満たされない愛
───翌日。
零はすぐにでも長瀬に連絡をし、遺書に残った残留思念の読み取りを続行したい旨を伝えた。
とはいえ、長瀬としてもあまり授業中にお邪魔するのは気が引ける。結局、放課後の時間を使って再開することにした。
今回は校長にも仕事があるため、校長室が使えない。その代わり、生徒がなかなか踏み入ることのできない応接室を使わせて貰えることになった。応接室は来客者用の玄関に近い場所の為、教室からはかなり離れている。
零は放課後になった途端、すぐに応接室へ向かおうとした。それに気付いた潤が零を呼び止めた。
「零! もう行くのか?」
「うん。出来るだけ早く、この案件を解決する為にね」
「…………」
潤は意外そうな顔をした。つい昨日まで沈んだ顔をしていた零だが、もう吹っ切れて勇ましい顔に変わっている。もっとも、引きずっているよりかはずっと良い。
「昨日の今日でもう立ち直るとはな。何かいいことでもあったのか?」
「いや? でも、元気になったのは潤と婆ちゃんのお陰さ。ありがとう」
「あ、おう……」
潤はお礼を言われて照れ臭くなり、右手で後頭部を掻いた。その動作が照れているものだと知っている零は何だか微笑ましくて笑った。
「……無理はするなよ?」
「わかっているよ。潤も無理しすぎちゃ駄目だよ?」
「愚問だな」
零が能力を活かして数々の不可解な事件を解決に導いているように、潤も重度の中二病患者が犯罪に手を染めないよう、予め制圧する役割を担っている。重度の中二病には治療法こそあるものの、未だ予防法はない。潤のような存在は昔からずっと重宝されて続けていた。
「じゃあ、行くよ」
「ああ。また明日な」
零は潤と別れ、目的地へ向かう。
途中で6組の教室を横目で見たが、特に詩穂へ声を掛けることもなく、そのまま単身で歩み続けた。
やがて後ろから少し早めの足音が聞こえてくる。それが詩穂の足音だと、零は何となくわかっていた。
詩穂が零に追い付き話しかける。
「昨日の今日でもう復帰とは、鷺森君も大概ね」
「……どういうつもりで言っているのかはわからないけど、友達や祖母のお陰で勇気が湧いてきたんだ。僕は僕の出来ることをするよ」
「そう」
詩穂はあくまでも機械的に返事をする。零の答えに対してあまり興味が無さそうだ。
最早、零はそんなことで不快に思わなくなっていた。詩穂がどんな人間かはまだ分かりきれていないところはあるけれども、他人に対してあまり関心を持たないような冷たい人柄だということはわかっている。
だから零もそれ以上のことは何も言わなかった。
やがて目的地に到着した。零がノックして入り、後に続いて詩穂も入室した。
「やあ、2人とも。……鷺森君、まさか昨日の今日ですぐに再開してくれるとは思わなかったよ」
「僕自身も驚きです。でも、支えてくれる人がいますので」
「……ほう!」
先程の潤と同様、長瀬も意外そうな顔をした。それでも零の精神状態は良い方向に向いている。すぐに感心して話を進めようと、2人に着席を促した。
前回と同様、零は長瀬の正面に座る。しかし詩穂は長瀬の隣ではなく、零の隣に座った。
「あれ?」
零が驚いて声を上げる。詩穂の方を見るが、彼女は何事もないかのように首を傾げる。
「何か?」
「いや。てっきり長瀬さんの隣に座ると思ったんだけど」
「いつもは校長先生がここに座るから。むしろ私は鷺森君と同じ学生なのだし、こちら側が正しいでしょう?」
「確かにそれもそうだね。まあ、黒山さんがそれでいいならいいと思うけど」
そんな話をしているうちに長瀬はテーブルに全ての遺書を並べていた。そして残りの遺書を見て、零は息を飲んだ。
「さて、残りの遺書だけど……。鷺森君、本当に大丈夫かな?」
「……はい、やります」
零は深呼吸をして目を瞑る。そこには祖母の優しい笑顔が浮かんだ。
『自分の力を信じなさい』
瞼の裏に焼き付いた祖母がその言葉を繰り返す。そうして鼓舞し、零は目を開けて遺書に触れた。
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『No.7 新しく知った幸福。だが俺に、幸福を感じる資格はあったのだろうか?』
この遺書も同じ駅で見つかったものだ。それに合わせ、映し出されたのはまたも夕陽が差し込む駅だった。
そこには学生時代の青年と、そして今度は違う女子生徒が一緒にいた。冷え込みだした冬の風に晒されながらも、2人は可能な限り寄り添って互いの体温を感じ合っている。
2人は幸せそうだ。しかし、それは表面的なもので青年の表情には所々困惑の色も見える。何か気掛かりなことがあるようだ。
