代償に『抗う』
『黄零』が鷺森露を撃退したことによって詩穂と戦っていた重度の中二病患者達は糸が切れたようにその場で倒れた。
3人ともとっくに限界を超えている。命を落とす前に操り主である鷺森露との繋がりが切れて、詩穂は心底ホッとした。
「…………」
しかし、その安心も束の間だ。直後に大きな力の奔流を感じて零と亜梨沙がいる奥の方を見る。詩穂に生まれつき備わっている「重度の中二病患者を感じ取る能力」が亜梨沙と梨々香の激突を察知した。
現段階ではどちらが勝つかはわからない。当然、これは戦いなのだから勝利することが大事ではあるものの、詩穂は勝敗よりもその力に零が巻き込まれることに危機感を覚えて現場へと向かった。
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「いたっ!」
大きな力の激突により吹き荒れる突風が洞窟内の砂利を飛ばして零の手や体に当たる。2人の決着を見届けることが自分の責務だと思ってこの場に残っているが、これではとてもそれどころではない。
「鷺森君」
「あ、黒山さん!」
そう思っていた矢先にいつの間にか隣には詩穂がいた。彼女が展開した漆黒の帯が飛んでくる砂利から零を守った。
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。古戸さん、本気なのね」
「うん。彼女からすごく強い希望の光を感じるよ」
零と詩穂はただ亜梨沙の健闘ぶりを見る。本気の表情で師匠と慕った相手とぶつかる姿に零は「格好いい」と思った。
「やあああああ!」
「…………」
『奇跡』の力がぶつかり合い、互いに拮抗しながらも出力を強め合う。洞窟内でこんな強い力を使ったら崩落の危険を生んでしまうのだが、そんなことを気にする余裕がないほど、マジカル☆アリサは『奇跡』に専念していた。
光だけでは闇堕ちリリカを救えない。だから心に訴えかける『奇跡』を見せなければならない。
魔法少女同士の衝突は次のステージへと進んだ。
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何もない世界。黄色の光で溢れた世界と真っ暗な世界の境界線で亜梨沙と梨々香の2人は立っていた。
この世界は『奇跡』という能力同士がぶつかり合って例外的に出来る世界だ。しかし、それは一部だけ亜梨沙の思惑通りとなっている。
そこにいる梨々香は闇堕ちリリカではない。小泉梨々香、その人の本心である。それは当然、正面に立つ亜梨沙もそうだ。
「師匠……」
寄り添おうとする亜梨沙の声に梨々香は首を横に振った。
「私は師匠と呼ばれる程の価値はないの。だから放っておいて」
「お断りします!」
亜梨沙は面と向かって断った。はっきりとしたその反応に梨々香は驚いて目を丸くする。
「教えて下さい。何故、あなた程の魔法少女が絶望してしまったんですか? 何があなたをそうさせたんですか?」
それは亜梨沙の率直な疑問。それに対して梨々香は嘘偽りのない率直な答えを返すことしか出来ない。
「私は選ばれなかったから。透夜に……黒山透夜に選ばれなかったから」
その感情は失恋に近かった。だが、ただの失恋よりももっと深い喪失感が亜梨沙にも伝わった。
梨々香が俯きながら話を続ける。
「私は『奇跡』という力を持つ魔法少女でありながら、透夜を救えなかった。私に力があれば、透夜を救えたのかもしれないのに」
「…………」
「透夜は現輝君との決着をつけた後、人が変わったように詩織さんとの愛を深めた。そして彼は若くして父親になり、今は地嶋グループの社員として苦しんでる……」
黒山透夜に対する無力感が闇堕ちした理由なのだと亜梨沙は悟った。しかし、感情面での喪失感と無力感は理解出来ても、一方で起きている現象がわからない。
ただ、一つだけ点と点が結ばれる気がした。
「若くして父親にって……その子はもしかして」
「───そう、黒山詩穂ちゃん」
黒山透夜も黒山詩穂もどちらも重度の中二病界隈では有名な名前だ。ただし、黒山透夜の方は今や過去の人間であり、重度の中二病患者集団が起こした拉致・監禁事件を解決に導いた活躍が最後となっている。
現代の高校生でも黒山透夜の名は知られているものの、黒山という名前は詩穂で上塗りされている。2人が親子であることは容易に考えられるが、まさかここで出てくるとは思わなかった。
「詩穂ちゃんも可哀想に……。ずっと透夜とは離れ離れだから、甘えることも知らずに……」
詩穂に対する無力感も梨々香を苦しめているようだ。些細は問えないが、一つだけ亜梨沙には言えることがある。
「黒山詩穂さんは、もう一人じゃないです。鷺森君がいます。私もいます」
無力感で項垂れていた梨々香が少し顔を上げる。
