「自信を持ちなさい」
詩穂に問われて零は見たものを出来るだけそのまま伝えようと口を開いた。普段の彼であれば「え?」という疑問をまず置くところだが、誰よりも異変に気が付いている詩穂に驚くこともなく話を始める。
「彼の過去が見えたんだ……。遺書を置く瞬間じゃない、書くよりもっと以前の出来事が……」
零の説明を聞いて長瀬は目を丸くした。彼の能力をよく知る長瀬だからこそ、余計に衝撃を受けたのだ。
「ついに本人に迫るというわけだね……。10通もある遺書の中で、何が本当の理由なのかわかるかもしれない」
長瀬としては続けて残留思念を読み取って欲しい意図があってそう言ったわけだが、当の本人である零の顔は真っ青になっていた。
「すみません。今日はここまでにしてもらえませんか?」
今までにない程の動揺。零が普段通りでなくなっていたことは先程の言葉で長瀬にもわかった。
「そうだね、無理強いは出来ない。今日はここまでにしようか」
長瀬の表情は零が思っていた程、残念そうではなかった。それが零にとってせめてもの救いだった。
「すみません、失礼します……」
零は校長や長瀬の言葉を待たずにこの場を後にしようとした。退出の間際、長瀬の「またよろしく」という言葉が聞こえたが、それに答えることなく廊下へ出た。
『死者に寄り添うということは、死者に近付くということだ』
祖母の言葉を思い出して、零は怖くなった。何もいつもと違うことが怖いのではない。自分が死者に近付いたのではないか、という不安が零に恐怖を煽っていた。
ヨロヨロとした足取りで教室に向かって歩き出す。その後ろを詩穂が早足で追ってきた。
「鷺森君、大丈夫?」
「え、ああ、うん」
「大丈夫じゃ……なさそうね」
「ごめん」
詩穂は零の隣を歩く。無言で歩き続け、やがて6組の教室が見えてきた。
「鷺森君」
「…………?」
詩穂の声は恐ろしく静かで冷たい声だ。それが何か重要なことを話そうとしているように零は思えたので横目で詩穂を見ながら耳を傾ける。
「正直なところ、私は何者かが今回の事件に関わっていると思っているわ」
「何者か……?」
零が見た残留思念の中には今のところ何者かが自殺に関与するような描写はない。詩穂の突然な憶測に零は疑問ばかり頭に浮かんだ。
「……君がそう思う根拠は何かな?」
「ごめんなさい。現段階では話せない」
「え?」
「ただ、それだけは話しておくべきだと思ったの」
「よく……わからないよ」
零は理解のできないことばかりが立て続けに起こっているからか「ついていけない」と心底思った。結局のところ、詩穂が何を考え、何を知っているのかも未だによくわからない。
6組の前で止まることもなく、2人はそこで別れた。
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授業の途中で校長に呼ばれて出て行ったかと思えば、戻ってきた時には暗い顔をしていた零が潤は気になっていた。
昼休みに入り、零はいつも通り自分の席で弁当を広げる。顔色は優れないままだが、日常生活を普通に送れる程度には落ち込みすぎていないようだ。
そこにいつも通り、潤が弁当を持って零の前の席に座って弁当を広げた。
「零、何かあったのか?」
「……うん、まあ」
零は潤が異変に気付いたことに驚かなかった。2人はかなり長い付き合いなのだから、それくらい驚くほどのことでもない。
「昨日、お前と6組の黒山が一緒に歩いて帰るところを見たという噂を聞いたが、関係しているのか?」
「関係ないと言えば嘘になるだろうけど、黒山さんが原因というわけではないよ。確かに、ちょっとよくわからない人だけど」
そう言って零は苦笑いを浮かべた。一方、潤の表情は険しいままだ。
「黒山のことなら少しは知ってる。彼女は恐ろしく戦闘向の能力を持っているから、その筋では結構有名だ。───とはいえ、能力を生かした生き方はしないようだがな」
「戦闘向だけど、潤みたいに戦ったりはしないってこと?」
「ああ。誰かの為に戦うような人ではないにも関わらず、治療の対象外となっている。そういった面では俺達も黒山のことはよくわからないな」
考えてみれば、零は今のところ詩穂の能力を見たことがない。そして潤も彼女の能力については「戦闘向」という情報しか知らない。
詩穂のこと自体は取り敢えず置いておくとして、潤は本当に話そうと思っていた話題に戻した。
「というかむしろ、何故お前が黒山と行動することになった? 今回の案件に黒山が関係しているということか?」
「うーん……関係している、というわけではなさそうだけど、今回の案件についてまだ視えていない何者かが関与している可能性に心当たりがあるらしい」
零は話しながらふと、自分で気になったことがあった。
詩穂が今回の案件に関わってくる理由については何もわかっていないが、むしろ詩穂自身からもたらされた情報は黒幕の可能性についてだけだ。
ならばもしかすると、詩穂は零の残留思念を読み取る力を利用して、その黒幕を炙り出すことが目的なのではないだろうか。
