危険から遠避ける
トラが愛する人を守って、もう一度だけ一緒に過ごせる時間を作ろうと誓った夕日を別の場所から零も見ていた。
電車に揺られ、ぼうっと夕日を眺める零に亜梨沙が話し掛ける。
「零君は夕日が好きなの?」
「うん? いやぁ、特別好きだってわけではないんだけど、色々考える時には何となく夕日を見てるんだよ」
もしかしたら、公園で出会うサラリーマンの男もいつも通りに缶コーヒーを飲みながら夕日を眺めているかもしれない。
そんなことを考えながら亜梨沙の目を見る。
「色々? 悩んでることがあるなら聞くよ?」
「ありがとう。でも、もうちょっと自分の中で考えていたいんだ。それに今回は別に協力者もいるからね。協力者というには少し信頼に欠けるけど……」
信頼に欠けるという意味では今の詩穂にも同じことを言える。だが、彼女はきちんと自分の役割をこなすのでそういった意味では信じられる。しかし、一方で今回の協力者であるトラはどうなのかというと味方だと言い切れるわけではないというところにある。自分にとって都合が悪くなれば、敵となる可能性だって十分にある。
「そういえば、トラ先輩も重度の中二病患者っぽいんだっけ……。亜梨沙さんは何か知ってる?」
「うーん、その先輩と接点があるわけじゃないし、今のところ能力を使って悪事を働いているわけでもなさそうだから。私はちょっとその辺には疎いかな?」
「そっか。まあ、そうだよね」
「零君はどうするの? 一応、事件を追っている形だけど、どう調べる?」
「今はトラ先輩の情報待ちだから、それにもよる……。そういえば、むしろ友愛の友香について、最近の動きとか聞いてない?」
「それこそ黒山さんや神田川君の方が詳しいんじゃないかな。私は結局、個人的に活動しているだけで、そこで敵対した人や警察に引き渡した時くらいしか情報を得られないから……」
トラの事といい、友香の事といい、亜梨沙では情報を得ることが出来ない。得たい時に情報を得られるというわけではないのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
今のところ役に立てていないことは本人が一番自覚している。だから少し落ち込むし、流石の零にも彼女が落ち込んだことくらいはわかった。
「気にする必要はないよ。亜梨沙さんの言った通りにそこは黒山さんに任せるのが一番。だけど、黒山さんや僕には出来なくて、亜梨沙さんにしか出来ないことがある。だからここから先を手伝ってくれると嬉しいな」
「ここから先?」
それを明確に言えなければ、零の言葉はただの同情になる。ただの同情ではく、本当に自分の力を求められているのだと確かめる為に亜梨沙は聞き返した。
そして零には確信していることが一つある。
「今回の黒幕だと思われている友香だけど、恋悟の時とは違って、協力者が必ずいるはずなんだ。例えば、監視カメラには犯人が映っていたはずなのにその人相はうまく隠されている。黒山さんや長瀬さんと話したけれど、これには何かしら重度の中二病による能力が使われているそうなんだ。だから恐らく、自分の身を守る為に他にも戦闘に特化した重度の中二病患者が近くにいるんだと思ってる」
「でもそれなら、黒山さんが何とか出来るんじゃないの?」
「そうだね。でも黒山さんにも限界がある。実際、恋悟を相手した時も僕達二人で手一杯だった。まあ、僕が足を引っ張ったのもあるんだけど。それに亜梨沙さんの『奇跡』は何でもありだからね! いざとなった時の切り札になる」
「代償が大きいから大変だけど、御守りがある今なら……」
「うん。だから無理はさせられないけど、亜梨沙さんの力は絶対に必要になる。あてにしてるよ!」
「……うん!」
気を遣ったわけではない。それが零の本心だ。
零は裏切られた経験から誰かに全てを預けるようなことはしない。心のどこかで亜梨沙に見捨てられてもどうにかなるだろうと考えてしまっている。
だから亜梨沙を要とするようなことはしないが、亜梨沙の強さにも期待している。それが零の答えだった。
そうこう話しているうちに電車は亜梨沙が降りる駅に止まった。車内に流れるアナウンスを聞き逃さなかった亜梨沙は焦るように立ち上がった。
「もう降りなきゃだから。それじゃあ、またね」
「うん、さようなら。また」
亜梨沙や他の人が降りると、入れ替わるように乗る人が入ってくる。そうすればもう亜梨沙の姿は見えない。
携帯端末で時間を確認してから電車が発進すると、零も最寄駅で降りてそのまま帰宅した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日の朝、零が学校に着くと既に登校していた潤がいつになく真剣な顔で零に近づいて来た。
