「話すべきこと」
零が長瀬との約束を果たす為に警察署へ着くと、対応してくれたのは女性警官だった。長瀬との約束について話をすると別室に案内され、似顔絵の製作が始まった。
世の中には「モンタージュ写真」という技術がある。目撃者の記憶を頼りに、当てはまる特徴と近いパーツ(部位)を合成して犯人の顔写真を作るというものだ。
しかしこの技術、便利ではあるが一点問題があり、犯人の顔と近いパーツを探しているうちに目撃した犯人像がわからなくなるという。
一方で似顔絵というのは似ていなくても、特徴が掴みやすいという利点がある。モンタージュでは何かと歪さが出てしまうこともあって、似顔絵という手段が今も重宝されているのだ。
零は残留思念で見た女性の特徴を出来るだけ詳しく似顔絵捜査官に説明する。完成に近付いた頃、零が来ていることを聞きつけた長瀬が顔を出した。
「やあ、鷺森君。いつもながらご協力感謝するよ」
「さっきぶりですね、長瀬さん。ちょっとお話ししたいことがあります」
零はそう言うが、向いている相手は長瀬ではなく似顔絵捜査官だ。彼女が「OK」というまではここを離れるわけにはいかない。
しかし、零の予想に反して似顔絵捜査官は笑顔で「もう大丈夫ですよ」と言った。
完成した似顔絵を見せてもらい、自分の記憶にある犯人像と照らし合わせてみると、やはりそっくりという程ではない。しかし、特徴をよく捉えられていると言える。
それで公開される旨を似顔絵捜査官が言い残すと、そのままこの場を後にし、零と長瀬だけが取り残された。
「───で、鷺森君。話というのは?」
「ええ。今日、二年生の先輩が僕を訪ねて来ました。その先輩はどうやら今回の案件について犯人が気になるようでした」
「うん? 気になるのはわかるけど、それでどうして鷺森君に辿り着くのかな?」
それは零も気になったことだ。トラから得た回答をそのまま述べる。
「僕が現場付近に足を踏み入れていた情報を持っていたようでした。それに黒山さんのこともある程度は噂で聞いているようですので、より結び付けやすかったのでしょう」
「成る程。その子は女性かな?」
「───いいえ、男です。ただ、被害者と同じチームの後輩だと言っていました。今回の件により被害がチームの仲間にも及ぶのではないかと危惧しているようです」
「チームにも及ぶ……」
長瀬はその言葉を聞いて悩み始めた。零から残留思念の報告を受ける前に重要参考人として見ていた男も、まさに「チームと関係している」からだ。零と接触したトラは重要参考人ではないが、もしもそのチームと関係しているのであれば、無視できない。
しかし、それは話すべきことではないことも話さねばならない。それが職業倫理で見て正しいことなのか。
「まあ、もう今更、だよな」
「……え?」
長瀬がボソッと呟いた言葉を聞き取れなかった零は聞き返した。しかし、長瀬はその言葉を繰り返さない。
「鷺森君。これから話すことは他言無用だ。いいね?」
「あ、はい」
長瀬は改めて零の前にある椅子に座って向き合った。
「今回、君に接触してきた先輩というのは《羅愚亡路苦》というチームの人間だろう。今回の被害者がそこのOBだったことは、こちらも調べでわかっている」
「はい」
「そして、そこと敵対しているのが《ドラゴンソウル》というチームだ。君から情報を貰うまでは、そこのリーダーが怪しいと睨んでいたんだ」
「あ、トラ先輩も敵対チームが怪しいってチーム内で言われているって……」
「やはりそうか。似顔絵を公開すれば重要参考人の任意同行も時間の問題だろうが、それまでに間に合わなければ《ラグナ》が《ドラゴンソウル》とぶつかる可能性もあるだろう。警察も理解ある人間はちらほらパトロール中に声掛けているようだけど、鷺森君も巻き込まれないように気をつけて欲しいし、その先輩が何かしら情報を得たようなら可能な限り教えて欲しい。いいね?」
「わかりました」
長瀬がここまで真剣に話しているのは珍しい光景だ。それ程までに緊迫した状況があるのだろう。零はただ了承することしかできなかった。
「個人が特定されそうな情報だから伏せていたんだけど、仕方ないね。ただ《ドラゴンソウル》の動きが何かおかしいのは事実だ。本当に気をつけて欲しい」
「…………」
零は黙って頷く。すると長瀬は勢いよく立ち上がって、部屋の扉を開けた。
「入り口まで見送って行くよ」
「あ、すみません」
他愛のない世間話を少ししながら歩き、ひと段落したところで零は警察署を後にした。
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「ん?」
