魔法少女の強行
鷺森露に後天的な霊力を植え付けられて以来、零は残留思念で成り立っているこの世ならざるもの以外の相手も葬り去るようになった。
現在ではかつてのように鷺森家へ依頼が来ることは滅多にない。零はまだ依頼を受けたことはないが、霰としても依頼される程のレベルを身に付けていないと判断しているので今は毎晩修行の時間となっている。
その一方で零は詩穂に頼み事を一つしていた。
「黒山さん、首尾はどう?」
『駄々を捏ねてるわね』
電話で進捗状況を確認する。
というのも、零の準備が整ったとしてもタツの協力が無ければ鷺森露を追い詰めることができないと零は考えているからだ。
しかし、タツは前回のただならぬ気配から今回の件についてはかなり怯えて協力を渋っているのが現状である。説得しなければならない詩穂としてはもう面倒臭いと感じていた。
『黒山君。もうわざわざあの軟弱者が協力しなくても大丈夫でしょう? 場所はしっかりわかっているのよね?』
「もちろん。ただ、前回の恋悟は危うく流してしまうところだったからね。あの時は潤がいてくれたから逃げられずに済んだけど……」
『確かに神田川君がいてくれて助かったけど……』
「黒山さんは引き続き、タツさんの説得をお願い。僕は亜梨沙さんとも話しながら準備を整えるよ」
『……わかったわ』
普段から感情に乏しい印象のある詩穂だが、今回ばかりは少し呆れたような言い方だったのが零は気になった。
といっても、何も不快に思ったわけでは無く何だかそれが面白かっただけなのだが───。
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一方で亜梨沙も来るべき決行に向けて特訓を重ねていた。
『奇跡』という能力の代償は「起こした奇跡の大きさに応じて寿命が減ること」だ。それを考えばむしろ使わないでいるのが賢い判断なのだが、重度の中二病による能力も一朝一夕で扱いが上手くなるわけではない。
目覚めたばかりで力を持て余し、発症した要因となる欲求に従って暴走しているうちはうまく使いこなせているように錯覚するが、本当の意味で思い通りに使いこなすにはまだまだ修練が足りない。
零は既に亜梨沙のことを長瀬に報告しているので以前よりも動き易くはなっている。変に追跡されたりしないだけ、亜梨沙としては本当にやり易くなった。
だが。
(……けど、これで師匠に勝てるのかな?)
それが亜梨沙の気にしているところだ。得体の知れない存在に(鷺森露のこと)操られているからこそ、梨々香の『奇跡』を悪用して攻撃してくる可能性だって十分にあり得る。
亜梨沙には鷺森露が見えないので操られた梨々香が攻撃しようとした時に準備をするのでは遅い。重度の中二病患者界隈で有名な詩穂でさえ、対応できるのかどうかはわからない。
であるならば、同じ『奇跡』を扱う自分が梨々香とぶつかるしかない。梨々香よりも強い『奇跡』で対抗し、短時間で決着をつけられれば梨々香を救うことができるだろう。
自信はない。だがやるしかない。
亜梨沙は自分にそう言い聞かせて、来るべき決行の日に向けて無力化を兼ねた修行を続けた。
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梨々香救出のリベンジ決行日は具体的に決めていたわけではない。
しかし、5日程も経ってしまうといよいよ待ち切れない人物が現れるようになる。
その最悪の報せを零が受け取ったのは、連日の猛暑が嘘のように感じる大雨の日だった。降り続ける雨がどこか不吉なように感じていたが、まさかそれが本当になってしまうとは彼自身も思わなかった。
『もう待ち切れない。私一人で行きます。ごめんなさい』
SNSを通じたメッセージにはそう書かれていた。送り主は言うまでもなく亜梨沙だ。
急いで亜梨沙に電話を掛ける。電話番号こそ正式に交換したわけではないが、SNSの通話機能を使えば良いだけだ。
(……くっ! やっぱり出ないか!)
