「意識せずにはいられない」
長瀬から連絡があり、その内容は亜梨沙が目覚めたということだ。病院の場所と部屋を聞き、零は急いで向かった。
幼馴染である潤は零の人柄を知っているので、急いで向かおうとする零を責めるようなこともせず「気をつけて向かえよ」とだけ言って見送った。
病室の扉は開放されており、特にノックする必要もなさそうだ。覗いて見てみると、4人部屋で窓際のベッドに座って外を眺めている亜梨沙の姿が見えた。
相部屋の患者達に会釈をしつつ亜梨沙に近付く。
「亜梨沙さん!」
「……ん? ちょっ!」
亜梨沙は零が来たことに気付くと布団で顔を半分隠した。
「来るなら先に連絡してよ! 連絡先知ってるんだからさ!」
「えっ? ああ、ごめん。長瀬さんから連絡があったからさ」
亜梨沙の中では今日の予定に来客はない。故に零相手……というより、他人に見せられる程の身だしなみを整えられていなかった。
当然、零はそんなことにも気が付かないが。
「あれ? 何だか思ったより元気そうで安心したよ」
「何? もっと病んでるものだと思った?」
「うん」
目覚めたばかりだと聞くのでもっと弱々しくなっているものだと零は思っていた。しかし、そこには知らないところでの気遣いがあったようだ。
「昨日には目が覚めたからかな。もう殆ど月曜日の朝くらいには元気だよ」
「ああ、そうなんだ。本当に良かったよ……」
零の声色が少し弱くなったので気になって亜梨沙は零の顔を見上げた。彼が今にも泣きそうな表情になっていたので亜梨沙は微笑んだ。
「鷺森君と黒山さんのお陰だね。なんていうか……その……鷺森君の声が聞こえた気がして」
「えっ?」
それは代償によって寿命が尽きる瞬間の話だ。亜梨沙は少し顔を赤くしながらその時の話をする。
「あの時、私は闇に包まれて何も見えなくなった。どんどん寒くなっていって身を縮めながらその時になって気が付いたの。ああ、寿命が尽きたんだなって。覚悟はしていたから諦めかけてた時、鷺森君の生きて欲しいって声が聞こえたんだ」
「…………」
魔法少女の覚悟を知った零が言った「それでも生きていて欲しいって思うよ」という言葉。亜梨沙はその言葉も一緒に思い出していた。
「その声はどんどん大きく強く響いて、私の胸を打った。心臓の鼓動みたいに打って、私の体をどんどん温かくしてくれた。気付けば真っ暗な闇は全て弾き飛ばされていて、目覚めたらここにいたの」
「そう、なんだ」
それは詩穂の『漆黒』という能力が発動して代償を『拒絶』した結果によるものだ。しかし、能力の名前の割には奇跡のような明るいもののようにも感じる。
零の言葉と思いは届いていた。では、詩穂の思いはどうだったのか。零はそれが気になった。
「だからその、ちょっと恥ずかしいかな」
「え?」
零には亜梨沙が恥ずかしがっている理由がわからない。
一方、亜梨沙としては零の熱い思いが言葉として届いているので、それを発していた本人が目の前にいると考えると意識せずにはいられない。
「どんな顔して接したらいいのか……」
「別に今まで通りでいいよ。こうしてまた顔を合わせてお話しできるんだから」
「今まで通り……。どうだったっけ……」
「…………」
亜梨沙の言っていること、思っていることが理解出来ないのでどう返したらいいのかよくわからない。
亜梨沙も亜梨沙で今までどんな風に零と接していたのか、考えれば考えるほどわからなくなっていく。
言葉が見つからずどんどん居づらくなっていく。お互いに何か気を紛らわせられないか言葉を探した。
「そういえば、いつ退院の予定なのかな?」
「うーんと、今日明日様子見て退院になるのかな。入院にも結構お金が掛かるらしいんだけど、費用は黒山さんの知り合いが全部支払ってくれるみたいでお母さんが驚いていたんだ」
「へー、そうなんだ!」
目覚めた時に見せた母の顔。それも以前、魔法少女の覚悟を知った零が指摘したことがあったので強く胸に響いた。
思わず涙が溢れてしまったほどではあるが、それを零にわざわざ言うわけにもいかない。ただ、鷺森零という存在が今までにないくらい影響を与えてきたことに間違いない。
「そういえば、師匠を操ってた幽霊はどうなったの?」
「ああ、逃げられた……って感じだけど、詳しくはまた今度話すよ。今はとにかく休むことに専念して欲しいな」
「そんな重体ってわけじゃないんですケドー」
「それでも、だよ。また黒山さんも交えて話をしようよ」
「はいはい」
「じゃあ、そろそろ僕は行くよ。お大事に、またね」
「うん、またね」
零は再び相部屋の患者達に会釈をして出ていった。その際、来た時よりも笑顔で会釈を返してくれていたような気がするが、彼女達は微笑ましく思っていたので気のせいではなかった。
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病院の通路を歩いていると、ちょうど亜梨沙がいる部屋の方へ向かっていく女性とすれ違った。不思議と全く知らないような気がしなかったので自然に会釈して通り過ぎようとする。
