である「瞬き」をした瞬間、潤が真後ろに移動し、回し蹴りをした。
「ぐあっ!」
潤の能力は攻撃力と直結していない。故に潤は純粋な戦闘能力を鍛えなければならなかったので、相手を一撃で仕留める技に長けていた。
相手が瞬きをすればその一瞬で移動をし、相手の急所を狙って一撃を仕掛ける。中には潤の攻撃に対して受け身が悪く、骨折した者もいる。
潤は目の前にいる敵をひたすら無力化していくが、自分から離れた相手までは対処しきれない。零を狙って攻撃を仕掛ける者の姿が見えたので大声でフォローを求めた。
「魔法少女!」
「わかってる!」
ミラクル☆アリサはフルーレで黄色に輝く光の軌跡を描き、それに触れた者達の意識を奪っていく。彼女はただ相手の意識を奪うだけではなく、無駄な怪我をしないように倒れ込む瞬間も影響を受ける重力を減らし、ふわりと倒れ込むような魔法を使用した。
「零君!」
「大丈夫!」
零は2人のおかげでまだ能力を使わずに済んでいる。ピンク色の携帯を持って構えながら、潤が開いた道を遅れることなく進んだ。
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「リュウー!」
一方、2階ではトラが親友の仇名を叫ぶ。だが、彼はトラの叫びに応えることなくさらに奥へと進んでいった。
「くそ!」
想定よりもドラゴンソウルの構成員が多い。自販機やランドリーコーナーがあったと思しき場所だが、フロントに比べて狭いのでドラゴンソウルのメンバーでいっぱいになっている。相手メンバーを無視できないトラは足止めを食らってるような状態だが、先に進むため、一緒にここまできたラグナロクのメンバーと相手を倒していく。
「おらぁっ!」
能力はまだ使っていない。だが、流石は伝統続くラグナロクの総長を務めているだけあって、相手の構成員を殆ど一撃で仕留めていく。
「や、やべーな……」
「これがラグナロクの総長、虎の力か」
不良やチームといった存在が無くなり、衰退している昨今でもこの道に片足でも突っ込んだ人間なら誰もがトラの強さを知っている。トラの強さは歴代ラグナロク総長でも指折りの実力だと言われていた。
OBに口出し、手出しをさせない絶対的な強さをドラゴンソウルのメンバーも目の当たりにして実感した。
しかし、だからといって道を譲るというにもいかない。
「覚悟ー!」
「うおー!」
ドラゴンソウルのメンバー2人が鉄パイプを持ってトラに襲い掛かる。
しかし、トラは振り下ろされた鉄パイプを両手で掴み、押し返した。
「うぉらーっ!!」
「わっ、わっ」
「うわっ!」
押し返されてバランスを崩し、倒れ込む。間髪入れずにトラは足を振り下ろして鳩尾辺りを踏み込み、咳き込んで苦しむ相手に目もくれず、次の相手を睨む。
「トラ!」
副総長と側近達が追いつく。すぐさま、他のメンバーと戦闘を始めるべく、攻撃を仕掛けた。
「おせぇぞ」
「悪りぃ! ここは任せて先に行け! 相手の頭を取ってこい!」
「おう!」
トラは2階の敵を仲間に預け、先を急ぐ。襲い掛かる敵を一撃で仕留めつつ、他の敵はメンバーが相手しているので間を縫って進んだ。
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あらゆる重度の中二病患者を無力化してきた潤を相手に、いくら鉄パイプなどの武器を持ってるとはいえ、相手はほとんどなす術を持たなかった。立派な体格からは想像出来ない程に軽やかな動きで敵を仕留める潤の姿は、思わず目を奪われてしまう程に強く美しかった。
「零、ぼーっとするな!」
「ああ、ごめん!」
潤とミラクル☆アリサに任せておけば、相手を倒すことなど容易だ。しかし、そもそもの目的は相手を倒すことではない。ここより先にいるであろう友香を無力化することだ。
それに加え、この争いを止めるべく警察がやってくるのも時間の問題だ。3人としてはむしろ急がなければならない状況である。
「階段を一気に上がるぞ!」
「了解!」
ミラクル☆アリサは魔法で浮かび上がり、零はピンク色の携帯で「脚力強化」の能力を呼び出し、2人とも常識はずれの跳躍で階段を飛び越えた。
