魔法少女の片想い
梨々香は話を始める前に詩穂をじっと見た。梨々香の事情には詩穂の事情も関わってくる。それを長瀬や亜梨沙に話してもいいのかという確認のサインだった。
「…………」
詩穂は黙って首を小さく縦に振った。その反応を受け、梨々香は語り出した。
「さっきの男の子は既に気付いていたようだけど、私は露に操られてあの場に向かった訳ではないんです。私自身の意思であそこへ行きました」
3人はただ黙って聞いている。事情聴取というわけだが、正直なところ梨々香はどこからどこまで話せばいいのかわからない。
「長瀬さん。私はどこから話せばいいんでしょうか?」
「そうですね。鷺森露とやらと接触する原因となったお話から聞かせていただけますか?」
「わかりました」
梨々香は遠い記憶を思い出すように目を瞑って深呼吸をした。
「私には小学生の頃から好きな男の子がいました。その子は私の『奇跡』という能力を見抜いていながら受け入れてくれたし、私の魔法少女になりたい夢を馬鹿にせず応援してくれました。その子の名前は黒山透夜といいます。詩穂ちゃんのお父さんになります」
「…………!」
亜梨沙は目を丸くして驚いた。まさかここで詩穂の父親が関係してくるとは思わなかったからだ。
思わず詩穂の方を見るが、詩穂は動じていない。ただ真っ直ぐ梨々香を見ているだけだ。
「高校時代になって、あの有名な女子高生5人誘拐・監禁事件が起こった後、私は透夜のことを諦める決意をしました。透夜は詩織さんのことが好きだったから……」
女子高生5人誘拐・監禁事件とは、重度の中二病患者の集団である《クリフォト》によって5人の女子高生が誘拐された事件のことだ。
重度の中二病患者は超能力者に惹きつけられる性質がある。それは詩穂のように重度の中二病と超能力が交わることで強大な力を得られるからだという説が今のところ有力とされている。
かつてはそんな超能力者を「色の能力者」と呼ばれる集団が保護していたが、そこに属していた白川現輝の裏切りと《クリフォト》によって当時判明していた超能力者4人と勘違いで1人が誘拐されたというものになる。
詩穂の母である詩織も被害者であり、そして詩穂の父である透夜はこの事件を解決に導いた功労者だ。つまり詩穂はそんな2人の間に生まれた子供ということだ。
そこまで聞いて亜梨沙はふと違和感を覚えた。
「待ってください師匠。黒山さんは今年で16歳です。確か、その事件が起こったのって15年前でしたよね?」
「うん、そうなんだよ亜梨沙ちゃん。ただ、完全な解決から15年と言われているだけで《クリフォト》との戦いからは16年が経っているの。あ、でも重要なのはそこじゃないの」
「え……あ! あれ?」
亜梨沙は混乱し始めてしまったが、認識はほとんど間違っていないだろう。事件が本当なのであれば、事件から1年も経たないうちに詩穂が誕生していることになる。
「何が起こったのかはよくわかりませんが、まだ高校生だったのにも関わらず、透夜と詩織さんの間に詩穂ちゃんが誕生しました。本当は祝福されるべきだったろうに、当時高校生だった透夜は責任を取れず、詩織さんと詩穂ちゃんから引き離されてしまいました。透夜は高校を中退し、地嶋グループに拾われて働きだしましたが、透夜の辛そうな背中を見ていた私はまた、透夜を愛おしく思ってしまったんです。父親としての幸せは得られなかったとしても、私が透夜に1人の男としての幸せをあげたかった」
「えっと? じゃあ、黒山さんのご両親は師匠と同い年だってことですよね?」
「うん、その通り。───でも、私には何も出来ませんでした。『奇跡』っていう力があって事件を起こそうとする重度の中二病患者を事前に無力化出来ても、好きだと思える人を幸せに出来る力がない……。そんな無力感でいっぱいになった時、あの建物に引き寄せられて……鷺森露と出会ったんです」
その時、梨々香の頭に浮かんでいたのは透夜による拒絶の言葉。どれだけ梨々香が彼に歩み寄っても、彼はそれに応えない。彼を拾った地島グループの娘……地島沙希に遅れを取ったことは梨々香にとって悔しいことだった。
どうすることも出来ない現実から得られた無力感。そして無意識に辿り着いたあの建物と思い出される鷺森露の深刻な顔。
