「目的を奪う」ということ
零は帰宅後、祖父にお礼を言ってからすぐに祖母の元へと向かった。祖母は自室で既に就寝の準備を終えており、帰ってきた零の姿を見て誇らしげに笑った。
「おかえり、零。今日もちゃんと務めを果たしたか」
「ただいま、婆ちゃん。ちょっと教えて欲しいことがあるんだ」
「ん?」
今夜起こったことを全て霰に話すと、次第に霰の表情は真面目なものに変わっていた。常日頃からふざけた表情をしているというわけではないが、やはりこういった案件となれば真剣になる。
だが、そこまで深刻そうではない。霰の中では「落ち着いて対処すれば問題ない」という考えだからだ。
「───どう思う?」
「うん。最近にしては珍しい出来事だが、ほぼ爺さんの言う通りだろう。霊能力がある者であれば可能な話だ」
「だけど、そんなことをして目的は何なんだろう? 僕が見た犯人の残留思念とは別人だし……」
「何も単独犯だと決まったわけではあるまい。今夜現れた女が裏で糸を引いている可能性だってあるだろうさ」
「……あ」
零はずっと「被害者と加害者の関係」というところばかりに目がいっていた。祖母の指摘は、被害者の残留思念が残した言葉の意味と繋がっている。
「───ということは、加害者の怨恨による殺害に見せかけて、実は包丁の女性が計画したものだったってこと?」
「あくまで一つの可能性にしか過ぎんがな。それと怨恨は実際にあったものだ。そうでなければ、血塗られた包丁という形で怨恨の跡は出てこないだろう。もし私の仮定が本当なのだとしたら、女には余程の恨みをぶつけたい相手がいるということだろうよ」
「怨恨や恐怖といった負の感情を霊的な力に変える……か」
「うん。だが、零にとっては少し厄介な案件になったと言えるだろうな」
「え?」
霰にとっては初めてのことではない。だが、零にとってこういったことは初めてとなる。現象そのものよりも、霰は零の心が心配だった。
「場合によっては……いや、ほぼ確実にお前さんはその女と対峙しなくてはならんだろう。今まで、この世ならざるものか生身の人間のどちらかを相手してきた経験はあれども、霊力を悪用する生身の人間は初めてとなる。今のうちに覚悟しなさい」
「そっか。確かにそういった相手は初めてだ」
「霊能力、身体能力……色々と勝敗を左右させる要素はある。鍛錬を怠るなよ?」
「うん。……婆ちゃんは、そういった相手と対峙したことは?」
「無論ある。鷺森家の役割としては正しいことだが、これは人の生き甲斐を奪うということでもある。もっと別の方面で生き甲斐を持ってくれれば良いが、人は誰もが正しい道を歩めるというわけではない。今回の戦いは零……お前さんの心の強さも試されるだろう」
「…………」
零は返事すら返すことができなかった。それ程までに鷺森家の当主として戦ってきた霰の経験が見せる空気が重いものだったからだ。きっとそれは、お世辞にも「救い」と呼べるものではなかったのだろう。
黙って立ち上がり、背を向けて退出する。
「おやすみ、零」
「うん、ありがとう婆ちゃん。おやすみ」
零が静かに去っていく。
「…………」
霰には話の中で語れなかった後悔がある。
かつて霰にも「負の感情を集めて武器に宿し、恨みを晴そう」と企てる者と戦った経験がある。それは男女問わずに恨みを抱くものなら珍しくない話だ。
その復讐が成される前に、霰は相手の武器を破壊しなくてはならない。その為に戦った果て、改心した者もいれば、復讐という生きる意味を失って自ら命を落とした者もいる。
鷺森家の当主としては正しいことをした。だが一方で「人として正しかったのか」が歳を取った今でもわかっていない。故に悪夢にうなされる夜もあったが、同じ立場に立った零が耐えられるのかどうか。
祖母として心配せずにはいられなかった。
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翌日、零はすぐに詩穂に連絡して情報共有をすることにした。
余程機密性の高い情報ならば改めて場所を用意するところだが、零の話にはどうしてもオカルトな部分が出る。信じられやすいかもしれないが、零の能力を知らない限りは話の信憑性が曖昧だと捉えられるだろうということで、場所を特別用意することなく、廊下で話をすることにした。
とはいえ、目立つことには目立つ。誰とも仲良くすることない詩穂が他クラスの男子と廊下で話をするとあれば、誰だって関心を抱くだろう。
「というわけで、昨晩手に入れた話をさせてもらうけど……」
「───少し待って。どうして、古戸さんがいるのかしら?」
「だって事件直後以降、全然話に混ぜてくれないじゃん? それなら自分から行くに決まってるでしょ?」
「私は今回、貴女が関係者だとは思っていないのだけれど?」
「あっ、そういう言い方する? いざとなれば私だって戦力になるんだからいいじゃん。それに零君が戦うなら、その横に私がいるのも必然!」
「……鷺森君が古戸さんと組んだなんて初耳だけど?」
