小さな導き手
詩穂の能力による強引な移動は痛みを伴う。というのも、詩穂本人はその移動方法に慣れたものだが、漆黒の帯で誰かを掴んで移動する方法は零相手に使ったのが初めてだったので、まだ掴む加減がよくわかっていない。
それ故に掴まれた横腹が少しばかり痛む零だったが、文句は後で言うしかない。それよりもまず、亜梨沙を囲んでいたこの世ならざるもの7体を葬る必要がある。
白く輝く妖刀で躊躇なく相手を切り伏せる。無茶とも言えるほどの戦いを潜り抜けてきたお陰で、鷺森露によって植え付けられた霊力をこの短期間である程度コントロール出来るようになり、その霊力が込められた妖刀は零の思い描いた通りに相手を一刀両断できるだけの威力を発揮していた。
その威力を見ても、残るこの世ならざるものは臆する様子を見せない。そもそも、そういった感情を持ち合わせる程の強さが相手にはない。
所詮、別の強大なこの世ならざるものが力を得る為に蓄積しようとした怨念などの残り滓が形取っただけに過ぎない。零はその理屈を知らないものの、相手が小物の集まりであることくらいは感じ取れる。
「……ふっ!」
詩穂や亜梨沙と違って相手を視認出来る零には相手の攻撃など当たらない。といっても、攻撃なんて大層なものではなく、ただ無機質に腕を振り回すだけの行為でしかない。当然、当たれば亜梨沙のように衰弱していくが、零には当たらないので意味はない。
落ち着いて1つずつ回避し、すぐさま斬りつける。全て一撃で切り伏せ、程なくしてこの場にいる全てのこの世ならざるものを葬った。
「さて、取り敢えずは安全を確保できた」
「……うん」
詩穂にはそれが本当かどうかなど判断できない。もしかしたら、零にも感じ取れない未知の何かが脅威として残っている可能性も考えられるが、それを考え出したらキリがない。
警戒を怠ることは絶対にしないが、目の前の脅威が去ったのには間違いないだろう。肩を貸している亜梨沙を見る。
「古戸亜梨沙さん。疲弊しているのなら、ここは撤退した方がいいわ」
「ん、大丈夫……!」
亜梨沙はそう断って自力で立つ為、詩穂から離れた。
だが、無理しているということに変わりはない。まだ意識がはっきりしないのでどうにもふらつく。
「古戸さん、無理よ」
「大丈夫……だから。私が師匠を迎えに行かないと……!」
「…………」
亜梨沙は聞く耳を持たない。もしかしたら零の言うことなら聞いてくれるかもしれないと思って、詩穂は零の方を見た。
「……ん?」
「ん? じゃなくて、彼女を説得なさい。これ以上は流石に彼女が危険だと思うわ」
「んー、そうだね。でも僕が言っても聞かないと思うよ? 誰にだって譲れないことの一つや二つあるでしょ」
「…………」
今の亜梨沙を連れて行くのが危険だという意見は変わらない。だが、詩穂には零の言いたいことがわからなくもなかったので呆れたように溜息を吐きだから階段の方へ向かって歩き出した。
「後少しだ。頑張ろう、亜梨沙さん!」
「うん……!」
返事はまだいつもより弱々しいが、奮い立っている雰囲気はある。零は「その調子だ」と心の中で呟きながら、一緒に前へ進んだ。
───とはいえ、どこへ迎えばいいのか誰にもわからない。結局、階段の前で3人は止まった。
「古戸さん、梨々香さんはどこへ向かったの?」
「こっちの方に向かったのは見えたんだけど……」
だが、階段を登ったようには思えない。そもそも階段を登って二階に上がったところで戦うには向かないし、逃げるにしても自ら逃げ場を無くしているのと同じになる。
ふと、零が周囲を見回して観察していると、途中で残留思念が目に止まった。前回ここで会った少年の残留思念だ。
(……なんだ?)