「私達が友達としてあの子を支えます。お父さんのことは色々あってどうにかできないかもしれないけど、師匠が出来なかったことは私達が引き継ぎますから!」
「でも……」
「あの日、師匠が私を悪漢から救ってくれた時、私は魔法少女であるあなたに憧れました。そして私も魔法少女になった。だから今度は、あなたの背中を追い掛けるんじゃなくて、追い越して皆を救います」
「あ……」
梨々香は亜梨沙の言葉を聞いて気付かされた。
自分には『奇跡』という力があって、何でも一人で出来るんだって思い込んでいたことに。
でもそれは間違いであって、魔法少女であっても……いや、魔法少女であるからこそ他者と協力して不条理と戦っていかなければならない。
「小泉梨々香さん。あなたがあの時私を救ってくれたから今がある。あなたの『奇跡』はこうして繋がっているんです。だから、自分が……自分だけが無力だなんて思わないで……!」
「うん……うん……!」
梨々香の瞳には涙が溢れていた。やがて、堰き止めていた何かが壊れ、少女のように泣く。
「…………」
亜梨沙はゆっくりと歩み寄って梨々香を抱き寄せる。その温もりに寄りかかって梨々香も亜梨沙を抱きしめ、痛みを分かち合った。
真っ暗な世界はやがてひび割れて崩れ去る。その代わりに本来の姿を取り戻したのか、いつの間にかその世界は薄い桃色の優しい世界へと変わった。
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魔法少女同士による大きな力の衝突はゆっくりと小さくなって消え去った。
直後、心の対話を終えた二人は同時に倒れる。
「亜梨沙さん!」
零は妖刀をガラケーに戻しながら駆け寄って亜梨沙を起こした。しかし、彼女の顔は蒼白であり、身体には一切の力が入っていない。
「あ……あっ……」
脈があるか右手で触れて確認するが、ない。どんどん冷たくなり、彼女に死が迫っているのだと直感した。
「亜梨沙さん! 亜梨沙さん!」
彼女の名前を呼ぶが反応はない。『奇跡』の「起こした奇跡の大きさによって寿命が奪われる」という代償がついに亜梨沙の命を全て吸い取ったということだ。
「そ、そんな……嫌だ、嫌だ!」
彼女の喪失と同時に蓋をしたはずの悲しい記憶が少しずつ蘇ってくる。
大雨の日。大きな鉄の塊。痛みに耐えながら地を這って、辿り着いた先にあった血塗れの両親。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
子供のように喚き始める零。そんな異変に詩穂が気付かないはずもなかった。
詩穂は梨々香の脈を確認した後、零の異変に気付いて駆け寄った。どうしたのか聞くまでもなく、亜梨沙に代償がやってきたのだと見ただけでわかった。
「鷺森君、落ち着いて」
「嫌だ嫌だ、ああ……嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だよ……」
「鷺森君!」
漆黒の帯を使って亜梨沙を支えながら零を引き剥がして吹き飛ばす。驚いて目を見開いた零がシバリングをするかのように歯をカチカチ鳴らした。
カチカチカチカチカチ。
「鷺森君、落ち着いて。古戸さんを死なせやしないわ」
「あ……」
「だから力を貸しなさい。貴方の古戸さんを失いたくないという気持ちが必要なの」
「え?」
少しずつ冷静さを取り戻してきてはいるものの、きょとんとしている零に詩穂は少しイラっとした。その腹いせかどうかは微妙なところだが、漆黒の帯を使って尻餅ついている零を無理矢理立たせ、右手の頬をつねって亜梨沙の近くへと来させた。
「イヘヘヘヘ(イテテテテ)! いはいよ(痛いよ)!」
「しゃきっとしなさい。救える命も救えないわよ」
「あ……うん、ごめん。どうしたらいい?」
「私と手を繋いで、古戸さんを失いたくないという気持ちを強く思うの」
「強く思う……わかった!」
零は積極的に右手で詩穂の左手を握る。そして「亜梨沙に生きていて欲しい」と念じた。
「代償を『拒絶』する」
詩穂はそう言って亜梨沙に右手を向けて能力を発動し、漆黒のオーラが亜梨沙を包んで霧散した。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
今回は筆が進みました。とはいえ、まだまだ梨々香に関して浅いような気もしてます。
零のトラウマ爆発。彼にとって両親を失った記憶は出来るだけ思い出したくないようです。これは『黒零』にも関係している設定です。
次回は戦いのリザルト、梨々香の掘り下げをしていければと思っています。
亜梨沙はどうなってしまうのか!?
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!