零が家に向かって歩き出すと、いつも通る公園に見覚えのある人がいるのが見えた。話し掛けるか迷ったが、声を掛けることにした。
「黒山さん? こんなところで何してるの?」
「あら、不良生徒君。あなたを待っていたのだけれど?」
「誰が不良生徒だ。用があるなら普通に警察署へ入ってくれば良かったのに」
「鷺森君に用があるというだけで訪れるわけにもいかないでしょう?」
「まあ、常識的に考えればそうなんだろうけど」
「…………」
今日は沈みゆく夕陽がいつもより眩しく感じる。目を細めながら2人は夕陽を見て話を始めた。
「……ていうか、不良生徒って本当になに?」
「お昼休みの時間を過ぎても授業に戻らず遅れてきたという話を聞いたわ。長曽根虎徹先輩に呼ばれたという話もね」
「事情がわかっているなら、その呼び方をしなくてもいいじゃないか……。それで、用事って?」
「長曽根虎徹先輩と話した内容を展開して貰おうと思って。何かしら事件に関係する話があったんじゃないかしら?」
「…………」
詩穂がどれだけの人間と協力して事件に当たっているのか、零は知らない。もしかしたら関係者がある程度探ったのかもしれないが何故、零とトラが事件に関する話をしていたのだと詩穂が知っているのか。
零にはそれが疑問だった。
「確かにそうだね。だけど僕はそんなこと少しも黒山さんに話していないはずだ。何故、わかるのかな?」
「単なる予想にしか過ぎないわ。ただ、2つのチームが敵対していて、長曽根虎徹先輩が片方のチームを率いているって考えれば、事件に関する話だということは想像できる」
詩穂の予想については納得できる。だが、零にとって「トラがチームのリーダー」という情報は初耳だ。そこに関しては驚きだが、今の流れで驚きを出すわけにはいかないので隠す。
「……成る程、確かにそうだね。だけど、僕に話して欲しいなら黒山さんも僕に話すべきことがあるんじゃないかな?」
「話すべきこと?」
「長瀬さん、亜梨沙さん、小泉さんと話をした時だよ。僕だけ蚊帳の外だったじゃないか」
零は絶好のチャンスだと思った。あの時のことをまだ根に持っているので、これを機に話してくれたのなら許すつもりまでいたし、この少し気不味い関係を修復できる可能性もあると考えたのだ。
しかし、零の期待に反して詩穂は顔を逸らす。零からではその表情を読み取れない。
「……その話と今回の話は関係ないでしょう」
「そういうつもりなら、僕にも答える義理はないはずだよ。確かに僕は君や長瀬さんに協力している立場ではあるけれど、個人的な話まで教える必要はない。でしょ?」
「事件に関係することなのに、そんなことを言っている場合?」
「本当にまずいかどうかは聞いた僕が判断する。必要があれば、ちゃんと話を展開するから」
「……そう」
詩穂はそのまま振り返って歩き出し、公園を後にした。目指す場所が同じになってしまうと何だか気不味いので、零は詩穂との距離が長くなるのを待つことにした。
「何なんだよ……」
何かを隠すこと、そして諦めて去ってしまうこと。そんな詩穂の行動に納得できなかった。そして、だからと言ってあんな答え方をした自分にも嫌気がさす。
改めて夕陽を見ようとしたら、今度はまた見慣れた別の人間が近付いてくることに気が付いた。
それは、いつもこの場所で会うサラリーマンの男だった。
「おや、久しぶりだな。今日は夕陽を見ているのか?」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
前回は成人式と選択肢についてお話をしましたが。
実は私、ヤンキーに結構憧れてたんですよね。
私が小学生の時にある日、母が「ビーバップハイスクール」という映画を借りてきたのが始まりでした。
何でしょうね。やっぱり意地を張り合って力で強さを証明していく。やられても最後には必ず勝つ! っていうのが格好良く思ったのでしょうか。
前作といい、今作といい、ヤンキーを出してるのはそういった背景があるのかもしれません。
さて、憧れたものの、私は普通の学生でした。
昨今は欠席日数もちゃんと計算して授業に出ないと、就職を推薦してくれません。更に成績も良くなければ、自分の希望する会社すら受けさせて貰えない可能性もありました。(原則、学校からは1人しか受けさせないルールがあった)
そういった経緯もあって、時代でもないということもありますが、結局のところ私は普通の学生だったとさ……。
それも私が選んだ選択肢を広げる為の選択。そこに悔いはありません。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!