ガラの悪い先輩
明けましておめでとうございます。
今年はどんな年にしましょうか。まだ何も目標は立っていませんが、近々また目標を立てないと思います。
今年もよろしくお願いいたします。
零の質問に対し、詩穂は面倒臭がる様子を見せずに答える。彼女の性格上「説明が不要な相手に説明する手間を嫌う」というものがあるが、今回はむしろ「説明の必要がある」というのが彼女の判断だ。
自身の顔の前で右手の人差し指を天井に向けて話し出す。
「可能性の話だけれど、現場にいた人や監視映像などの視覚情報を操作する能力が使われた場合、加害者の特徴を正しく把握出来ないということがあるの。今回もそうなんじゃないかって話よ」
「ん?」
詩穂の言い方は難しい。文面にしてみればわかるかもしれないが、口頭で聞いている零には詩穂の言っていることがわからなかった。
「えっと、つまりどういうこと?」
「重度の中二病患者によって、目撃されたり、監視映像に映った犯人の姿と実際の姿が異なるよう能力が使われた可能性があるということよ。実際、過去にもこういったケースが起きているから」
詩穂の説明で何か思い付いたかのように長瀬が補足する。
「かつては警察も重度の中二病患者っていう存在を認知していなかったから、こういった不可解な事件に対して手も足も出なかったけれど、今やこうして認知された以上、その可能性も考えて捜査出来るようになっているわけだし、そうしなきゃならないわけだね」
「───成る程」
言い方そのものはいつも通りに少し軽そうだが、言葉には長瀬の「絶対に逃さない」という決意も含まれている。彼の身に起こったことを知っている零はそこに隠れた決意を汲み取ることが出来た。
それを含めての納得だ。
「しかし黒山さん。何故、鷺森君が化かされていないと言い切れるのかな?」
「……それは長瀬さんにもわかるのでは?」
「いやいや。私は鷺森君が残留思念を見ることが出来るというのを知っているだけだよ。視覚での情報なら、それも化かされているのではということが言いたいんだ」
「鷺森君からちゃんと説明を受けていないのは驚きでした。……いえ、説明していないことよりも、説明を受けていないのに当てにしていることに驚いたというのが正しいでしょうか。私は最近聞いたので何となくわかっていますが、語弊があるといきませんし、本人から説明を受けることをお勧めします」
詩穂が零を横目で見る。零も頷いて説明を始めた。
「僕が読み取っている残留思念は、その場所に残った記憶のようなものです。それを視覚で認識しているだけですよ」
「犯人……もしくは犯人の協力者からすれば、鷺森君の能力は予想できないものだと思います。彼は人を見ているのではなくて、場所に残った記憶を見ている。だから化かされている可能性がないという結論に至りました」
零の説明を改めて聞き、自身の解釈が間違っていないと改めて確信した詩穂は続けて根拠を述べた。
普通の人からすれば、残留思念というものさえ疑わしく思うことだろう。だが、それによって事件解決に導いた功績を知っている者には納得出来る。
長瀬も微笑んで頷いていた。
「まあ、化かされているというのもあくまで可能性の話に過ぎないし、今のところ証拠もあるわけじゃない。いずれにせよ、鷺森君が見たという女性を探す為に被害者の交友関係を洗い直すとしよう。……うん、似顔絵を作った方がいいかもしれないな。鷺森君、学校終わりに協力願えるかな?」
「わかりました。帰りに署へ寄ります」
「頼むね。さて、私はここで失礼させてもらうよ。何か新しくわかったら都度連絡して欲しい。それから、今回に限った話ではないけれど、いつ君達が標的になるかもわからないから気を付けて」
そんな警告をするくらいなら、犯罪捜査に巻き込むべきではない……というのが正論だろう。だが、そういった意味でも少し感覚が麻痺している零と詩穂は静かに頷いた。
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長瀬は少し校長と話をしてから帰るようなので、零と詩穂はいつも通り、そのまま校長室を後にした。
