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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
魔法少女の娣子
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追憶「雫と『はつ』」

想像することすら容易ではない。


偉大なる先祖の生きた証。

 (えん)───。


 人と人の繋がりとは実に奇怪なものである。


 大好きな人、或いは大好きだった人が忘れられないのは当たり前のことだ。大好きな人なら尚更ずっと一緒に生きていたいと思うものなのだろうが、それは大嫌いな人でも意外と成り立つ。


 ずっと一緒にいたいと願っているわけでないし、顔も見たくない程に嫌いだったとしても、その感情を押し殺して社会というものは回っている。そしてまた、嫌いな人間だからこそ忘れられないということもあるだろう。


 そういった意味では、はつにとって鷺森家がそれだった。自身の目的達成を脅かす厄介な存在……。当時の当主を倒したとて、鷺森家は蘇って立ちはだかる。


 鷺森零は間違いなく、はつにとって敵となるだろう。では元々対立していたわけではない鷺森露はどうなのか───?


 きっと彼も例外ではないだろう。


 好きの反対は嫌いではない。無関心。はつは鷺森家や鷺森露に対して無関心ではいられなかった。


 闇に紛れ、再び力を蓄えている鷺森露を見ながら、はつは昔のことを思い出す。


 彼の妹である鷺森雫と戦った夜のこと。あの夜は月が綺麗な夜だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『私は、はつ。止められるものなら止めてみろ』


 直後、はつは鷺森雫の足元に転がる小石を霊力で爆発させた。しかし雫が怯むことはなかった。むしろ彼女は、はつに向かって走り出す。



『ふふっ』



 これまでにない強敵の気配に、はつの顔が綻ぶ。両手を伸ばして巨大な手を作り上げ、それを雫に向かって放った。



「やっ!」



 雫はその巨大な手にさえ怯むことなく、落ち着いて一刀両断する。普通に考えれば何回かに分けて切らなければならないだろうものをいとも容易く一振りで切り伏せてしまうのだ。それは力技ではなく、まるで「切り開かれる」ようだった。



『いいね、まだまだ!』



 次々と巨大な手を生み出しては放つ。それらも切り伏せられるが、そこに青い火の玉を混ぜて放った。



「…………っ!」



 雫はそれに気付き、巨大な手は切り伏せるが青い火の玉は避ける。何か嫌な予感を感じたからだ。



『良い勘だ! ここまでの相手は初めてだよ』



 青い火の玉を操って雫に向かって放つ。巨大な手とは違って細かく操作できるから、その軌道は読まれにくい。



「その程度!」



 雫は動きづらいであろう巫女装束に似た正装にも関わらず、走って青い火の玉を避け続ける。地面へと落ちた青い火の玉は河原の石に当たって爆ぜる。



『おっ!』



 ついに雫がはつの正面までやってきて霊刀《夢切離》を滑らかに振るう。しかし、はつの前に見えない壁が現れて斬撃を防ぐ。



「くっ!」


『つかまえ……た!』



 両サイドから巨大な手が現れて拍手するかのように雫を潰す。はつという強大なこの世ならざるものからすれば、雫は少し厄介な虫のようなものだ。


 流石の雫も避けられない。



『ふふ……ん?』



 これで終わりかと思いきや、合わさったはずの巨大な手がバラバラになって崩れ落ちる。雫は潰される前に素早い斬撃で巨大な手を切っていたのだ。


 再度、はつの本体に向かって斬撃を仕掛ける。当然ながら見えない壁に遮られるが、雫は素早く見えない壁を切り続けた。



「ん……!」


『おお、これは驚いた……!』



 やがて見えない壁が割れて、ついに斬撃がはつの本体へと届く。はつが体を逸らしたせいで勝負を決めることが敵わなかったが、確かにダメージを与えた。



『くっふっ……! 私を相手に刃を届かせるとは。予想以上の力だね』


「私こそ、それを言いたい。攻撃を届かせるまでここまで苦戦したのは初めてです」


『うん、油断できないな』



 先程まで少女の姿をしていたはつの姿に変化が訪れる。彼女の姿がみるみる崩れていったかと思うと、老若男女様々な顔が身体から浮き出ていき、体はどんどん膨れ上がっていく。



「何という姿……。あなた、ここまで……」



 目の前にいるのは最早、少女の姿をしたこの世ならざるものではない。永きに渡ってこの世ならざるものを食い物にしてきた化け物が目の前に現れていたのだ。


 そうまでして強さを得た彼女に雫は憐れみを覚えた。



「やはり、私がここで終わりにしなくては……!」


『終わりには出来ない。でもよく頑張ったよ、褒めてあげる』



 雫は攻撃の備えて構えるが、足元に違和感を感じる。



「しまっ……!」



 気づいた時には既に遅い。河原の石ころだと思いきや、いつのまにか髑髏を踏みつけていた。そしてその髑髏から骨だけの腕が出てきて足を掴んでいる。



「くっ! はっ!」



 急いで引き剥がそうと刀で骨だけの腕を切る。呆気なくそれは砕け散るが、その結果が合図となったのか一面に広がった髑髏の地面から骨だけの腕が沢山出てきた。


 まるでこの場に立つ雫を羨むかのように。



「はっ……はっ……」



 いつの間にか息が切れている。雫に手を伸ばす髑髏達はただの飾りや技ではない。


 それぞれに意思がある。そんな彼らの意志が雫には聞こえてきた。


 助けて。死にたくない。許せない。死ねない。生きたい。痛い。辛い。妬ましい。羨ましい。気に入らない。苦しい。暑い。寒い。お腹空いた。寂しい。冷たい。眠い。逃げ出したい。辞めたい。腹立たしい。楽になりたい。悔しい。