「正式に決まったわけじゃないけど、少なくとも黒山さんよりはその立場に近いと思ってるよ?」
どういうわけか零にはわかっていないが、このまま放っておけば休み時間が終わってしまい話が出来なくなる。零にとってもそれは困るので、いちいち突っ込みを入れたりせずに割って入った。
「───本題に戻していいかな?」
「……ええ、ごめんなさい」
「あ、ごめん」
側から見れば、今の光景はまさに「修羅場」といったところだろう。真実を知らないとはある意味残酷なもので、零は詩穂と「イイカンジ」だった時があり、そして今は亜梨沙と「イイカンジ」という風に見られている。
万年コート男だった零を見て誰もが「何であんな変人を?」って思うだろうが、今の零も御守りのお陰で皆と同じように気温差を感じることが出来ている。そうなれば、納得はできるだろう。
現実を受け入れられるかどうかは別の話となるが。
ただ、亜梨沙がここで現れたのは少し都合がいい部分もある。話の一端を聞いた人が話の内容を「色恋沙汰ではない」と判断して去っていったからだ。
零はそんな周りの様子を気に留めもせず、昨晩起こった話を祖母の予想も交えて話をした。亜梨沙は正直に驚いた顔をしていたが、相変わらず詩穂は表情一つ変えなかった。
「どう思う?」
一通り話をし終えて、零は詩穂に意見を求めた。詩穂の中でも心当たりがない話ではないようだ。
「もし、昨晩見た女性が今回の黒幕だとしたら、その女性は重度の中二病患者であり霊能者であるということね。となれば、心当たりはかなり限られてくるわ。状況も考えれば、予想としては外れてなさそう」
「予想?」
零は目を丸くして詩穂を凝視する。恥じる様子も見せず、詩穂は真っ直ぐ零の顔を見る。
「ええ。鷺森君や私のように重度の中二病と他に能力を併せ持つ人は少ないわ。能力の内容からしても『友愛』の友香だと思う」
「うわ、また恋悟みたいなのが……」
恋悟は零としても苦戦した相手なので、今回の相手も苦戦を免れないということがそれだけで理解出来た。一方、亜梨沙はこの件について何も知らないはずだが、一応の情報は持ち合わせているようだ。むしろ、恋悟や友香のような存在に対しては零よりもよく知っている。
「そっか。まさか『愛の伝道師』を相手していたなんてね」
「うん? 亜梨沙さん、何か知ってるの?」
今度は亜梨沙に対して目を丸くした零だが、亜梨沙からすれば知らない方が驚きだ。
「え? 知らずに恋悟と戦ったの?」
「うん。とにかく、重度の中二病患者が関わる刑事事件を解決しやすくなった現代でさえ、未だに逮捕できない厄介な人だって話は聞いてたけど」
「そうなんだ。何も知らずに巻き込まれるなんて、零君かわいそう」
亜梨沙はジロリと詩穂を見る。動揺する様子を見せず、詩穂は深く息を吐いた。
「たまたま恋悟を相手取っただけよ。まさか、こうも短期間で友香と当たるだなんて思わなかったもの」
「それでも説明すべきだって私は思うけど?」
「そうね。ただ今話すには時間が無い。そもそも友香と決まったわけではないけれど、近い能力を持っている相手だとしても対処しなくてはならないわ。こっちはこっちで長瀬さんと協力して友香を探すけど、鷺森君はどうする?」
「僕はトラ先輩と話をしてみようと思う。その友香かもしれない人とどこかで接点があるかもしれないからね」
「じゃあ、私も……」
亜梨沙は零に同行しようと考えていたが、それは零が言われる前に却下した。
「いや、亜梨沙さんはいつも通りの活動を続けながら、情報を集めて欲しい。相手の能力を考えれば、操られている人もいるかもしれないから。それと、友香と対峙する時に君の力を借りることになると思う」
「え? あ、うん。わかった!」
その発言には流石の詩穂も驚いたようだ。だが詳しく話している時間はない。次の授業も迫っていることだから、3人はそこで解散した。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
前回は怒涛の出張終わりで疲れてしまい、まともに更新できず申し訳ございませんでした。
今回、初めて1人で東京へ行きました。私はインドア派なのであまり出掛けぬ故、おそらく東京へ行った回数は片手で数えられる程度だと思います。
夜、秋葉原に行ってみたのですが生憎の土砂降りで満喫できませんでした。ただ、いくつかお店を覗かせていただきましたが、人多いのでゆっくり出来なかったのが率直な感想です。
名古屋や東京へ行った体験を書き記したいと言いましたが、いまだ実現出来てませんね……。
話は変わりますが最近、新しいスマホゲームを始めまして。通称・ヘブバンって呼ばれてるあれです。
AB!とのコラボという広告を見たので始めた次第ですね。アニメ終わってから久しいですが、語りきれぬストーリーを楽しめて本当に満足です。
AB!最高……。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!