零は驚くように目を丸くしながら挨拶をする。
「お、おはよう、潤。何か今日は珍しく朝から圧がすごいね」
「ああ。ちょっと呑気なことを言ってる場合じゃなくなったからな。お前、今すぐ例の件から手を引け」
「え? 急にどうしたの?」
「最近、お前と話をしているトラ先輩とやらの周辺がどうも危ない。話に聞けば、敵対勢力がトラ先輩とやらのチームメンバーに暴行を加えているらしい」
「え? ドラゴンソウルがラグナロクに?」
零は元より、ドラゴンソウルとラグナロクが敵対していることは知っていた。だが何故、このタイミングなのか。そして何故、OBが刺されたラグナロクが報復しているのではなく、ドラゴンソウルが一方的に攻撃を仕掛けているのか全く状況を理解できないでいる。
「待ってよ、潤。動機は? 逆ならわかるけど、ドラゴンソウルがラグナロクを襲う理由なんてある?」
「俺もその辺については詳しくない。警察も流石に放ってはおけないようで調べているようだが、思ったように手掛かりを得られていない」
「昨日の今日なら、無理はないと思う……」
「いずれにせよ、お前とトラ先輩が一緒にいるところは目撃されている。ラグナロクのメンバーだと勘違いされて襲われる可能性があるということだ。ここで引け!」
潤の言い方は少し強い。クラスメイト全体から注目を得てしまうような大声は出していないが、周囲のクラスメイトは異変を察知して潤を見ている。
本気で心配している。それが零にはわかるから、黙って頷くことしかできなかった。
「もうお前の手に負えない案件になってしまった。あとは警察に任せて自分の身を守れ。黒山には俺から話をしておく」
「いや、僕も一緒に話をするよ。筋は通さないと」
「そうだな、わかった。1時間目が始まる、準備するぞ」
「うん」
そのまま潤は先に戻って授業の準備をする。零も深いため息を一つ吐いてから準備を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼休みの時間を使って詩穂と話をしに行くことだろうと予想した零は事前にトラへ電話をすることにした。チームのリーダーである彼がまだやられていないのは間違いないだろう。
なかなか電話に出ないので困ったが、諦めかけたところでどうにかトラは電話に出た。
『おう、どうした?』
「トラ先輩、話は聞きました。大丈夫なんですか?」
『心配かけたな、俺は大丈夫だ。けどお前は絶対にもう関わんなよ?』
「トラ先輩まで……」
『お前を含め、関係ねぇやつを巻き込むわけにはいかねぇんだ。わかってくれ』
「しかし……」
『でもな、お前には感謝してるんだぜ? サツにチクる前に話してくれたんだからよ。ちゃんと全部終わったらこっちのことも話すからよ』
「待ってくださ……」
『悪りぃな』
零の言葉を最後まで聞く事なくトラは電話を切る。このまま二年生のいる教室まで上がっていけば会えるかもしれないが、その望みも薄い。何故なら電話越しに聞こえてきたトラの声以外の音はどう考えても「外の音」だからだ。
トラは学校に来ていない。つまり、会うことはできないということ。
今の零に出来ることは昼休みに詩穂と今後について話し合うことしかないのだった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
先週の後書きにて語った件。引っ越しを繰り返した結果、ソフトもハードも既にないのでサブスクで観ました。
どんな作品にも言えることですが、言葉の意味やキャラクターの意図を理解しやすくなった今だからこそ、話の内容を理解できるなと思いました。
幼い頃は一体、どういった視点で作品を楽しんでいたのやら……。
話は変わりますが、前作を含めてまた読んでくださった方(読んでくださっている方)が増えているようです。
心の底からありがとうございます。沢山の方に楽しめていただける作品となっているかどうかは正直なところ自信がありません。今までいただいた感想を振り返ってみますと、やはり「描写不足」を痛感しておりますので……。
でも読んでくださっているお陰で励みになっています。ネット小説大賞に向けて新作(異世界ファンタジー)を書いているところですが、今後も励みたい所存です。
今後ともよろしくお願いいたします!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします。