家族に寄り添う者、寄り添えない者。
男が零と別れて公園から出ると、一台の黒い車が目の前で止まった。後部座席の窓が下がり、美しい大人の女性が声を掛ける。
「乗りなさい」
「…………」
男は小さく頷いて反対側に回り込んで車に乗るとすぐに発進した。
「最近、よくあの公園に行っているみたいね。何かあるのかしら?」
「あそこは夕陽が綺麗に見えていい場所だ。それに最近、面白い高校生と会うからな」
「面白い高校生?」
「詩穂と同じ学校の制服を着た男子高校生だ。重度の中二病患者なんだが、警察に協力しているらしい」
「そう」
女性はその話にあまり関心を示さなかったのが男にもわかった。お互いに学生時代は重度の中二病患者だったということもあるが、それ程、2人の関係が浅いものでは無いとうことでもある。
「薄い反応だな」
「貴方に言われたく無い言葉だわ。それに、私達の時と比べて重度の中二病なんて認知されているものだもの。今は発見次第すぐに治療が開始されるようだけど、警察にとって都合が良いならそれまでね。───そんなことより」
「ん?」
「詩穂ちゃんとはまだ会ってないのかしら? 養育費は払っているのだから会う権利はあるでしょう?」
「まあな。ただ、詩穂は俺の『漆黒』と詩織の超能力を受け継いでいる。近しい人間ほど、そういったことが求めにくい能力だからな」
男はそう言っているが、それも事実ではある。ただ、詩穂としては家に帰らない父親など「会うのに値しない」というのが本音だ。男……詩穂の父である透夜はそれを認めなくなかった。
ある意味で現実逃避とも言えるが、女性はそれを指摘しなかった。
「貴方が何を思って詩織との間に子をもうけたのかは理解できないけれど、貴方の居場所はやはりあちら側ではないということなんじゃないかしら?」
「……お前のお陰で今がある。感謝はしてるさ、沙希」
女性の名は地嶋沙希。有名な大企業である地嶋グループのトップとなる女性だ。彼女は詩穂を育てていけるだけの力を持たない透夜をコネで入社させて側に置いているのだ。
地位を考えれば本来、透夜は沙希に敬語を使わなければならない。だが、今のように2人しかいない状態(厳密には運転手もいるが)では学生時代と同様に敬語を使わない。
2人の関係は上司と部下。或いは友人。小学生の時に出会っており、詩穂の母である詩織よりも付き合いは長い。
だが、沙希の透夜に対する好意はずっと変わらない。高校時代、透夜と詩穂が結ばれた時には一度諦めたものの、そこからあまり時間が経たないうちに詩穂が生まれて2人は殆ど破局状態なので沙希はこの状態をチャンスだと感じていた。
高校在学中に子供が出来てしまったが故に、透夜は詩織の両親からは嫌われている。それもまた、透夜が詩織や詩穂と一緒に暮らせない理由だった。
「別に感謝されるまでもないわ。私としても都合が良いもの。父だって貴方を歓迎しているのだから、貴方の幸せを考えても良いと思うのだけれど?」
「…………」
透夜は何も答えず、窓の外を見ているだけだった。
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零はそのまま寄り道することなく帰宅し、夕飯を後回しにして詩穂に電話を掛けた。
珍しくすぐに出ないので「都合が悪くて今は出られないか」と判断しようとした直後、詩穂が電話に出た。
『もしもし、何かしら?』
「あ、えっと、さっきはごめん。ちゃんと情報を共有するよ」
『その気になったってことは、関係ある情報が実はあったってことかしら?』
零は意地悪をしたつもりだったが、詩穂は気になっていないようだ。実のところ詩穂本人にとって、言われたこと言葉は「耳が痛い」と思っていたので意地悪されたと気付いていなかった。
「まあ、そうだね。被害者はどうやらトラ先輩が率いる《羅愚亡路苦》というチームのOBらしく、敵対している《ドラゴンソウル》っていうチームを疑っているようなんだ」
『2つのチームが揉めているという話は私も知っているわ。だけど、鷺森君が見た残留思念は女性だったのでしょう?』
「そう。だから、もしかしたら犯人は被害者と恋愛のような関係があり、一方で《ドラゴンソウル》と関係のある女性なんじゃないかな?」