すると、女性が零に話しかけた。
「あの……もしかして、鷺森零さんでしょうか?」
「え? あ、はい。鷺森ですが……」
「あの、私は古戸といいます。亜梨沙の母です」
全く知らない気がしなかったのは、亜梨沙と母がよく似ているからだ。とはいえ、亜梨沙が活発な印象があるのに対して母の方は大人しい印象がある。
身嗜みにもかなり気を遣っているのだろう。長い茶髪で艶のある髪と皺が見られない肌が実年齢より若く見せる。
「あ! 初めまして」
零がそう返す亜梨沙の母は深々と頭を下げたので零は心の底から困惑した。亜梨沙の母だということもあるが、初対面の美女に頭を下げられるのは全くいい気がしない。
「いやあの、えっと……?」
「貴方が娘を救ってくれたそうですね。一人で勝手に廃墟へ向かった娘を背負って助けてくれたと聞きました」
「ああ……。まあ、確かに結果だけならそうなんですが……」
「本当にありがとうございます。娘が何か危険なことに首を突っ込んでいることはずっと前から知っていたんですが、心配する私たちの制止も聞かないものだから……」
「ああ……」
「でもこれであの子もわかってくれたと思います。私たちもようやく安心出来ます」
「……娘さんとよく話をしてあげてください」
「え?」
零はふとそんな言葉が出てきてつい口に出してしまった。
亜梨沙の母が言うことはわかる。零自身、こうして関わりを持って知った仲である以上、亜梨沙の無茶な行動に心配してしまう。
だが、彼女が梨々香に憧れた経緯は知っているし、彼女の行動によって救われた人は多いだろう。だから彼女の行動を全否定するような母の発言を見過ごせなかった。
「いや、聞いてあげてくださいって言う方が正しいかもしれません。娘さんが幼かった時、救ってくれた人の話は知っていますよね?」
「ええ。娘からは聞いています。ただ、犯人と娘の虚言だと思っていますが」
「信じられないかもしれませんが、そこには娘さんを助けてくれた女性が本当にいます。娘さんは……亜梨沙さんはそんな人に憧れて行動しているです。確かに無茶してる部分があるので、そこは僕もやめてほしいって思いますが、亜梨沙さんの強い思いも理解出来ます。だから、亜梨沙さんの思いを全否定しないであげて欲しい。彼女の思いと言葉にちゃんと向き合ってほしいって僕は思います」
「…………」
あまり腹落ちしていないような雰囲気なのが零にもわかった。だがきっと、これをきっかけにちゃんと話してくれることを期待するしかない。
公園で会った男が言うように、これからは亜梨沙が一人で戦うことはない。もう今回や今までのような無茶をさせない覚悟が零にはある。
だからじっと見る亜梨沙の母から目を逸らさない。大人にこうして意見しているので零の心臓は高鳴っている。
亜梨沙の時とは違う意味で居づらい空気が流れた後、亜梨沙の母の口から笑みが溢れた。
「ふふっ……」
「…………?」
「いえ、亜梨沙のことを考えてくれる男の子がいるって思うと少し可笑しくて。あの子が男の子に興味を持った瞬間を今まで知らなかったものだから……」
「えっと?」
そういう話はしていなかったはずだ。どうして急に話題が変わってしまうのか理解出来ない。
「今回のこともあるし、親としては亜梨沙の行動を黙って見守ることなんで出来ません。でも、鷺森君のようにあの子を支えてくれる人がいるのなら少し安心かな」
「ははっ。でも僕も亜梨沙さんが心配です。僕が亜梨沙さんの近くにいる以上、無理はさせませんから」
「鷺森君は亜梨沙とそういう仲なの? 今までちっともそんな気配が無かったのに」
「えっ? あのえっと、恋人とかってわけじゃなくて……。あれ、でもどういう仲なんだろう……?」
零は混乱している!
それがまた可笑しかったのか亜梨沙の母は小さく笑った。
「まだまだ色々と遠そうなのもわかりました。鷺森さん、今後とも亜梨沙のことをよろしくお願いします」
「えっと……僕も多分、亜梨沙さんにはお世話になると思うのでこちらこそよろしくお願いします」
亜梨沙の母は背を向け、亜梨沙の病室へと向かった。
零が思っていたより、本当はもっとしっかりした人なのだとわからされた。この調子なら亜梨沙と今後の話が出来るだろう。
そういった意味でも安心して零もこの場を後にした。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
先週の更新分をよくみると、後書きを誤って前書きに書いていました。疲れてるんだなって思いました。
今週は零と古戸母娘との話でいっぱいになってしまったので、来週は詩穂を出したいかなって思ってます。
この章も残り少ないですが、最後まで……その後もお付き合いいただければ嬉しいです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!