イレギュラーな見え方
翌日、授業の途中だというのにも関わらず零は校長室に呼ばれた。
教室から校長室へ向かう途中で、つい昨日見たばかりの背中が見えたので早歩きして追いつき、横に並んだ。
「やあ。やっぱり黒山さんも呼ばれたんだ」
「ええ」
静かな廊下を2人で歩く。詩穂は相変わらず無表情で顔を真っ直ぐ向けたまま歩いている。
零はどうにか話し掛けようと思ったが、程良い長さの話題が思い付かない。短過ぎると「何故、話しかけたのか」という感じであるし、長過ぎると途中で校長室に着いて話が中途半端で終わってしまう。
結局、零だけが微妙な空気を感じながら無言で校長室に向かって歩き続けたのだった。
「失礼します」
3回ノックしたあと、お決まりの文句を言ってから入室する。2人同時に入ったからか、校長が少しばかり驚いた顔をしていた。
「いつもすまないね。鷺森君、黒山さんと一緒に来るだなんて、昨日の今日でこんなに仲良くなるとは……」
「偶々、途中で会っただけです」
校長の歓喜が含まれた言葉に対して詩穂は冷静に受け答えをしながら長瀬の隣に座る。一方、仲良くなったことを速攻で否定されて零は少しショックを受けていたが、校長にアイコンタクトで「やれやれ」と伝えて隣に座った。
長瀬がわざとらしく咳払いをし、すかさず本題へと話を変える。
「やあ、お二人共。鷺森君、いつもながら速い仕事で助かるよ。10通目を渡して貰えるかな?」
「いえいえ、これです」
「ありがとう」
長瀬は零から10通目の遺書を受け取り、その場で開いて確認した。そうして「ふむ」と呟いてから10通目をテーブルに置き、隣に座っている詩穂の方を見た。
「鷺森君の仕事を見てどうだったかな? 収穫はあった?」
「はい、お陰様で」
「そうか、それは良かったよ。ところが───」
言葉の割に全く表情を変えない詩穂に突っ込みを入れることなく、言葉の途中で零の方を向いた。そんな長瀬の動きに零は嫌な予感がした。
「母校が4つ、母校から最寄りの駅に2つ……というのが探すのに大変だったよ。彼は高卒の人間だから母校が4つというのがよくわからなかったし、母校から最寄りの駅というのも4つあるわけだから苦労した……」
「でも、わかったんですよね?」
「勿論だとも!」
いかにも「苦労した」というのを強調したかったのか、表情までしっかり作り込んでいた。一方、零の質問に答えた時は「したり顔」で返答した。
「彼は小学校の時に転校しているようだね。それで母校は4つ。最寄りの駅というのは、高校の最寄駅だけでその場に2つあった」
「他はどうだったんですか?」
「ふむ。大切な人……というのも調べるに苦労したよ。てっきり我々は別部署の女性が彼にとっての大切な人だと思っていたんだけど、別にいたようだ。SNSのログと御遺族の証言から判明したよ」
「……あんまりこういうこと聞きたくないんですけど、彼は2人の女性と付き合っていたということですか?」
零は質問しながら違和感を感じていた。思念と人間性が一致していない。二股するような男があのように思い詰めた表情をするものなのだろうか。
その答えとして長瀬は首を横に振った。
「いや。職場の方はあくまでも可愛がっていた後輩、という程度の存在だったよ。少なくともそういった関係では無かったようだし、その女性も関係性については否定していた」
「成る程、そうですよね」
「ところで、だ。鷺森君、残りの遺書も読み取ってくれるかな?」
「わかりました」
テーブルに8通の遺書が並べられる。それらを見て零はふと、思ったことを口にした。
「長瀬さんは中身を見て、どう結論付けたんですか?」
「うん? まず他殺はないだろうね。だけどかなり思い悩んでこの世を去ったことだけはわかったよ」
「そうですか」
零は順番通りに並べられた遺書を1つずつ触れて思念を読み取っていく。
他者からすれば一瞬の読み取りだが、零にとっては少し長い映像の連続となる。
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『No.2 理想とかけ離れた始まり。楽しさはなかった』
遺書の中身は小学校入学付近を思い返しているのだろうが、残留思念が映すのはその場面ではない。あくまでもこの遺書を置く瞬間だ。
やはり夜。人通りのない時間に青年は現れる。ただ「懐かしい」という感情が溢れているようだ。流石に敷地内へ侵入するようなことはせず、校門の付近にそれは置かれた。
青年の顔には負の感情が見られない。
場面が変わる。
『No.3 かけがえのない仲間。居心地の良い場所。失われるのが辛かった』
やはり夜。ここにも人通りはない。
しかし、最初の母校と違って民家が近い。どの家からも明かりが見られないということは、それ程までに遅い時間を出歩いていることになる。
そして今度は校門付近ではなく、裏口の方へ回り込むように歩き出していた。どこも思い出深いのか、置く場所に悩んでいる。