もしそうなのであれば、零の中で辻褄が合う。
そんなことを零が考えている一方で、潤は心配そうな顔を浮かべていた。
「話を聞いている限り黒山が敵だというわけではなさそうだが、ちゃんと味方なのか? お前が自分でも知らないうちに面倒なことに巻き込まれていないといいが……」
潤の言う通り、詩穂が味方だという確証もないのに首を突っ込むのは危険だ。少なくとも詩穂が敵だということはないが、だからといって味方だというわけでもない。敵じゃないことが味方である証明にはならないのだから。
それでも零は先程よりも少しばかり気が楽になっていた。儚げな微笑を潤に向ける。
「大丈夫。何かあってもちゃんと潤に相談するからさ。あてにしてるよ?」
「ああ」
零の中にある恐怖が消え去ったわけではない。だがそれでも、気が楽になったのは間違いなく潤のお陰だ。零は弁当を食べながら、心の中で潤に感謝を述べた。
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零はすぐに帰宅して台所の出入り口にある暖簾を少しめくって中を覗いた。
そしてそこには零が予想した通り、祖母が夕飯の支度を始めている。
「婆ちゃん、ただいま」
「おかえり、零」
孫に「おかえり」を言うために手を止め、振り返って零の方を見た。そしてすぐに夕飯の準備に戻る。
「あ、婆ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん、ちょっと待って」
祖母は手を止められるところまで進めた後、振り返って零の方をまっすぐ見た。忙しいのにこうして時間を割いてくれることが、零は少し嬉しかった。
「どうした、零?」
「ああ、うん。今日もまた遺書の残留思念を読み取っていたんだけど、いつもと違うのが視えて……」
「うん」
「いつもは遺書を置く瞬間が視えるのに、途中から多分、書く時に何を思い出していたのかが視えたんだ。───これって、婆ちゃんが言ってた、死者に近付いてるってことなのかな……?」
不安そうに語る零の言葉を最後まで聞き、祖母は天を仰いだ。そうしてすぐに視線を戻し、零に微笑みかけた。
「そんなに不安がることはないよ、零。お前にはご先祖様より代々継がれてきた能力があるわけだけど、それは昔からその形だったわけじゃあない」
「え?」
「この世ならざる者も時代によって形を変える。だからこそ、こちらも力の作用を変える必要がある。……視え方が変わったということは、そこに何かがあるんじゃないか?」
「そう、なのかな……」
「零はご先祖様が代々継承してきたように、自分の責務を全うしようとしている。それが誇らしいよ」
祖母は本当に心から嬉しそうだった。だが、孫が間違った道を進まないよう、念のため確認もしておく。
「零。お前は死にたいって思っているわけじゃないだろう?」
「もちろん。……僕はそんなこと思っていないよ」
「なら大丈夫だ。死者に近付いてなどいない、自分の力に自信を持ちなさい」
祖母のお陰で、零を不安にさせていた恐怖は取り除かれる。無論、祖母としてはあまりリスクのあることはして欲しくないが、それでも先祖から継がれてきた力を持った以上は世のために役立てなければならない。自分に与えられた役割を不安になりながらも全うしようとする孫の姿が本当に誇らしかった。
「ありがとう、婆ちゃん。今後も気を付けながら、この力を役立てていくよ」
「うん」
零は台所を後にする。自室へ向かう零の背中を見送った後、祖母は家事に戻った。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
ここ最近、執筆中に寝落ちしてスマホのバッテリーが切れ、保存していない分が消えてしまうという事故が起こってます。困りました。
人は誰しもが色んな顔を持って生きています。私の場合、1人で黙々と没頭して作業に取り組む姿と笑いながら他者と明るく会話する姿があります。
本当は必要以上に話したくないのが本音なのに、相手に不快な思いをさせないよう、笑顔を作って明るく接する……本当の自分の姿がわからず、現実から目を背けたくなる。
或いは日常のどこかに目を背けたい現実があるだけなのかもしれません。
いずれにせよ、現実から目を背けようと目を瞑れば寝落ちしてしまう……というわけです。
最近は1年前と同じ時間に起きれなくなりました。多分、出社したくないだけなんだろうな、と昨日になってわかってしまいました。
やらなくてはならないことばかりの人生は本当につまらない。こうしたつまらないことを押し付ける先人を見て、私は「地獄に落ちろ」とさえ思うことだってあります。
年々つまらなくなる日常が、また楽しいものになることを祈って今回の後書きを締めたいと思います。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!
……そろそろ戦闘書きたいなぁ。