親友の思い
ポ○モンに夢中で危うく更新し忘れるところでした……。
「殺人事件……」
零は驚いたような顔でそう呟いた。
殺人事件が起こったことは既に周知されていることであり、十分気をつけるように担任からも連絡があったので知っている。それでも零が驚いたのは今までも殺人事件の解決に関わってきた経験はあるが、久しぶりだったからだ。
零にとって、殺人事件はあまり関わりたくない案件である。その残留思念からは情報が得にくいし、犯人に対する怨みでこの世ならざるものにもなりやすい。
それでも邪険にするわけにいかない。被害者の無念を晴らすのも零にとって大事な仕事だ。
「何があったんですか?」
「うん。被害者はこの男で、死因は刃物による傷からの失血死だ」
長瀬は若い男の写真を零に見せた。流石に遺体の写真を高校生に見せるわけにもいかなかったからだ。
そうしようものなら校長に止められるだろう。そもそも職業倫理にも反する。
しかし、単なる殺人事件なら長瀬のもとに話はこないだろう。彼が追っているということは、重度の中二病患者が関わっている可能性があるということだ。
「これに重度の中二病患者がどう関わっていると?」
「犯行そのものにはその気配がない。争った形跡があるから被害者は抵抗したことだろうね。だけど不思議なことに犯人が見つからない」
「…………」
零としては既に質問したいことがある。だがまずは黙って聞くべきだと判断した。
「付近の防犯カメラにも犯人と思われる人物や、2人が争っている姿も確認できている。しかし犯人の格好が特徴を隠す上で完璧でね……。顔ははっきり見えないし、体型もがっしりに見えなくもないが、服によって膨らんでいるようにしか見えなくもない。犯行現場付近の住民からは何故か情報を何一つ得られなかった」
「争っている映像は残っているのに、近隣からの情報がない?」
誰が聞いてもそこに違和感を覚えるだろう。
被害者と加害者が争っていたのであれば、間違いなく怒鳴り声や大きな物音がするはずだ。それを近隣住人が聞いていないというのは、おかしな話である。
「時間は深夜の2時頃。遅い時間ではあるけど、誰かしら物音で起きていてもおかしくないはずなんだ。……それでも聞いていない。ということは、何かしら隠蔽や偽装系の能力が使われているのではないかということだよ。普通の人では入手しようとは思わないようなナイフが凶器であるにも関わらず、凶器と販売ルートすら掴めていないのが現状だ。そこで、鷺森君の力をお借りしたい」
「被害者と加害者の残留思念から犯人を突き止めろ、ってことですか?」
「そう。加害者の目処はある程度建っているんだけど、相手は君たちと同じくらいの少年だからね。慎重に行かなくてはならないし、もし予想通りなら次の犯罪が起こる可能性もある。時間がないんだよ」
「わかりました、では現場を教えてください」
「申し訳ないけど、頼んだよ」
零の携帯端末には長瀬から位置情報が送られてきた。その場所が現場であり、ここからそう遠くない。
「わかりました」
零はそれだけ言って、詩穂を置いていったまま校長室を後にした。
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休み時間。零が廊下を歩いていると、パタパタ走ってくる音が聞こえたと思ったら呼び止められた。
「やっほ、零君!」
明るい声、高いテンションで呼び止めたのは亜梨沙だった。機嫌が良いように見えるが、夏休み明けからずっとこうである。
それは好意の表れ……だと周囲は知っている。わかっていないのは零くらいなものだった。
「やあ、亜梨沙さん。声を掛けてくれるのは嬉しいけど、廊下を走っちゃダメだよ」
「堅いこと言わないの。それより、校長室に呼ばれたんだって?」
「……まあね」
零は素直に驚いていた。というのも、零と同じクラスの人ならともかく、亜梨沙は違うクラスの生徒だというのにも関わらず校長室に呼ばれたことを既に知っていたからだ。
ある意味で恐ろしい情報収集能力である。
「ということは、例の殺人事件についてかな?」
「亜梨沙さん。犯人がわかっていない以上、危険極まりない。僕は大丈夫だからこの件に関わっちゃだめだよ」
「まだ何も言ってないんだけど……。でも何かしら調査するんでしょ? 犯人に対する危険で言えば、私より鷺森君の方がよっぽど危険だと思うけど?」
