魔法少女の娣子
『こんなのになるまでわからなかったが、お前は結構な人を殺めている。今の俺にはそれがわかる』
『わかるから、何だと言うのかな?』
『お前の都合で人を殺めるような奴とは協力できないということだ。鷺森家のくだらぬ使命を壊せれば俺の目的は達成できる。人を殺める必要はない』
鷺森露はずっとはつに対して拒絶の目線を送っている。
生者に対して邪な感情があるからこそ、鷺森露はこの世ならざるものとして存在し得る。それが今を生きる人の「何か」を奪おうとしない。はつはそこが理解出来なかった。
逆に鷺森露が問う。
『お前は何故この世に留まり続ける? ただ人を殺めることが目的ではないはずだろう?』
『……私はただ復讐を果たしたいだけ。大して何もできないような奴らが、優れた能力を持つ人達を利用し、都合が悪くなれば不気味がって迫害する。許せるわけない』
はつの姿そのものは零達よりも少し幼い。彼女がまともな生き方・死に方ができなかったことくらい鷺森露にもわかった。
だからといって、彼女の目的に賛同できるわけではない。
『だからお前を滅しようとした雫を殺めたというわけか。澪もお前の邪魔になるから……』
『そういうわけだよ。残された零君も邪魔しようものなら消す。ただ、あの子には事前に警告させてもらったけど』
『ならば尚更、俺が鷺森を止めなくてはならないな』
『ということで、目的が一致している部分もあるんだし、改めて手を組もうよ』
『断ると言ったはずだが? 互いに不干渉なら問題はない。俺は失礼するぞ』
『……行かせると思う?』
はつはこの世ならざるものとしての本性を少し出した。禍々しく溢れる霊力は、この世に居続けた永き時間と蓄えてきた力の大きさを物語っている。
『決裂したから、俺を喰う気か?』
『当然だよ。鷺森家の霊魂を持ち合わせた君を喰えば、間違いなく私はもっと強くなれる!』
冷たい風が吹き荒れ、古い建物がミシミシと悲鳴をあげる。この世ならざるものを集めやすい忌むべきこの場所でさえ、はつという化け物の力に恐れているようだった。
巨大な手が現れ、鷺森露を鷲掴もうとする。当然、黙ってやられるだけの鷺森露ではない。
『ふんっ!』
脚部に霊力を集中させ、白いグリーブのような姿に変わる。それで巨大な手を容易く蹴り上げた。
『すごいや! やっぱり霊能力を持つ家系の魂はすごい!』
『世の中は本当に理不尽だな。こんな化け物を生み出すのだから』
次々と巨大な手を生み出しては、それを鷺森露に向けて放つ。かつて雫と戦った時よりも、はつは力を増していた。
だが、この程度なら鷺森露の敵ではない。
『はあっ!』
地面を強く踏み込んで大きな霊力の塊を前面に撃ち込んだ。それは巨大な手を壊して貫通し、はつにぶつかった。
『きゃ!』
短い悲鳴そのものは見た目の年齢そのものだが、その一撃が彼女に届くことはなかった。ただ意識するだけで霊力の塊が爆ぜる。
『あらら……』
それが霧散し、はつが目の前を見る頃にはすでに鷺森露はこの場から姿を消していた。
『ふーん、そっか』
鷺森露は最初からはつを倒そうとは思っていなかった。霊力の塊をはつに向かって放ったのは彼女を攻撃するためではなく、逃げる際に自身の霊力が悟られないよう、霧散した霊力で霊感を惑わせることが目的だったのだ。
『……そろそろ戻らないと、かな』
鷺森露を取り込むことは諦められないのでこのまま追跡したいところだが、それは時間が掛かりそうだし骨も折れそうだ。そして帰りが遅いことを心配した詩穂に自身の目的を悟られるわけにはいかない。本来の目的として、超能力者や霊能力者を含めた特別な力を持つ人達をもっと上位の存在とさせたい思惑もある。
はつは革命家。特殊な力を持った人達が、何の力を持たない人達に遠慮するような世界を壊し、特殊な力を持った人達こそが無能達を虐げられる。
今は我慢の時だと、はつは判断した。
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仏壇の前で零は手を合わせた。今日から新学期ということもあって、父と母に心の中で「行ってきます」と言うためだ。
結局、魔法少女の案件に首を突っ込んだが為に忙しくなり、普段から忙しい潤と予定を合わせることが出来ずに遊ぶ予定もなくなってしまった。
思えばあまり楽しい思い出を作れなかった夏休みだが、退屈することはなかった。仏壇の前から離れ、遺影が並ぶ場所を見上げる。
そしてその中には鷺森露の姿もある。対峙した彼はもっと若い姿だったが、その写真での鷺森露は普通に頑固そうな老人だ。笑顔でないことに違和感を覚えなくもないが、実際に言葉を交わしてみると何故か納得してしまう。
