「そんなもんさ」
詩穂達4人が話をしている間、追い出された零は諦めて下に降りた。事務所のようになっている場所には、いつも運転を担当する中年の男が椅子に座っていた。
「ん、鷺森? 話はもう終わったのか?」
「いえ。黒山さんに追い出されまして」
「あー、やっぱり元々呼ばれていなかったんだなぁ。聞かれたくねー話でもあるんだろ?」
「それでも、僕はこの件に関わっています。今更聞かせられない話なんてあるんですか?」
「ん? まあ、鷺森の怒りもわからんでもないけどよ。世の中なんてそんなもんだぜ? 関わってたはずなのに最終的にはハブられてるなんてこと、よくあるさ」
「…………」
「俺なんて運転だけだからな。どんな些細な事件でも目的地しか教えてもらえねー。そんな毎日さ」
「どうして、それでもこの仕事を続けられるんですか?」
「ん? んー……なんつーか、なんだろうな。特に意思とかなくてさ、働けてお金貰えて生活できりゃいいってそんなもんさ」
「そんなもんなんですか?」
「ああ、そんなもんさ! だからよ、鷺森達みたいにはっきり目標持って頑張れるのはすげえことだし、羨ましいとも思えるぜ。今回はちょっとなんか事情があるんだろうけど、まあなんだ、わかってやってくれよ」
「……はい」
「それはそれとして、鷺森はどうする? 帰るか? 悪いけど、詩穂ちゃんの指示がねーと俺は動けねーから今すぐ送ってやれるわけじゃねーけど」
「うーん……」
歩いて帰るという手段もある。元々病院からそこまで移動しているわけではないので、車がなくとも帰るには困らない。
そこまで考えたところで、零は亜梨沙の母親とした約束を思い出した。話し合い内では長瀬が見ていてくれるが、そうなれば終わった後こそ見張らねばならない。
「いえ、亜梨沙さんのお母さんと亜梨沙さんに無茶させない約束をしてますので。話が終わるまで待たせていただこうかと……」
「お、そうか」
中年の男はそう言って立ち上がり、事務所から出て行ったかと思ったら5分もしないうちに戻ってきて零に缶コーヒーを渡した。
「あ、ありがとうございます……?」
缶コーヒーを奢って貰えたことは素直に嬉しいが、そうしてもらえる理由がわからず零は戸惑った。
「いいってことよ。俺にはこんくらいしかしてやれねーけど、鷺森のこと応援してるからな。……今から少しずつ、苦味に慣れとけよ」
「……ありがとうございます」
今度は素直にお礼が言えた。彼のお陰で、零の中にあった怒りが消え去る。詩穂に対する不信感のようなものは拭えないが、それでも亜梨沙を待つまでの間に怒りを忘れてしまった。
ブラックコーヒーはあまり飲まないが、飲んだことがないわけではない。ただ、与えられた冷たいブラックコーヒーの苦さが、今の零には一層強く感じられた。
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話が終わり、最初に長瀬と梨々香が降りてくる。椅子に座っていた零は立ち上がり、長瀬と向き合った。
「亜梨沙さん、無理してないですよね?」
「ああ、勿論さ。納得はして貰えていないかもしれないけど」
「…………?」
「いずれにせよ、お陰様で解決に向かいそうだ。鷺森君、また連絡するよ。君に頼まれた件もあるしね」
「はい」
去り際に梨々香もチラリと零を見る。梨々香の残留思念を見てきた零には梨々香の気持ちがわかっている。だからこそ、零はただ無難に会釈しただけだった。
出口の手前で梨々香が止まる。彼女は振り返ることなく零に向かって───
「詩穂ちゃんのこと、お願いね。あの子を救えるのはきっと君だけだと思うから……」
とだけ言い、零の返答を待つことなく長瀬と車に乗って去っていった。
「色んな人に期待されてるな、鷺森」
「どうでしょうね。僕にはあの人の言うことがよくわかりません」
「そのうちわかるさ、きっと。俺もそう思ってるからな」
「……え?」
その真意を聞く前に亜梨沙が降りてきた。
「あれ、鷺森君。待ってくれてたんだ?」
「うん。お母さんとの約束があるからね。亜梨沙さんをちゃんと帰さないと約束を破ってしまうことになるからさ」
「そこまで律儀に守らなくても……。まあ、悪い気はしないからいいけど?」
亜梨沙が照れ隠しをしているのが中年の男にはわかってニヤけが止まっていない。一方で零にはわかっていないようだ。
遅れて詩穂も降りてくる。彼女はいつもと変わらぬ表情と声色で中年の男に零と亜梨沙を家まで送り届けるよう指示を出した。
「了解、詩穂ちゃん。そういうわけだから行こうぜ?」
「はい、よろしくお願いします」
