誰もが通る道
「ああ、どうも」
先程までの感情は取り敢えず置いておいて、詩穂と入れ違いで現れた男に挨拶を返す。だが、男の反応は零にとって予想外のものだった。
「ん? 何か苛立っている感じがするな。何かあったのか?」
「……わかります?」
言い当てられたことに不快感はない。むしろ、悟られてしまう程にわかりやすかったのかと思うと自嘲気味に面白かった。
男も少し笑って頷く。すると近くの自動販売機で缶コーヒーを2つ買って、零に渡した。
「微糖なら無難だろう? 甘い方が良かったか?」
「いえ、ありがたく頂戴します」
零は男から微糖の冷たい缶コーヒーを受け取ってベンチに座る。2人並んで座り、少しずつ沈みゆく夕陽を眺めながら缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
「そういえば、いつもどうして僕によくしてくれるんです?」
素朴な疑問だ。考えてみれば、零と男は何の関係性もないのに男は零に良くしてくれる。警戒していない自分にも驚きではあるが、見返りも求めずによくしてくれる男の狙いがわからなかった。
「特に理由はない。何だか不思議と、昔の自分を見ているようで放っておけなかった」
「昔の自分?」
「ああ。性格は全く違うけど、悩んでいることが似ている気がして」
性格が異なるというのは同意見だ。詩穂という無愛想の中の無愛想を見ているので、それに比べたら男はいくらかマシではあるものの、出ている雰囲気はお世辞にも社交的とは言えない。
「僕と悩みが似ているのであれば、貴方の学生時代もかなり特殊なものなのでしょうね」
考えてみれば、お互いに名前を知らないまま色々と言葉を交わしている。男を「貴方」という呼び方をして、零はふとそんな考えに至った。だからといって、名前を聞くのもどこか今更感がある。
故に男は零が発した言葉にしか答えを返さない。
「特殊か……。そうだな、確かに特殊だったかもしれん」
「そういえば、御守りの存在を教えてくれてありがとうございました。お陰で僕の友人は今も元気に学生を楽しんでいます」
男は一瞬、驚いた顔をした。男としては「御守りの再製作など『拒絶』と『奇跡』が揃わないから絶対に不可能だ」と思っていたからだ。それを実現したということは、男にとっても無視できないことが起きていることを意味している。
だが、零は男の驚愕を見逃したし、男もその疑問を零に確認しなかった。
「そうか、それは良かったな。……製造方法は特殊だったろう? それをクリアできる人材は限られている。運が良かったな」
「確かに、僕も今まで見たことがない能力を持った人でないとあれは出来ませんね。……成る程、貴方の高校時代が特殊だったのも頷けます」
元々、重度の中二病患者と関わっていたことはこれまでの会話でわかっている。それに加えて御守りの存在と作り方を知っていたとあれば、詩穂といい勝負で特殊だと言えるだろう。
「わかってもらえて何よりだ。さて、例の如く何に困っているのか話して貰えるかな?」
不思議と拒むという選択肢が零には思い浮かばなかった。むしろ「どうやって話したら正確に伝わるか」を考えてしまっている程だ。
コーヒーをまた一口飲んでから深く息を吸って吐き、そして話し始める。
「僕は同学年のある女の子と協力して、ある案件……事件を追っています。僕は僕で関係者っぽい人と接触したのですが、同学年の女の子がその時の情報を話すよう催促してきました。当然のことだと思いますが、彼女は僕に隠し事をした。そんな相手に必要性をあまり感じない情報を共有するすべきか悩み、彼女の催促を断りました。前回の、隠し事を理由に……」
「……うん」
「協力関係にある僕に対して隠し事をする彼女にも腹が立ちますが、それとこれを分別して情報共有出来ない僕自身にも腹が立っているんですよ」
「成る程な、怒り気味になっている理由が何となくわかったよ」
今度は男が缶コーヒーを一口飲んで答える。
「君と協力関係にあるという女の子は、事件に関する情報なら共有すべきと考えているんだな?」
「彼女が言うには、そうですね」
「ならば、その子が持っている情報も同様だろう。君にわざわざ隠したのは、知られたくないパーソナルデータだからじゃないか?」
「個人情報? 他にも話を聞いている人がいる中で、何故僕だけに?」
