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愛の伝道師とは───?

 ただならぬ反応をトラが見せたので零は目を丸くした。事件の情報を求めていることもあって、ある程度の情報を与えればトラにしかわからない情報をくれるだろうと思っていたが、まさかここで反応するとは予想していなかった。



「トラ先輩、何か───?」


「そんな珍しい名前、他にはいねぇだろうからな。俺は三啞(ミア)を知ってる」


「……!?」


「けど、信じられねぇな」


「どうして?」



 トラは立ち止まり、零の顔をじっと見る。風と風に揺れて擦れ合う葉の音以外は聞こえない。短い沈黙は言葉に出すのを躊躇った証だ。


 しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。



「アイツは所謂(いわゆる)引き篭もりってヤツだからだ。中学以降、姿を見てねぇ」


「家から出ていくわけがないと?」


「ああ。だから家族以外の誰かと接点があって恨むようなことはねぇと思う。……中学時代までを除けば、だがな」


「…………」


「ミアが関わっている話はもう警察(サツ)は知ってるんだよな?」


「いえ。実行犯とは別に黒幕がいること自体は判明しているものの、実行犯はまだわかっていません。今のは僕が独自で入手した情報なので警察はまだ知りません」


「……そいつはありがてぇ。疑ってるわけじゃねぇが、万が一関わってるかもしれねぇなら調べなくちゃならねぇ」


「……はい」


「この話、まだ黙ってろよ?」



 もしここで零が横に首を振ったら、トラは力づくでも従ってもらうつもりだった。だが、トラにとっては意外にも零が首を縦に振ったので逆に驚いた。



「お前の立場としてはすぐにでもサツにチクるのがいいはずだろ? なんでだ?」


「情報提供者との約束がありますので。その人もミアさんが容疑者にされることを望んでいません」


「そうなのか。……実行犯と黒幕がいるって話、最初は信じられなかったがミアの名前が出てくりゃ信じるしかねぇな」



 ミアが引き篭もりである以上、確かにその方が信憑性はあるだろう。それにこれはトラにとっても「都合の良い事実」なので、信じられるかどうかというよりも「信じるしかない」というのが現状だ。



「しかし、仮にミアさんが犯人だった場合はどうするんです? 僕は……僕達はミアさんを警察に渡さなくてはなりません」


「ああ、わかってる。サツよりも先に話してくれてありがとな。これが嘘だったら、その情報提供者を許すわけにはいかねぇが、まずはこっちで調べるぜ」


「わかりました。情報交換は続けましょう、解決するまでは」


「……ああ」



 零は時間のことを思い出し、携帯端末で時間を見る。今から急いで戻れば授業には間に合いそうだ。



「トラ先輩、授業があるので戻りましょう」


「お前だけで戻れ。俺はちょっと心の整理が必要だ」


「……わかりました!」


「わりぃな」



 零はまだ残暑のある中、汗を垂らしながら足早に学校の方へ戻っていく。その背中を見送りながら、トラは「心の中でもう一度、零に謝罪」をした。


 何故なら、もしミアが犯人だった場合は警察にバレるよりも早く彼女を逃すつもりだからだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ───放課後。


 零がゆっくり帰り支度をしていたところ、意外な人物が教室を訪れて零に話し掛けてきた。



「や、零君!」


「亜梨沙さん!? どうしてここに?」


「そういえば、愛の伝道師について話してなかったなと思って。神田川君から聞いていないのもちょっと驚きだけど」



 亜梨沙はそう言って潤の方を見る。異変を察知した潤は零と亜梨沙に寄ってきた。



「零に何か用か? デートの約束でもしてたのか?」


「そういう用じゃないけど、神田川君がそういうこと言うのはちょっと意外」


「僕が相手だとこんな感じだよ。それより潤、亜梨沙さんはわざわざ愛の伝道師っていう人達の話をしにきてくれたんだ」


「愛の伝道師……。何故その話をする必要がある? この前はたまたま恋悟が関わっていたが、もう奴らと関わることなどないだろ?」


「ん?」



 零は潤の言い方に少し引っ掛かりを感じてすぐに突っ込みを入れた。



「潤。なんだか決めつけていない? これからもこういったことに関わっていけば、遭遇するでしょ?」



 その突っ込みに対して潤は呆れた顔で答える。



「愛の伝道師と遭遇する可能性は極めて低い。もしそんなに遭遇できるものなら、とっくに俺のような奴らが捕まえてるだろ」


「確かに! それもそうだね」


「それに、そこまで深いところへお前は巻き込まれるべきじゃない。その点は魔法少女にも理解してもらえているものと思っているが?」



 潤がじっと亜梨沙を見る。その圧に亜梨沙は少しばかり怯えた顔をしていた。



「や、私はその……」


「やめなよ潤。亜梨沙さんは何も知らずに戦っていた僕を憐れんでここまで来てくれたんだ。遭遇する云々は取り敢えず置いておくにしても、危険な彼らのことを知っておくことは損じゃないと思うけど?」