零は中年の男に対して素直にそう返事した。詩穂の方を見るが、彼女は何も語らない。視線を逸らすようなこともないが、彼女が何を思っているのか全く読み取れなかった。
「…………」
「…………」
「……行こう、亜梨沙さん」
「うん、そうね」
零と亜梨沙は中年の男を追って事務所から出ていき、車に乗ってこの場を後にした。
一方、詩穂は戸締りなどの後始末をしなければならないので一人でこの場に残った。
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車での移動中、零は亜梨沙から情報を共有してもらおうと画策して話し掛ける。
「亜梨沙さん、どんな話し合いだったのかな?」
「んー、師匠の思惑ってところかな。鷺森君は師匠の思惑知ってたんでしょ?」
「いや具体的には知らない。彼女が自分の意思であの場所に行ったことはわかるけど、何を思ってなのかは本人か、その残留思念と会話しないとわからないんだよね」
「あー、そっか。師匠は好きな人に尽くせなかったことを悩んでいたみたい」
「成る程。それが鷺森露との共通点になったわけだね。鷺森露も鷺森家にある使命の中で妹がこの世を去ったことに悔やんでいたから」
「鷺森家の使命?」
「そう。鷺森家はこの世ならざるものと戦い葬る使命がある。そしてそれは女性だけが受け継ぐことの出来る力なんだ」
「え? でも鷺森君は男だよね?」
「うん。だから僕のそれはレプリカみたいなもので言ってしまえば真似事なのさ。不満はないから僕はそれでいいと思ってるけど」
「そっか、そんなことが……」
「こんなの、なかなか信じて貰えないけどね。僕も鷺森露を通じて霊力を手にするまで信じていなかったし」
正直なところ、この話だけでは信じられないだろう。しかし、亜梨沙は実際に零が残留思念を見て「亜梨沙が魔法少女に憧れた理由」を言い当てている。それだけで十分信じるに値した。
それに、零の力が無ければ地下の存在すら気付けなかっただろう。
「もう、鷺森君の力を信じてしまうくらいに色んなことが起きているからね。実際見てるからさ」
「そうか、そうだね。……それにしても、話し合いの内容がそれなら余計に僕を外した理由がわからないな」
零を追い出した理由なら亜梨沙はちゃんと知っている。だが、それは詩穂の個人情報に関するものだ。零相手なら話しても良いかもしれないが、本人がそれを良しとしない以上、勝手に話すわけにはいかない。
「私も納得してるわけじゃないけど、黒山さんなりの考えがあるみたいだよ。納得してるわけじゃないけど」
敢えて2回言ったのは亜梨沙が心の底からそう思っているからだ。詩穂の思いといい、梨々香に対する長瀬の対応といい、納得できないことが多い。
亜梨沙はもうこれ以上、この件に探りを入れられないよう自宅までの道案内をして、話し掛けられるタイミングを無くした。そうして亜梨沙の家に到着すると、彼等はあっさりとお別れした。
その後、零は中年の男と他愛のない話をしながら家に着き、深くお礼を言ってから家の中へ入った。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
文字数減! ……とはなりませんでした。
意外と集中して短時間で書けたというわけです。よかったよかった……。
話は変わりますが。
Twitterかどこかの後書きで書いたかもしれませんが、私は佐島勤先生を尊敬しています。
たまにTwitterとかで、色んな作品の最強キャラ集めて「誰が1番最強か」というのがありますが、そこで「魔法科高校の劣等生」から司波達也がノミネートされます。
確かに最強級のキャラではありますが、私が佐島勤先生を尊敬しているポイントの1つとして、達也にも弱点を用意しているところだと思っています。達也には「即死でなければ再生することができる」という能力があるからですね。
簡単には倒せないけど、倒せないわけではない。そんな現実味がある設定、すごく好きです。
というわけで、司波達也が最後に残ることはないだろう。という個人的な結論です。好きな作品の主人公だから最強であってほしいというジレンマはあるんですがね……。
更に話は変わります。
前回の更新分で、詩穂の発言に対して零が怒るところがありました。
しかしその際「零は深呼吸して6秒耐えている」という風にしましたが……。
皆さんはご存知かもしれません。これは「アンガーマネジメント」の基本となります。6秒耐えればカッとなることはないらしい……です。
まあ、本当に頭にきやすい人は、そんな意識すら頭に残らないですがね! はっはっは!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!