勘違い
妖刀で戦う零相手に素手で挑むなど、自ら葬られにいっているのと同じだ。しかし、この世ならざるものの大半は武装できるわけではない。
鷺森露は零を倒すために霊力を手足に集中させた。生前こそは霊能力が使えなかったものの、鷺森の血を引いた魂には素質がある。だからこそ鷺森露は手足に集中させた霊力を武器として使用することができる。
白と黒の混ざった妖しい形へと姿を変え、零に殴り掛かる。
『ふっ!』
「んっ!」
零はその拳を切り裂こうと妖刀を振り下ろした。例え中心を切ることが出来ずとも、攻撃を逸らすことはできる。そう思っての行動だった。
そして、それは狙い通りに攻撃を逸らすことが出来た。だが、鷺森露にとってはその程度気にすることでもない。体勢を崩さずにそのまま蹴りを放った。
流石にそれを妖刀で防御出来るほどすぐに切り返しはできない。すかさず後方に跳んで蹴りを躱した。
「体術に優れているようですね。生前は格闘技でも?」
『ふん。鷺森の名を継ぐ女だとはいえ、雫はこと人間相手には普通の女に過ぎん。それを守るのが俺の使命だった!』
回し蹴りで零の首を吹き飛ばそうとする。当たればただで済まないのはよくわかる。零は焦ることなく妖刀でそれを受け流す。
「でも貴方はちゃんと守り切った! 雫さんが死んでしまったの貴方のせいじゃない……」
『ああ、そうだ! 全ては鷺森家に与えられた能力と伝統が悪い! だが俺は自分にその能力が無かったのが悔やまれてならない!』
叫びながらも鷺森露は素早く強いラッシュを放ち、零を圧倒する。霊力が込められた武装の能力も合わさってその攻撃は零が想定していたより遥かに手強いものだった。
「くっ……!」
『なのに、同じ鷺森の男であるお前は紛い物であっても俺にない力を持っている……。何故だ!?』
「ぐっ、それは……っ!」
鷺森露の回し蹴りをしゃがんで回避し、そのまま切り上げる。咄嗟に後方へ仰け反って躱そうとするが、間に合わない。剣先が鼻先に触れ、鷺森露という存在に傷が付く。
「お母さんが僕に託したからだ! 貴方の孫である鷺森澪が!」
母である澪と曽祖父である露に面識があるのか零にはわからない。ただその事実だけを言えば伝わるのだという根拠のない確信があった。
納得してくれるかどうは別問題だが。
『鷺森の当主が、資格のない男に力を託すだと? そんなことがあるものか!』
口では否定している。伝統を考えれば、確かにそんなことが起こるはずもない。しかし、それは不可能なことではない。鷺森露にもそれがわかっていたからこそ、零の言葉に動揺している。
『もしそれが可能なら、許されるなら! 俺は雫からその力を奪い、あの子を危険な目に遭わせなかった! 何故俺にはそれができん!』
冷静さに欠いたヤケクソのようなパンチが放たれる。だがそれは決して弱いものではなく、体術に優れているが故に威力と速さは伊達ではない。零は背中に冷や汗を流しながらも、どうにか冷静に攻撃を捌く。
『鷺森家は! いつも! そうだ! だから俺がぶっ壊してやる!』
「…………」
『もう、誰も失ってしまうことがないように! 俺が鷺森の終止符を打つ!』
「……っ!」
『お前もその紋入り袴に袖を通し、運命に操られているだろう!? お前を含め、救ってやろうと言うのだ。邪魔をするな!』
「それが、小泉さんを巻き込むのと何の関係があるというんですか!?」
鷺森露の言葉に言い返しながら零は反撃を仕掛ける。隙を見て妖刀で弾き、滑るように体を全身させてそのまま妖刀を振り下ろす。
最早関係ないとばかりに鷺森露から回避する意思が見られない。当然、切られたなら少しずつ鷺森露とこの世の繋がりは薄れているが、今の零ではそれも微々たるものでしかない。鷺森露を追い詰められるほど、零はまだ霊力をものにしていなかった。
『並大抵の方法では解き放たれないことくらい、お前にもわかっているだろう! 未知の力に頼るくらい何が悪い!?』
その発言を聞いて零はハッとなった。梨々香や亜梨沙の『奇跡』という能力は魔法少女という姿で現れているので一見幻想的だが、能力そのものは代償を払える範囲であるなら効力は無限大だ。
その強大さ故に「鷺森露は能力を買って梨々香を操った」と思っていたが、実は違う。鷺森露からすれば、重度の中二病という能力そのものが未知なので狙いは重度の中二病患者という戦力だったということだ。
それは詩穂が現在相手している重度の中二病患者達の存在が裏付けている。
「貴方は重度の中二病患者なら誰でも巻き込むというのか!?」
『重度の中二病患者とやらが何なのかはわからないが、俺にもわからない未知の能力を持った者なら俺は利用する。目的の為にな!』
気持ちはわかる。
だが、それは間違っている。零は心の底からそう思った。
「これ以上、被害者を増やさない為にも貴方を葬ります」
『…………』
霊力を集中させた零が先程よりも輝く。鷺森露にはその姿がよく知った人と重なったような気がした。
『忌々しい……!』
そう呟いて鷺森露は再度攻撃を仕掛ける為、素早く零に接近した。
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近接攻撃方法を持った相手が2人と遠距離攻撃が1人。
詩穂は超能力と『漆黒』を駆使して戦っている。重度の中二病による攻撃を無力化できる『拒絶』と広い範囲に影響を与えることができる『黒』が混ざった『漆黒』の能力は、相手の攻撃を例外なく全て無力化していた。
光の針での遠距離攻撃は数を問わず片手をかざしただけで弾き飛ばし、伸縮可能な棒と高威力の格闘戦術を使う相手は超能力による漆黒の影で妨害しながら、これもまた同じように手で払って一時的に相手の武装型を強制解除する。
「ぐおっ!」
「がっ!」
そのまま漆黒の帯を相手に向かって伸ばす。見た目に反した硬さと勢いを持った帯は近接攻撃2人を軽々と後方へ吹き飛ばした。
すかさず遠距離攻撃担当が無数の針を飛ばしてくる。それに対し詩穂は『漆黒』のオーラを前面に展開し、まるでバリアのようになった『漆黒』のオーラは針を1本も通さなかった。
「…………」
苦戦はしてない。だが、詩穂は決め手に欠けていた。
近接攻撃担当を吹き飛ばした直後に遠距離攻撃がやってきて、それを無力化しているうちに近距離攻撃担当が蘇って戻ってくる。
いつもの相手なら人数が少ないのですぐ終わるし、今回のような人数であっても相手の方がどこかで諦めて綻びが生まれる。しかし、今回の相手は半ば鷺森露の意志によって戦っているので精神的な限界が相手にはない。
どうにか今の状態を崩せるような方法がないか考えながら詩穂は戦っていた。
詩穂自身も武装型で禍々しくなった両腕で反撃する。確かな高威力で相手にダメージを与えるが、まるでゾンビのように立ち上がって戦いを挑んでくる。
(このままでは……)
このままでは彼らの身体だけがボロボロになり、正気に戻った時には手遅れにになってしまう可能性でさえ考えられる。
どうにかそろそろ決着をつけなければならない。しかし、それには零の力が不可欠だ。彼を信じ、時間稼ぎを行う方向で戦おうと詩穂は決めた。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
来週もお楽しみに!今回の休みは色々書けたらなって思ってます。よろしくお願いします!