心を通わせる
「お待たせ、鷺森君」
「ああ、うん」
戻ってきた詩穂は相変わらずの無表情だったが、長瀬の表情は少し晴れやかだった。どうやら何か収穫があったらしい、と零は表情を見て察した。
「それじゃあ、僕はここで失礼するよ。またね、鷺森君と黒山さん」
「はい、また」
零は気さくに挨拶を返したが、詩穂は黙って頭を下げただけだった。その所作に上品さを感じさせる。
長瀬が去っていくのを見届けてから2人も病院を後にする。歩きながら詩穂は疑問に思ったことを口にした。
「しかし解せないわ」
「え? 何が?」
「古戸さんのお陰で梨々香さんからお話を聞ける約束を取り付けられたのだけど、呼んでもいない古戸さんが何故あの場に現れたのか……。タイミングも良過ぎるわ」
「ああ。亜梨沙さん、そっちに向かったんだ?」
「え?」
長瀬達が梨々香の元へ向かった後、どうしてタイミング良く亜梨沙が現れたのか。
それは零の連絡が鍵だった。
零は長瀬と詩穂が梨々香の元へ向かった直後に梨々香がこの病院にいることと、長瀬達が梨々香の元へ向かった旨を亜梨沙にSNSで送っていたのだ。
それを見た亜梨沙がすぐに行動した結果、タイミングよく現れることが出来たということだ。とはいえ、亜梨沙と零には具体的にどの病室かはわからないので、亜梨沙は小さく『奇跡』を使って病室を当てたことになる。
詩穂の疑問に対し、零は亜梨沙に連絡したところまで答えたが、亜梨沙自身がどうしたのかくらい、詩穂には予想ができた。
「成る程。鷺森君のお陰、というわけね」
「どうだろう。僕はあくまで亜梨沙さんに情報を流しただけだよ。そこから先は亜梨沙さん自身がどうするかだから、やっぱり亜梨沙さんのお陰になるんじゃないかな」
「…………」
それでも零が亜梨沙に連絡しなければ始まらない話なのだが、これ以上それを言ったところで意味は無い。だから詩穂は敢えて何も言わなかった。
「ところで、僕達は何処へ向かっているんだ?」
「どこか適当な喫茶店でも良いのかなとも思ったのだけれど、話も話だし場所は選んだ方がいいと思って」
病院の敷地から出ようとしたところで、すぐに見覚えのある軽自動車がハザードを点滅させて止まった。最早その運転手も見慣れた人ではあるが、零も特に何も言うことなく車に乗り込んだ。
中年の運転手は早速笑いながら話を始めた。
「随分と俺たちも見知った仲になったよな、鷺森君よ」
「呼び捨てで構いませんよ。最初にお会いした時は近くですぐ対応できる人が運転を担当するって聞きましたけど、僕の場合は毎回ですよね」
「確かになぁ。鷺森からすりゃ疑わしく思えるかもしれんが、本来はそうなんだぜ?」
「本来は?」
「ああ。鷺森が関わってくると、何故か俺がご指名掛かるんだよ。そこんところ、詩穂ちゃんに思惑がありそうだけどな?」
零が詩穂を見る。彼女は照れ隠すような様子も見せず、ただ淡々とその意図を答える。
「他の方は無駄話をしませんからね。鷺森君がいれば会話も弾んで助かるでしょう?」
「なんでぇ。まあ、確かに鷺森っていう話し相手がいるだけ俺としても気が楽ってもんよ」
「…………」
詩穂は嘘を言っていない。だが、本当の思惑は別にあるのでは無いかと零は思えてならなかった。
とはいえ、余計な詮索をすれば詩穂が怒るかもしれない。あまり感情を見せてくれない彼女だが、言動のイメージからしてすぐに怒りそうな印象だけはあるので気をつけなければならない。
「───? 鷺森君、何か失礼なことを考えていないかしら?」
「えっ! い、いやぁ、そんなことはないよ!? うん!」
「…………」
ジトっとした目で詩穂は零を見る。そんな様子をルームミラー越しで見た中年の運転手は吹き出していた。
「鷺森、わかりやすいねぇ! でもまあ、詩穂ちゃんのそういう面を見せるのは珍しいから貴重だよな」
「え、どういう意味ですか?」
「無駄話が過ぎますよ。事故を起こされては困るのですから、運転に集中してください」
「はーいはい」
冷静な突っ込み。中年の運転手としては「タイムアップ」のように感じていたが、これこそが詩穂の照れ隠しであることは誰も気付いていない。
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しばらく車で走り、辿り着いた場所は恋悟との戦いが終わった後に零が一晩過ごした場所だった。
昼間だというのに人通りがない。建物こそは管理が行き届いていて綺麗だが、場の不気味さで言ったら心霊スポットとして若者が「肝試し」と称して不法侵入してきそうだ。しかし、幸いにも心霊の類いは感じられない。