そのまま教室に向かって歩き出したところ、怒鳴り声が聞こえて2人は目を丸くした。
「うっせーな、余計なお世話だ!」
「……ちっ」
怒鳴り声を発した本人と思しき生徒が生徒指導室から出てくる。どうやら2人で説教を受けていたらしく、それぞれ不満そうな顔をしていた。
同じくして指導室内にいると思われる先生の怒声も聞こえてきた。だが生徒2人はそれを受け止めることもせず、歩き出す。
「───あ? 何見てんだよ」
片方が偶々その現場を見ていた零と詩穂に因縁を付けてきた。他には誰もいない。自分達に向けて発せられた因縁だということは2人もわかっていた。
「えっと……」
「おい、やめろよ」
零は何か弁明しようとしたが、その前にもう1人の生徒が制した。
「けどよ、こいつら俺達を馬鹿にしてるんじゃね?」
「んなことねぇよ。真面目な後輩に変な因縁付けんな、みっともねぇ」
「んだよ、トラ……」
「はぁ、行こうぜ。悪いな、一年」
トラと呼ばれた男子生徒はもう片方の男子生徒の肩を抱き、その場から去った。
「……この学校でもああいう感じの人達っているんだね」
「…………」
零の意外そうな発言に詩穂はコメントしない。ただ去っていく男子生徒の後ろ姿を見ているだけだ。
「気になる?」
「そうね。あの2人は二年生なのだけれど、トラと呼ばれた先輩の方は重度の中二病患者だわ」
「え?」
「恐らく……だけど」
「そうなんだ。もし本当にそうなら、黒山さんや潤が対応する案件となるのかな?」
「そうならないといいけど。でもいずれにせよ、治療を受けてもらう必要はあるのよね」
「ああ、そうか。そうだね」
それだけ話して零と詩穂は再び教室に向かって歩き出した。
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いつも通り、零は教室で潤と昼食を食べた。
その直後、クラスメイトから「先輩が呼んでいる」という知らせを受けて廊下に出ると、そこに立っていた人物を見て開いた口が塞がらなかった。
「よう。さっきぶりだな、鷺森」
人が悪そうな笑みを浮かべて零を訪れたのは、生徒指導室から出てきたトラという二年生だ。今後、接点を持つことはないだろうと思っていた人物がわざわざ訪れてくるのだから、驚いても無理はない。
クラスメイトがこそこそ話をしているのが聞こえてくる。ガラの悪い先輩から呼び出しを受けたとあれば「零が何かやらかした」と思われるのが自然だ。
「えっと、さっきぶり……ですね」
「ここじゃ目立つな。ちょっと移動しようぜ、ついて来いよ」
潤が助けてくれるだろうと零は期待したが、その気配はない。詩穂は「重度の中二病患者であるかもしれない」と言っていたが、潤はそこに危険性を感じていないようだ。
見捨てられた……とは考えたくない。それが零の意地だった。
言われた通り、大人しく零はトラの後をついていく。どうやら上履きを履いたまま、外へ出るようだ。
「ちょっ、先輩! 上履きのままですよ!」
「うるせーな、気にすんな。……どうせ、校内は毎日掃除されてるんだからよ」
「いや、しかし……」
それを言えるのは実際に汚れたところを毎日掃除している生徒だけだろう。だが、トラは零の話を聞くことをせずにそのまま歩く。
やがて校外へ出ようとするので、零は余計に焦った。
「ちょっ、校外に出るのは校則違反では……!?」
「んなもん破ったところで死ぬわけじゃねぇ。気にすんな」
「えぇ……」
トラの無茶苦茶ぶりに零は心底困った。だが、学校から離れ過ぎない場所でトラは止まって零の方を向く。そこは学校から近いところだが、余程「用がない限り」近付く場所ではない、何もない道だ。
「改めて……俺の名前は長曽根虎徹。通称・トラだ。鷺森零、お前に聞きてぇことがある」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
新年になったわけですが、そこまで特別な何かを感じることが出来ません。
ただ長期の休みがあり、もう終わりまですぐってだけで……。
ということで、良くも悪くも何か大きく変わるというわけではなさそうです。
次回もよろしくお願いします!