 様々な感情が流れてきて雫の頭は混乱した。



「えっ? えっ、えっ?」


「雫ー!」



 物陰に隠れて見ていた露は、戦っている最中のはずである雫の動きが止まって心配になった。苦戦すること自体は別に珍しいことでもないが、今回は流石に何かがおかしい。



「雫! 大丈夫か、雫!」


「あっ……ああ……」



 雫の顔色がどんどん悪くなっていく。月明かりに照らされた彼女の顔がどんどん蒼白になっていくのが露にもわかった。



「どうなってる!? 雫ー!」



 ついに露は物陰から出てきて雫に駆け寄った。しかし、彼女が兄の存在に気付く気配が見られない。


 露から見れば、河原で雫の精神が崩壊したようにしか見えない。彼女が見ている先に何が見えるのか───。


 数多の意識が雫の意識を飲み込み、そして少女の姿をしたはつが迫る。



『さあ、おやすみの時間だよ』



 右手をゆっくり伸ばす。ただ成されるがままだった雫の耳に露の声が響いた。



「雫ー!」


「兄さん……?」



 兄の声によって目が覚めた雫は、はつに向かって刀を振るった。



『おっと!』


「ありがとうございます。兄さん、離れてください!」


「ああ!」



 露が走って離れようとする。だが、それをはつは見逃さなかった。



『邪魔だよ』


「させない!」



 はつは念力で露を始末しようと右手を伸ばしたが、すかさず雫がその腕を切り落とした。


 反応速度と確かな切れ味にはつが目を丸くする。



『すごい、すごいなー!』



 はつの身体から枝分かれするかのように無数の手が伸びる。



「くっ!」



 それらを躱しながら切り落としていく。素早く正確な剣捌きに、はつの余裕はどんどん失われていった。



『私の邪魔をするな! 霊能者のくせに!』


「貴女は私が倒します! 今夜、ここで!」



 無数に伸ばした腕も無限ではない。切り落とされれば落とされるほど、はつが蓄えてきた霊力も失われていく。



『私の目的は全ての異能者を救うことだ! そこには君も含まれている。ならば邪魔する理由はないだろう!?』


「貴女からは邪悪な気配がします。ただ救うだけに留まらず、人々を殺めようとしています。私はそんな人達を救うために剣を取っている……だから貴女を倒すのです!」


『わからない子だな!』



 余裕を失ったはつは霊力を全開で駆使し、雫を倒そうとする。巨大な手と無数の手。青い火の玉と足元には骸骨。肉体と精神の両方に攻撃を仕掛ける。



『これが、全てだ!』


「ふっ!」



 流石の雫でもここまでの攻撃は捌き切れない。自身の命がここで尽きようとも、はつを滅する為に前進した。雫の《夢切離》は月の明かりを吸収して光を放つかのように輝き出す。



月下美刃(げっかびじん)!」


『がっ!』


「ぐっ……!」



 雫の優しく光る《夢切離》は確かにはつを袈裟斬りで切り裂いた。それは鷺森家の使命を全うする上で雫が編み出した最大限の技だ。しかし、それと同時に伸びていた無数の手は雫を拘束し、地面から伸びてきた骨だけの腕が雫の魂を身体から引き離して壊した。



「雫!?」



 雫の亡骸はその場で力なく倒れ、霊刀とはつはその場から消え去った。


 美しい月下で露は冷たくなりかけている最愛の妹を抱きかかえる。



「雫、雫! 目覚めろ! だめだ、まだそっち側に行っちゃ……」



 嫌な予感がした。先程とは違って今度こそ最愛の妹が遠ざかっているような感覚が胸を締め付ける。


 微動だにしない妹を担ぎ、露は家に向かって歩き出す。



「大丈夫、大丈夫! 絶対に俺が助ける……!」



 それは現実を受け入れ切れない男の現実逃避のようなものだが、それでも露は妹を救う為に歩き続けた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『…………』



 露が雫の命を奪った張本人であるはつと組むことなんて普通に考えてあり得ない。もしも『黄零』を受ける前だったら、ただ鷺森家を滅ぼしたいと考える露と組めたかもしれないが、本来の目的を思い出した今では無理だ。


 いざとなれば取り込めば良いと思っていたが、露の方が一枚上手だった。詩穂を始め、全ての異能者達を楽園へと導くことを夢見て、露に逃げられたはつは詩穂の元へと向かい出した。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


最近、毎日のようにアクセスがあって「読んでいただけているのかな」って思うと嬉しいです。ありがとうございます。


今回の章もようやく終えました。いや、長かった……。

今のところ、現代において命を落としているのは第一章の自殺者だけですが、今作において死人を出すのかどうかは結構悩みです。

前作は重度の中二病による能力で人を殺めるという描写はありませんでしたが、今作のそもそもコンセプトを考えれば、重度の中二病という能力を更に悪用させなければならないような気がしています。


果たしてそれでよいものなのか……。出来れば青少年(高校生)が人を殺めるような描写はしたくないという思いは強いです。縁起でもない……というか、不謹慎みたいなそんな気がするので。


それではまた次回。来週から新章です。よろしくお願いします!

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