廃屋の恐怖
「なん……で?」
亜梨沙はがっかりのあまりにそれを口に出してしまっていた。
しかし、失望するにはまだ早い。思い返してみれば、前回ここへ来た時も最初は梨々香の姿がなかった。
つまり、以前と同様に一度二階へ行けばいつの間にか姿を現すかもしれない。何だかゲームのイベント発生条件みたいで現実味がないが、それを言ってしまえば零の言っている「操っている存在」だって現実味がない。疑うわけではないが、信じざるを得ないからこそ、実行してみる。
(怖い……けど)
亜梨沙は油断することなく少しずつ奥に進む。前回は零が一緒にいたのであまり気にならなかったが、いざ一人で行くとなると暑さを忘れて背筋が凍るほどに恐怖心が襲ってくる。まさか、家主やその家族がここに来ているとは思えないが、逆に人外のものが現れて襲われる可能性だってあるのではないか……と亜梨沙は考えてしまう。
何もない建物だったらまだ良かったのだが、かつて生活で使っていたであろう物が残ったままになっている。肝試しなどで侵入された形跡なのか、物がボロボロになっていたり落書きなども散見されるが、それらが余計に恐怖心を掻き立てる。
前回、零が立ち止まって何かしら呟きながら見ていた部屋の前まで来た。布団が敷きっぱなしだったり、衣類が部屋中に散らかっており、ここに住人だった人の霊が出てきてもおかしくないような、そんな気がする。
見れば見るほど何だか怖くなるので出来るだけ周りを見ないように意識しながら進む。時々聞こえる物音に驚いては警戒し、心臓は自分でもわかるほどに高鳴っていた。
きっと零達は自分を追いかけて来ている。彼等を置いて一人で来ておきながら、恐怖心から早く来てくれることを願ってしまう。それ程までにこの場所の雰囲気は悪かった。
ようやく二階に辿り着く。零はここでも何かを感じ取っていたようだが、亜梨沙にはそれがわからない。
ようやく折り返し地点まで来た。後は下に降りて一番広い部屋に梨々香が立っていることを願うだけだ。
降りる時はゆっくりでなく、逃げるように走って降りていった。古い建物ではあるが、幸いにも木製の階段はまだしっかりしていた。亜梨沙の体重程度なら雑に踏みつけられても壊れることはない。
そのままの勢いで走って一番広い部屋まで向かう。恐る恐るその場へ顔を向けると、そこには期待していた通りに梨々香がそこにいた。
どういう因果関係なのかはわからない。だが、そんなことを気にすることもなく亜梨沙は叫んだ。
「師匠!」
「…………」
項垂れていた梨々香は少しずつ顔を上げる。そうして不安定な足取りでゆっくり亜梨沙の方へ近付き、ようやく見えた顔色に亜梨沙はショックを受けた。
(そんな……! こんなにやつれて……)
かつて憧れた魔法少女ミラクル☆リリカの面影が薄れてしまっていると言えるほどに彼女はやつれていた。当時が大学生くらいだったのだから、今はもう30代前半だろう。それにしては、やつれているせいか老けて見えてしまう。
そして、前回見た時よりもやつれ具合が深刻化している。
「師匠、今すぐ助けますから! 一緒に帰りましょう!」
「……放っておいて」
ようやく出てきた梨々香の言葉は亜梨沙の気持ちを拒絶するものだった。それに驚いた亜梨沙は「えっ」と呟く。
「今のままでいいわけありません! 今、私が助けますから!」
亜梨沙はそう叫んで奮い立ち、右手で黄色の髪留めに軽く触れる。
「アリサ☆チェンジ!」
その言葉を口にした直後、黄色の眩い光が梨々香を襲う。光が徐々に落ち着いて消えると、亜梨沙は魔法少女ミラクル☆アリサに変身し、フルーレの剣先を梨々香に向けた。
「行きます!」
このまま「スーパーミラクル☆アリサマジック」を使えば『奇跡』が起きて梨々香を正気に戻せるかもしれない。
それを信じて「ミラクリウムチャージ」をしようとした。必殺技を使うにはそれ相応にミラクリウムをチャージする必要がある。
しかし、梨々香はそれに驚くことも無ければ相手しようとする気すらない。ところが不気味なことに狂気じみた笑みを浮かべた。
「えっ……!?」
亜梨沙は驚いて咄嗟にミラクリウムのチャージを止める。梨々香の不気味な笑みにも驚いたが、背後から何かの気配を感じて振り返る。
(な、何……!?)
そこには何もいない。しかし、その気配に呼応するかのように周囲のあらゆる方向から気配だけを感じる。
下手に身動きが取れない。そうしているうちに梨々香は階段の方へ向かって歩き出す。
「ま、待って……!」
───とは言ってみるものの、梨々香が止まることはない。見えない何かの気配に警戒しつつも怯えながら対処を考える。
「はっ!?」
何かを感じて躱すように気配がしない方向へ移動する。何が起きているのかはわからないが「何かが周囲にいる」ことだけは不思議とわかる。
だが、だからといってどうすることもできない。見えない何かによる攻撃は躱し切れず、躱した先で受けた攻撃により外傷はないが、悪寒と目眩に襲われた。
「う……ぐっ……!」
このままでは梨々香を追うことが出来ず、下手したらここで命を落としてしまう可能性さえ亜梨沙には見えていた。しかし、今の彼女にできることはできるだけ当たらずに躱し、隙を見て梨々香を追うことだけだが、それすら叶いそうにない。
段々と意識が薄れていく。自分でも自覚しないうちに、いつもなら決して口にすることのない言葉が出てくる。
「だ、誰か……助け……て」
直後、膝から崩れそうになったのを支えるかのように誰かに支えられた。隣に現れた誰かの体温が凄く温かく感じる。
「ようやく追いついたよ、亜梨沙さん」
その声は凄く聞き覚えのある声だった。最近になって出会った彼の声は間違いようがない。
「鷺森……君?」
「うん、僕だよ。亜梨沙さんとしては早く先に進みたいだろうけど、もう少し待ってて」
零はそう言って亜梨沙を詩穂に預ける。詩穂が近くにいたことに気付かなかったことを驚きもできない程に疲弊してしまっていた。
亜梨沙と詩穂には何も見えない。だが零には、この場所に「この世ならざるもの」が7体ほど亜梨沙を囲んでいたのが見えている。
霊力を込め、白く輝く妖刀『現』を構えて切り掛かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
亜梨沙が廃屋を彷徨っている一方で、零は無性に嫌な予感がしていた。むしろ、ここ最近強く感じるようになった「この世ならざるもの」の気配を廃屋のある方向から感じたのだ。
今までは残留思念に由来するものしか感じられなかった。それが今は未練や怨念からなる存在も感じることが出来る様になった。もしかしたら、それは方角がたまたま一緒だというだけで本当は廃屋では何もないのかもしれない。だが、妙な胸騒ぎがやはり亜梨沙の危険を警告している。
「黒山さん、やっぱり渋滞の解消を待っている場合じゃないよ! 亜梨沙さんが危ない、妙な胸騒ぎがするんだ」
「…………」
勘などあてにしてはいけない。だが、霊力を植え付けられた零は最早、霊能者だと言える。霊能者の胸騒ぎは素直に聞くべきだと、いつか「はつ」に言われた記憶がある。
(姉さんもそう言ってたし、やるしかないか)
詩穂は決心して、すぐそこで降りることにした。出来れば避けたい方法だが、詩穂の能力を使えばすぐにでも目的地へ辿り着くこともできるだろう。
万全な状態で戦闘へ臨めない……という欠点が生まれるが。
「鷺森君、ここで降りましょう」
「うん、わかった!」
運転手の中年男性は何か言いたかったようだが、詩穂が何も言わせない。再び動き出す前に急いで車から降りて、すぐに人の視線を避けられる建物の間へと入る。
「えっと、黒山さん?」
「この状態をあまり不特定多数に見られるわけにはいかないから」
「えっと?」
説明するのが億劫だ。そう感じた詩穂は漆黒の帯で零を持ち上げた後、自身の身体的限界を『拒絶』して猛烈なスピードで目的地へと向かった。
───そういう経緯があって、二人は亜梨沙のピンチに駆けつけられたのだ。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
少しずつ暑くなってきたなと思ったら、少し気温が落ち込み、そして今度は急激に暑くなる。
そんな気温の変化に辛うじてついていっているからか、寝ても疲れが取れません。
みなさんはどうでしょう?体調を崩さないように気を付けてください!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!