亜梨沙は一向に出ない。止められるのがわかっているからこそ、敢えて無視しているのだろう。
零は急いで詩穂に掛け直した。幸いなことに詩穂はすぐに出てくれる。
『黒山です。鷺森君、彼のことはまだ……』
「違うんだ、黒山さん! 亜梨沙さんが単独行動に出た!」
『……わかったわ。すぐに車を出して迎えに行くから鷺森君は自宅で待っていて』
「うん。僕は長瀬さんに電話するよ」
直後、ほぼ同時に通話終了を押す。零と詩穂はそれぞれやるべきことを始める。
長瀬に電話したところ、驚いていたようだがすぐに現場へ向かってくれるとのことだった。長瀬との通話を終えて玄関へ向かうと、そこには霰が立っていた。
「お前を……まだ行かせたくないが」
「婆ちゃん。それでも友達が危ないんだ。僕は行くよ」
「わかっている。ちゃんと着ていけ」
「……うん!」
正直、零にはあまり時間がないので家紋入りの袴を身に付けるのは抵抗があった。
しかし、それは鷺森に伝わる正装。特に相手は鷺森露なのだから、むしろここまでしなければならないということくらい、この5日間で零は嫌と言うほどわからせられた。
祖母に手伝ってもらいながら着替え終え、今度こそ玄関先に向かう。激しい土砂降りが続く中、一台のバンが鷺森家の前に止まった。
詩穂が僅かに驚いた顔で零を迎える。
「鷺森君、乗って。……その格好は?」
零は車に乗り込んで扉を閉め、バンが発進したところで質問に答える。
「これは鷺森家に伝わる正装だよ。霊力を高めてくれる効果があるんだけど、今回の相手には特にこれが必要だと思ってる」
「そう。貴方なりの準備ってことなのね」
どうやら詩穂は納得してくれたようだ。すぐに納得してしまう辺り、他所で変なことに騙されないか心配になってしまうが、今はそれどころでないと零は自分に言い聞かせた。
場所は前回と同じ場所。徒歩と電車では少しばかり時間が掛かるが、車ならば以前ほど時間が掛からない。
───と思ったのだが。
「ったくよう、渋滞してんじゃねーか!」
いつもの気さくそうな声に少しばかり怒りが混じって聞こえてくるが、運転手の中年男性は最早お馴染みとなってる。
零達のような学生は夏休み真っ只中だが、社会にとっては今日も単なる平日に過ぎない。普段なら徒歩や交通機関という移動手段を使う人達も雨に濡れることを嫌ってか、いつもより車通りが多いため軽めの渋滞が起こってしまっていた。
零としてはここで降りて徒歩で向かうことも考えたが、こういった時の判断は詩穂の方が正しく出来るだろう。一刻も早く亜梨沙に追い付きたい零はそう考えて詩穂に尋ねた。
「黒山さん、どうする?」
「車は少しずつ動いているので待った方がいいわ。下手に降りた結果、ここから道路が空いて返って時間が掛かる場合があるもの」
「うん、わかったよ」
頭では理解できる。しかし、亜梨沙を心配している心は「急げ急げ」とずっと言っていた。
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一方で亜梨沙は大雨の中で傘を差し、歩いて現場へと向かっていた。
もし、家を出る時点で零に連絡していたのなら既に追いつかれていたことだろう。しかし、彼と合流しても今は救出の強行を止めようとしてくるであろうことを予想していた彼女は現場付近まで来てようやくメッセージを送っていた。
零に対して罪悪感はある。ここまで協力してもらっておきながら、最後は協力体制を裏切るような形で単身向かってしまっている。心の中で彼に対する罪悪感を気にしながらも、目的の為に一歩ずつ前へ歩いていった。
「…………」
やがて目の前に見えたあの廃屋は雨の日だとより不気味さを増していた。大量に降る水を超えた先に闇がある。そんな印象を亜梨沙は受けた。
自らを奮い立たせ、握った右手を胸に当てて恐怖感を和らげながら再度侵入を試みる。しかし、玄関から入ってすぐ見える広い部屋には梨々香らしき人の影は見えなかった。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
どうにか1時間遅れでお届けできました。
ここからが今回のクライマックスになっていくつもりですのでよろしくお願いします。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!