「でも師匠。その鷺森露って人は鷺森君にしか見えていませんでした。師匠には見えたんですか?」
「多分、彼の霊能力で繋がりを得ていたじゃないかな。愛する人に対する無力感は彼と私の共通点だったから」
「───では、他の被害者も同じだと?」
そこで口を挟んだのは長瀬だった。他の被害者とは地下で詩穂が相手した3人だが、彼らはまだ目覚めていない。魔法少女2人と違って無理矢理に操られていた彼等は2人以上に心身共に傷付いていた。
しかし、梨々香は首を横に振った。
「あの人達は露の霊能力と私の『奇跡』が混ざった力によって操られていただけなんです。露自体には数人を操れるような力はないそうで、それを可能にするための『奇跡』でした」
「成る程。ところで、鷺森露の目的は何だったんでしょうか。流石に幽体を逮捕できないので防犯しか出来ませんが」
「彼の目的は鷺森家の滅亡です。その理由まではわかりませんけど、その為ならまた誰かを利用するかもしれません」
「結局、鷺森君自身にどうかしてもらうしかないか……。小泉さんの事情はわかりましたが、ご自身の意思であの建物に近寄ったというのなら、不法侵入になる可能性もありますので」
「まっ!」
すぐに反応して立ち上がったのは亜梨沙だった。せっかく回復し、闇堕ちから戻ってこれたのだから亜梨沙としては犯罪者にして欲しくなかったからだ。
しかし、それを横にいた梨々香自身が制止した。
「師匠……」
「いいの、亜梨沙ちゃん。長瀬さんの言う通り、私は不法侵入をしているわ。大人として責任を取らなくてはならない……いつまでも少女でいられないの。そして私はこれを機に治療しようと思ってる」
「そんな! せっかく再会出来て、肩を並べて戦えると思ったのに……」
「亜梨沙ちゃん。この先も魔法少女として戦うなら私とじゃなくて、詩穂ちゃんと組んだ方がいいよ。詩穂ちゃんには透夜と同じ『拒絶』があるから」
「でも……」
「げっほん!」
会話の流れを止めようと長瀬がわざとらしく咳払いをした。3人は長瀬に注目する。
「古戸さんの要望はわかるけど、小泉さんは不法侵入以外にも能力を使って他の重度の中二病患者を操って巻き込んだという事実がある。それは立派な罪となってしまうんだ。私達はそれを取り締まる為にいるからね」
「そんな……」
「まあ、あとは3人が目覚めた後に事情聴取をしてどうなるかになるけど。ただ、私達としては治療して貰わないわけにはいかなくなるだろうと思う」
「見つけ出した結果、罪に問われるって何ですか! じゃあ私達は何のために師匠を……」
「いずれにしても今日はここまでにしましょう。小泉さん、行きますよ」
「はい……」
長瀬に連れられ梨々香はこの場を後にする。それを阻止しようと亜梨沙も立ち上がるが、それを詩穂が制した。
「黒山さん! あんた、どっちの味方!?」
「私は物事を公正に見ているつもり。知り合いだとはいえ、梨々香さんは長瀬さんに任せるしかないわ」
「物事を公正に見ている? だったら何故、鷺森君を同席させなかったの!? 黒山さんの生い立ちが複雑なのはわかったし、大変だと思うけど一緒に行動する仲ならハブる必要なかったでしょ!?」
「それは……」
「ほら黙る。私は元から黒山さんを信用してるわけじゃないけど、鷺森君にまで信じられなかったらどうするの? そんなんでいいなら、私が鷺森君と組むから」
「…………」
「お邪魔しました」
亜梨沙は詩穂にそう言い捨ててこの場を後にした。一方で詩穂は表情1つ変えることなく、その場を動かなかった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
何気に先月で今作を描き始めてから1年が経過していました。
いやなに、時の流れは早いですね……。
梨々香の小学生時代の描写はカットしました。前作でわざわざ書いているのに同じことを書くのは気が引けたんです。
その代わり、前作の主人公だった黒山透夜の現在が少し明かされました。
なお、早すぎた愛の結晶についてはまだもっと先で語られると思うのでお楽しみに!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします。
もしたしたら更新できないor文字数減になるかもしれませんがご容赦願います。