結局、校門を潜らずともグラウンドに入れる出入り口付近に遺書を置いた。
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一度読み取るのをやめた零は心底感心した。
「長瀬さん、よく遺書を見つけてきましたね。考えてみたら敷地内という可能性だってあったし、そもそもちゃんと残っている確証もなかったのに」
「校門付近で児童が密集しないように注意している教職員のお陰だね。ところでどう? 何かわかったかな?」
「いえ、今のところは何も。ただ思い出に浸っている映像しか……」
「残りも続けて貰えるかな?」
「もちろん」
零は再び遺書に触れた。
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『No.4 孤独。合わない環境があるのだと初めて知った。こんなのはいらない』
今度はどうやら中学校のようだ。意外なことに小学校からかなり離れた場所である。
となれば、彼は小学校卒業からまた人間関係を一から構築する羽目になったようだ。
相変わらず夜だが、小学校のように思い出にはあまり浸っていないようだ。彼の表情を見てみると、憤怒や憎悪のような激しい感情が窺える。
『二度と来るつもりはなかったんだけどな……』
青年が呟く。それから付近にあった公衆電話ボックスの下に遺書を隠した。そしてすぐさま何処かへ去って行った。
場面が変わる。
『No.5 憂鬱な世界。でも希望の光が見え始めた』
今度は珍しく夜ではない。日が沈み掛かった夕方だ。オレンジ色の夕陽が窓から差し込む。
青年は廊下を歩いていた。
零は青年から離れないように後ろを歩きつつ、窓から外を見下ろした。地面から離れているということは少なくとも1階ではないということだ。
3年5組の教室を前にして青年は立ち止まる。その目は潤んでいるように見えた。
見ているのは教室内。いくら校内に入るのを認められている許可証を首から下げているとはいえ、教室内に入るようなことはしないようだ。そこはもう、自分の教室ではない。
近くにあった清掃用具を入れるロッカーを見つけて、青年はその後ろに遺書を隠した。
夕陽が差し込む光景を愛おしそうな表情で見つめつつ、少し経ってからその場を後にした。
場面が変わる。
『No.6 最初の裏切り。俺が裏切ってしまった、俺は許されない』
夕陽が差し込む駅。そこには男女一組の高校生が立っていた。
(あれ……? あれ!?)
その光景を見ながら零は困惑した。普通ならこの遺書を置く瞬間が映し出されるはずが、その光景ではない。
男女の高校生は笑いながら話をしている。どちらもすごく幸せそうだ。零は困惑しつつも、この光景を最後まで見ることにした。
男子の方を見ると、どこかあの青年の面影が見える。どうやら学生時代の映像を見ているようだ。
話している内容が聞こえない。会話の内容までは思い出せないのか。
起こっている現象について考えながら見ていると、急に世界が暗転した。
「わっ! 何なに!?」
また夕陽で世界が照らされる。しかし、2人は幸せそうな顔をしておらず、男子の顔は険しく、女子の顔は泣いた後なのか少しばかり腫れていた。
(場面が変わった……? まだ別の遺書に触れていないぞ!?)
2人は歩き出し、駅から離れていく。零は急いでその後を追いかけた。
(どこへ行くつもりだ……?)
少しばかり歩いたところで止まり、2人は見つめ合った。男子が先に口を開く。
「これで最後だ。明日からもう、俺達は恋人じゃない」
「最後……?」
「そうだ」
そのやり取りで女子の方はまた涙を流し始めた。それを見た男子は慰めるような様子を見せず、その場から駅の方へ戻るように歩き出した。
そこで場面が終わる。
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「…………」
零は次の遺書に触れようとするが、どうも手が伸びない。イレギュラーな見え方がして恐れを抱いている。
「どうしたのかな、鷺森君?」
長瀬が零の顔を覗き込んで問う。表情の変化に気が付き、只事ではないことを察したようだ。
しかし、それは長瀬よりも詩穂の方が零の気持ちを理解していた。だからこそ、長瀬よりも詳しく問い掛ける。
「鷺森君、何が見えたのかしら?」
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
今のところいいペースで更新できてます。
「まだバトルパート来ないんかい」って感じではありますがね……。
変化とはきっかけ。物語が始まるのも、いつだって何かしらの変化が起こってからです。それが起承転結の起だと思ってます。
鷺森零は一体どんな物語を見せてくれるのか、私自身も楽しみです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!