「協力関係にある君だからこそ、知られたくないことがあったんだろう。そもそも君とその子は異性なのだから、踏み入られたくない事情の一つや二つはあるだろうな。同性だとか、事情を知る大人相手になら今更隠す必要はないことなのかもしれん」
話し合いに参加したのは同性の亜梨沙。そして以前より詩穂と何かしらの関係があった長瀬と梨々香。それを踏まえて考えれば、男の言うこともわかる。
「───何だか、水臭く感じますね」
「そうだな、君の気持ちもわかる。だがもし、その子にとって君が絶対的に信頼できる相手となった時、隠されたその何かを話してくれるかもしれないな」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
男から妙な自信を感じる。アドバイスを貰っている零として、その根拠が何なのか知った上で信じたかった。
男は遠い目をする。失った大切な何かを思い出すように。
「俺も、そうだった。何もかも自分1人で解決出来ると思っていたから、誰にも干渉されたくなかった。様々な重度の中二病患者を無力化する為に転々としている中、俺のそんな考えを覆してくれた人に出会ったんだ。俺はその人になら何もかも話して良いと思った」
話の流れからして同性ではない。男にとって、とても大切な異性だったことがわかる。
きっとその人と結ばれたことだろうが、どうしてこの男は悲しそうな顔をするのか、零にはわからなかった。
だが、それを口に出して質問しなかった。してはいけない。触れてはいけないような、そんな気がしたからだ。
「だからきっと、頑張れば話してくれるはずだ。隠し事をされたから信用できないかもしれないけど、自分から信じてあげなければ相手から信じてもらえない」
「……愚かでした」
「ん?」
零は男の話を聞いて、自分の無神経さを恥じた。今まで2つの案件に2人で取り組んできたから信じ合えていると思っていた。しかし、そんなわけはなく、零だからこそ詩穂を信じられたのであって、普段から1人で行動している詩穂からすれば、そう簡単に人を信じられないのは当たり前だ。
そこに気付かない、自分の愚かさを反省したのだ。
「貴方の話を聞いて、僕は愚かだと思いました。話して欲しいなら、信じて貰えるように努力しなければならないなんて、当たり前のことなのに」
男は零の真面目さが何だか面白くて小さく笑った。零も釣られて小さく笑う。
「恥じることはないぞ、青年。人なら誰だって通る道だ。君にとってその子が『ただの同学年』というだけではなくなっている証だ。それを忘れずに行動すれば、きっとその日は来るだろう」
「───はい」
男は零の返事を聞いた後、残った缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。どうやら時間がきてしまったようだ。
「さて。これも例の如く、そろそろ戻らなければ雇い主に怒られる。ここらで失礼する」
「あ。ありがとうございました!」
零も立ち上がって深々と頭を下げる。頭を上げた時、男は首を横に振っていた。
「礼を言われるまでのこともない。人を導けることは俺にとって喜びだからな」
「…………?」
何か深い意味がありそうな言い方に疑問が浮かんだ。だが、それを言葉にするよりも早く、男はこの場所を去った。
零も残った缶コーヒーを飲み干して、空き缶の屑籠に入れる。すっかり暗くなっていた空を見上げて1つ決意をした。
帰宅したら、詩穂に電話を入れる。そして情報共有を拒んだ態度を謝罪して改めて情報を共有する。そうすることで、それを繰り返して信頼を勝ち得ていく。
(ん? 待てよ……)
そこで今の自分を客観的に見た時、決意が鈍る。零はもう、誰かと組まないつもりで今日を生きている。これではまるで、詩穂と組もうとしているようだ。
そんなはずはない。もう、悲しい思いをしたくないのだからそんなことがあってはならない。
早速、零は「それはそれ、これはこれ」と自分に言い聞かせて分別し、鈍った決意を固め直して歩き出した。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
とんでもない寒波がやってきて、路面からつるっつるでございます。
皆様、ご注意をお願いします!
また更新前に寝落ちするという失態……。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!