愛する≠愛されている
「その時」は案外すぐにきた。
週末を迎えた土曜日。零はいつも通り惰眠を貪っていたところ携帯端末が鳴った。
「んん……?」
半開きで目を開ける。電話の相手がいまいちよくわからないが、取り敢えず電話に出た。
「……はい」
「おはよう、鷺森君。声の調子からして寝ていたかしら?」
「く、黒山さん!?」
通話の相手が詩穂だと気が付いて一気に覚醒した。目は完全に開き、思考も回り出す。
「あーっと、その、おはよう。……それで、どうしたのかな?」
「ええ、彼に迫る第一歩としてある人とコンタクトが取れたから鷺森君にも同席してもらおうと思って」
「ある人……?」
当然の話だが、零はこれから会う人が誰なのか気になった。予想しつつ詩穂に問う。
「恋人だった女性。彼女なら彼の変化について思い当たることがあるかと思って」
「あー、成程。……って、どうやってコンタクト取ったの!?」
「それはどうでもいいでしょう。そういうわけだから、鷺森君は藍ヶ崎公園に来てくれるかしら」
「……すぐに準備して向かうよ」
「では、また後で」
正直言えば、零は人と話して情報を得るようなタイプではないので気は乗らなかった。しかし、それは詩穂もわかっているはず。それなりに求められていることがあるのだろうと思うことにし、零は通話を切ってからすぐに準備を始めた。
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特に集合時間を決められていたわけではないので零は走ったりしなかった。何だかんだで零は藍ヶ崎公園に立ち入ったことが無いので、どんなところか気にしつつ、詩穂がどこにいるのか探した。
「鷺森君」
「うおっ!? 黒山さん!」
中を探すはずが公園内に入った瞬間、横から話しかけられた。零が気付かなかっただけで出入り口の横にいたらしい。
そしてその隣には少し背が高めの女性が一緒にいた。メイクの雰囲気から社会人であることはすぐにわかった。
「全員揃ったので場所を移しましょう」
「あ、うん」
どこに行くのか零はよくわかっていなかったが、女性の方は予め聞かされていたのか特に疑問を持っていないようだった。恐らくは彼女が青年の恋人だった人だろう。零は後ろから注意深く観察した。
(……意外と綺麗な人だな)
───というのが、零の抱いた率直な感想だった。
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辿り着いたのは「true」という喫茶店だった。零は初めて入る場所だったが、一方で詩穂はそうでないらしく、自然に入店していった。
中は薄暗い。オレンジ色の照明が店内をほんのり照らし、喫茶店というよりかはBarのような印象を持たせる店だった。
店員が客数を聞くことをしてこない。詩穂は店員が放った「どこでも空いている席をどうぞ」という言葉のままに奥の方を選んで座るよう促した。
まずは女性が座り、その後から女性と向き合うように詩穂と零の2人が並んで座った。メニュー表を見て直感で女子2人は頼むものを決めた。一方で零は少し悩んで詩穂に相談した。
「僕、ご飯を何も食べていないんだけど頼んでもいいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう」
3人とも頼むものが決まり、店員を呼んで注文する。詩穂はカプチーノ。女性はブレンドのブラック。そして零はブレンドの砂糖とミルク付きとサンドイッチを頼んだ。
注文を終え、詩穂は右手の指先を零に向けた。
「彼は鷺森零君。私と同じく貴女からお話を聞きたく思っている人です」
「そうですか……」
青年の恋人だった女性は、青年がこの世を去ったことにかなりショックを受けたのだろう。基本的には綺麗な顔立ちをしているが、どこか心を病んでいるような雰囲気がある。
「事前にお話をした通り、彼はついてお聞かせください。生前、彼は恋悟という男と仲良くしていませんでしたか?」
「さあ。聞き覚えのない名前なのでわかりませんが……」
そんな返答が返ってきたので詩穂が零の方を横目で見る。零は「特徴を教えなさい」と訴えてきているように思えて、恐る恐る口を開いた。