「う……。まあ、それは確かに」
零は実体を持たない存在に対して強いが、その能力は人間に対して効力を持たない。重度の中二病による「呼び出し」を使えば多少戦えるだろうが、本当にいざとなった時の為にストックは残しておきたいのが本音だ。
一方で亜梨沙は実体を持つ相手なら殆ど敵なしだ。詩穂と協力して作った「御守り」があるから代償についても心配する必要はない。
「黒山さんが一緒なら話は別だけど、そうでもないんでしょ? なら私がボディガードするよ?」
「だけど、うーん……」
「ふふん」
亜梨沙はフルーレのキーホルダーと御守りを両手に持って零に見せつけた。その行動が亜梨沙の強力さを再認識させる。
「わかった、お言葉に甘えるよ。放課後になったら昇降口で落ち合おう」
「そうこなくっちゃ! それじゃあ、また後でね」
「うん」
弾むように去っていく亜梨沙。そんな彼女を見送った後、次の授業までに時間がないことを悟った零は走らず急いで教室へと向かった。
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「黒山の次は噂の魔法少女とはな」
「ん?」
昼休み。零は教室にて弁当を食べていたところ、正面に座る潤にそう言われた。
何のことを言われているかわからない零は訝しげに潤を見る。
「自覚ないのか? 夏休み前までは黒山といいカンジだと思われていたのに、夏休みを明けてみたらその相手が古戸亜梨沙になっている。皆、驚いているぞ」
「あー。でも、別にそういうわけじゃないし、むしろ亜梨沙さんが僕に話しかけてるばかりな気がするけど」
「形はどうあれ、古戸亜梨沙とそういう仲になりかけているように見えるのは事実だ。まあ、俺としても黒山とつるむより、こっちの方が安心だが」
「黒山さんと縁を切ったわけでもないんだけどね」
「だが上手くいっていない。そうだろう?」
「まあね。黒山さんとは一緒に困難を乗り越えてきた仲ではあるけど、彼女が僕に隠し事をする。最後までちゃんと一緒に終わらせようとしてくれないから」
「だろうな。あの女は隠し事が多過ぎる。お前に限らず、こっちの界隈では信頼されていない。能力そのものは認められているけどな」
「そりゃあ、プライベートなことなら隠すべきだろうけど、事件に関わることまで隠して欲しくなかった。……潤の言う通り、僕は黒山さんと上手くいっていないけど、それでも全く関わらないわけにもいかない」
「だが、この状態ならコンビを組むこともなさそうだな。それなら俺はいいんだ。噂の魔法少女が裏切ることはないだろうしな」
「……うん」
裏切られた経験のフラッシュバック。確かに当時のことを思い出せば、亜梨沙が裏切る可能性は殆どないと思える。亜梨沙は何かしらの組織に属することもなく、個人の思いで重度の中二病患者と戦っているからだ。
一方で詩穂は少々外れた動きをしているようだが、根本は潤と同じ組織に属している人間だ。かつて零を裏切った元相棒も同じ組織に属していた。
零の表情が曇る。潤自身も少し意地悪な発言をしたという自覚はあったが、時折こうして釘を刺さなければ零は同じ過ちを繰り返すと思っている。だからこその発言だった。
「このまま古戸亜梨沙とくっついて、まともな高校生活を送ったらどうだ? 幸いにも零の代償だってリセットされているのだから」
「……くっつく? 僕と亜梨沙さんはそういう関係じゃないんだって! 亜梨沙さんだって、この前のことがあったから僕と仲良くしているだけだよ」
「……そうか」
零には好意を抱かれている自覚がない。亜梨沙の零に対する好意を友人として教えることも考えたが、それは本来、亜梨沙自身が零に伝えるべきである。潤は呆れながらも、とりあえずそれで納得してやるようなフリをすることにした。
その後、零と潤は話題を変えて他愛ない話をしながら昼休みを過ごしたのだった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
長瀬は零に「被害者はどこの誰だ」っていう話をしていませんが、これは敢えてそうしました。
零に期待されていることはあくまで「残留思念から情報を得ること」で、顔されわかればそれでいいという魂胆です。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!