その横には若い女性の写真がある。それがきっと鷺森露の妹である雫なのだろう。彼女はむしろ優しく温かな笑みを浮かべた写真だった。後世を生きる零達を見下ろすのではなく、見守る。そんな印象を感じさせた。
「…………」
いつかはまた鷺森露と戦わなければならない。彼から植え付けられた霊力はまるで植物のようで、霊力という果実を実らせる。それらを使っているうちに実らせる果実の数は増えていき、零の力となっている。
もしこの力を駆使して彼を倒せば、この世ならざるものとなった彼は消え去った先で妹と再会できるのだろうか。嫁や娘よりも大事にしているような印象があるのだから、鷺森露にとって妹である雫はそれ程までに大切な存在だったのだろう。
だからこそ、零は心の中で雫に鷺森露を送り返すことを誓った。
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休み明けだということだが、登校する彼らにとって何か特別なことはなさそう印象だった。きっと学校へ行くことに億劫なのだろうが、行ってしまえばなんだかんだ楽しめる。
だが、零に限って言えば今日の登校は今までと違う特別なものだった。
「あ、鷺森君! おはよ!」
「わっ、亜梨沙さん! おはよう」
思いっきり背中を叩かれたものだから零は驚いた。その相手が亜梨沙なのだから余計に驚くというものである。
「あれ、今日はいつもの人たちと登校しないの?」
「ん? 後ろにいるよ? 私が鷺森君を追いかけて少し先に行ってるだけ」
「そっか、そうなんだ。それで、どうかしたの?」
「いや、ようやく半袖の鷺森君を見れたと思って」
半袖で登校する零はかなり新鮮なものだった。本人でさえそう感じているのだから、周りからすればもっと新鮮に感じるものだろう。
詩穂と亜梨沙の協力により御守りを作れるようになったので、零の代償も『拒絶』することが出来た。零自身、おおよそ10年くらい振りに夏の暑さを感じたことになる。
「まだ落ち着かないよ。暑さってこんな感じだったんだね。汗が止まらないよ」
「あー、鷺森君はずっと汗をかく必要がなかったもんね? それはそれで羨ましくもあるけど」
「え、なんで?」
「化粧とか落ちないじゃん。それにずっと涼しい顔してる方が綺麗な感じするじゃん?」
「そ、そうかな? よくわからない」
会話が続くことなく、2人は黙って歩き続ける。暑さにまだ慣れない零には何か話題を提供できるだけの余裕がなかった。
だが、そもそも亜梨沙が零を追いかけてきたのは、そんな他愛もない雑談をするためではない。
「鷺森君、本当にありがとね」
「えっ、何? 何のこと?」
「鷺森君のお陰で師匠と再会することが出来た。それどころか、最近は色々教えてくれるんだよ?」
「…………」
「本当に師匠から色んなことを教わることが出来てる。こんな日が来るとは思っていなかったから……本当にありがとう」
亜梨沙の師匠……梨々香は既に治療を開始している。つまり、魔法少女を引退するということだ。もう『奇跡』という能力……魔法を使うことは許されないが、今までの経過を基に亜梨沙へアドバイスを送る分には問題ない。
例の建物へ不法侵入したことも持ち主である上月が被害届を出さなかったことにより罪に問われることはなかった。他に操られていた人達に対する罪は鷺森露にあるということで、梨々香は無罪という結果だ。その結末は零も知っている。
「僕は、いつだって出来ることをやっているだけだよ。むしろ僕のひいおじいちゃんが迷惑をかけてごめん」
「そんな! そもそも実在しない人がしようとすることなんて止めようがないじゃん? 鷺森君が気にすることないって」
「ありがとう。……でも、御守りがあるからといって無茶したら駄目だよ? お母さんも心配してるし」
「あー、鷺森君のお陰でどうにか許してもらえてる感じあるからなー……。あっ、じゃあ今後も鷺森君が私を近くで見守ってくれるんだ?」
「えっ? ああでも、亜梨沙さんのお母さんとも約束しちゃったし、うーん……」
「じゃあ、決まりだね! 親公認ということで!」
「言い方……」
亜梨沙は少し前を歩き、振り返って笑顔で言う。
「これからも魔法少女ミラクル☆リリカの娣子、魔法少女ミラクル☆アリサをよろしくね! 零君!」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
ようやく今回の章もひと段落がつきました。現状、少しタイトル詐欺みたいなのが起こってしまっていますが……。
来週は「はつ」と雫の続きを書いて今回の章を終わらせるつもりです。
朝晩寒いです。皆さん、体調には要注意です!
それではまた次回。来週以降もよろしくお願いします!