2階にも敵はいる。だが、殆どラグナロクの精鋭がドラゴンソウルのメンバーを倒していた。
「あ? ん!? なんだてめぇら!?」
ラグナロクの副総長が3人を見て驚く。それもそのはず、魔法少女は黄色のフリフリした衣装を着ているし、零は和装だ。
側から見れば、場違いの仮装集団にしか見えない。
だが、そんなことに構うことなく零は副総長に問う。
「トラ先輩は!?」
「あ? トラ……? 何でてめぇ、トラを?」
手の空いたラグナロクメンバーが3人を囲んで睨む。しかし、副総長はふと、ついこの前にトラが電話していた出来事を思い出した。
「……てめぇ、トラの後輩か?」
「え、あ、はい!」
「トラを止めに来たのか? 関わるなって言われてたろ?」
もし、零がトラを止めに来たというのであれば、ここを通すわけにはいかない。今か今かと襲い掛かりそうなメンバーを制しながら、零の答えを待つ。
「僕はトラ先輩ではなく、相手チームにいる友香という女性に用があって来ました」
「女? そういや、確かに女がいたな。そいつが何だってんだ?」
「ああ、えっと……」
零は説明に困った。全てを話してしまうのは簡単なことだが、どれも信憑性に欠ける話だ。トラが重度の中二病患者だとはいえ、彼等がその存在を知っているとは思えない。
副総長からすれば、零の狙いこそよくわからないものの、トラを止めるというわけではなく味方だというのならここで倒す理由はない。
「女に用があるって、ここはそういう場じゃねぇんだぞ?」
「わかっています。ですが、あの女性は危険なんです。僕達が止めないと……」
「…………」
開戦時、副総長もドラゴンソウルのリーダー達を見て不思議に思っていたことがある。ドラゴンソウルが今回の戦いを予想して備えていたことはわかるが、それならば尚更、ここに女性を連れてくることに違和感がある。
「てめぇ、あの女が何者なのか知ってるのか?」
「はい。先日の殺人事件に関係のある人です」
「は?」
零は真面目に話をしている。だが、あまりにぶっ飛んだ内容ばかりに副総長以外のラグナロクメンバーは笑いを堪えららなかった。
「何言ってんだ、こいつ!」
「いひっ、おもしれー!」
普通なら副総長も笑っているところだ。しかし、先日電話していたトラの様子を思い出してみると、それが少なくとも嘘ではない可能性を感じる。
「てめぇら、一緒にこい。その代わりに邪魔したらすぐぶっ殺す」
「え?」
メンバーは副総長の正気を疑った。中には驚きのあまり、口に出した者さえいる。
「何言ってんだよ? こんなぶっ飛んだアホ共は帰すべきだろ?」
「案外、今回のよくわからなさを解決してくれる要素かもしれねぇだろ。トラは何かを隠してる。てめぇらもそう思うだろ?」
いつもなら、ラグナロクの名前に畏怖を覚えさせるため、今回のドラゴンソウルのような相手チームをすぐにでも潰しているところだ。
しかし、今回のトラは最初からいつもと違う。ドラゴンソウルから舐められていてもすぐに抗争を仕掛けない慎重さを見せた。それに相手チームのリーダーを見て名を叫んでいたのに、相手が知り合いだってことをメンバーには言っていないことが気になる。
不信感とは違う。ただの違和感だ。トラのことだから、自分の都合に仲間を巻き込まないようにしているのだろう。しかし、何も知らずに終わるものもすっきりしない。突如現れたトラの後輩である零なら何か知っており、このモヤモヤを解消出来るかもしれないと副総長は考えたのだ。
その違和感はメンバーなら……ましてや側近メンバーなら余計に感じていることだ。異論はなかった。
「そういうわけだ、いくぞ」
皆一様に首を縦に振って先に進んだ。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
いつもなら午前2時の更新ですが、昨日は友人との飲み会があったばかりに更新予約を行なう余裕がありませんでした。申し訳ない!
吐くまで色々飲んだのは久しぶりのことです。懐かしい友達がメンバーにいると、嬉しくて飲んじゃいますね。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!