青年は語る。
「俺はずっと君のことが好きだった。振られた傷心を癒すために彼女と付き合っていたとはいえ、俺は幸せになる権利があるのだろうか?」
不安そうに語る青年に対して、隣にいる女子生徒は優しく微笑んで答える。
「気にしなくてもいいと思うよ。あの子はあの子で、きっと自分なりの幸せを見つけられる」
「そうかな……そうだといいな」
そうして電車がやってくる。2人はちゃんと降車する人を優先させてから、電車に乗り込んだ。
場面が変わる。
『No.8 幸福は永遠に続かない。失われるわけではないが、感覚が麻痺していく』
この遺書は青年にとって大切な人が持っていたとされる遺書だ。零はその大切な人と会ったことはないが、その人と関係していることだけは予め予想出来ていた。
2人は社会人になっていた。学生時代のような熱のある付き合い方ではないが、それでも関係が冷めているようには見えない。
場所は知らない飲食店。内装の雰囲気からして、クリスマスの時期だろう。
何やら他愛のない話をしながらハンバーグを食べている。何でもない、日常の1ページ。
零は、青年が「何故、この瞬間を思い出しながら遺書を書いた」のかが気になった。このなかに自殺へ繋がるような情報があるとは思えない。
やがて食事を終えた2人は会計を済ませて店を後にする。青年は恋人に別れを告げて、車で去っていくのを見送った。
───そして、変化が訪れる。
それまで笑顔だった青年の顔が急に真顔となったのだ。そこには黒山から感じるような、無機質で冷たい雰囲気が読み取れる。
(……!?)
零は彼の様子を見ているうちに驚いた。いつの間にか彼の背後に1人の男が立っていたのだ。
「どうでしょうかね? 彼女から愛は感じますかね?」
男の風貌は少し不審な感じがあった。黒い服装で統一されたその姿はお世辞にも「モテそう」とは思えなかった。
青年は真顔のまま返す。
「わからない。今はずっと変わらない。けれど会う回数は少なくなった。……俺は愛されているのだろうか?」
青年の不安が籠った声を聞いた男はニヤリと笑った。そして少しばかり高い声を出して青年を元気づける。
「大丈夫ですかね。何たって僕は『恋愛』を司る者ですからね。ちゃーんと2人の愛に『恋愛』を戻しますからね。安心してくださいね」
「……ああ、頼むよ」
青年も自分の車に乗ってこの場所を去り、怪しい男はそれを見送った。
零はここで映像が変わるものだと思ったが、なかなか映像が変わらない。後ろから登場人物の様子を見ていた格好だが、急に怪しい男が振り返ったので零は驚いた。
「ああ……『恋愛』。すごく良い響きだと思いませんかね? もっと溢れかえればいいのにね。下心だけでも真心だけでもない、2つを兼ね備えたその形こそ愛の完成形だと思いますのにね」
「あ……え?」
零は話しかけていると錯覚した。しかし、そんなことがあり得るはずがない。今見ているのは過去であり、その過去に鷺森零という登場人物がいるはずないのだから。
怪しい男はニヤリとしたまま歩き出し、零をすり抜けてどこかへ去った。そうして場面がまた変わり掛ける。
そこで零はようやく、1つの異常に気付くことが出来た。
(本人以外の残留思念が残っているということか!?)
そこに気付いたとしても、もう1つだけ残留思念を読み取る必要がある。零はNo.9を見てから得たものを報告することにした。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
早速、評価とブクマ登録を下さった方、ありがとうございます! 書くモチベーションに繋がります。今後ともよろしくお願いします!
話は変わりますが先日、小学校時代の友達と飲みに行きました。
大人になれば男女というものは複雑になりますが、小学校時代の友達とは不思議なもので、久しく会っていないにも関わらず、異性だというのに、かつてのように接することが出来てしまうのです。
中学時代、私が恩師だと思っていた先生は「男子も女子も仲良く……なんてあり得ない」と私に否定しましたが、そんなことはないと改めて実感しました。
当然、人の性格にもよると思いますが、そう考えると先生はあまり異性の友人には恵まれなかったんですね。
久しく会った友達は私の心を満たしてくれました。「楽しさというものは自ら見つけるものだ」ということは、こういうことなのかもしれません。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!