「なんかこう……見るからに怪しそうな男でやたらと、ですかねって言い方をするんですけど」
「…………」
女性は黙って首を横に振るだけだ。そんな男に心当たりはないらしい。それから俯き、曖昧な情報を口にした。
「あの……誰なのかはよくわかりませんが、最近になって仲良くなった人がいるということは彼から聞いたことがありました」
「恋愛相談とかって話を聞いたりはしませんでしたか?」
「───! はい……!」
零が食い気味に質問すると、女性は驚いた顔をして肯定した。手応えがあると、零は感じている。
とはいえ、それはそれでおかしいような気もしていた。恋人に対して「恋愛相談に乗ってくれる人がいる」とわざわざ言うものなのだろうか? 恋愛に関して悩みがあることを恋人に告げるなど不満があることを遠回しに言っているようなものだ。
女性は俯き、自分の思いを語る。
「きっと……彼が自殺したのは私のせいなんです。私が彼の不満に気付かず、ほったらかしにしていたから……」
「ほったらかし?」
詩穂はあまり興味なさそうだが、姿勢を正したまま真顔で聞いている。その一方で零はむしろ詳細が気になって話に集中していた。
彼女が詳細を語ろうと口を開きかけたが、その瞬間に店員が注文したものを運んできた。
それぞれテーブルに置かれたものを注文した人の元へ零が移動させる。それが終わってから話の続きを促した。
「彼は私のわがままに応えてくれる人でした。文句ひとつ言わないから、私はそれでいいのだと思っていましたが、そんなことはない。本当は不満があってそれを言えないから追い詰められて……だから……」
「それは、どうなんでしょうか?」
零は女性の憶測を否定したくなり、つい思うがままに否定してしまった。女性が顔を上げて睨みつけるように零の顔を見る。
そして零は残留思念に残った彼の言葉を思い出す。
「彼はあなたのことを愛していました。だけど、あなたに愛されている自信を持ってなかったんです。自分に愛されるだけの魅力がないのだと、語っていました」
「……生前の彼と会ったことがあったのですか?」
「あ……はい」
零は咄嗟に嘘をついてしまった。ここでむしろ本当のことを言ったところで「残留思念を読み取って知った」などと信じて貰えるわけがない。
変に混乱させるよりかは、信憑性のある嘘をつくべきだと零は自分に言い聞かせた。
「高校生にそんなことを言うほどまでに思い詰めていたんですね。やはり、私は恋人失格です……」
青年の恋人だった女性は深く後悔しているようだ。
これが『恋愛』を司る男・恋悟の言っていた「本当の愛」だと言うのであれば、それはとても皮肉なものである。
大切な存在は失ってから初めて気付く。つまり、彼女にとってもそれは改めて「愛する存在の大きさ」を実感させられた出来事だった。
しかし、零としてはどうしても気になったことがあった。
「あの……こんなこと聞くのはちょっと不躾かもしれませんが、彼とはどんな付き合い方をされていましたか? 会う頻度とか」
「…………」
女性は俯き、少し答え辛そうな雰囲気を出した。
零は何処か違和感のようなものを感じていたのだ。死後になって女性の様子はこうであるが、ここまで愛されていたのであれば、彼はこれを理由にこの世を去ろうとは思わないだろう。
声を震わせながら女性は答える。
「月に1回会えれば良かった方だと思います。私の中では恋愛と自分の時間が両立出来ていたつもりでした……」
「…………」
零は「これだ」と思った。結局のところ、2人の理想はその形が異なっている。そのギャップは青年をひどく苦しめただろう。とはいえ、女性が悪いというわけでもないのは言うまでも無い。
「すみません……」
「いえ……」
零は女性の心を少しでも追い詰めてしまったことを心から謝罪した。
読んでくださりありがとうございます! 夏風陽向です。
ようやく魔のハードスケジュールが終わりました!
今回の更新分も半分寝落ちしながら書きました!
もう大変でした!
次回はちょっとした戦闘パートに入るかと思っています。前作を読んでいただいた方は思ったかもしれませんが、誰とは言いませんけども「襲われていないのはおかしい」ですからね。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!