『恋愛関係はわかるけれど、何故そこで《ドラゴンソウル》が出てくるのかしら? 被害者が現役ならともかくOBなのでしょう? 今の《ドラゴンソウル》には殺すメリットがないじゃない』
「確かにそうだね。だけど、2つのチームが膠着している状態をよく思わない人からすれば、ちゃんと衝突するきっかけとなるから都合がいいんじゃないかな。実際、トラ先輩の話ではメンバーがピリピリしているようだし」
『鷺森君が残留思念を見に行く前までは、敵対組織でトップを担っている男が怪しいと警察も思っていたわ。……トップだけでなく、メンバーを捜査する必要もありそうね。それはこちらでやるわ』
「えっ?」
零にとって、詩穂が別行動を提案してくるのは意外だった。故に驚きを隠せず、そんな反応をしてしまったのだ。
『相手がああいう連中となれば、人相手に戦う能力ではない鷺森君には危なすぎるわ。だからここは私や長瀬さんに任せて欲しい』
「……うん、わかった」
危険な場面において、むしろ女の子を行かせてしまうのは男として情けなく感じる。
だが、自分が言っても足を引っ張ってしまうのは零自身が一番わかっている。
「じゃあ、そっちは頼むよ。僕は被害者がこの世ならざるものになっていないか心配だから見に行くことにする」
『わかったわ。それじゃあ、また学校で』
「うん、また」
名残惜しさも感じさせずに詩穂は電話を切る。零もすぐに居間へと向かい、夕食を食べることにした。
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正装に着替え、この世ならざるものを葬る者としての力を増大させる。
今ではもう、自分で着れるように少しずつなっていた。だが、乱れは効果を薄くしてしまうので、やはり霰のチェックが入る。霰は厳しくチェックして直しながら孫の異変に気が付いていた。
「何か今日は気合いが入っているな」
「え、わかる?」
「わかるさ。正装を通じて零のやる気が伝わってくるよ」
「うん。この前、刺されて亡くなった人がこの世ならざるものになっていないか心配だからね。少し遠出になるから、爺ちゃんの力を借りなきゃだけど」
流石に正装を着て電車に乗るわけにはいかない。だから酒を飲む前に今回の話をしておいたのだ。
当然、渋る祖父だったが、そこは霰が強く言ってくれたので言うことを聞いてくれた。そんな話をしているうちに手直しは終わり、零は霰に背中を叩かれた。
「いてっ! 何するのさ、婆ちゃん」
「気合いを入れてあげたのさ。澪がこの仕事を投げ出した時にはどうなるかと思ったが、こうして零が全うしようとしてくれるのが嬉しくて」
「……お母さんは、この仕事が嫌だったのかな」
「そりゃ好き好む訳がないわな。私だって若い時は嫌だと思ったものさ。お父さんもそんなにうるさくなかったし」
鷺森露は鷺森家の家業に対してむしろ反発的だ。妹である雫を失ったのだから当然の話だが。
「そんなお父さんもこの世ならざるものに……ってその話はいいな。本来、女しか継げないこの仕事が出来ているのは奇跡だ。本家にはとても言えたことではないが、それでも私はお前さんを誇りに思ってる」
「なっ、なんだよ急に。ちょっと照れるだろ」
「まあ、そうは言ってもまだまだだから、今は無理せずに少しずつ力をつけていけばいい。それが言いたかったのさ」
「ああ、うん。わかってるよ」
「よし、行ってこい」
「うん」
零は祖父の車に乗せてもらい、そこから現場近くの道路へと向かった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
話の中でも犯人がなかなか見つからない状況ですが、普通に考えて「犯人と動機がわからない」ってすごい怖いですよね。
私には凶悪事件を紹介している動画を見る趣味がありますが、未解決事件って本当に奇怪で怖いです。
今作の登場人物は感覚が狂ってるので、えらく呑気な感じになっていますが……。
そろそろ事件も動き出します。
ちなみに、黒山透夜は前作の主人公。沙希も前作のサブヒロインの1人です。
とはいえ、新キャラくらいの気持ちで書きたいと思います。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!