少年の残留思念は零と目が合ったことに気付くと、階段を指差した。しかし、それが階段を指しているわけではないと思った零は階段の裏側に注目した。
「鷺森君?」
何も言うことなく吸い寄せられるように動き出す零。二人がその後をついていくと、小さな戸が目の前に現れた。
零は振り返って少年の残留思念に目を合わせて確認する。すると、少年は満足げに微笑んで頷く。
少年に想いを託された。今度こそ思い出深いこの場所を穢すその存在を祓えと。
「……鷺森君、何か見えるの?」
零の様子があまりにおかしいと思った詩穂がそう問う。彼女は零が残留思念を見ていると薄々勘付いていたから敢えて質問したのだ。
「ああ、うん。小さな導き手が僕に道を示してくれたんだ」
零はそう答えながら小さな戸を引いて開ける。一見、そこはただの倉庫にしか見えないが、何処かへ繋がっているのか風が吹いている。
「行こう」
二人は頷き、小さな戸を潜って先へ進んだ。
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奥へ進むと、そこは地下通路のようになっていた。しかし、比較的現代まで使われていたようで、スイッチを入れると明かりが付く。通気口から雨水が入ってこないように工夫されて作られているが、流石に湿気は入り込んでいるようでジメッとした蒸し暑さが亜梨沙と詩穂を襲った。
電気が使えることに違和感を感じた零と詩穂だが、今はそれを気にしている場合ではない。警戒して前に進み、やがて少し広い場所に出た。
「どうして、ここまで追ってきた?」
当然、女の声が聞こえたので三人は驚いて聞こえた方向を見る。すると、そこには項垂れていない梨々香が立っていた。
「師匠……!」
「待って」
すぐに駆け寄ろうとする亜梨沙を零が止める。零には先程の発言が梨々香本人のものではなく、鷺森露が梨々香を通じて声を発しているのだと一目で理解した。
そしてその問いは零にのみ向けられたものではない。三人に向けられたものである。
「俺の邪魔をしようものなら、子供相手だろうと加減はせんぞ!」
排除を宣告した直後、梨々香の左右横から男女一組が姿を現す。そして梨々香の前に立ち、三人と対峙した。
「あっ!」
亜梨沙が声を上げると同時に梨々香は更に奥へと進んでいく。追い掛けたい気持ちは十分に強いが、まずは目の前の二人組をどうにかしなくてはならない。
「鷺森君、古戸さん。ここは私に任せて先に向かいなさい」
「え、黒山さん?」
「相手は重度の中二病患者よ。私が無力化するから、梨々香さんをお願い!」
「……わかった!」
詩穂の強さは十分に知っている。零は彼女を信じて亜梨沙を連れ走り出した。
二人組が通すまいと零達に立ちはだかる。しかし、詩穂による漆黒の帯が二人組を攻撃し、躱した結果、道を開ける結果となってしまった。
「悪いけれど、二人の邪魔はさせない。すぐに終わらせる……!」
詩穂は両腕を「武装型」で禍々しい悪魔のような腕に姿を変えて構えながら、漆黒の帯で再度二人組に攻撃を仕掛けた。
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走って奥へ進み、梨々香に追いつく。
梨々香は振り返って二人を見ると、不敵に微笑んだ。
「鷺森の子孫が……ましてや、鷺森の男が俺の邪魔をするというのか?」
「貴方が何をする気なのか今も明確にはわからない。けど、きっと間違っていることだろうから、僕は戦います」
「前に言ったはずだ。せめて邪魔をするな、と」
「それでも! 貴方が婆ちゃんのお父さんであっても、僕は!」
「聞く耳持たぬ小僧が!」
梨々香が変身を遂げる。お約束の台詞はなく、その代わりに今までにない邪悪なオーラが彼女を包み、闇堕ちした魔法少女がそこに誕生した。
「まとめて消してやる」
ステッキに邪悪なオーラが溜まり、放たれようとする。しかし、亜梨沙がそれを許さなかった。
「させない!」
ミラクル☆アリサのフルーレにも黄色のミラクリウムがチャージされる。
二人を消そうとする邪悪なオーラが放たれるのと同時に、フルーレの剣先からも黄色の光線が放たれた。
その光線は邪悪なオーラを押し退けるものではない。包み込んで優しく霧散させるものだった。
「はあっ!」
すかさず零が梨々香を斬りつける。それによって、鷺森露と梨々香の繋がりが絶たれた。
『貴様……!』
「貴方の相手は僕だ。鷺森家の長男として、貴方を倒します!」
『……っ!』
鷺森露の目には零が輝いて見える。その輝き、長きに渡って忘れてしまった何かだと、懐かしくさせる。
『ええい! 忌まわしい!』
そんな感慨など振り払い、鷺森露は零に襲い掛かった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
RPGってゲームによっては「こういう敵はこのキャラが有効」っていう設定になっているものもありますよね。FF10とか、ゼノブレイドとかやったことある方は想像しやすいと思います。
今の零と詩穂はまさにそんな感じですよね。自分でも気付かないうちにこうなってました……。
そもそも零は残留思念で事件に関する情報を追っていく立ち位置で、その能力を持っているのも遺伝的なものがあるから……っていう話しなので、必然的にこうなってしまうのかもしれません。そういったものが見える以上、悪しきものを葬る手段も持っていなければ、見えないふりをしないといけないわけですからね。
軸をブレさせずに書き続けるというのはプロットなしだと難しいですね。まあ、プロットあってもその通りにならないのが夏風陽向スタイルなのですが(おい)
それではまた次回、来週もよろしくお願いします!
書く時間が得られるか微妙なところですが、文字数減ってもお届けします。