車から降りたところで中年の運転手とは別行動になる。詩穂の案内で建物内……というより館内といった方が正しい趣きだろうか。静かに行動するのがルール、或いは暗黙の了解とも思えるような静けさの中で歩いていると、正面から知った顔の男が歩いてくるのがわかった。
「あっ」
「げっ」
相手は人探しに特化した能力を持つタツだ。担当した場所が場所なだけあって、案件と同時に零に対しても何かしら悪いイメージを持っている。
一方で零はタツが普通に生活しているようで安心した。
「タツさんお久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「お、おお……」
そのままこの場を去る選択肢もあったろうに、タツは立ち止まって壁の隅を睨みつけながら言葉を発するか悩んでいる。
何となく「何か言いたいんだろうな」と察していた零は人当たりの良さそうな微笑みを浮かべながらタツの言葉を待った。
「聞いたぞ。あ、あの建物から二度も生還したんだってな」
「ええ、まあ……」
「や、やばいな」
タツが感じていた「嫌な予感」は正直なところ本人が思っている以上に的中している。結果として現場を前に逃げ出したので正解だったが、鋭い勘を持っていなかったら命がなかったかもしれない。
零はそれがよくわかっている。
「あの現場に辿り着いたのはタツさんのお陰です。僕の力だけじゃもっと後になって救える命も救えなかったかもしれない。本当にありがとうございます」
「お、俺も逃げて、悪かった……」
「いえ、危険な場所でしたし。黒山さんもそれはわかっているでしょうから」
「お、おう。じゃあな……」
「ええ。またよろしくお願いします」
「または来てほしくないな……」
タツは不器用な笑みを浮かべて歩き出した。零と詩穂もタツと反対の方向へ向いて歩き出す。
「鷺森君はすごいわね」
「え、何で?」
「この短期間で彼と心を通わせた。私にはとても出来ないから……」
思い返してみれば、確かにタツは詩穂を恐れていた。だがそれはきっと、タツの能力使用が管理されている何よりもの証だろう。
「黒山さんにはタツさんが能力を悪用しないように見張る役割もあるからでしょ? 舐められるような人だったら管理できないんじゃないかな」
「そうかしら。恐怖で支配するよりも、心を通わせて本当の意味で協力が出来た方が理想的だと私は思うけれど」
「確かに理想的ではあるよね。でも誰にでも出来ないから理想なんだと思う。偶々タツさんは僕を受け入れてくれたけど、この先そうなれない人だって現れるよ」
「…………」
理想は理想だが、近付けることはできる。
しかし、詩穂の能力である『漆黒』には『拒絶』も含まれている。彼女がその能力を使い続けるにはある程度以上に他者を遠ざける必要がある。もしも仮にその理想へ近付こうものなら───。
その時、詩穂は『漆黒』を失うだろう。
2人は無言で歩き続け、やがて目的の部屋に辿り着く。
「談話室」と書かれてはいるものの、3人がやっとの個室が並んでいるように見えるだけだ。全ての扉を開いたわけではないので完全に零の想像に過ぎないが。
部屋に入り扉を閉める。零は奥側に座って詩穂は入り口側に座った。
「なんか……まるで取り調べでもするかのようだね」
「確かに元はそういう目的で使っていたわ。今ほど警察や病院が協力的ではなかった時代の話だけれど」
「僕達が生まれるより少し前くらいまでの話だね。他の部屋もこんな感じになってるの?」
「いいえ。用途によって使い分けられるよう、もっと大人数が入れるような部屋もあるわ。……本題に入りましょう」
零は黙って首を縦に振り、詩穂の話に耳を傾けた。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
また体調を崩しました。
執筆が影響しているのかどうかと問われれば否だと思います。書き始めた当時は毎週5000文字を2作品やっていたので今の3000文字1作品なら負担は少ないです。
適度な運動も加えてきているのですが、どうもダメですね。疲れがうまく取れないみたいで……。
話は変わりますが、今回の章はもう少し続きそうです。出来れば戦闘の後は顛末がちょっとくらいの方が個人的には理想なのですが、梨々香を見つけるまでに彼女のことを知る機会を減らしてしまったばかりに、こうして終わりにツケが回ってきてるようです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!