「それもそうだな。巻き込むことを恐れて話をしてこなかったが……。俺は用があるので参加出来ないが、お願いしていいかな?」



 潤に託され、亜梨沙は何も言わずに頷く。そして潤はすぐに自分の席へ戻って鞄を持ち上げ、零達に手を振って教室を後にした。


 潤が見えなくなった途端、亜梨沙は脱力して零の前にある席に腰掛けた。



「うっわぁ。アレが神田川潤かぁ。噂では聞いていたけど、実物はもっと怖かったぁ!」


「ちょっと意地悪なところあるけど、あれでも僕を心配してくれているんだ。許してあげて欲しい」


「あ、うん。それはよくわかったけど、雑談くらいのつもりが思ったより責任が重くなっちゃったなー……と」



 託され、妙な緊張感を持って話そうとする亜梨沙が何だか面白くて零は小さく笑った。そんな零を見て亜梨沙はふと思ったことを口にする。



「……零君って笑い方が上品」


「そう? 意識したことないからわからないけど、僕からすれば大口開けて笑う方がすごいと思うし、幸せだと思うよ」


「そうかな……?」



 亜梨沙は一度、零が住む鷺森家を訪れたことがある。高級というわけではないし、比較的一般人に近い雰囲気のある家ではあるが、どこか歴史と格式。そして僅かな冷気を感じたことを覚えている。


 それを考えれば、零の育ちにも納得できるものだ。



「話が脱線してしまったけど。改めてご教授をお願いします」


「ちょっ、やめてよ! ただでさえ、さっきの神田川君でプレッシャー感じてるんだから!」


「はははっ!」



 零は笑った後に耳を傾ける。そして亜梨沙は咳払いを一回して話を始めた。



「愛の伝道師っていうのを話す前に、零君は《クリフォト》って知っているかな?」


「うん、勿論。15年くらい前に女子高生4〜5人くらい誘拐したっていうあれでしょ? 黒山さんのお父さんが解決の立役者になった事件の犯罪グループ」


「そう。愛の伝道師も少し似たような感じかな。クリフォトは愚鈍とか色欲とかいった悪魔の木にちなんだ能力を持っている人達の集まりだったんだけど、愛の伝道師も同じ。愛にちなんだ能力を持つ人達のことを指しているの」


「うん? でも恋悟は単独で動いていたように思えるけど……?」


「そうなんだよ、そこがクリフォトとの違い! 愛の伝道師は同じ目的を持って集団で動いているわけじゃない。だから実際に何人いるかまではわかってないんだ。……厄介で犯罪に手を染めていることに変わりはないんだけど」


「そっか。でも、結託されると困るから今の状態は都合が良いよね」


「うん、結託する前に無力化する必要があるというのはみんな同じように思っていることだよ」


「あれ? でも、友愛の友香の存在は知られているんだ? 今回が初犯じゃない?」


「うーん、私も悔しい罪状まではわからないんだけど、人を操って犯罪に巻き込むという点では、恋悟と近いところがあるかも。自分の野望や信念のために人を利用するのは許せないことだよね。それによって命を落としている人はいる……」


「…………」



 零は亜梨沙にそう言われて、愛に失望し自ら命を絶った者や復讐を受け入れて刺された被害者の顔を思い出した。理想の為に人の人生を奪った彼らを許せない。



「今のところ、私が知る限りでは恋愛、友愛、慈愛、求愛、親愛、寵愛、性愛くらいかな……。どれも噂で聞いた程度だけど。でもそれだけ、前の恋悟逮捕は凄かったんだよ!」


「そ、そうなんだ?」



 零は愛の伝道師がクリフォトと同じかそれ以上に存在していることを知ってゾッとした一方で、亜梨沙に褒められて気恥ずかしさを感じた。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


花粉症辛いですね。共に頑張りましょう!



それではまた次回。来週もお願いします!

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